上 下
367 / 572

第354話 巨大のヨトゥンヘイム外縁部

しおりを挟む
「で、でけぇ…この壁一体どれだけデカイの?」

「200mはある。そうでないとモンスターによっては簡単に乗り越えられるからな。」

 魔導列車から降りた目の前には巨大な壁がそびえ立っている。これがかつて9大ダンジョンの一つ巨大のヨトゥンヘイムから発生したモンスターを防ぐために魔神たちによって作られた巨壁だ。

 生半可な攻撃では破壊することはできず、破損しても自己修復機能があるためすぐに治ってしまう。これを現代技術で真似しようと幾人もの学者たちが研究したが、今だに解明されていない。未知の古代遺物の一つだ。

 そんなことをアレクリアルから教わったミチナガは感慨深くその壁を見つめている。使い魔たちは興味をそそられたのか大勢で壁を観察しに向かった。まあ流石の使い魔たちでも解明することはまず不可能だろう。

 そんな使い魔たちを放っておいてミチナガはアレクリアルについていく。しかし巨大な壁にも驚かされたが、壁周囲の街並みにも驚かされた。防衛施設だと聞いていたのでもっとお堅いイメージだったのだが、店なんかも立ち並んでいる。

 どうやら特別な許可を得た商店のみがここで店を構えることを許されているらしい。儲けは良いらしいが命の危険が高いため、あまりここで店を構えたいという人気はないのだという。それでも物好きはこうしてやって来て人を呼び込んでいる。

「さすがに売値が王都の5倍以上はしますね。それになんだか…店主がみんな屈強ですね。」

「商品の入荷は魔導列車が来た時だけだからな。仕入れ値も王都の数倍はする。屈強なのは元冒険者だからだ。元冒険者の商人というのはたまにいるが、商売が下手なものが多い。初めて1年で挫折するものが半数以上いる。だがここなら多少味が悪くても商売が下手でもなんとかなる。それにいざという時は逃げられるからな。」

 ミチナガは試しに出店の商品を一つ買ってみる。買ったのは簡単な麺料理だ。値段は王都ならおそらく6分の1だろう。一口啜ってみるとなんとも言えぬ味だ。まずいわけではないのだが、美味いわけでもない。言うなれば海の家の焼きそばみたいな感じだ。場所が場所だから美味く感じるかもしれないが、普通に家では食べたくない。

「俺ここで店開いたら行列できる自信あります。」

「それは困るな。兵士たちの仕事に差し障る。」

 アレクリアルはクスリと笑いながらそう答える。しかし正直これでは必死に戦っている兵士たちが可哀想だ。だがこんな味だからこそのメリットがある。

 それはいつまでもここで店を構えていてくれるということだ。こんな味なら兵士たちも時々しか食べに来ない。そうなれば儲けが少なくていつまでもここで店を構えていてくれる。下手に儲けてしまうと王都に帰ってしまうので大変なのだ。

 それに兵士たちの基本的な食事はちゃんと3食出されている。だからここの店で食べる必要はないのだ。あくまで兵士たちの娯楽にと用意されている店だ。兵士たちの変わらぬ日常に少しでも変化をとストレスケアの意味を込めて100年以上前からやられているのだが、なかなかに効果的らしい。

 しかしここで一つの問題が浮上する。それは今回の目的によるものだ。今回この9大ダンジョン巨大のヨルムンガンドを解放する。そして解放されたらこの巨大な壁に常駐する兵士たちは必要なくなる。そうなれば必然的にここの店々も必要なくなる。

 そうなった時、彼らはもう商人としてやっていけないだろう。こんな味で店を構えて商売を続けるのはまず不可能だ。この場所だけでも30人以上いる。他にもここと似たような場所がいくつも点在している。

 つまり半径1000キロのこの巨大な壁付近で商売をしている人はおそらく1000人を超えるだろう。それでいてどれもこれも似たような美味くない店ばかりだ。つまり1000人も路頭に迷わせることになる。そう思うと心苦しい。ミチナガはしばらく難しい顔をして考え、そしてため息をついた。

「仕方ないか…アレクリアル様。しばらく暇を貰ってもいいですか?ちょっと…彼らを放っておけないというか…」

「ん?そうだな…この後2人の12英雄と合流して今後の話し合いをと思ったのだが…いいだろう。それがミチナガ、お前の英雄としての行いなのならば全て許される。やってこい。」

「ありがとうございます。」

 ミチナガはアレクリアルたちの列から離れて先ほどの麺料理を買った店へと向かう。そこの店主は今も汗水流しながら一生懸命料理を作っている。見ただけでわかる。悪い男ではないのだ。ただ料理の仕方を知らないからいけないのだと。

「いらっしゃい。あれ?さっきの…」

「ちょっとそこを変わってくれ。そんなやり方じゃダメだ。いいか?麺を焼く時は最初に麺に焼き目をつけてやるんだ。よく見とけよ。」

 ミチナガは店主の前で料理を始める。ミチナガだって最初の頃はスマホのアプリどこでもクッキングで料理をつくっていた。それに普通の自炊経験もある。だから料理はちゃんとできるのだ。味付けはシェフに任せてしまえば問題ない。店主の味を全て変えるのではなく、店主のやりたかったことを残しながら味を変えていく。

「ほら、こんな感じだ。食ってみろ。」

「食ってみろって……う、うんまぁぁい!!これめちゃくちゃうめぇ!!」

「そんな大騒ぎするほどでもない。この程度が作れなくちゃ王都なんかでも通じないぞ。今度はこいつを自分で作ってみろ。俺の使い魔残しておくからこいつの指示に従って作れば問題なく作れる。次は対面の店主!そっちにもいくからな。」

 ミチナガはどんどん店を回って味を直していく。店主たちはミチナガがくることに嫌そうな顔をしていたが、美味しく作り直してやると嬉しそうに感謝の言葉を述べていた。そしてそんな騒ぎを聞きつけたのか兵士たちも集まってきた。

 そして今までと比べ物にならないほど美味しくなっている料理に驚き、皆列をなして買っていく。おかげで店主たちもレシピを忘れる前に何度も反復練習することができる。今までにない活気のある店々に、まだミチナガがやってきていない店の店主たちは1秒でも早くミチナガがくるのを待っている。

 それから5時間ほどで全ての店を回り終えたミチナガはくるりと振り向く。するとそこにはかつてない活気ある通りがあった。兵士たちも美味いものが食べられて幸せそうだ。そんな兵士たちが美味い美味いと言って飯を食べている姿を見た店主たちは、思わず笑みを溢しながら今も必死に料理を作っている。

 そしてそれから2時間もすると全店舗で材料切れを起こして、その日の営業は終わりを告げた。幾人かの兵士たちからは落胆の声が上がる。きっと彼らはようやく今日の仕事が終わったのだろう。仕事中にこの活気を見聞きして急いでやってきたが、全店舗営業終了でなんとも辛そうだ。

 そんな兵士たちの姿を見た店主たちはなんとも嬉しそうだ。日頃は自分たちのことなんてまるで無視していたのに、今日は営業が終わったと聞いて落胆しているのだ。それがなんとも滑稽で、なんとも嬉しい。

 そんな店主たちはミチナガの元へ集まり、ミチナガを胴上げし始めた。感謝の気持ちをこうして表しているのだろう。ただ男どもがさっきまで汗水流していたので男臭い。それに皆筋肉質なので正直怖い。それに胴上げの高さが異様に高い。正直気分としてはあまりよろしくない。

 そんな騒ぎを見つけた数人の兵士たちが、血相を変えてやってきた。そしてすぐに店主たちを止めてミチナガを地に下ろした。その表情は本当に慌てふためいている。顔色なんて血の気が引いて少し青っぽい。

「え、英雄ミチナガ様。申し訳ありません。」

「「「え、英雄!?!?」」」

 兵士の言葉を聞いた店主たちも血相を変えた。ミチナガが英雄になったことをこの店主たちは知らなかったのだ。なんせここは英雄の国から遠く離れた地。情報なんてそう簡単に入ってくるものじゃない。この兵士はミチナガと共に今日やってきたから知っていたのだろう。

「気にしないで良いよ。こういうの慣れているし。それより店主たちは全員集合!明日までに店の商品一つ増やすぞ。それから商人としてのいろはを叩き込んでやる。あ、別に興味ない奴はついてこないで良いぞ。興味ある奴だけついてこい。」

「「「「おぉ!」」」」

 もちろん是非もなく全員ついていく。ミチナガはこの短時間でここにいる店主全員に実力を示した。そして人間性についても英雄ということで納得させた。そして実績としてもミチナガ商会の商会長だということを明かしたら納得した。

 そしてミチナガは店主全員を集めて講義を行う。紙とペンを支給しての講義だ。正直この講義だけでも一人金貨10枚以上価値はある。それを無料でやるのだから皆真剣な表情でそれを聞く。

 講義を終えたら今度は一人一人要望を聞きながら新商品の開発だ。故郷の味、友との思い出の味、冒険者時代に旅した時の異国の味。それを話を聞きながら再現する。もちろんこんなことをミチナガ一人でできるわけがない。使い魔たちも動員しての作業だ。

 新商品開発は日を跨いで行われた。夜中になってようやく一仕事終えたミチナガはアレクリアルたちの元へ戻り、静かに眠りにつく。一方店主たちは眠ることすらせずにひたすらに料理の反復練習を行なった。

 そして眠ることなく早朝から食料の買い出しと料理の仕込みを始めるのであった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

処理中です...