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第415話 ナイトとムーンとヨトゥンヘイム最終階層

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「……む………」

『ムーン・おはよう。よく眠れた?』

「ああ…何分経った?」

『ムーン・3分ちょっと。もう破られるよ。』

 9大ダンジョンの一つ、巨大のヨトゥンヘイム最終階層にたどり着いたナイトとムーンはセーフルームに移動していた。セーフルームのおかげでナイト達が休んでいる場所にはモンスターは湧かない。

 ただしそれはあくまでモンスターが湧かないだけだ。ナイト達の襲来を知ったモンスター達はどこからかやって来てナイト達に襲いかかって来た。もう80階層を過ぎたあたりからセーフルームなどほぼ意味がなくなっている。

 ただそれでもモンスターがその場から湧かないだけで十分ありがたい。ナイトは設置型魔法陣で罠魔法を配置し、無理やり安全な場所を作り出した。このやり方でわずかな食事の時間や睡眠の時間を作っている。

 しかし90階層を過ぎてからはナイトの腕に圧縮魔法で封印した数百の罠魔法を内包した超魔法を用いてセーフルームを作っても10分も持たない。今いる最終階層では4分も持たなかった。それでも3分ほど熟睡したナイトの気力は満ちている。

 ムーンから軽食を受け取ったナイトは飲み物で一気に流し込み栄養補給をする。そんな食事を取り終えたナイトの元へ数多の罠魔法を突破したモンスター達が押し寄せて来た。すでにこの最終階層まで来るとナイトの罠魔法を数十受けても死なないモンスターばかりだ。

 だがナイトの元まで押し寄せたモンスター達はナイトの近くに設置されていた罠魔法に触れると一瞬にして肉片へと変わった。その罠魔法はナイトがこれまで使用して来た罠魔法とは一線を画す魔法だ。

 100を超える罠魔法を掛け合わせ、一瞬にして超強力な魔法を打ち出す超魔法だ。ナイトのとっておきの一つであるが、それを常時使用しないと倒せないようなモンスターばかりだ。

「行くぞ。」

『ムーン・おっけ。じゃあ後はよろしく。』

『ムーン#4・任せておいて。』

 ムーンは今ナイトが倒したモンスターからドロップするアイテムの回収を自身の眷属に任せ、ナイトと共に先へ進む。

 ナイトは常時自身の気配を消しながら消費した圧縮魔法の補充をする。この最終階層では圧縮魔法を乱発しないとナイトであっても生き延びるのは厳しい。なんせ先ほどナイトが一撃で屠ったモンスター達はこの階層では雑魚モンスターだ。いくらでも湧いて来る。

 90階層のボスレベルが雑魚モンスターとして出て来るこの階層ではナイトも全く油断できない。常に気配を殺し、周囲を警戒しても足りないほどだ。そんなナイトはゆっくりと歩いていたが、急に走り出した。

『ムーン・また気がつかれたね。本当に厄介。』

 ナイトは無言で走り続ける。そんなナイトはもうダッシュしているが足音が一切しない。この階層では小さな音でもモンスターが聞きつけ襲いかかって来る。だから喋る時や戦うときでさえも毎回セーフルームにも用いる音を消す結界を張らなければならない。そうでなければ戦闘音で永遠にモンスターが集まり続ける。

 しかしどんなに警戒しても嗅覚が異常に発達したモンスターや超音波で知覚するモンスターなどのせいで見つかることがある。そして今ナイト達に気がついたモンスターはナイトでも気がつかれないように対処することができない悩みの種のモンスターである。

『ムーン・空気中の残留魔力を知覚するのは対処無理だよねぇ。うちのボスみたいに魔力ゼロなら問題ないけど、普通はちょっとした戦闘でも魔力消耗するから完全に消すのは絶対に無理。まあ離れれば場所特定できないから問題ないけど。』

 今ナイト達を追っているのは特殊なスライムだ。大気中の魔力を吸収するのだが、本来このヨトゥンヘイム内に存在しないナイトの魔力が気に入ったのかナイトの魔力を感じると高速で追って来るのだ。ただ離れながら罠魔法を仕掛けておくとそちらに注意が行くので逃げるのは容易だ。

 しかし逃げる際には最低でも50キロは全速力で移動しないといけないため、ダンジョン攻略に支障をきたす。なんせ先ほど踏破した99階層に至っては全長10万キロを越すほどの迷宮であったのだ。

 異常なほど入り組んだ迷宮は攻略するのに半月もの時間を要した。途中1万キロほど進んだ後に行き止まりだった時は流石のナイトもわずかに眉が動いた。この最終階層も一筋縄にはいかないだろう。

 そんなナイトは休憩を挟みながら2日ほど探索すると巨大な門へとたどり着いた。その門はナイトも見知った中ボスの部屋だ。だがこれまでの中ボスの部屋とは違い、かなり堅牢に作られた城門のようだ。

『ムーン・流石は最終階層。雰囲気あるね。一旦休憩にする?』

「……文字だ。」

『ムーン・ちょ、声出しちゃ…って文字?』

 ナイトに言われてもう一度目の前の門を観察すると確かに幾何学模様の装飾が文字のように見えなくはない。ただ今はそれをゆっくりと観察する時間はない。今出したナイトの声のせいで遥か彼方からこちらへ向かって来るモンスターの音がする。

 ムーンはすぐに門の隅々まで撮影を行い、すぐに門を持ち上げたナイトにしがみつき内部へと侵入する。この門がどれほど頑強かはわからないが、これまでの間破壊されずに存在しているのだからおそらく大丈夫であろう。

 それよりもこの門の内部に集中しなくてはならない。ここは中ボスの部屋。外にいるモンスターとは一線を画す強敵だ。99階層でも先ほどモンスターを一瞬で肉片に変えた罠魔法の重ねがけで傷を負わせられるのがやっとなほどであった。

 だからこそムーンも邪魔にならないように立ち回りをしなくてはならない。しかし先ほどからナイトもムーンも一歩も動かない。この現状が飲み込めず、なすすべなく立ち尽くしている。それは目の前に広がるあまりに予想外の光景に状況が飲み込めないのだ。

『ムーン・家があるね…』

「…遺跡だ。」

 ナイトとムーンの目の前には巨大な家々が立ち並んでいる。それは明らかに人間、もしくは知的生命体が暮らしていた証明になる。しかしここは9大ダンジョン、巨大のヨトゥンヘイム最深部。こんな危険すぎる場所で人が暮らしていけるはずがない。

 するとナイトはすぐそばの家の屋上に飛び乗った。そしてそのまま上空へ跳躍する。どうやら天井まではかなりの高さがあるらしい。するとナイトはいきなり光源魔法を放った。こんな暴挙はここに敵がいますよと公言するようなものだ。

 しかしムーンはナイトのこの行動に一切苦言を呈さなかった。それはこの危険すぎる行動よりも知的好奇心が勝ったからだ。そしてこのナイトの行動によりこの場所が一体なんなのか明らかになった。

「国だ…」

『ムーン・広い…広すぎる。反対側の端がまるで見えなかった。元は大国クラスだよ、この遺跡。』

 大国クラスの巨大な国の跡地。ところどころ損壊は見られるが、かなり綺麗な状態で保存されている。しかしどう考えてもこんな場所に国があるということはおかしい。するとムーンはあることを思い出した。

『ムーン・その大樹…9つの世界を持つ。その大樹が失われし時、かの世界に内包されたる国々は散らばりダンジョンを生み出した。』

「…世界樹伝説。そうか…ここは世界樹に内包されていた国か。」

『ムーン・巨人の国、ヨトゥンヘイム。世界樹伝説は本当だったみたいだね。これすごい大発見じゃない?』

「ああ…そうだな。だがゆっくりと観光する暇はなさそうだ。」

 ナイトは足元から伝わる何かを感じ取った。それは先ほどの光源魔法によりこちらに気がついたモンスターの動く振動だ。だがその震源があまりにも多すぎる。百や二百では効かない。数千、数万はいるだろう。

「この家々に暮らしていたらしいな。当時からの生き残りか?」

『ムーン・もしもそうなら試しに対話でも求めてみる?僕はオススメしないけど。オススメするんだとしたら…今すぐここから離れることをオススメするかな?』

 ナイトもムーンの言うことに賛同しすぐにその場から離れた。どうやら最終階層の中ボスはこの巨人の国、ヨトゥンヘイムの跡地に暮らしていた数十万にも及ぶモンスターの群れらしい。
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