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第347話 ナイトとムーンで冒険者ギルドへ

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 街を行く一人の男。その男を見た人々は自然と道を開ける。誰かは話しかけようと近づいたが、すぐに離れて何処かへ行った。男の表情が怒っているように見えたからだ。その表情と体格だけで人々は決して近づこうとは思わない。

 しかし実際のところ男は緊張しているだけなのだ。緊張で顔が強張ったせいで怖く見えるだけであって内心はビクビクと怯えている。そんな緊張しながら街を歩いている男、ナイトがなぜこんな街中を歩いているかというと今朝のことが原因だ。

『ムーン・せっかく街まで来たんだし、たまには冒険者ギルドにでも顔を出そっか。』

 こんなムーンの何気ない一言。もちろんナイトは乗り気ではない。この前のパレードだって本当はやりたくなかったのだ。しかしミチナガのために何とか我慢してパレードに臨んだ。その上冒険者ギルドに顔を出すなんて正直耐えられない。だからすぐに断ろうと思った。しかし…

『ムーン・冒険者ギルドはナイトを特級冒険者として認めているからね。色々と優遇してもらっているからそのお礼を言いに行かないとね。』

「む……」

『ムーン・色々優遇してもらっているのにお礼の一つも言わないのは流石に恩知らずになっちゃうし、この間のパレードで英雄の国に来ていることが知られちゃったから流石にねぇ…』

「むぅ……」

 おそらく普通の人なら反論して行かなくすることもできるのだろう。しかしナイトはこういった説得には弱いのだ。そしてムーンに言われるがままこうして街中を歩いて冒険者ギルドへ向かっている。

 ナイトが向かった先は英雄の国中央都市の冒険者ギルドだ。この大陸で一番大きな冒険者ギルドには毎日数多くの依頼が寄せられる。特にここの冒険者ギルドには超高難易度の依頼が掲示されている。中には数十年間達成されていないものもある。

 よほど緊急で国や人々に害ある依頼の場合は国が請負い、軍を用いて依頼を達成する。原初ゴブリンの時などが良い例だ。ただ緊急性のない依頼の場合はこうして依頼として達成されずに残り続ける。ただこういったものは毎年誰かしらが依頼費を払うため報酬が桁違いに上がっていく。

 こうして報酬が上がっていくと貴族に召し抱えられた冒険者などが依頼を達成してくれることがある。ただその日、そんな依頼費用などを気にしない男がやって来た。

 冒険者ギルドの扉をゆっくりと開く男。何気ない会話をしながら酒を飲んでいた冒険者たちはその男をみて全員動きを止めた。誰もがその男から目を離せないのだ。そんな男は一直線に受付へと向かった。

「ギルドカードの更新を頼みたい。それから必要なものはあるか?」

「な、ナイト様……あ!す、すみません!すぐに調べてまいります!それから更新も今すぐいたしますので!」

 顔を真っ赤にしながらナイトの冒険者カードを持ってどこかへいってしまった受付嬢。そんな受付嬢の対応を初めて見た冒険者たちからはざわめきが起きる。いつもどんな冒険者に対しても普通に接客し、ナンパしてくるものも軽くあしらうあの受付嬢があんな表情をするなんて。

 ナイトはしばらく時間がかかりそうだということで近くのテーブルに移動する。そこでムーンが用意したアイスコーヒーを飲みながらゆったりと待つ。少し緊張がほぐれて来たナイトから険しかった表情が消えた。

 すると周囲の女性職員や女性冒険者はナイトに見とれている。ナイトは決して悪い顔ではない。むしろ良い顔をしている。冒険者らしい、漢らしい顔つきだ。間違いなくナイトはモテるのだ。ただ人見知りで女性と話すことなど滅多にないのだが。

「お、お待たせしました。冒険者カードの更新はもうしばらくお待ちください。その前に納品依頼の方を持って来たのでこちらに目を通していただければと…」

 受付嬢が持って来たのは大量の納品依頼書だ。年季の入ったものからごく最近のものと思われる紙もある。そんな依頼書をナイトの代わりにムーンが受け取る。そして依頼をどんどん確認していく。

『ムーン・他にももっとあったら持って来て良いよ。必要な分は全部確認するから。年季の入った依頼から持って来てね。』

「は、はい!すぐに持って来ます。」

 再び戻っていく受付嬢。ムーンは早速依頼の確認を始める。手早く確認していくムーンの頭には依頼物の有無、適正価格が全て入っている。だから瞬く間に依頼を選り分けていく。

『ムーン・よしよしよしよし安い、よしよしよし…高っ!ずいぶん値上がりしたねぇ…これもよしと。あ、コーヒーお代わり今用意するね。』

「ああ、頼む。」

 ナイトのコーヒーのお代わりを用意して再び依頼のチェックに入る。チェック中も受付嬢がどんどん新しい依頼書を運んでくる。そして結果的に依頼書の8割を受け付けた。その事実を伝えると受付嬢だけでなく冒険者からも驚きの声が上がった。

「こ、こんなに大量に…しょ、少々お待ちください。すぐに受け取り用意をしますので。」

 受付嬢は急いだ。この事態をギルドマスターにも伝え、非番だったものたちも緊急招集にかけた。それから1時間後、数百人に見守られながらナイトは解体所の前に立っていた。

「ナイト様、本日はありがとうございます。それでは早速なのですが…依頼を一つ一つ確認しながら受け付けたいと思います。まずはこちらから…」

『ムーン・はいはーい。それじゃあ…』

 提示された依頼書に合わせてムーンが依頼通りのモンスターを取り出していく。取り出されたモンスターは職員たちによってすぐに運ばれていく。中には臨時依頼ということで冒険者たちも運ぶ作業に関わっている。

 そんなナイトの納品するモンスターの数々はどれも見たことのない希少なモンスターや強力なモンスターばかりだ。集まった人の中には学者の姿もある。モンスター研究には最適の環境だろう。

 すると何枚目かの依頼書のところで作業が中断された。モンスターを置く場所がないのもそうだが、それよりも資金が尽きたのだ。ナイトの納品するモンスターはどれも高額なものばかりだ。英雄の国の冒険者ギルドは資金も潤沢であるが、さすがにこの量は持たない。

「申し訳ありません。これ以上はその…」

『ムーン・ありゃ、どうしよっか。』

「気にするな。報酬は今後この国の孤児院が存続できるように毎年送ってくれ。それから新人冒険者のために育成施設でも造ってくれ。あとは遠方の冒険者ギルドで資金不足なところを支援してくれれば良い。」

「よ、よろしいのですか?」

「問題ない。生活に必要な分は十分ある。」

 職員も冒険者たちもあんぐりと口を開いて驚く。今回の報酬さえあれば金で貴族の地位を買うことだってできる。なんなら国だって起こせるかもしれない。それほど潤沢な資金だ。一生遊んで暮らせるだろう。しかしナイトはそれを拒んだ。

 この案は事前にムーンとナイトで考えられていたことだ。大金をもらったところで、現状ミチナガ商会からの報酬が充分残っているのでナイトは金が要らないのだ。そもそも人里で暮らす気の無いナイトが金貨を持ったところで、まさに猫に小判だ。

 だから金は必要なところに回してもらうのが一番だ。その後ナイトは他の依頼もこなしていった。今日だけで冒険者ギルドの年間の稼ぎを上回るほどの金がナイトの元へ支払われることになった。そしてその支払われるはずの金は全て冒険者育成、孤児院の運営費用に回されることになる。

 ただきちんと目録だけは作らせた。これだけの大金だ。どこかで横領しようと企む奴が出てくることだろう。だから定期的にミチナガ商会でその資金の運用がどのようになっているかチェックすることになる。

 これならば横領などは起こる可能性はまずない。最高峰の冒険者の金を横領したとなれば他の冒険者たちも黙っていないし、世界有数の商会であるミチナガ商会も敵に回す。そこまでの危険を冒して横領するような奴がいるならば逆に会ってみたい。

 全ての納品依頼を達成したナイトは再び冒険者ギルドのロビーでコーヒーを飲んでいる。これだけ大きな話なのでいくつか書類を作成してサインをもらわないといけないらしい。本当は特別室で待っていてもよかったのだが、ナイトはそこが落ち着かないと言うのでここで待っている。

 ここには他にも大勢の冒険者たちがいる。本来人がいるところは嫌いなナイトであるが、この冒険者たちの荒々しいオーラがまるで野生の獣のようであるため返って落ち着くのだ。そんなナイトの周りには誰も近づこうとしない。ナイトのオーラがありすぎて恐れ多くて近づけないのだ。

 しかしそんな中、意を決して一組の冒険者が近づいた。彼らはまだまだ新人の冒険者だ。薬草採取がメインであるが、時々獣やモンスターを狩るようになってきたくらいだ。そんな彼らは緊張の面持ちでナイトに話しかけた。

「あ、あの!俺たちまだ新人です!えっと…それで…それでナイト様に一つ教えを乞いたいと思って…その…モンスターを狩るコツはありますか!」

 ガチガチに緊張した新人冒険者たちはそのまま気絶してしまいそうだ。この冒険者パーティーは少年少女どちらもいる。どこかの村からやってきたか、孤児院の子供かどちらかだろう。ナイトはコーヒーを飲みながら数秒考えた。

「獲物を観察することだ。何を食べるか、どこを歩いてどこで眠るか、弱点はどこか、その全てを知ることが重要だ。食べるものを知っていれば毒を仕込める。どこを歩くか知っていれば罠を張れる。眠る場所を知っていれば寝込みを襲える。弱点を知っていれば少ない手数で倒せる。一度討伐せずに丸一日観察すると良い。」

「観察……あ、ありがとうございます!」

「それから気配の殺し方も覚えた方が良い。敵を先に見つけるか、先に見つかるかでは大きく差がある。パーティーならば敵にあえて見つかる囮役と隠れて敵を見つける斥候役を分けても良い。」

「は、はい!」

「武器を見せてみろ。……少し重いな。それに重さのバランスが良くない。剣先が重い。これだと一撃の威力は上がるが大振りになる。お前は足を使うタイプだろう。ならば手元に重心のある武器が良い。一撃ではなくて数で攻めろ。」

 饒舌に話し出したナイトに驚く新人冒険者たち。そこでようやくナイトの面倒見の良さを知った他の冒険者たちもナイトに近づいてアドバイスを求める。そんなナイトの適切な観察眼と助言に一人一人が感嘆の声をあげて頷く。

「あ、あの!よかったら地下に訓練施設があるんでそこで一つ手合わせなんか…」

「面白そうだ。」

 乗り気なナイトに大いに盛り上がる冒険者一同。すぐに地下の訓練施設に降りて手合わせを始める。ただ普通に戦えば瞬殺だ。だからナイトは相手と同じ武器を使って戦う。普段武器を使わないナイトにとっては随分と戦いにくいが、持ち前の肉体でなんとかなる。

 ただ技術の方はまるでからきしだ。ナイトは筋肉でどうにかしているにすぎない。しかし徐々に相手を観察することでその技術を吸収していく。徐々に武術を習得していくナイトに驚きの声が上がる。

「やっぱすげぇなぁ…もういっぱしの剣士だ。」

「おいおい今度は槍かよ。ああでもやっぱりまだ下手だな。」

「けど俺たちが教わるだけじゃなくて、俺たちが教えられるって言うのもなんか嬉しいな。よし!俺行ってくるわ。」

 新しい技術をどんどん覚えていくナイトから思わず笑みがこぼれる。やはりナイトは戦闘狂だ。戦う技術を覚えれば覚えるほど、どんどん強くなるのがわかる。

 それから数日間、ナイトはちょくちょく冒険者ギルドに足を運んだ。おかげで冒険者ギルドでは今までにないほど人が集まっている。ただ誰も依頼に出向かないのが問題になるくらいだ。
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