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第283話 使い魔と社員旅行と終わりと

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「え~…これからブラント国に戻り一泊した後に帰路につくわけですが……み、みんな色々と買いすぎじゃない?フルーツなんて何日も持たないでしょ…」

 アマラード村で一泊した翌日の昼すぎ。再びブラント国へ戻ろうとする従業員たちの手には多くのフルーツの入った袋が握られていた。あまりにも美味しく、多種多様なフルーツを目の前にして全員購買意欲が押さられなかったようだ。

 しかしフルーツなんて常温で何日も持つはずがない。さらに大荷物ですでにしまうところがない。我に帰りこのお土産の山をどうしようか考えるが、今更返品もできる訳もなく捨てようか悩んでいると、そんな様子を見かねたサラマンが前に出てきた。

『サラマン・それじゃあ購入したものは別で運んでおくよ。ただし輸送料がかかるからね。それでも頼みたい人はこっちに並んで。』

 そういうともれなく全員並び始めた。中には送れるのならまだ買おうという猛者まで現れた。これだけ買ってもまだ買い足りないらしい。よほど気に入ったようだ。しかしこんな商品の輸送など使い魔たちを通せば瞬時に完了する。しかしそんなことは従業員たちは知らない。

 従業員を金づるにするのはどうかとも思うが、いくらでも無料で運べるというと転売目的で買うものたちが現れかねないため、きちんと金を取る。それなりの金額に設定したのだが誰も文句を言わずに預けて行った。

 そんなことでしばらく時間をとると予定時間をだいぶオーバーしてしまい、魔動バスは急いで出発した。そしてその日の夕方ごろにブラント国に到着すると従業員たちは夕食までブラント国で最後の買い物を楽しんだ。

 どうやらどんなに大荷物になっても使い魔たちに金さえ払って頼めば運んでくれることに味をしめたらしい。まあ使い魔たちとしては良い小遣い稼ぎになるため全て断らず輸送を担った。

 ミチナガ商会の従業員は他の商会よりも給料が良いため、こうした時には金に糸目をつけずに散財するようだ。おかげでブラント国の店々では良い売り上げになったと大喜びである。

 そしてブラント国最後の日を過ごす従業員たちは全員最後だからと大盛り上がりだ。肉を喰らい酒を浴びるように飲みながらブラント国最後の日を満喫する。しかしまだこれから帰るまで3日かかるということを忘れているのではないだろうか。

 翌朝、前日のどんちゃん騒ぎのせいで半分以上が二日酔いのグロッキー状態の中魔動バスは出発した。飲みすぎて顔色が悪くても背後に見えるブラント国を名残惜しそうに、徐々に小さくなるその光景をじっと眺めていた。

 その日は来た時と同じホテルに泊まる。ブラント国で泊まったホテルと比べると天と地ほどの差があるが、それでもこの社員旅行の残り数日を満喫する。中にはまだ帰りたくないと泣くものまで現れた。よほどこの社員旅行が楽しかったのだろう。

 しかし無情にも魔動バスは翌日も同じように移動を続けた。間も無く終わるこの社員旅行に幾人も名残惜しそうに、寂しそうにしている。そしてその次の日の夕方ごろ、とうとうルシュール領まで帰って来た。

 本当にこれで楽しかった社員旅行が終わると思う中、なぜか彼らは心の中でホッとしている。彼らにとってこのルシュール領は故郷だ。そしてなぜかわからないが故郷に帰ってくるとやはり落ち着く。心の中に安堵感が生まれる。

 この世界では故郷がなくなることなどよくあることだ。それは火の国を見ればよくわかる。そんな世界に住む彼らだからこそ、故郷を見た時の安堵感というのは人一倍強いのかもしれない。

 ルシュール領に到着した魔動バスはミチナガ商会の前に集まる。そしてそこで皆荷物を持って流れ解散となる。

 なんともあっけない終わり。しかし皆満足げに帰っていく。翌日はミチナガ商会の定休日のためゆっくりとこの旅行の疲れを癒せるだろう。

 皆、家に着くと安堵感とともに今朝までのことがまるで夢物語のような、ふわふわした気持ちになる。あまりにも急に現実に戻って来たため、これまで起きたことが嘘だったのではないかと思ってしまう。

 そんな翌日、使い魔たちが家に来るとそこにはこの旅行中に大量買いしたお土産の山があった。使い魔たちは今朝から荷物のお届けのために各家々を回っているのだ。そして従業員たちはいつの間にこんなにたくさん買ったのかと訳もわからないままお土産の荷ほどきを始める。

 そこには道中のホテルで買ったお菓子や置物、それにブラント国で買いに買った服やカバン。アマラード村で買ったフルーツなど様々なものがある。

 そのお土産を見ながら再びこの社員旅行について思い出すのだ。そしてあの社員旅行が夢ではなかったと認識する。そしてそこまで認識すると今度はこのお土産の山をどうしようか考え、ご近所や友人に自身の土産話とともに渡して歩く。

 本当に楽しいひと時であった。こんな楽しいひと時がまた来年やって来るのだという。彼らはミチナガ商会に就職して本当によかったと心の底から思った。そしてまた明日から始まる仕事を前に気持ちを入れ替えなければと気合を入れようとする。

 しかしもう少しだけ…もう少しだけこの余韻に浸っていたい。





 そんな彼らが余韻に浸った夜のこと。使い魔たちは全員の家を周り荷物を届け終えたようで疲れ果てたように座っている。これで彼らの社員旅行はようやく終わった。思えばかなりの重労働であったが、皆楽しんでくれたしかなりの成果は出た。

『マッシュ・えっと…これで移動費、ホテル代、食事代は全部ですね。さすがにブラント国のあの最高級ホテルの値段は別にして起きました。ホテル代だけで金貨4000枚かかっていますからね。』

『オイル・これはなかなか……けどやはり移動に時間が取られますね。来月行く時も同じ感じで行きますけど特に注意する点はありますかね?』

 オイルがそういうとマッシュは気をつけるべきことの一覧表を取り出した。そこには今回の社員旅行で浮き彫りになった気をつけなければいけない点がいくつも書かれている。

 オイルは来月に今回行かなかったもう半分のミチナガ商会の従業員の社員旅行に行く。その時のためにこのやり取りはかなり重要な意味を持つ。そしてもう一つのことにも

『オイル・うわぁ…これはなかなか……来月までに調整しないとですね。』

『マッシュ・こっちも手伝うよ。しかしまさかここまでいろいろ問題が起こるなんてね。やっぱり高い金かかっても試してみる価値はあったよ。さすがですシェフさん。』

『シェフ・俺は料理だけしていたいんだけどな。まあミチナガ商会で旅行業も始めるなら治安も良くて交通の便の良いルシュール領、ブラント国が一番だからな。テストケースとして社員旅行は最適だった。多少の穴があっても上司という立場でなんとかなったし、みんな良い奴らだからな。これが一般人に変わるとまた違う問題が出て来る。全部対応できるように調整重ねて行くぞ。』

『マッシュ・はい!』

『オイル・だけどシェフさんは社員旅行いいんですか?一緒に行けば楽しいですよ?』

『シェフ・俺は毎日料理作るので点々としているからいいよ。今は旅行よりも料理作る方が大切だ。』

『マッシュ・相変わらず仕事人間ですね……』


 ミチナガ商会、旅行業開始までもうしばらく。
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