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第328話 予想外の出来事

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 エーラは商会長に押し倒されたまま動けない。商会長の巨体をどかすのはエーラには不可能であった。そのまますぐにでもエーラは乱暴されるものだと思われたが、どこか様子がおかしい。なぜかずっとあたふたしているのだ。

 どうやら商会長には女性経験がないらしい。そんな女性経験のない商会長はここまでやったのは良いものの、この後どうすれば良いかまるでわからないようであった。

「え、え…あ…えっと…」

 あまりにしどろもどろしている商会長を見て徐々に冷静になっていったエーラ。しかしこの状況を打破することは難しい。大声を出してもこの商会長の部屋には盗聴防止のために防音用の魔道具が設置されている。とにかくここは説得する方向で考える。

「あの…商会長。その…」

「う、うるさい!うるさいうるさいうるさい!!僕だってこんな見た目じゃなきゃもっとバラ色の人生が待っていたんだ。だけど…痩せようと努力したってこの体はちっとも痩せない。モテたくて話しかけても誰も相手にしない。そうなったら…そうなったらもうこうするしかないだろ!」

 どうやらかなり拗らせているらしい。説得することも難しそうだ。そう考えていたエーラであったが、商会長は泣きながらエーラの上から離れた。呆然とするエーラの目の前でただ泣きわめく商会長はなんとも哀れであった。

「え、えっと…これはどうすれば良いんだろ?逃げる?でも…」

『暗影・いや本当にどうしたら良いんですかね?こっちも困っちゃって。』

「え!?い、いつから…」

 気が動転しているエーラの横にはいつの間にか使い魔の暗影が鎮座していた。ミチナガはいざという時のためにエーラの影の中に暗影を潜ませていたのだ。その辺の抜かりはない。あるとしたらこんな結末になったということだ。

 暗影はエーラが押し倒された時点で助けに入ろうと考えていたが、どうにもこの商会長の動きに違和感があったため助けに入るのを躊躇したのだ。そして気がつけばその商会長は泣きわめいている。こんな時の対処法はまるで知らない。

 とにかくエーラと暗影は商会長を落ち着かせる。先ほどまでの被害者が加害者を慰めるなんて変な話だが、この場を収めるためには仕方ないことだ。やがて落ち着いた商会長からゆっくりと話を聞く。

『暗影・えっと…つまり勢いに任せて押し倒したのは良いけど、その後どうすれば良いのかわからないし、緊張と罪悪感のせいであっちの方が勃たなかったと……それでこんなことをした自分が情けなくて泣いてしまったと。』

「うん…本音を言えばやっぱり恋愛してから自然な流れでこういうことしたい…」

『暗影・だけどこの太った見た目のせいで誰も近寄ってこない。来てもいかにもお金目当てみたいなチャラい女だったと。痩せようと努力はしたんだよね?』

「食事量を減らして運動増やして…だけど運動すると体のあちこちに負荷がかかって体壊すし、食事量減らすと体力落ちて仕事にも悪影響出るし…でも食べる量は多くないんだ!昨日だって…」

 食事のメニューを聞かされた暗影は、確かに食事量は一般男性と変わりないくらいだとすぐにわかった。問題があるとすれば体質的なことだろう。とりあえずその場で採血を行って血液検査を行う。血液検査の結果が出るまでの間は説教だ。

『暗影・エーラを雇ったのは元から下心ありだったのはまあ…許そう。エーラもそのおかげで仕事ができない頃から雇えてもらったしね。たださっきの言葉遣いはなんですか!あまりにも汚い言葉遣いです!反省しなさい!』

「あ、あれは…モテている男の情報を聞き漁って覚えたもので……」

『暗影・いやそれは…多分モテてはいるんだろうけど、ろくでもないやつだから。参考にしてもまともな恋愛できないよ。』

「そ、そうなのか…知らなかった。」

 色々と間違っている、歪んでいる知識を正してやる。多少の反抗はあるかと思ったが、なかなかに物分かりの良い男だ。これまでの人生で女性に対するちゃんとした接し方を学んでこなかったのだろう。

『暗影・ついでに言うと女性に触れるときの手つきがやばい。経験なさすぎて変に拗らせているから気をつけな。その辺を含めてちゃんとエーラに謝りましょう。』

「その…エーラ。すまなかった。怖い思いをさせてしまって…」

「え!あ…はい。」

 エーラは思う。とっさに許してしまったが本当に許してしまってよかったのだろうかと。しかしこうして今も落ち込む商会長を見ていると、あまり責めるとこちらが悪者になりそうだと思ってしまう。

『暗影・あ、血液検査終わったみたい。少し時間かかったけど……何これ、アレルギー?穀物類に対する食物アレルギー…え、珍し。』

 アレルギーは地球でも紀元前の頃から確認されている病だ。特定の物質に対して過剰な免疫反応を起こすアレルギーは別に珍しいものではない。しかしこの世界ん限って言えばかなり珍しい。魔力による自然回復があるこの世界では免疫反応よりも魔力反応によってアレルギー物質が除去される。

 商会長は魔力保持量が少ないのもあって免疫による反応が大きいのだろう。そして食物アレルギーによっては体に蕁麻疹が出たり、かゆみが出る。そして中には太ることもある。食物アレルギーによる肉体の炎症が肥満につながるのだ。

 つまり商会長の肥満は穀物類による食物アレルギーによるものだ。そのことを伝えると確かにパンなどを食べた後には疲れが出ると言う。ただ、それは単純な食べ過ぎが原因かと思っていたようだ。

「つまり…麦を食べなければ太らない?」

『暗影・他にも食物アレルギーが無いか調べてみるけど、今の所はそうだね。主食を米に切り替えて食事のバランスを整えて…それからポーションも飲んでおこう。アレルゲンとなる穀物類を摂取しなければ新たなアレルギー反応は起きないし、今起きているアレルギー反応による炎症をポーションで治せるでしょ。』

 商会長はまだ半信半疑だが、それでも可能性があるならとその指示に従う。そのやりとりを後ろから見ていたエーラはもう日が沈みかけていることに気がついた。

「あの!私の退職の話は…」

「ん?受理するが仕事は辞めたいと言ってその日に辞められるものじゃ無いぞ。エーラには倉庫の整理を任せていたから荷物がどこにあるのか他の従業員に教える必要がある。だから…最低でも後3日、いや5日は店に出てもらう。」

『暗影・まあそれはそうだね。ボスにもそう伝えておくから残りの日数頑張ってね。』

 仕事を辞めると言って急に辞めたら荷物がどこにあるのかわからなくなって、業務に支障が出る。商会長の言うことはもっともだ。エーラはそこまで気にしたことがなかったが、そう言うものだと理解すると急いで家路に着いた。一人家で待つエリーが気がかりだ。

 だがエーラが家に帰るとそこは見知った家ではなくなっていた。隙間風が好き放題に入る壁はきっちり塞がれている。さらにその壁にはエリーの絵がのびのびと描かれている。中に入ると温かい空気に包まれている。しかもすでに美味しそうなご飯が並べられている。

『デルタ154・あ、エーラおかえり。』

『ガンマ89・おかえり~ご飯できているよ。』

「お、お姉ちゃん…お、おかえり…おかえり…」

「た、ただいま…」

 今までとはまるで違う生活。寒さなんてない。暖かく、心地よい暮らし。そしてミチナガの言っていたことがようやくわかった。確かに今日のお昼に食べた高級料理店なんかより、今食べている食事の方が数段おいしい。



 あれから5日、エーラは仕事の引き継ぎのために慣れない書類作成に、荷物の場所確認をした。文字の読み書きができないせいで書類作成は無理かと思われたが、使い魔が手伝ってくれたおかげですんなりと事が進んだ。

 その間、商会長は姿を見せなかった。どうやら痩せるために毎日頑張っているらしい。しかし今日エーラは仕事を辞める。その最終確認のために今日は姿を現すらしいのだが、まだ現れていない。

 そして今日は店を辞める日という事でミチナガもやってきている。いきなり辞めることになったのはミチナガのせいなので、一言くらいは詫びの言葉を言っておきたいらしい。すると突如店員たちのざわめきが聞こえた。何事かとざわめきの元へ向かうとそこには見慣れない男がいた。

「やあエーラ!それにミチナガ様!遅くなり申し訳ありません。」

「「どちら様?」」

 ミチナガとエーラの当然の疑問。目の前にいるスラリとした爽やかそうなこんな男は見たことがない。しかしエーラがじっと観察していくと所々のパーツに見覚えのあるものがある。

「…もしかして…商会長?」

「ハハハ!気がつかなかったか!見てくれ!体が軽いんだ!」

「え?商会長ってあの太ってた男?何があったの?」

『ポチ・いや…暗影が色々していたらしいけど…5日でこんなになる?』

 わずか5日で見違えるほど痩せている。あまりに不自然すぎる痩せ方だ。一体どんな痩せ方をすればこんな風になるのだろうか。しかし商会長は実に満足そうなため、あまり突っ込むのも面倒だ。

「ミチナガ様!あなたのおかげで私の人生は変わりました!本当にありがとうございます!」

「あ、うん。喜んでもらって何より。エーラを急に引き抜いて悪かったね。」

「いえいえそんな!ああ、それよりもこの感謝を形にしたいと思いまして…我が家の家宝の一つを持ってきました!どうぞお受け取りください。」

「いや別にそんな…本?研究書か……って待て待て。これって…」

「実は私のひいお爺様は異世界から来たと言われておりまして…これはそのひいお爺様が残したものです。私には解読できないのですが、解読できればきっとお役に立つと思いまして…」

 日本語で書かれた研究書。久しぶりの異世界人との、その子孫との出会いである。
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