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第349話 撮影会と崩れゆく足元

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「あの!みなさんで撮影会をしませんか!」

 ある日唐突にメリアが言い出した。その日は珍しく5人全員揃っていた。ミチナガは長く続いた英雄誕生のパーティーが一区切り付き、ヴァルドールも絵本の執筆がひと段落ついた。そしてナイトも今日は冒険者ギルドに顔を出さずにいる。アンドリューも新しい釣り具作成の話し合いが終わったところだ。

 メリアはやることがありそうだったが、せっかくのチャンスだからと仕事を中断してきた。せっかくミチナガ商会のトップ5人が揃っているというのに何もしないのは勿体無い。だからメリアはこの5人で雑誌を一つ作ろうと考えているのだ。

「撮影会かぁ…写真撮るのは好きだけど…まあ記念だと思って撮っておくのもありだな。ヴァルくんは素顔は出せないから着ぐるみで撮影する?シュールだけど子供向けにもできるし良いと思うよ。VMTキャラデザインのTシャツみたいなの作ってもらったら?」

「それは良い…いくつかデザインを描いて見ましょうか。」

「俺は…別にやらなくても…」

「まあまあナイトさん。私は釣りに使えるような服装の方が良いですな。」

「そう思って事前に完成させたものがあります!ヴァルくんさんもいくつかこれまでの絵本からVMTキャラの服を作っているのでそれを着てみてくれませんか?」

 どうやらこの機会のためにずっと用意していたようだ。服の採寸も使い魔達が事前にやっておいたのでそこも問題ない。ナイトを説得し、全員の同意を得るとすぐにスタジオを押さえた。

 とはいえこの世界では写真は一般的ではない。だからスタジオなんてものはないのだが、事前にスタジオとして使えそうな場所を見つけてあったのだ。そこを大急ぎで写真撮影用のスタジオに改造する。

 メリアのところのスタッフが総出で仕事にかかる。ミチナガ達が昼食を食べ終えてスタジオに入る頃には立派な撮影スタジオに変わっている。すぐに衣装も準備され、一人一人着替えが始まる。

 着替えが終わると全員集まり互いの衣装を見て思わず感心する。ミチナガの服装は貴族らしいものだが、今までの貴族よりもちょっとしたアクセントの効いた最新鋭の服装だ。これなら貴族達も真似したくなるだろう。

 ナイトはというとより冒険者らしい服装だ。機能美というやつだろう。実用的な美しさがある。所々の収納箇所にはそれぞれの場所にあった収納物が収められている。もちろんナイトは使うことがないものがいくつかあるが、一般的な冒険者なら嬉しい仕様だ。

 アンドリューの服はもちろん釣り用の服だ。こちらも機能美が中心だ。ただ耐水性や防寒を中心としているのでナイトのものとは系統がまるで違う。アンドリューも釣り服としての実用性の高さに驚いている。

 ヴァルドールことリッキーくんの服装はどれも可愛らしいVMTキャラデザインの服だ。着ぐるみの上から着ているので随分大きな服だが、子供に人気の出そうな絵柄だ。一つ一つちょっとした隠れキャラがいるのでなかなかに楽しい服装だ。

 メリアは普段通りの奇抜なファッションだ。今年の流行に合わせたデザインと色使いになっている。皆一通りの服装に着替えると集合して撮影を行う。まるで衣装に統一感のない集合写真だが、返ってそれが各々の個性を表していて面白みがある。

『カメ・はーい撮影完了。それじゃあ個人の写真も撮っていくからとりあえずバラけて。衣装チェンジもあるから長くなるよ~』

「えぇ~…まあいいけど。せっかくだしバッチリ撮ってもらおう。ほらナイトもそんな嫌そうな顔しないで。こいつらにはいつも頑張ってもらっているからさ。感謝の意味も込めて撮らせてやろ。」

 ナイトを説得して撮影会が再び始まる。衣装替えも合わせるとかれこれ4時間は撮影している。撮影が終わる頃には疲れ果てたナイト、それにミチナガとアンドリューの姿がある。メリアは慣れたものだし、リッキーくんは目立つのが好きなので疲れなどはないようだ。

 その後夕食を食べ終える頃には全ての写真を現像し、特製のアルバムが出来上がっていた。もちろんこの写真を雑誌にするのだが、せっかくなのでみんなの思い出ということでアルバムを用意した。それを5人が囲んで鑑賞会だ

「さすがメリアはどの写真もバッチリ決まっているな。あ、ナイトは表情カチコチだな。緊張しまくってんじゃん。」

「む…それをいうならお前はこけているぞ。」

「すごいタイミングで撮れておりますな。おや、このTシャツは可愛らしいですな。」

「このキャラTシャツは良いな。後で何枚か頼めるか?部屋着にする。」

「今は着ぐるみサイズしか用意してないので少し時間はかかります。ですがなるべく早く用意しますよ。」

 1ページめくるたびに話がはずむ5人。童心に帰ったようなその表情は実に楽しそうだ。それから1週間後には撮影した写真の中から良いものだけをピックアップし、雑誌を完成させた。初のミチナガ商会大幹部全集合の写真は瞬く間に人気を博し、飛ぶように売れていった。



 そして雑誌がだいぶ売れた頃にミチナガは再び英雄に至ったことを祝福するパーティーに呼ばれた。今度のパーティーは今までのパーティーの中でもかなり大きい。国の重鎮などが多く集まる格式の高いパーティーだ。

 ミチナガはそんなパーティーの中心的存在であった。雑誌が売れたこともありミチナガの顔は広く知られた。誰もが英雄に一目会いたいと代わる代わる挨拶にやってくる。本来は下の地位のものが声をかけにいくという行為は貴族のマナーとしてはあまり良くないのだが、英雄に関しては別らしい。

 その様子を遠目から見ている男がいる。その男には数人の取り巻きがいるようだがしばらくミチナガの方を見た後に背を向けて歩いていった。

「よろしかったのですかブランターノ公爵。彼に話しかけなくて。」

「良いのだよ。…本当は声をかけるつもりであったが、やめておく。今彼に話しかけにいくのはラルドくんに悪い。」

 彼はラルド・シンドバルを世界貴族に推挙したブランターノ公爵だ。そんなブランターノ公爵は現在のラルドの心境を知っているため、ここで話しかけにいくのはラルドに悪いと思ったのだ。

「ミチナガ大公とラルドくんは昔からの知り合いらしい。本当は一つラルドくんの話でもしたいと思ったが、彼も忙しい身だ。それに私は信じている。ラルドくんならきっと…あの英雄にも追いつけると。だから今私が彼に話にいくのは何か筋違いに感じてね。今日は帰るとしよう。」

「気に入っていますね彼のこと。わかりました。我々もお伴します。」

 ブランターノ公爵一行はその場を後にした。いつの日かラルド・シンドバルがミチナガに追いつけることを信じて。

 だがそんなことを知らない当のラルド本人は一人部屋で酒を煽っていた。その心境はめちゃくちゃだ。ミチナガが、なんてことはないあんな男が英雄まで至ったことに苛立ち、自身が未だ伯爵の地位で足踏みしているこの現状に怒っていた。

「くそっ!くそがぁ!!なぜあんな男が…私は…私ほど英雄に憧れた人間はいないというのに…」

 ラルドは一般的な人々と同じ英雄崇拝をしていた。そしていつの日か自分が英雄と呼ばれるようになりたいと。もちろん多くの人々は同じことを思う。しかしほとんどの人々は大人になればその夢を諦める。

 だがラルドはその夢を叶えることのできる才能と金があった。だから父親になんとか無理を言って自分で商会をまわしていった。おかげで今ではシンドバル商会の次期商会長として認められるようになった。

 最近は世界貴族としての地位を上げるために各地で動いているため、なかなか商会の人間としての働きはできていない。そこでふっとため息をついた。すでにラルドの中で答えは出ているのだ。

「私は商人であるのに貴族としての活動しかしなかった。しかしミチナガは未だ商人として動いている。彼の根本は商人。私はただの英雄願望。これが二人を分けた差なのだろうな。しばらく…世界貴族としてのことは忘れて商人ラルド・シンドバルに戻るか。そうすれば何か変わるかもしれないな。」

 ラルドは心を入れ替えた。ここ最近酒を飲みすぎたせいで思考が混濁していた。だからこそ出た答えかもしれない。ラルドは酒を飲むのをやめた。この酒が抜けきったら世界貴族ラルドはしばらく休止だ。そして古巣の商人ラルドの復活である。

 そんなラルドの部屋をノックして入ってきたものがいる。ラルドの執事であるハロルドだ。ハロルドがラルドの元へやってくるのは久しぶりだ。最近は世界貴族の地位向上のために各地で行動してもらっていた。

「おや、今日も随分と飲まれたようですが…今日はもうお辞めになるのですか?」

「しばらく酒は断つ。お前には随分と苦労かけたな。実は少し思うところがあってな。しばらく商人に戻ろうと思うんだ。原点に帰りミチナガに追いつく。だから色々やってもらった裏工作はお終いだ。」

「いえ、もう少し続けさせていただきますよ。もう少しで下準備が終わるのですから。」

「何を言っている。その必要はない。俺は商人として…」

「ん?ああ、そういうことですか。酒の飲み過ぎで精神汚染の効果が無効化されているのですか。これは失態です。酒の飲み過ぎで効果が強まることがあるのは知っていましたが、その逆になるとは。これは報告案件ですね。」

「何を言っている。ハロルド…お前まさか…この僕を裏切ってたのか。」

 ラルドは立ち上がってハロルドを睨みつける。すぐに人を呼んでハロルドを捕らえる算段を頭の中で立てる。しかし突如ハロルドは笑い出した。その光景に思わずラルドは思考が止まった。

「裏切るとは心外ですな。私は一度も主人を裏切ったことなどありませんよ。ラルド、君は旦那様の作った実に都合の良い駒だ。こうして異教徒の国の中枢まで入り込めたのだから。実に優秀な駒だよ。」

「何を言って…誰か!すぐに来い!」

 ラルドは思わず大声をあげて人を呼ぶ。その声につられてメイドたちが何人かやってきた。このメイド達も武術は嗜んでいる。ハロルドはなかなかの強者だが、時間くらいは稼げるはずだ。ラルドはすぐにメイドへハロルドを取り押さえるように指示を出す。だが誰も動かない。

「何をしている!早くそいつを…」

「まだ気がつかないのか。なんと哀れな人形だ。ああ、お前達。下がって良いぞ。」

「はい、ハロルド様。」

「な、なぜ……」

「哀れな人形よ。お前は我らが主の駒だ。お前は我らが神のための斥候だ。旦那様もそのためにお前に助力した。まさかお前の力で世界貴族になったと思うのか?お前の力でいくつかの国を英雄の国の属国にできたと。違う。全て旦那様がやったことだ。お前はただの駒。お前の功績などない。お前の味方など一人もいない。お前に従うものなど誰もいない。」

「ふ、ふざけるな…私は…私は駒なんかじゃ…」

「温順しくしていろ。もう少しで終わるのだ。もう少しで我らが神が…この世界をその手に取り戻すのだ。お前にはもう少し利用価値がある。だから温順しく従っていろ。私も鬼じゃない。ここまでよく動いてくれた人形を本当の操り人形にしたくない。わかるだろ?私にお前の頭の中をいじらせないでくれ。」

 ラルドは全てを理解した。理解してしまった。父がなぜ英雄の国で世界貴族にならなかったのか。後ろ暗いことをやっていたからではない。父はもともとこの国の敵だったのだ。そしてラルドを世界貴族に押し上げた理由は…

 ラルドは放心状態で椅子に腰掛けた。その様子を見たハロルドはなんとも冷血な瞳でラルドを一瞥すると部屋を出て行った。

「本当はあのミチナガを取り込むことができればよかったのだが…ファーストコンタクトで警戒されてしまったからな。あれは本当に失態であった。あれがなければ英雄のスパイが出来上がったというのに。まあ準備は十分進んでいる。もうすぐだ…主よ、もうすぐあなた様にこの世界を渡すことができます。その時は…私はあなた様の愛をいただけると信じております。」

 ハロルドは手のひらを重ね合わせ不気味な笑みを浮かべる。ハロルドの願うその日はもうすぐやってくるのかもしれない。
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