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第345話 備えるものたち

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「作業が遅れているぞ!西区の人員を増やせ!」

 大量の物資が運ばれて行く。物資が運ばれた先では大勢の人々が石材を積み上げている。大量に積み重ねられた石材は徐々に徐々に形を成していき、一つの砦が完成しようとしている。

 ここは火の国。戦争絶えぬこの国では今日も砦が作られている。だがこんな砦を作ろうとすれば誰かしらが攻撃を仕掛けてくるはずだ。しかしそれがまるでない。なぜならどこも攻撃を仕掛けようとしてくる敵はいないからだ。

 今や火の国は3分されている。かつて火神が火の国を統治していた頃の中心都市、いがみ合い結束力のない諸王国、そして今や火の国の6分の1を統治下に置いたマクベス王を中心としたシェイクス大国。

 マクベスはあれから瞬く間にいくつもの国々を征服し、自らの配下においた。今や10以上の国々を属国とした火の国で2番目に大きい大国だ。そんなシェイクス国の躍進は続き、さらなる国々を征服するかと思いきやその躍進は一度止まり国の発展に力を入れた。

 この砦もその一環だ。現在統治した国々を守るように設置されたこの砦は、完成すれば他国の侵入を止める防波堤になることだろう。それにこの砦はもう一つ大きな意味を持つ。

 この砦はセキヤ国とシェイクス国を繋ぐ街道を守るための砦でもあるのだ。この砦が完成すればセキヤ国とシェイクス国の国交が盛んになることだろう。マクベス王もその日が来ることを楽しみにしている。

 そんなマクベスは現在書類作成に追われている。国が大きく発展したことによりこれまでの法では足りないところも出てくる。だから法整備も欠かせないのだ。法がなければ属国とした国々を全て統治することは難しい。

「ふぅ…これでとりあえずは大丈夫かな。ちょっと休憩しようか。」

『ヘカテ・そういうことならおやつにしようか。紅茶とケーキを用意するね。』

 マクベスは書類の積み上げられた机を離れてソファーに腰掛ける。目の前では使い魔のヘカテが紅茶とケーキを用意した。約3日ぶりの食事など以外の休憩にマクベスは満面の笑みを見せる。大至急やらなくてはいけなかった業務が終わりやっと一息つけるのだ。

「はぁ…美味しい。もうこのままずっと休みたい…」

『ヘカテ・そうは言ってもまだまだやらないといけないことが山ほどあるんだよ。一応仕事に支障が出ないように勝手にやっている部分もあるからさ。そっちの右側の書類は勝手に判断してやったことの報告書だから目を通しておいてね。』

「あんなにいっぱい…ミチナガさんならぱぱっとやっちゃうんだろうなぁ…」

『ヘカテ・ボスの場合は全部僕たち任せだから最終確認くらいしかしないよ。時々自分で思いついたことをやるくらい。』

 さらりと言った爆弾発言にマクベスも苦笑いをする。まあミチナガの場合はすでに一人でこなしきれる業務を超えている。ミチナガ商会だけでも丸一日かかるような業務があるのに、そこにセキヤ国などの国の運営に関することをやっていては毎日部屋に缶詰状態だ。

『ヘカテ・そういえばそんなボスに関する報告。ようやく英雄の国に到着したよ。』

「ミチナガさん着いたんですか!懐かしいなぁ…僕も仕事がひと段落したらまた行きたいなぁ…」

『ヘカテ・それで勇者神アレクリアル様から大公の地位を授かったよ。』

「大公?それって…」

『ヘカテ・うん、英雄に選ばれたよ。』

「…本当に?」

『ヘカテ・本当に。これでセキヤミチナガの名は世界の英雄として歴史に刻まれることになったよ。』

 ヘカテの話を聞いたマクベスは徐々に徐々にその意味を理解し、うっすらとその瞳に涙を浮かべる。そして歓喜で体を震わせながら小さくガッツポーズを取る。その喜びようはこの報告を聞いたものたちの中でも屈指の喜び方だ。そしてマクベスは唐突に立ち上がった。

「ミチナガさんがそこまで至ったのなら僕も頑張ります!僕はあの人の友達で…一番弟子ですから!」

 マクベスは再び大量の書類の前に座る。そして再び書類の山を一つ一つこなしていく。そんな時ふと一つの書類を手にとって笑みを浮かべ、そして険しい表情をとった。

「マックさんたちはここに行っているんですね。…作業は難航しているようですね。人を増やしましょう。」

『ヘカテ・初めての作業だし、モンスターもちょくちょく出没しているからね。人手はどこも足りていないけど…どうにかなるかな?一応今後のことも考えて武の国側で人の募集かけておくよ。』

「ありがとう。いつ必要になるかわからないからね。完成は早ければ早い方が良い。」

 マクベスは窓の外の景色を眺める。マクベスの視線のその先にはほんの少しだけ海が見える。そんな海の船の上。そこでは船上に飛び乗ってきたモンスターを倒すマックたちの姿があった。

「こいつは食えるやつだ。夕飯が豪勢になるぞ!」

「やったっすね。いやぁ…それにしてもナラームとガーグが船に慣れてよかったっすよ。」

「うるせぇな。こんな揺れているところに慣れること自体がおかしいんだ。とっとと丘に上がりてぇ。」

「俺たちは船の安全を確保することが仕事だ。波止場に戻るまで仕事は続くぞ。丘で仕事がしたいならウィッシみたいに土魔法を覚えるんだな。」

「それはそれで大変だからやなこった。しっかし…改めて観ると圧巻の光景だな。来たるべき日に備えてってやつか…」

 ガーグの視線の先、というよりもマックたちがいる船の周囲。そこではところどころに堡塁が作られている。この辺りは小さな小島があったのだが、埋め立てなどにより強固な要塞となっている。そんなものが大小様々数十と今なお作られている。

 ここまで強固な海の砦は世界でも少ないだろう。それだけマクベスは海の向こうから来る敵に備えている。その理由を知っている作業にあたっている人々にも熱が入る。なんせこの海の向こうには憎き怨敵が今なおいるのだから。

 そんな海の向こうにいる奴ら…法国と戦うにはまだまだ力が足りない。この海の砦が完成したら再び火の国を征服し、戦力を増させなければならない。火の国を弄んだ罪を奴らに思い知らせるために。




「我らが主人が英雄となった。これは素晴らしきことだ。だが我々はあくまで影。闇に潜み続けなくてはならない。このことを大いに喜ぶことはできない。それよりも我々のやることは主人に仇なす敵を打ちはらうことだ。英雄として名を知られれば英雄殺しを企むものも現れる。すでにセキヤミチナガには懸賞金までついている。それもかなり高額のな。」

 アンドリュー・ミチナガ魔法学園国の地下深く。かつてダエーワたちの隠し金庫のあった場所は改装され蛍火衆の隠れアジトとなっている。そこでは当主のホタルを筆頭に蛍火衆全員が集まり、言葉数少なくミチナガが英雄に至ったことを喜んでいる。

 蛍火衆は今やミチナガを主人とした組織になった。そしてあくまで影からミチナガを支える気なのだ。裏で懸賞金のついたミチナガを守るために情報収集に余念がない。

「しかし…流石に英雄に選ばれる男だな。懸賞金も桁違いだ。何か情報を得ているものはいるか?」

「はっ!情報によると幾人もの懸賞金目当てのならず者が動いていたことがわかりました。」

「いた…ということは?」

「すでにそのほとんどは行方をくらましています。居場所が確認できたものたちに関しては行方が分からなくなったものたちの影響で怯えてしまい足を洗ったものや標的を変えたものまでおります。」

 この事実に驚いたのかざわつきを見せる。懸賞金はただ上がったのではない。難易度が高いとしてどんどん上げられて行った影響なのだ。そんな中一人の男が前に出てきた。

「実は…一人の懸賞金稼ぎの暗殺者を追っていた際に…とあるものと接触しました。そのものは暗殺者を殺さずに確保し…私も捕まりました。」

「何?どういうことだ?」

「そのものの肩には我らが主人の使い魔がいました。そして私は仲間だと認識すると私を置いてどこかへ…我々以外にも闇に精通するものが仲間にいるようです。それも…かなりの使い手が。」

「ほう?これはどういうことかな?」

『ゲンジ・ん~…これはトップシークレットだから言いにくいんだけど…まあミチナガ商会の最高戦力の一人に吸血鬼神ヴァルドールがいるんだよ。時々人手が欲しいからってそういった人たち攫っていくの。いなくなっても表では騒ぎにならないからね。』

 いつの間にかひっそりと佇んでいた使い魔のゲンジがその質問に対し受け答える。そんなゲンジがさらりと言った事実に皆驚愕しすぎて言葉を失う。そして誰にも言っちゃダメだよと可愛らしくいうゲンジに対し二つ返事で了承する。

「まさか…そんな怪物がいるなんて…」

『ゲンジ・まあ基本的に有名すぎて動きにくいところはあるんだけどね。ヴァルくんが動くときは目撃者は全員確保が原則だから。こっそり動いているやつに対しては強いけど堂々としているやつだと目撃者が増えて動きにくいからその時はよろしくね。あ、おやつ持ってきたから食べな。』

 ゲンジが持ってきた手羽先を骨ごと噛み砕くホタル。強靭な顎と消化器官は合成された様々なモンスターによる影響だ。定期的に食料を摂取しなければ内包するいくつものモンスターの影響で餓死してしまう。なかなか難儀な体だが、強さで言えばかなりのものだ。ずっと寝たきりだったとは思えない。

「なるほどな。影の中でも深淵の部分はすでに任せられるものがいるのか。では我々はもう少し日のあたりそうな場所で活動すれば良いわけか。どうやら活動方針を変えなくてはな。蛍火衆が聞いて呆れるな。」

『ゲンジ・まあ蛍が光るのって仲間たちに見て欲しいからだしね。割と蛍の光って目立つし。』

「くくくくく……確かにそうだな。では我々は蛍らしくもう少し目立つとするか。」

 蛍火衆はこの日から少しずつ表舞台へと近づいて行った。そのおかげで他国の諜報機関もミチナガに近づかないようにと抑止力の役目も果たしていく。そしてミチナガの知らないところでどんどん懸賞金が高くなっていくのだ。

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