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第407話 戦争の終わり
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十本指と名乗る組織からの通信が切れた後、戦場にはなんとも言えぬ静寂が漂っていた。世界征服などと夢物語を語るものたちの言葉を聞いて、そんなふざけた連中にザラブゼルは計画を全て台無しにされたからだ。
怒りに身体を震わせるザラブゼルはやがてその体の震えを止めた。その表情は今まで見たことがないほど冷静なものであった。怒りが一周回って冷静さを取り戻させたのだろう。
「これ以上戦う意味はないな。全軍撤退するぞ。」
「今更逃すと思うのかザラブゼル。お前はここで終わりだ。2度とこんなことができぬように徹底的に叩く。」
これ以上戦ってもザラブゼルには特はないが、アレクリアルにとってはここで法国の戦力を徹底的に叩くことで平和が訪れる。未来の平和のためにも今逃す理由はない。だがザラブゼルはなんとも余裕そうな笑みを浮かべた。
「やめておけアレクリアル。まだ互いに本気は出していない。本気を出せばあの程度の防御壁など軽く消え去る。今回は貴様の勝ちだ。これ以上の功を求めれば悲惨なことになる。」
「ほう?本気ではなかったと?あそこまで追い詰められてか?」
「挑発は無駄だ。私の目的は時間稼ぎ。本気で戦って短期決戦になっては意味がないからな。それではいずれまた会おう。」
そう言って背を向けるザラブゼル。しかしアレクリアルは、はいそうですかと逃すわけがない。すぐさま斬りかかろうと駆け出すアレクリアルだが、すぐに危険を察知して後ろに飛んだ。するとザラブゼルを守るように光の壁が出現した。
「言ったろう?本気ではないと。私の神法はお前でも弾けぬし、当たれば致命傷では済まぬかもしれんぞ。」
「これがお前の本気か。だが今まで使わなかったところを見ると魔力消費が大きいようだな。」
「その通りだ。仮にこれを使ってお前を殺せていたとしてもお前の軍がバラバラになったら問題だったからな。たとえ私が死のうとも徹底的に時間稼ぎをするつもりだったが…それも意味はなくなった。」
ザラブゼルはアレクリアルを見ながら強力な魔法の行使を始める。あまりに膨大な魔力量にアレクリアルも一度は身構えたが、殺意がないことを感じ取ると身構えることをやめた。
「残念だアレクリアル。我らが神を信奉しない異教徒に神罰を下せると思ったのだがな。だが我らが神は絶対だ。いずれ…お前たちを皆殺しにし、我らの神が再びこの世界を統治するのだ。その時が楽しみだ。」
ザラブゼルの魔法が発動した。それは大規模な超長距離転移魔法だ。ザラブゼル側の法国の軍勢が全て消え去って行く。これほどまでの軍勢をこの短時間で転移させることができるものなど世界を探しても他にいないだろう。
やがて1分も経たぬうちに全ての軍勢が消え去るとまるでそこで戦争が起きていたことが嘘のような静けさが訪れた。誰も勝利を喜ばない。なんとも言えぬ不気味さだけが残った。しかしそんな空気を切り裂くようにアレクリアルが声をあげた。
「此度の戦争は我々の勝利だ!法国の脅威は去った!全軍はこれより周辺国の復興および治安維持に当たる!だが今だけは勝利を喜べ!この戦争で散ったものたちのためにも!!」
「「「「「万歳!英雄の国万歳!!」」」」」
勝利の雄叫び。だがその声はどこか不安に満ちている。しかしなんども声を出し続けると徐々に本物の勝利の雄叫びへと変化した。だがその場にいる全員の胸のどこかに不気味さというシコリが残る。
だがいつまでも悩んでいる時間はない。アレクリアルはその場にいる軍の全てを解体し、新しく小隊を編成し始めた。やらねばならぬことが多くありすぎる。アレクリアルは使い魔のユウだけを呼び出した。
「今回の戦争は防衛戦だ。勝ったからといって得られるものは奴らの残した物資や装備くらいだ。各国が復興するための資金や物資があまりにも足りなさすぎる。」
『ユウ・その点に関してはすでに手をうっています。ミチナガ商会及びセキヤ国が総力を挙げて取り組みます。こちらから手を貸して欲しいのは洗脳された人々の治療所の建設です。ミチナガ商会で洗脳された人々をかくまっていると変な噂が立ちかねません。それから各国に派遣した兵士に対する一定の命令権もお願いします。』
「了解だ。援助が必要ならいくらでも言ってくれ。」
戦争が終わった今、必要なのは力ではない。金と物資だ。今回の戦争の被害はあまりにも大きい。このまま何も手を打たないといくつかの国はそのまま自然消滅することだろう。さらに行き場を失った人々が生きるために野盗になるかもしれない。
治安維持のためにも今後はミチナガ商会にかなり負担をかけることになる。だがミチナガとて、ただ復興支援をするつもりはない。むやみに金と物資をばら撒けばミチナガ商会も共倒れする可能性が十分ある。
アレクリアルは魔帝クラスまで至ったミチナガを信頼している。商人として魔帝クラスに至れるほどの男がそう簡単に倒れるはずがない。そしてただ復興支援するわけがないと。
「今後ミチナガはどう動くつもりだ。」
『ユウ・この大陸を牛耳るつもりです。今英雄の国とアンドリュー自然保護連合同盟のあるこの大陸は何もかも足りていない。他の商人たちではまともに商売することは難しいでしょう。そこにつけ込んで一気にこの大陸全ての商売を押さえます。…ミチナガ商会はこの戦争を利用してさらに大きくなります。』
「そうか。同じことをそこらの商人にやられるよりかは良い。思う存分やれ。そういえば火の国でもかなりの紛争があったと聞くが?」
『ユウ・火の国はもうダメです。東側は友人でもあるマクベスが支配しているおかげでなんとかなりましたが、西側は今回の洗脳事件で完全に崩壊しています。まともに復興することは不可能でしょう。今後ゆっくりとマクベスに火の国全域を征略してもらう予定です。』
「そうか……西側には9大ダンジョンの煉獄のムスプルヘイムがある。できるだけ急いだ方が良い。ダンジョンを覆う結界はそんなすぐには消えないとは思うが、万が一のこともある。…うちもこんな状況だからな。応援は出せない。」
『ユウ・その時はナイトやヴァルくんにお願いしますよ。なんとかします。』
すでにミチナガには今後の構想が練り上がっているようだ。この戦争を利用して商人としてさらなる高みを目指すだけの構想が。しかしアレクリアルはその報告を聞いて心配に思った。戦後処理もあるのにこんなことまでやろうとして身体が持つのかどうか。
「ミチナガ側の戦局はどうだったんだ?」
『ユウ・法国の大軍勢を打ち倒し、洗脳された人々を救う大戦果ですよ。……ただラルド・シンドバルが亡くなりました。それが結構キテるみたいです。それに…大勢が死にました。善人も悪人も平等に死にました。殺しも殺されもしました。ただあまりにも多く死んだので感覚的なものは完全に狂っていると思います。…しかし時間とともにその狂いがなくなるとどうなるか…。本人もそれが恐ろしいからこそ仕事をして考えないようにしたいんでしょうね。』
数十万人の死、さらに友の死。さらに言えば見覚えのある風景が戦争により破壊されたこともかなり精神的にくるものがあるだろう。だがここまでくるとこれらの事実がまるで夢物語のようで実感がわかない。
そして実感がわかないからこそ今ミチナガは耐えられるのだろう。しかしここで戦争で疲れたからと言って下手に休めば実感のわかなかったことが全て現実だと理解されてしまう。この世界に来てからだいぶ人の死に慣れてしまったミチナガではあるが、やはりまだまだ耐えられるものではないだろう。
アレクリアルもそこを心配していたのだが、ミチナガは解決策として仕事をすることを選んだ。仕事をして仕事をして…そしてこの戦争が昔のこととなれば自然と受け入れられるようになるだろうと。
「今ミチナガに倒れられては困る。この戦争はとりあえず終わったが、龍の国の脅威は消え去っていない。法国も法神が生きている限り脅威だ。そして…十本指と名乗る不可解な連中もな。」
『ユウ・ええ、もちろんです。僕達が支えます。そして…僕達はまだ強くならなければならない。立場がよくなるにつれ必要な戦力がどんどん上がってきて大変だけど、可能性は掴み取りましたから。』
怒りに身体を震わせるザラブゼルはやがてその体の震えを止めた。その表情は今まで見たことがないほど冷静なものであった。怒りが一周回って冷静さを取り戻させたのだろう。
「これ以上戦う意味はないな。全軍撤退するぞ。」
「今更逃すと思うのかザラブゼル。お前はここで終わりだ。2度とこんなことができぬように徹底的に叩く。」
これ以上戦ってもザラブゼルには特はないが、アレクリアルにとってはここで法国の戦力を徹底的に叩くことで平和が訪れる。未来の平和のためにも今逃す理由はない。だがザラブゼルはなんとも余裕そうな笑みを浮かべた。
「やめておけアレクリアル。まだ互いに本気は出していない。本気を出せばあの程度の防御壁など軽く消え去る。今回は貴様の勝ちだ。これ以上の功を求めれば悲惨なことになる。」
「ほう?本気ではなかったと?あそこまで追い詰められてか?」
「挑発は無駄だ。私の目的は時間稼ぎ。本気で戦って短期決戦になっては意味がないからな。それではいずれまた会おう。」
そう言って背を向けるザラブゼル。しかしアレクリアルは、はいそうですかと逃すわけがない。すぐさま斬りかかろうと駆け出すアレクリアルだが、すぐに危険を察知して後ろに飛んだ。するとザラブゼルを守るように光の壁が出現した。
「言ったろう?本気ではないと。私の神法はお前でも弾けぬし、当たれば致命傷では済まぬかもしれんぞ。」
「これがお前の本気か。だが今まで使わなかったところを見ると魔力消費が大きいようだな。」
「その通りだ。仮にこれを使ってお前を殺せていたとしてもお前の軍がバラバラになったら問題だったからな。たとえ私が死のうとも徹底的に時間稼ぎをするつもりだったが…それも意味はなくなった。」
ザラブゼルはアレクリアルを見ながら強力な魔法の行使を始める。あまりに膨大な魔力量にアレクリアルも一度は身構えたが、殺意がないことを感じ取ると身構えることをやめた。
「残念だアレクリアル。我らが神を信奉しない異教徒に神罰を下せると思ったのだがな。だが我らが神は絶対だ。いずれ…お前たちを皆殺しにし、我らの神が再びこの世界を統治するのだ。その時が楽しみだ。」
ザラブゼルの魔法が発動した。それは大規模な超長距離転移魔法だ。ザラブゼル側の法国の軍勢が全て消え去って行く。これほどまでの軍勢をこの短時間で転移させることができるものなど世界を探しても他にいないだろう。
やがて1分も経たぬうちに全ての軍勢が消え去るとまるでそこで戦争が起きていたことが嘘のような静けさが訪れた。誰も勝利を喜ばない。なんとも言えぬ不気味さだけが残った。しかしそんな空気を切り裂くようにアレクリアルが声をあげた。
「此度の戦争は我々の勝利だ!法国の脅威は去った!全軍はこれより周辺国の復興および治安維持に当たる!だが今だけは勝利を喜べ!この戦争で散ったものたちのためにも!!」
「「「「「万歳!英雄の国万歳!!」」」」」
勝利の雄叫び。だがその声はどこか不安に満ちている。しかしなんども声を出し続けると徐々に本物の勝利の雄叫びへと変化した。だがその場にいる全員の胸のどこかに不気味さというシコリが残る。
だがいつまでも悩んでいる時間はない。アレクリアルはその場にいる軍の全てを解体し、新しく小隊を編成し始めた。やらねばならぬことが多くありすぎる。アレクリアルは使い魔のユウだけを呼び出した。
「今回の戦争は防衛戦だ。勝ったからといって得られるものは奴らの残した物資や装備くらいだ。各国が復興するための資金や物資があまりにも足りなさすぎる。」
『ユウ・その点に関してはすでに手をうっています。ミチナガ商会及びセキヤ国が総力を挙げて取り組みます。こちらから手を貸して欲しいのは洗脳された人々の治療所の建設です。ミチナガ商会で洗脳された人々をかくまっていると変な噂が立ちかねません。それから各国に派遣した兵士に対する一定の命令権もお願いします。』
「了解だ。援助が必要ならいくらでも言ってくれ。」
戦争が終わった今、必要なのは力ではない。金と物資だ。今回の戦争の被害はあまりにも大きい。このまま何も手を打たないといくつかの国はそのまま自然消滅することだろう。さらに行き場を失った人々が生きるために野盗になるかもしれない。
治安維持のためにも今後はミチナガ商会にかなり負担をかけることになる。だがミチナガとて、ただ復興支援をするつもりはない。むやみに金と物資をばら撒けばミチナガ商会も共倒れする可能性が十分ある。
アレクリアルは魔帝クラスまで至ったミチナガを信頼している。商人として魔帝クラスに至れるほどの男がそう簡単に倒れるはずがない。そしてただ復興支援するわけがないと。
「今後ミチナガはどう動くつもりだ。」
『ユウ・この大陸を牛耳るつもりです。今英雄の国とアンドリュー自然保護連合同盟のあるこの大陸は何もかも足りていない。他の商人たちではまともに商売することは難しいでしょう。そこにつけ込んで一気にこの大陸全ての商売を押さえます。…ミチナガ商会はこの戦争を利用してさらに大きくなります。』
「そうか。同じことをそこらの商人にやられるよりかは良い。思う存分やれ。そういえば火の国でもかなりの紛争があったと聞くが?」
『ユウ・火の国はもうダメです。東側は友人でもあるマクベスが支配しているおかげでなんとかなりましたが、西側は今回の洗脳事件で完全に崩壊しています。まともに復興することは不可能でしょう。今後ゆっくりとマクベスに火の国全域を征略してもらう予定です。』
「そうか……西側には9大ダンジョンの煉獄のムスプルヘイムがある。できるだけ急いだ方が良い。ダンジョンを覆う結界はそんなすぐには消えないとは思うが、万が一のこともある。…うちもこんな状況だからな。応援は出せない。」
『ユウ・その時はナイトやヴァルくんにお願いしますよ。なんとかします。』
すでにミチナガには今後の構想が練り上がっているようだ。この戦争を利用して商人としてさらなる高みを目指すだけの構想が。しかしアレクリアルはその報告を聞いて心配に思った。戦後処理もあるのにこんなことまでやろうとして身体が持つのかどうか。
「ミチナガ側の戦局はどうだったんだ?」
『ユウ・法国の大軍勢を打ち倒し、洗脳された人々を救う大戦果ですよ。……ただラルド・シンドバルが亡くなりました。それが結構キテるみたいです。それに…大勢が死にました。善人も悪人も平等に死にました。殺しも殺されもしました。ただあまりにも多く死んだので感覚的なものは完全に狂っていると思います。…しかし時間とともにその狂いがなくなるとどうなるか…。本人もそれが恐ろしいからこそ仕事をして考えないようにしたいんでしょうね。』
数十万人の死、さらに友の死。さらに言えば見覚えのある風景が戦争により破壊されたこともかなり精神的にくるものがあるだろう。だがここまでくるとこれらの事実がまるで夢物語のようで実感がわかない。
そして実感がわかないからこそ今ミチナガは耐えられるのだろう。しかしここで戦争で疲れたからと言って下手に休めば実感のわかなかったことが全て現実だと理解されてしまう。この世界に来てからだいぶ人の死に慣れてしまったミチナガではあるが、やはりまだまだ耐えられるものではないだろう。
アレクリアルもそこを心配していたのだが、ミチナガは解決策として仕事をすることを選んだ。仕事をして仕事をして…そしてこの戦争が昔のこととなれば自然と受け入れられるようになるだろうと。
「今ミチナガに倒れられては困る。この戦争はとりあえず終わったが、龍の国の脅威は消え去っていない。法国も法神が生きている限り脅威だ。そして…十本指と名乗る不可解な連中もな。」
『ユウ・ええ、もちろんです。僕達が支えます。そして…僕達はまだ強くならなければならない。立場がよくなるにつれ必要な戦力がどんどん上がってきて大変だけど、可能性は掴み取りましたから。』
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