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第427話 ミチナガ商会大忙し

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 各魔神の治める大国で要塞建設が始まって早数日。要塞建設という大事業は莫大な富の流れを生み出した。貧しく、働き手のない人々は要塞建設という大事業に喜んで参加した。さらに金の匂いを嗅ぎつけた商人たちは要塞建設に一枚噛もうと考えた。

 そしてもう一つ、大きな動きがあった。それは今回の騒動の中心にいるミチナガ商会だ。もちろん要塞建設で全費用を肩代わりしているのだからすでに大きく動いている。しかしそれとは別にミチナガ商会の商売としても大きく動いていた。

「さぁさぁ!お買い得だよ!衣料品全品割引だよ!!これを機会に新しい服を買っちゃおう!」

「野菜に魚にお肉も大変お安くなっております。頑張って働いている旦那様のためにお酒なども手頃な値段で販売させていただいております。」

 ミチナガ商会では最近人の出入りがいつにも増して多く、これだけ人が入ってもなお呼び込みをしている。これは一部店舗だけかと思いきや、なんと全店舗で同様のことが起きている。ミチナガ商会全店舗大特価セールだ。

 なぜ要塞建設で莫大な投資をしたのにもかかわらず、ミチナガ商会の店舗でもこんなことをしているかというと、その要塞建設が原因だ。要塞建設で大量の資材を排出したと同時に人件費で大量の銀貨や金貨を排出している

 資材はミチナガのスマホの中で得たものがあるのでなんとでもなるが、銀貨や金貨はそういうわけにもいかない。特に使い魔たちのエヴォルヴ研究でも金貨などを消費する上に、ミチナガ商会の店舗数拡大にも金貨は必要となってくる。

 そのため、今すぐは大丈夫であるが、要塞建設終盤になる頃には貨幣不足が起こる可能性が非常に高い。そのため今のうちからセールを行い、外に出した分の貨幣を回収しているのだ。今後も二月に一度か、毎月セールを行っていく予定である。

 そして英雄の国や諸王国郡ではまた別の事業が大きく注目されている。この辺りではまだ法国との戦争の影響が大きく、復興の最中だ。しかし中には復興よりも戦争によって負った体の傷や心の傷を癒したいものもいる。

 そんなものたちの中で今回の戦争で褒美を得たものや、元々財産があるものたちを対象に旅行業を始めたのだ。都会を離れ自然の中を楽しむもの、いち早く復興させた国の歓楽街に赴き俗世のことを忘れて遊び倒すもの。方法は人によって様々だが、心にゆとりができるのは実に良いことだ。

 彼らもしばらく遊んだ後は生きて行くために再び働く。休み遊んだ分、帰って働く際にはいつも以上に頑張ることができる。ただ、日々復興事業で働いているものたちの中にはそれをよく思わないものもいる。

 自分たちが国のために働いているのにあいつらは遊んでいる。そういう思いは苛立ちに変わり、怒りになっていく。まあ金があるものとないものの差だというだけなのだが、貧富の差による苛立ちはそうそう消せるものではない。

 しかしそれをごまかすことはできる。復興事業で働いたものを対象に一定期間働いたものには特別料金で旅行に行けるプランを用意した。さらに復興事業を行う中で特によく働いたと思われるものを対象に旅行をプレゼントした。

 これには復興事業に取り組むものたちも大いに喜び、今まで以上に働くようになった。これで問題は解決した、かに思われた。

 しかし中には戦争によって重傷を負い、自身の乏しい魔力では癒しきれないものもいる。そういったものたちは働いた金を使って治療を行う。その治療代は決して安いものではなく、働いて働いてようやくの思いで治療するのだ。

 しかし中には怪我の度合いが大きくて先に治療を行わないと働けないものもいる。そういったものに対してはミチナガ商会から復興事業で一定期間働くことを条件に治療費を肩代わりしている。こんなものたちは一つの国の中で数千人という規模でいる。

 そんなものたちは必死に働いても日々暮らしていくので精一杯だ。そして彼ら全員に旅行をプレゼントする余裕は今のミチナガ商会にはない。仮に余裕があったとしても数千人がいなくなれば復興事業が遅れることになる。

 そこで彼らのために無料で野外での映画上映を行なった。映画ならばミチナガ商会にいくらでもストックがある。多少の設備投資は必要だが、この程度ならば問題はない。それに映画を見る際の飲み物やツマミなどを有料販売したおかげでなかなかの儲けがある。

 映画の上映内容は荒事の無いアンドリューの釣り系かVMT作品が中心であった。しかし徐々に映画を見ていたものたちからこれが見たいあれが見たいと注文が入り、ナイトのモンスター討伐映像や一般冒険者たちの映像も増えだした。

 しかしそんな彼らが一番求めたのは先にあげたどれでも無い。ミチナガもまだ手を出し始めたばかりのもの、勇者王を中心とした英雄たちの物語である。劇団の演劇を大金を支払って撮影したものである。

 こういうのも需要があることはわかっていたが、劇団の劇の内容を録画することはその劇団を潰す可能性があった。そのため最初はなるべく手を出さないようにしていたのだが、逆に映像を見たことで生でその演劇を見てみたいという人々が劇団の演劇に駆けつけるようになった。

 そのため最近ではうちの劇団のを撮影してくれという依頼もあった。まあそれも今回の戦争の一件でパタリと声が聞こえなくなった。風の噂によると今回の戦争で劇団員が幾人も亡くなり、劇団そのものが解散したところ、他の劇団と合併したというところがいくつもあるという。

 ミチナガの撮影した劇団の演劇はもう遺作となり、生で見ることは叶わないだろう。しかしそれでも生き残った者がいつの日か再び演劇をする日を心待ちにする。

 そんな彼らの撮影された演劇の中で一番の人気はやはり勇者王物語である。勇者王物語の時にはもう映像なんて見えないと思うほど離れた距離から見るものまで現れるほどだ。もともと人気の高い勇者王物語だが、今ここまで人気の高い理由はこれが人々を救う物語だからだろう。

 もちろん多くの英雄の物語の多くは人々を救う物語なのだが、メインは強大なるモンスターや人間と戦う話だ。しかし勇者王物語では戦いに焦点が当たることは少ない。勇者王の話は基本的に勇者王が苦悩する中でも人々を救うために立ち上がるという人情味溢れる話だ。

 戦争から逃れてきた家族のために自身の持ち物を売って彼らに食べ物を与える話、商人に騙され借金を負う話。勇者王の話はどれも英雄とは思えないようなただの人間の話である。しかしそれでも彼の逸話はどこか英雄じみている。

 勇者王の一族にはHというミドルネームが存在する。それが表すのはヒーロー。いつなん時でも人々のために、人々を救うために存在するという意思の表れをその名に込めた。その名を持とうと考えた勇者王はそれに恥じない人生を送っている。

 そしてそれらの話は今の戦争により傷ついた人々にとっては何よりも心に沁みる話なのだ。誰もが救いを求めているからこそ勇者王の話は涙を流すほど感動するのだ。

 そして驚くことに復興中の国では貧しさから犯罪の件数が増えていたのだが、勇者王物語の演劇をした日から犯罪数が激減するのだ。それどころか自らの行いを恥じ、出頭する者まで現れる始末だ。それほど勇者王という男の影響力は強い。

 そんな中、VMT作品の中からこれまでのものとは違う新しい作品が出てきた。それはミチナガがヴァルドールに紹介したエリーの初作品だ。だがエリーは絵に関しては非常に優秀なのだが、物語作りに関してはまだまだ素人だった。

 そこでヴァルドールはエリーの画風に合わせた物語を考えていたのだが、こっそりと動いた使い魔のヨウによって一冊の本をエリーと姉のエーラが読むことになった。そしてその本を元に姉のエーラがアニメ映像の流れを作ることになった。

 意外なことに姉のエーラには脚本の才能があった。いや、昔からエリーの作品を見てそこから何かを感じ取っていれば自然と身につく技術なのかもしれない。そしてヴァルドールの知らないところで一つのアニメ作品が完成した。

 それは世間では世紀の大発見とされるかなり貴重な書類を元に完成されたものだ。それにタイトルをつけるのであるとするならば、『かの大悪魔、吸血鬼神ヴァルドールが見た勇者王』とでも言おうか。

 実はヴァルドールはこっそりと勇者王や黒騎士との思い出の話を本にまとめていた。ただ100年以上前に執筆したものでヴァルドール本人もその存在を忘れていた。そんなヴァルドールの本であるが、読んで見ると予想以上にヴァルドールは恥ずかしくなる黒歴史であった。

 内容はヴァルドールが勇者王たちと敵対していた時代は気がつかなかったが、今ならこう思うというのを書き連ねたもので、ほとんどは後悔と勇者王を羨む話であった。ヨウが読む限りこれを書いた頃は相当病んでいた時期だということだ。

 そんなものをいつの間にかアニメ作品にされているということでさすがのヴァルドールも焦った。しかし気がついた時には時すでに遅しというやつで廃棄するのにはあまりにも出来が良すぎる。誰にも見せずに保管するのにはあまりにももったいないと思わせるだけの作品であった。

 そこで無料上映を使って何度か上映して見ると予想を超える反響であった。さすがは勇者王と勇者王を褒め称える声も多い中、悲しき生涯のヴァルドールということでヴァルドールを哀れむ声も聞こえた。

 一部の学者の中にはこれは偽装されたものだというものもいたが、現物の書類をアレクリアルに依頼して英雄の国の研究所から本物であると発表してもらった。そしてそれがこの映像の評判をさらに高めた。
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