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第372話 正義のあり方

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「いたぞぉ!奴らを止めろぉ!!」

 兵士たちが一目散に駆けていく。彼らの先には大勢の洗脳されたもの達が一つの屋敷に侵入しようとしている。その屋敷は不自然なほどに大量の物資を溜め込んでいた貴族の屋敷だ。もしもこの屋敷が敵の手に渡ったら大量の物資により、洗脳されたもの達を強化することができる。これまで以上に苦しい戦いになるだろう。

 だからこそ兵士たちは必死に討伐に当たる。敵の数は多いが訓練された兵士たちならば何とかなる。逆にこうして屋敷に大勢が向かってくれば敵を捜索する手間が省けて戦いが楽になる。実際に街の中のいくつかの区域ではすでに安全が確保され出した。この騒動の収束も間近だろう。

 そんな中、一部の者達が行動を開始していた。法国の密偵達である。彼らはこの洗脳による混乱に乗じて逃げようとしているのだ。そんなもの達の中にはハロルドもいる。その背後には数人のメイドに抱えられたラルドの姿があった。彼らは下水道から脱出を試みていた。

 しかしそんな彼らの前に突如人影が現れた。それは12英雄が1人、隠匿のメールスだ。彼女は使い魔達から報告を受け、事前に部下とともにこの下水道に待ち伏せていたのだ。すでに下水道はメールスの部下によって完全に封鎖されている。他の逃げようとした法国の密偵達も捕まり出した。

「こんな騒ぎを起こして……逃げられると思ったの?…」

「これはこれは…さすがは12英雄。仕事が早い。ではお任せしますよ。」

「隠匿のメールスですか。せっかくの12英雄との戦いだと喜んだのに…たかが諜報員が相手とは…」

 ハロルドの背後の暗闇から影法師が現れた。さらに気配もなく10人以上の仲間も現れた。これは流石の12英雄とはいえ相手が悪いように思われる。この10人は間違いなく魔王クラス以上の実力者だ。しかもメールスは影法師の言う通り武闘派の英雄ではない。

 これはまずいのではないかと思ったが、メールスは笑みを浮かべた。何とも不気味な笑み。それを見た影法師はハロルドの前に立ち、紙を手渡した。

「時間がかかりそうです。それにそっちを守りながら動くのは厳しい。引き返して地上から向かってください。」

「良いでしょう。では行きますよ。」

 ハロルド達はすぐに来た道を引き帰り始めた。メールスは何らかの反応を示すと思われたのだが何も反応を示さなかった。影法師とメールスは互いに見つめ合いながら動こうとしない。そんな2人であったが、先に口を開いたのは影法師だ。

「ただの諜報員…そう聞いていたのですがあなた…血の匂いがしますね。こちら側の人間でしたか。しかしあなたみたいなのが12英雄になれるんですか?」

「どんな世界にも…光があれば影がある。……私はこの国の影を担当する。」

「そう言うことですか。これは楽しめそうです。」

 この世界は未だに戦争が絶えない。そんな中で英雄として人道的な英雄の国だが、大きな戦いにおいていつまでも甘いことは言っていられない。戦場で情けをかければこちらが死ぬ時代なのだ。だからメールスは他の英雄達にはできない非人道的な行いを担当する。

 秘密裏に行われる諜報活動や拷問などは全て彼女の指揮で行われる。中には知ればアレクリアルが激怒するような行ないもあるだろう。しかしそれらもメールスは平然と行う。それがこの国の利益となるのであればメールスは喜んでその手を汚す。

 メールスは確かにただの武闘派の英雄ではない。12英雄の中で唯一悪に染まった英雄なのだ。そしてその悪はアレクリアルという光が輝けば輝くほど漆黒に染まっていく。そんなメールスは12英雄屈指の実力者と言われる。

 影法師は突如感じた異変に反応し、武器を抜きはなった。そしてその抜かれた武器が暗闇から現れた武器とぶつかり合う。その暗闇の中にはメールスがいた。しかしメールスは目の前にいたはずだ。武器と武器がぶつかりあった瞬間も目の前にいたはずだ。しかし今は真横にいる。そして先ほどまで立っていた場所にはいない。その異変には影法師もすぐに気がついた。

「幻術…ですか。なるほど、やはり敵地と言うだけあってそちらに分があるようだ。」

「どうする?……逃げる?」

「逃してはくれないでしょうに。しかし…逃げなければ勝ち目はない。厄介なものです。」

 影法師は察した。ここはメールスのテリトリーだ。この下水道の中にはいくつもの罠や仕掛けが施されているだろう。ここで戦うのはあまりにも分が悪い。地上に出なければほぼ勝ち目はないことはすぐにわかった。しかし目の前の相手がそれをさせてくれることはないことも理解できる。

「はぁ…下水道に逃げたのは失策でした。普通に地上を逃げた方がまだ良かった。」

「地上は地上で…大変だけどね。」

 メールスの言う通り地上には2人の12英雄が待ち構えている。12英雄を2人相手にするか、1人を相手にするか、で言えば間違いなく1人を選ぶ。しかし相手がメールスだとまた話は変わってくる。下手に取り押さえられでもしたらメールスによってどんな拷問を受けるかわかったものじゃない。

 影法師はため息をついた。おそらくメールスに勝てたとしても、その後そこらの兵士によって殺されるだろう。それほどメールスとの戦いはギリギリだ。勝っても負けても行く末は死のみ。長らく法国のために戦って来たが、遂に最後の時が来たのだと知った影法師はほくそ笑んだ。

「私の戦いがこの戦いの運命を変えると信じて…派手にやりましょうかね。もういつまでも影でいる必要はない。最後に私は輝くのだ!!」

 影法師は自身の死を覚悟して己の全身全霊を持ってメールスに挑むことを決めた。そんな影法師を見たメールスは上着を脱いで軽装になった。その体にはいくつもの傷跡が見られる。本来12英雄ともなればよほどの傷でない限り傷跡が残ることはない。影法師はその傷の違和感にすぐに気がついた。

「その身体……まさか自らの体を改造したんですか?あなた…イかれてますね。やはりこちら側の人間だ。しかもとびっきりの。」

「あなた…気に入った。ちょうどね…新しい呪具の作成を考えていたの…あなた達全員を使って新しいの作ってあげる。」

 メールスは邪悪な笑みを浮かべた。これには影法師の部下達も恐怖に怯えた。悪人が恐れるほどの悪人。それがメールスだ。

 12英雄はそれぞれの武器に沿った初代13英雄の称号をアレクリアルから授かる。フィーフィリアルなら弓、ダモレスなら大剣、ザクラムの場合はガザラムの子孫と言うことでハンマーとなっている。そんな中、メールスは変わり種の十字架だ。これは元の13英雄が聖職者だったことからこうなっている。

 その13英雄は元々高潔で汚れのない神官であった。しかしそんな高潔な彼も100年戦争という惨劇の中で変わってしまった。目の前で失われるいくつもの命、埋葬されることもなく鳥やネズミに啄ばまれる死体。彼が日に100の死体を埋葬すれば、戦争により1000の死体が作られた。

 彼は自身の無力さに苛まれた。どんなに神に祈ろうと大人も子供も死んで行く。それでも自分が祈りを捧げることで救われる命があるはずだと信じて祈りを捧げ続けた。しかし共に神を信じて祈りを捧げていた者達が、翌日には戦争により変わり果てた姿になってやってくる。

 数多くの死が高潔な彼を変えた。そして彼の考えが徐々に歪んで行き、人々を守るためならば残虐な行いすらも厭わない怪物を生み出した。そんな彼のことを描いた英雄譚は今も書物として残り続けている。

 しかし現存している彼の英雄譚のほとんどは改変、脚色されたものだ。これが英雄の行いだと人々は絶対に納得しないと確信しているから。生前、彼も自身のことを英雄だと認めたことは一度もなかった。あまりにも残虐な自身の行いに正義を感じることはなかった。

 だが結果として、彼は数々の功績を残した。13英雄の中でも指折りの功績だ。そしてそれ以上に数々の罪も犯した。そんな彼は100年戦争が終結した頃に自ら命を絶った。平和な世を生きるのには自分は汚れすぎたと言って。

 そして現在、そんな彼の称号をメールスは受け継いだ。しかもどうやって調べたのかわからないが、メールスは彼の罪の数々を暴いて見せた。メールスは非常に才女でいくつもの書物から改変された歴史の真実にたどり着いたのだ。数々の功績の裏に隠れたあまりにも罪深い真実。

 その真実を知った時、メールスは彼に憧れた。これまでにないほど心酔したのだ。自己犠牲の上に平和な世を築いたとして、彼は本物の英雄だと知って。だからメールスは彼の考えや行いを自身の教えとし、彼のように生きることを決めた。

 その教えが12英雄、隠匿のメールスを生み出した。メールスはこれまで殺して来た悪人達を用いて作成した呪具を体内に埋め込んだ改造人間である。メールスにとっての象徴となる十字架はまさに自身が命を奪ったもの達の魂。その魂を用いてさらなる悪人の魂を集める。

 数多くの罪を犯し、その罪の全てを忘れないために。その罪を糧とし、さらなる功績を生み出すためにメールスは進んで罪を犯した。その罪の一つ一つがより良き世の中を生み出すと信じて。

「私はあなた達を殺す…だけど安心して……あなた達のことは忘れない…あなた達の死は……より良き世界を生み出すために……余すことなく使うから…さあ。私と一緒に…」

 メールスは両腕を広げて笑みを浮かべる。さすがの影法師もこれには恐怖した。あまりにも異常。あまりにも狂った正義。しかし彼女の中ではこれが最高の正義だと信じている。だからこそ笑みを浮かべ、まるで我が子に言い聞かせるように言うのだ。

「世界平和を目指しましょう…」

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