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第336話 VMTランド
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早朝。まだ日も上がらぬ暗いうちからVMTランドの正門の前にはちらほらと人影が見える。彼らは開園と同時に園内に入るために並んでいるいわゆるガチ勢だ。そんなガチ勢の先頭。そこには朝のコーヒーの準備を始めているミチナガの姿があった。
「やっぱ日が出ないと肌寒いなぁ。日の出まであと数分だよな?どうせなら日の出を見ながらコーヒー飲みたい。」
『ポチ・もっと部屋でゆっくりしていても良いのに。あ、空が明るくなってきたよ。朝食も用意しちゃう?』
「軽くサンドイッチくらいが良いなぁ。まあ開園してしばらくしてからきても良いけどさ、こういうのは並ぶのを楽しむのも面白いもんだよ。」
本音は夜中に目が覚めてしまったので、その勢いでそのまま並びに来てしまっただけなのだ。まさか他にもこんな時間から並ぶものがいると思わなかったミチナガは内心嬉しそうだ。熱狂的なファンができているというのは嬉しい限りなのだろう。
しかしそこに並んでいる人を見ると疲労が見える。水筒や軽食はあるようだが、冷えて味気ないのだろう。そこでミチナガは使い魔達を使って小銭稼ぎをすることにした。
「あったかいスープはいかが~軽食もあるよ~」
「お、スープくれ。そっちの軽食も美味そうだな。」
「毎度~」
ミチナガが手押し車を押しながら売り歩くと商品がどんどん売れていく。やはり長時間並び続けるのは腹も減るし、身体も冷える。他にも大して腹は減っていないが、暇だし口さみしい気もするので食べるものまで現れた。
なかなかの売れ行きだが、ミチナガ商会の現在の収入から考えれば大したことはない。しかしミチナガとしては暇つぶしどころか、久しぶりに自ら歩き売りをしたのが案外楽しい。そんなこんなで開園ちょっと前までぶらぶらと売り歩いていると売り上げは金貨数枚まで伸びた。
「おお兄ちゃん。遊ぶ金は手に入ったか?」
「ええ、丸一日遊べそうですよ。」
売り歩いたことでこの行列の人々と随分仲良くなった。軽口を聞きながら荷物を片付け先頭で待っているとVMTランドのスタッフがやって来た。そして開園前に軽く挨拶を始めたのだが、先頭に並んでいるミチナガの姿を見て固まった。
「あれ?どうしたの?大丈夫?」
「え!あ…大丈夫です。えっと…あれ?そっくりさん?いやでも……ミチナガ様ですよね?え?開園前から並んでいたんですか?」
「日の出前から並んで先頭ゲットしました!」
「いや…ちょ…本も…な、なんでミチナガ様がわざわざ並んでいるんですか!あなたこのランドの最高責任者の一人ですよね!?」
あまりに動揺しているのか拡声器を使ったままの状態でそんなことを言ってしまったスタッフにより、ミチナガのことが公になった。というか売り歩いたのが原因で顔は知られているので今の一声で行列のほぼ全員にミチナガの正体が明らかになった。
「え?あ、あんた…ここの最高責任者なの?」
「え~まあうん。そうだけど。並ぶのはこういうのの醍醐味だよ。それにみんな並んでいるのに一人横から入っていくのは不公平でしょ。それと今日はただの客です。思いっきり楽しむつもりなので!あ、それからもう時間だと思うけど?」
「え、あ…すみません。じゃなくて!ええっと…ああ、もう!開園します!!」
門が開くとミチナガは前日に用意しておいた入場券をスタッフに見せて入場する。そして目の前に広がるVMTランドという別世界を前にミチナガは感動を覚えた。これがヴァルドールの夢の結晶なのだと。
「よし!今日は遊ぶぞ!!まずはポチ、どこから回れば良い?」
『ポチ・ヴァルくんからどの順番で回ると良いか聞いておいたからその通りに行こうか。まずはそっちね!』
「よっしゃ!任せろ!!」
ミチナガはポチの指示のもとダッシュで移動する。今日1日全て楽しむために持てる全てを出し切るのだ。
「ちょ…待て待て待て待て……にょわぁぁぁぁ!!!」
地上からはるか200m。人の姿が点に見えるほどの高さからミチナガの乗ったジェットコースターは一気に落ちる。急激に落ちていくジェットコースターの時速は300キロを超える。複数の魔法を用いて風量を抑え、体にかかる負担を減らしたことで子供でも安全に乗ることができる。
正直、開発当初はさすがに子供は恐ろしくて乗らないかと思ったが、むしろ子供の方が喜んで乗っている。逆に大人達は皆恐怖で顔を引きつらせている。余談ではあるが、ジェットコースターの隣に出店させた下着屋ではなぜか大人達が並んでいる。
ミチナガも危うく並ぶところであったが、ジェットコースターの経験があるためなんとか堪えた。なお、隣にはもう一つジェットコースターがあり、そちらは比較的絶叫というよりもVMTキャラを楽しむ形になっている。今やったこちらの200mの方はおそらく使い魔達の悪ふざけだろう。
すでにいくつかのアトラクションに乗ったミチナガであるが、そこからある程度のこのVMTランドに関することがわかった。絶叫系のアトラクションに関してはVMTランド仕様のキャラが様々に描かれたものと、とことんまで絶叫させようとレベルを上げたものがある。
この世界の人はどちらを好むのかという実験のために極端に別れたものを用意したのだろう。まあ結果としてはどちらも人気がある。異世界だろうと結局は人の好みだ。
それから園内には常時VMTキャラの着ぐるみを着たスタッフが出歩いている。ただ、着ぐるみを着ているスタッフはなかなかの強者だ。一体どこから雇ってきたのか気になるところだ。着ぐるみを着ていないスタッフに関しては時折強者がいるくらいだ。
おそらく強者ということで威圧感を出さないようにするために着ぐるみを着ているのだろう。そしてこれだけ強者がいればこのVMTランドの安全は保障される。まあ元々ヴァルドールがいる時点でミチナガは全く心配していない。
だからこそ今日は護衛もつけずに遊び歩いているのだ。まあそのせいで一般人と思われ、道行く一般人にはなんとも思われず、スタッフだけがミチナガの存在に気がつき、驚かれる。一応何かあった時、というより心配なのか遠目から私服の騎士達が見守っている。
「ちょっと休憩がてらそこの店入るか。グッズとか売ってんだろ?」
『ポチ・そのはずだよ。』
ジェットコースターで疲れ果てたミチナガは店に入り、商品を見て回る。全てミチナガ商会作成の品なので買わなくても手に入るのだが、そんなことは御構い無しに商品を買い漁る。そして約20分後、店からは完全に浮かれたミチナガが出て来た。
遠目で見張っていた騎士たちもこれには思わず頭を抱えている。ミチナガはそんなことは御構い無しにベンチに座り、満足げな表情を浮かべる。そんなミチナガは目立つ存在で、周囲にいた子供達が集まって来た。こんな子供だけで行動させて親は何をしているのか、そう思ったミチナガは思い出した。
彼らは月一で招待しているどこかの国の孤児院の子供達だ。綺麗な服を着せられているので見た目だけではまるでわからない。そんな子供たちをミチナガは手招きした。そして集まって来た子供たちにミチナガは先ほど買い漁ったグッズを手渡す。
「いいの?」
「いいとも。ほら、他の子達もおいで。」
ミチナガの一声であっという間に子供達が群がり、ミチナガからグッズをもらって嬉しそうにお礼を言うと後ろに下がり他の子に順番を譲る。それからものの5分と経たずミチナガの先ほど買い漁ったグッズは全てなくなった。
その後子供たちは保護者役の孤児院のシスターによってどこかへ行ってしまった。もちろんシスターからもお礼を言われたし、子供たちも去り際までミチナガへお礼を言っていた。そんなミチナガは先ほどまでよりもずっと満足そうであった。
そんなミチナガの元へ歓声が近づいてくる。しかしそれはミチナガに当てられたものではない。このVMTランドのマスコット、リッキーくんの着ぐるみに対してだ。とてつもない人気のリッキーくんの周りには人だかりができている。
そんなリッキーくんはミチナガの方へ近づいて来た。そして人だかりから抜けてミチナガの前に現れた。そんなリッキーくんが目の前にやって来たミチナガはその場から立ち上がる。互いに互いを見つめる。やがてリッキーくんはその場で跪き、最敬礼の形をとった。
「我が王よ、ようこそおいでくださいました。」
「立ち上がってくれリッキーくん。子供たちの前だぞ。それにしても…本当に良いところだな。まだ楽しんでいる途中だが、本当に良いところだ。よくここまで成長したな。」
「私一人ではどうすることもできませんでした。皆の協力あっての賜物です。本当に…本当に生きていてよかった。」
「やめろやめろ。リッキーくん、キャラがぶれているぞ。ちゃんとここは演じ切らなくちゃ。」
「そうでした…ハハッ!僕はリッキーくん!ようこそ!僕の…僕たちのVMTランドへ!」
「やっぱ日が出ないと肌寒いなぁ。日の出まであと数分だよな?どうせなら日の出を見ながらコーヒー飲みたい。」
『ポチ・もっと部屋でゆっくりしていても良いのに。あ、空が明るくなってきたよ。朝食も用意しちゃう?』
「軽くサンドイッチくらいが良いなぁ。まあ開園してしばらくしてからきても良いけどさ、こういうのは並ぶのを楽しむのも面白いもんだよ。」
本音は夜中に目が覚めてしまったので、その勢いでそのまま並びに来てしまっただけなのだ。まさか他にもこんな時間から並ぶものがいると思わなかったミチナガは内心嬉しそうだ。熱狂的なファンができているというのは嬉しい限りなのだろう。
しかしそこに並んでいる人を見ると疲労が見える。水筒や軽食はあるようだが、冷えて味気ないのだろう。そこでミチナガは使い魔達を使って小銭稼ぎをすることにした。
「あったかいスープはいかが~軽食もあるよ~」
「お、スープくれ。そっちの軽食も美味そうだな。」
「毎度~」
ミチナガが手押し車を押しながら売り歩くと商品がどんどん売れていく。やはり長時間並び続けるのは腹も減るし、身体も冷える。他にも大して腹は減っていないが、暇だし口さみしい気もするので食べるものまで現れた。
なかなかの売れ行きだが、ミチナガ商会の現在の収入から考えれば大したことはない。しかしミチナガとしては暇つぶしどころか、久しぶりに自ら歩き売りをしたのが案外楽しい。そんなこんなで開園ちょっと前までぶらぶらと売り歩いていると売り上げは金貨数枚まで伸びた。
「おお兄ちゃん。遊ぶ金は手に入ったか?」
「ええ、丸一日遊べそうですよ。」
売り歩いたことでこの行列の人々と随分仲良くなった。軽口を聞きながら荷物を片付け先頭で待っているとVMTランドのスタッフがやって来た。そして開園前に軽く挨拶を始めたのだが、先頭に並んでいるミチナガの姿を見て固まった。
「あれ?どうしたの?大丈夫?」
「え!あ…大丈夫です。えっと…あれ?そっくりさん?いやでも……ミチナガ様ですよね?え?開園前から並んでいたんですか?」
「日の出前から並んで先頭ゲットしました!」
「いや…ちょ…本も…な、なんでミチナガ様がわざわざ並んでいるんですか!あなたこのランドの最高責任者の一人ですよね!?」
あまりに動揺しているのか拡声器を使ったままの状態でそんなことを言ってしまったスタッフにより、ミチナガのことが公になった。というか売り歩いたのが原因で顔は知られているので今の一声で行列のほぼ全員にミチナガの正体が明らかになった。
「え?あ、あんた…ここの最高責任者なの?」
「え~まあうん。そうだけど。並ぶのはこういうのの醍醐味だよ。それにみんな並んでいるのに一人横から入っていくのは不公平でしょ。それと今日はただの客です。思いっきり楽しむつもりなので!あ、それからもう時間だと思うけど?」
「え、あ…すみません。じゃなくて!ええっと…ああ、もう!開園します!!」
門が開くとミチナガは前日に用意しておいた入場券をスタッフに見せて入場する。そして目の前に広がるVMTランドという別世界を前にミチナガは感動を覚えた。これがヴァルドールの夢の結晶なのだと。
「よし!今日は遊ぶぞ!!まずはポチ、どこから回れば良い?」
『ポチ・ヴァルくんからどの順番で回ると良いか聞いておいたからその通りに行こうか。まずはそっちね!』
「よっしゃ!任せろ!!」
ミチナガはポチの指示のもとダッシュで移動する。今日1日全て楽しむために持てる全てを出し切るのだ。
「ちょ…待て待て待て待て……にょわぁぁぁぁ!!!」
地上からはるか200m。人の姿が点に見えるほどの高さからミチナガの乗ったジェットコースターは一気に落ちる。急激に落ちていくジェットコースターの時速は300キロを超える。複数の魔法を用いて風量を抑え、体にかかる負担を減らしたことで子供でも安全に乗ることができる。
正直、開発当初はさすがに子供は恐ろしくて乗らないかと思ったが、むしろ子供の方が喜んで乗っている。逆に大人達は皆恐怖で顔を引きつらせている。余談ではあるが、ジェットコースターの隣に出店させた下着屋ではなぜか大人達が並んでいる。
ミチナガも危うく並ぶところであったが、ジェットコースターの経験があるためなんとか堪えた。なお、隣にはもう一つジェットコースターがあり、そちらは比較的絶叫というよりもVMTキャラを楽しむ形になっている。今やったこちらの200mの方はおそらく使い魔達の悪ふざけだろう。
すでにいくつかのアトラクションに乗ったミチナガであるが、そこからある程度のこのVMTランドに関することがわかった。絶叫系のアトラクションに関してはVMTランド仕様のキャラが様々に描かれたものと、とことんまで絶叫させようとレベルを上げたものがある。
この世界の人はどちらを好むのかという実験のために極端に別れたものを用意したのだろう。まあ結果としてはどちらも人気がある。異世界だろうと結局は人の好みだ。
それから園内には常時VMTキャラの着ぐるみを着たスタッフが出歩いている。ただ、着ぐるみを着ているスタッフはなかなかの強者だ。一体どこから雇ってきたのか気になるところだ。着ぐるみを着ていないスタッフに関しては時折強者がいるくらいだ。
おそらく強者ということで威圧感を出さないようにするために着ぐるみを着ているのだろう。そしてこれだけ強者がいればこのVMTランドの安全は保障される。まあ元々ヴァルドールがいる時点でミチナガは全く心配していない。
だからこそ今日は護衛もつけずに遊び歩いているのだ。まあそのせいで一般人と思われ、道行く一般人にはなんとも思われず、スタッフだけがミチナガの存在に気がつき、驚かれる。一応何かあった時、というより心配なのか遠目から私服の騎士達が見守っている。
「ちょっと休憩がてらそこの店入るか。グッズとか売ってんだろ?」
『ポチ・そのはずだよ。』
ジェットコースターで疲れ果てたミチナガは店に入り、商品を見て回る。全てミチナガ商会作成の品なので買わなくても手に入るのだが、そんなことは御構い無しに商品を買い漁る。そして約20分後、店からは完全に浮かれたミチナガが出て来た。
遠目で見張っていた騎士たちもこれには思わず頭を抱えている。ミチナガはそんなことは御構い無しにベンチに座り、満足げな表情を浮かべる。そんなミチナガは目立つ存在で、周囲にいた子供達が集まって来た。こんな子供だけで行動させて親は何をしているのか、そう思ったミチナガは思い出した。
彼らは月一で招待しているどこかの国の孤児院の子供達だ。綺麗な服を着せられているので見た目だけではまるでわからない。そんな子供たちをミチナガは手招きした。そして集まって来た子供たちにミチナガは先ほど買い漁ったグッズを手渡す。
「いいの?」
「いいとも。ほら、他の子達もおいで。」
ミチナガの一声であっという間に子供達が群がり、ミチナガからグッズをもらって嬉しそうにお礼を言うと後ろに下がり他の子に順番を譲る。それからものの5分と経たずミチナガの先ほど買い漁ったグッズは全てなくなった。
その後子供たちは保護者役の孤児院のシスターによってどこかへ行ってしまった。もちろんシスターからもお礼を言われたし、子供たちも去り際までミチナガへお礼を言っていた。そんなミチナガは先ほどまでよりもずっと満足そうであった。
そんなミチナガの元へ歓声が近づいてくる。しかしそれはミチナガに当てられたものではない。このVMTランドのマスコット、リッキーくんの着ぐるみに対してだ。とてつもない人気のリッキーくんの周りには人だかりができている。
そんなリッキーくんはミチナガの方へ近づいて来た。そして人だかりから抜けてミチナガの前に現れた。そんなリッキーくんが目の前にやって来たミチナガはその場から立ち上がる。互いに互いを見つめる。やがてリッキーくんはその場で跪き、最敬礼の形をとった。
「我が王よ、ようこそおいでくださいました。」
「立ち上がってくれリッキーくん。子供たちの前だぞ。それにしても…本当に良いところだな。まだ楽しんでいる途中だが、本当に良いところだ。よくここまで成長したな。」
「私一人ではどうすることもできませんでした。皆の協力あっての賜物です。本当に…本当に生きていてよかった。」
「やめろやめろ。リッキーくん、キャラがぶれているぞ。ちゃんとここは演じ切らなくちゃ。」
「そうでした…ハハッ!僕はリッキーくん!ようこそ!僕の…僕たちのVMTランドへ!」
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