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第378話 憎悪に溺れる者
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「こっちだ!食料と治療班を頼む!」
「こっちは十分だからあっちに行ってやってくれ。」
多くの怪我人と疲労困憊な様子の人々の元へ食料と治療のためのポーションや回復魔法をかけるための人員が駆けつけている。そんな彼らの元へは新たに多くの怪我人が運び込まれる。
ここは英雄の国の西方にあるヨーデルフイト王国。この羊毛づくりが盛んな平和でのどかな国にもこの法国と英雄の国の戦争の影響が出ていた。まだこの国そのものには法国の兵士もやってきてはいないが、周辺国は法国による被害が出ている。その中でも逃げ場のない村人などをミチナガ商会依頼の元、冒険者達が避難させてきている。
すでに避難してきた人々の数は千を超え、万に到達した。ただ近年の発展のおかげで数万の人々が避難してきても収容できる施設が充実している。この分ならまだ問題はないと使い魔達はさらに範囲を拡大して避難が必要な人々の受け入れを始めている。
しかし避難してくる人々の中には不安に思う者もいる。なんせこのヨーデルフイト王国はまともな城壁というものが存在しない。さらに言ってしまえばまともな騎士団もいないのだ。
ヨーデルフイト王国は周辺国との交流と流通により平和が保たれてきた国だ。下手に軍事力を持てば周辺国との流通に問題をきたす。だからあえて軍事力を持たないことで、周辺国に守ってもらうという方針をとってきた。しかし今はそれが役に立たない。
周辺国も今は法国の兵士と戦っている。その隙間を縫ってこのヨーデルフイト王国にやってこられたら数百程度の法国の兵士でもこのヨーデルフイト王国を落とせるだろう。だから避難してきた人々は不安を隠せないのだ。
「なあ…本当に…本当に守ってくれるんだよな…なぁ!」
「大丈夫ですから。大丈夫ですから安心してください。」
「もうおしまいよ…もう私達も死ぬんだわ!」
不安に怯え、中には自暴自棄になるものもいる。そういった人々を安心させるためにも騎士団などは必要なのだが、どうしようもない。戦力なんて羊を襲うモンスターと戦う衛兵くらいなものだ。
しかし使い魔達は知っている。この城壁も騎士団もいないヨーデルフイト王国が、今この英雄の国の中でも屈指の安全地帯ということを。アレクリアルもそれを知っているからこそ、このヨーデルフイト王国行きの魔導列車を運行させている。
続々と集まる人々。なぜこのヨーデルフイト王国に人々が逃げてくるのかはごくごく一部の人々しかその理由を知らない。だがそのごくごく一部の人々が信頼できる人物だから、避難してくるもの達も信用して逃げてくるのだ。
まだまだ避難してくる人々の数は増えるだろう。訳も分からずただ避難してくる。本当に安全なのかどうか、本当は騙されて囮にされているんじゃないかと疑心暗鬼になりながら。
そして避難してくるもの達の中にはもちろん子供もいる。むしろ子供が目立つだろう。そんな子供達やその母親達はほとんどがヨーデルフイト王国の中の、この地へと集まってくる。
その地はVMTランド。ミチナガ商会が近年完成させた大人も子供も楽しめる遊園地だ。莫大な事業費をかけて完成させたこのVMTランドはこの戦争の最中でも戦争前と変わらず営業を続け、避難してくる人々に安らぎと笑顔を届けている。
そんなVMTランドに入ると多くの子供達は一直線にVMTランド1番のマスコットキャラクターであるリッキーくんの元へ駆け寄る。子供達は皆笑顔だ。
「わーい!リッキーくんだ!」
「ママー!リッキーくんだよ!!」
「ええ、そうね…楽しんでいらっしゃい。」
母親や保護者の中にはこの状況でも楽しむことができないものが多い。しかし何も知らない子供達は無邪気にただただ楽しんでいる。リッキーくんもそれを見て笑みがこぼれる。
だが中にはこの状況下でもベンチに座り暗い表情をした子供もいる。その表情は感情をギリギリ抑えているようだ。リッキーくんはそんな子供に近づく。
「やぁ!どうしたんだい?」
「…パパがね……先に行けって…ママと私に言ったの。……すぐに追いつくからって………パパ…来てくれるよね?」
「きっと来てくれるよ。きっと来てくれる。だからほら…泣かないで。」
子供は感情に制御が効かなくなりその場で大声をあげながら泣き始めた。それにつられて泣き始める子もいる。何の被害もなくこの地にたどり着いた者もいれば、子供達だけでも逃がすために命をかけて立ち向かったものもいる。
子供達の中には親がどうなったか理解できる者もいる。しかし理解できない者もいる。そう言った子供達になんて言葉をかければ良いのか知っているものは少ない。そしてそんな子供達を笑わせることが困難で…どうしようもできないと知ってしまう者もいる。
暗くなり子供達が寝付くまでリッキーくんは子供達のそばを離れなかった。少しでも元気になってもらうために必死に努力した。しかしリッキーくんがどんなに頑張っても笑みすら見せない子供もいる。絶望のどん底にいる子供を笑顔にするのはリッキーくんでも不可能であった。
リッキーくんは自室に戻り、見られていないことを確認してからゆっくりとその着ぐるみを脱いだ。着ぐるみの中から出て来たヴァルドールはいつもと比べ、疲労困憊に見えた。いつものヴァルドールならば笑顔で今日も良い日だったと今日のことを日誌にまとめる。
しかし今日のヴァルドールは疲れ果てており、使い魔が運んで来た水を飲むのも辛そうであった。肩で息をしながらゆっくりと落ち着きを見せるヴァルドールは頭を抱えた。
「辛いな……ヨウ殿…これは辛いな…」
『ヨウ・大丈夫…な訳ないもんね。しんどかった?』
「あぁ…しんどいなんてものではない。我は子供達の笑顔を見るために頑張った。しかしどんなに頑張ろうと子供達は笑わない。……無力だ。我は絶望でさえも…絶望を笑顔で吹き飛ばせるような…そんな作品を生み出したい。しかし本当の絶望の前ではこうも無力なのか……」
『ヨウ・ヴァルくん……』
ヴァルドールは頭を抱えたまま動かない。ヨウもその様子を見ているが、慰めることができない。しばらく経った時、ヴァルドールの頬を何かがつたうのが見えたような気がした。それはヴァルドールの中の悔しさが溢れ出たものなのか、それとも単なるヨウの見間違えなのか。
しかしその時、ヴァルドールの気配が変わるのがわかった。その気配は、気迫は思わずヨウが息を飲む程だ。ヴァルドールは立ち上がった。そんなヴァルドールの表情はヨウも初めて見る。これほどまでに恐ろしい表情をしたヴァルドールは見たことがない。
「憎い…憎いぞ……これほどの憎しみを覚えたのはいつ以来だ?いや、これまでの人生の中でこれほどの憎しみを…憎悪を覚えたのは初めてかもしれぬ。…ヨウ殿。未熟な我ではこの憎悪を抑え込むことができん。この憎悪を解放せねば…我を失いそうだ。」
『ヨウ・りょ…了解しました!!お伴します!!!』
憎悪で怒り狂ったヴァルドールを見たヨウはただお伴するしかなかった。このヴァルドールを止める方法をヨウは知らない。こうなったヴァルドールがどうなるのか、それは世界中の誰も、ヴァルドール自身でさえも知らないだろう。
そこにいるのは可愛いキャラが好きなヴァルドールではない。子供達を笑顔にするリッキーくんとして活躍するヴァルドールではない。かつて100年戦争時代に、吸血鬼神と呼ばれたヴァルドール…ですらない。それを超える怪物だ。そしてそんな怪物の怒りの矛先は全て法国へと向かった。
「こっちは十分だからあっちに行ってやってくれ。」
多くの怪我人と疲労困憊な様子の人々の元へ食料と治療のためのポーションや回復魔法をかけるための人員が駆けつけている。そんな彼らの元へは新たに多くの怪我人が運び込まれる。
ここは英雄の国の西方にあるヨーデルフイト王国。この羊毛づくりが盛んな平和でのどかな国にもこの法国と英雄の国の戦争の影響が出ていた。まだこの国そのものには法国の兵士もやってきてはいないが、周辺国は法国による被害が出ている。その中でも逃げ場のない村人などをミチナガ商会依頼の元、冒険者達が避難させてきている。
すでに避難してきた人々の数は千を超え、万に到達した。ただ近年の発展のおかげで数万の人々が避難してきても収容できる施設が充実している。この分ならまだ問題はないと使い魔達はさらに範囲を拡大して避難が必要な人々の受け入れを始めている。
しかし避難してくる人々の中には不安に思う者もいる。なんせこのヨーデルフイト王国はまともな城壁というものが存在しない。さらに言ってしまえばまともな騎士団もいないのだ。
ヨーデルフイト王国は周辺国との交流と流通により平和が保たれてきた国だ。下手に軍事力を持てば周辺国との流通に問題をきたす。だからあえて軍事力を持たないことで、周辺国に守ってもらうという方針をとってきた。しかし今はそれが役に立たない。
周辺国も今は法国の兵士と戦っている。その隙間を縫ってこのヨーデルフイト王国にやってこられたら数百程度の法国の兵士でもこのヨーデルフイト王国を落とせるだろう。だから避難してきた人々は不安を隠せないのだ。
「なあ…本当に…本当に守ってくれるんだよな…なぁ!」
「大丈夫ですから。大丈夫ですから安心してください。」
「もうおしまいよ…もう私達も死ぬんだわ!」
不安に怯え、中には自暴自棄になるものもいる。そういった人々を安心させるためにも騎士団などは必要なのだが、どうしようもない。戦力なんて羊を襲うモンスターと戦う衛兵くらいなものだ。
しかし使い魔達は知っている。この城壁も騎士団もいないヨーデルフイト王国が、今この英雄の国の中でも屈指の安全地帯ということを。アレクリアルもそれを知っているからこそ、このヨーデルフイト王国行きの魔導列車を運行させている。
続々と集まる人々。なぜこのヨーデルフイト王国に人々が逃げてくるのかはごくごく一部の人々しかその理由を知らない。だがそのごくごく一部の人々が信頼できる人物だから、避難してくるもの達も信用して逃げてくるのだ。
まだまだ避難してくる人々の数は増えるだろう。訳も分からずただ避難してくる。本当に安全なのかどうか、本当は騙されて囮にされているんじゃないかと疑心暗鬼になりながら。
そして避難してくるもの達の中にはもちろん子供もいる。むしろ子供が目立つだろう。そんな子供達やその母親達はほとんどがヨーデルフイト王国の中の、この地へと集まってくる。
その地はVMTランド。ミチナガ商会が近年完成させた大人も子供も楽しめる遊園地だ。莫大な事業費をかけて完成させたこのVMTランドはこの戦争の最中でも戦争前と変わらず営業を続け、避難してくる人々に安らぎと笑顔を届けている。
そんなVMTランドに入ると多くの子供達は一直線にVMTランド1番のマスコットキャラクターであるリッキーくんの元へ駆け寄る。子供達は皆笑顔だ。
「わーい!リッキーくんだ!」
「ママー!リッキーくんだよ!!」
「ええ、そうね…楽しんでいらっしゃい。」
母親や保護者の中にはこの状況でも楽しむことができないものが多い。しかし何も知らない子供達は無邪気にただただ楽しんでいる。リッキーくんもそれを見て笑みがこぼれる。
だが中にはこの状況下でもベンチに座り暗い表情をした子供もいる。その表情は感情をギリギリ抑えているようだ。リッキーくんはそんな子供に近づく。
「やぁ!どうしたんだい?」
「…パパがね……先に行けって…ママと私に言ったの。……すぐに追いつくからって………パパ…来てくれるよね?」
「きっと来てくれるよ。きっと来てくれる。だからほら…泣かないで。」
子供は感情に制御が効かなくなりその場で大声をあげながら泣き始めた。それにつられて泣き始める子もいる。何の被害もなくこの地にたどり着いた者もいれば、子供達だけでも逃がすために命をかけて立ち向かったものもいる。
子供達の中には親がどうなったか理解できる者もいる。しかし理解できない者もいる。そう言った子供達になんて言葉をかければ良いのか知っているものは少ない。そしてそんな子供達を笑わせることが困難で…どうしようもできないと知ってしまう者もいる。
暗くなり子供達が寝付くまでリッキーくんは子供達のそばを離れなかった。少しでも元気になってもらうために必死に努力した。しかしリッキーくんがどんなに頑張っても笑みすら見せない子供もいる。絶望のどん底にいる子供を笑顔にするのはリッキーくんでも不可能であった。
リッキーくんは自室に戻り、見られていないことを確認してからゆっくりとその着ぐるみを脱いだ。着ぐるみの中から出て来たヴァルドールはいつもと比べ、疲労困憊に見えた。いつものヴァルドールならば笑顔で今日も良い日だったと今日のことを日誌にまとめる。
しかし今日のヴァルドールは疲れ果てており、使い魔が運んで来た水を飲むのも辛そうであった。肩で息をしながらゆっくりと落ち着きを見せるヴァルドールは頭を抱えた。
「辛いな……ヨウ殿…これは辛いな…」
『ヨウ・大丈夫…な訳ないもんね。しんどかった?』
「あぁ…しんどいなんてものではない。我は子供達の笑顔を見るために頑張った。しかしどんなに頑張ろうと子供達は笑わない。……無力だ。我は絶望でさえも…絶望を笑顔で吹き飛ばせるような…そんな作品を生み出したい。しかし本当の絶望の前ではこうも無力なのか……」
『ヨウ・ヴァルくん……』
ヴァルドールは頭を抱えたまま動かない。ヨウもその様子を見ているが、慰めることができない。しばらく経った時、ヴァルドールの頬を何かがつたうのが見えたような気がした。それはヴァルドールの中の悔しさが溢れ出たものなのか、それとも単なるヨウの見間違えなのか。
しかしその時、ヴァルドールの気配が変わるのがわかった。その気配は、気迫は思わずヨウが息を飲む程だ。ヴァルドールは立ち上がった。そんなヴァルドールの表情はヨウも初めて見る。これほどまでに恐ろしい表情をしたヴァルドールは見たことがない。
「憎い…憎いぞ……これほどの憎しみを覚えたのはいつ以来だ?いや、これまでの人生の中でこれほどの憎しみを…憎悪を覚えたのは初めてかもしれぬ。…ヨウ殿。未熟な我ではこの憎悪を抑え込むことができん。この憎悪を解放せねば…我を失いそうだ。」
『ヨウ・りょ…了解しました!!お伴します!!!』
憎悪で怒り狂ったヴァルドールを見たヨウはただお伴するしかなかった。このヴァルドールを止める方法をヨウは知らない。こうなったヴァルドールがどうなるのか、それは世界中の誰も、ヴァルドール自身でさえも知らないだろう。
そこにいるのは可愛いキャラが好きなヴァルドールではない。子供達を笑顔にするリッキーくんとして活躍するヴァルドールではない。かつて100年戦争時代に、吸血鬼神と呼ばれたヴァルドール…ですらない。それを超える怪物だ。そしてそんな怪物の怒りの矛先は全て法国へと向かった。
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