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第245話 マクベスの話4

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「こうなったらもう全軍で突撃するしかない!我々にはもう時間が残されていないのだぞ!」

「私も賛成だ。もう食料がこれだけなのならば…打って出るしかあるまい。」

「ま、待ってください!今出ていっても勝てる見込みはありません!何か作戦を…」

「作戦などあるものか!食料はない、敵は外で待ち構えている。作戦を立てたところでまともな案が出るとは思えん。」

 あれから2日後、現場の指揮官を呼び出し、現状を伝えて何か策がないか作戦を立てようとマクベスは思ったのだが、それが返って事態を深刻化させた。残り食料は2日分しかないと言う事実、味方の総勢、敵の総勢を数値にして現状を知った今、もうどうしようもないと言う現実しかわからない。

 それでもマクベスは作戦を立てようと必死になるのだが、まともな作戦は立てられない。それでも何とかマクベスの必死な説得により3つの案が立てられた。

 まず第1の案、それは5000人ほどの兵士が打って出て敵を誘い出す作戦だ。実は敵はあの増援が来てからと言うもの積極的に攻めようとせず食料を減らす作戦に出た。おそらく以前打って出た時にこちらに潜伏していた敵の内通者が、食料が程なく尽きることを告げたのだろう。

 だからこそ5000人の兵士で打って出て敵を誘い出し、それを城壁の上から射殺そうと考えているのだ。これで多少ではあるが間違いなく敵の数は減らせるはずだ。もちろんこちらにも被害は出るが、それ以上の戦果を見込めるだろう。

 そして第2の案は夜襲だ。敵もまさかそこまで打って出るとは考えていないはずだ。だから敵の虚をついて攻撃を仕掛ける。これは明日か明後日のどちらか一日しか使えないだろう。連日夜襲を仕掛ければ流石に相手もすぐに気がついてしまう。だから1度限りの策だ。

 それから第3の案、それは全軍突撃。もうこれは最終手段だ。はっきりいって現状では全滅しか想像できない。しかしそれでも最後には全軍で突撃するほかないだろう。だから全軍突撃をする前に少しでも敵の数を減らそうと第1の案と第2の案を立てた。

 そしてこの作戦は翌日から施行された。結果としてはまずまずだ。こちらが3人やられる代わりに向こうを5人やれるといったところだ。間違いなく敵の数の方が多く減らせる。これは2日間ともうまくいった。だがうまくいかなかったのは夜襲だ。

 1000人ほどで夜襲を仕掛けたのだが、敵は密かに夜襲に対する警戒を強めていたため、大した成果を出すこともできずに1000人全てが殺された。この時はかなりの悲壮感が漂った。

 そして限界だと思われていた10日目がやってきた。もうあくる日は食料がないため全軍突撃、と思っていたのだが、これまでの間に多くの兵士が戦死したため、もう1日分食料が増えた。あまり喜ぶべきではないのかもしれないが、これでもう1日全軍突撃までの日が伸びた。

 この日も朝から第1の案を行い、敵兵をおびき出して倒していく。しかし流石に敵もバカではない。あまり近づかなくなって戦果も乏しくなって来た。このままでは倍以上の戦力差がある相手に全軍突撃を行わなければならない。

 マクベスは少しでも戦える人材を増やすために診療所を見て回り怪我人の介抱をする。しかしマクベスは心の中で強い罪悪感が湧いてくる。こんなにも傷だらけの人々をまだ戦わせようというのか。腕をなくし、足もない人に一体何をさせようと言うのか。

 しかしそれでもこれは仕方のないことだと自分に言い聞かせて自らを奮い立たせようとする。だがそれでも痛みで呻き声をあげる人々を見ると心が痛む。誰か助けてほしい、誰でもいいから救ってほしいとマクベスは願ってしまう。しかしその願いを聞き届けるものはいない。

 診療所を出て昼休憩をする。戦わないマクベスの食事は質素なものだ。少しでも自分の分の食料を前線に出て戦う兵士に届けてほしいと自ら食事を減らすことを願い出た。そこらに転がる小石ほどの大きさの乾パン一つを水でふやかしながらゆっくり食べる。こうしてゆっくり食べることで少しでも空腹を紛らわす。

 そんなマクベスの元へマックたちがやって来た。その手には具の入ったスープが握られている。マックたちはマクベスにもこれを食うかと進めてくるが即座に断る。こんな食料危機の時に贅沢はできない。

「いやぁ流石に味が薄いし肉も少ないが…いい味はでてる。」

「ホントっすね。最近はこんな小さいパンしか食べなかったっすから、贅沢っすね。」

「今日の夜も良いもの食うぞ。秘蔵の酒も出してやる。最後の食事にふさわしいだろ?」

「最後の食事?ま、まさか…」

「流石にみんな腹減ったからな。明日の全軍突撃に参加する約束をしたことで良い飯が食えることになった。やっぱ冒険者たるもの飯は重要だよな。な、ウィッシ。」

「流石にこんなパンは飽きた。まともなものを少しでも食べないとやってられん。」

 マクベスは動揺してその場で立ち上がる。マックたちはこの国の人間ではない、そういった理由でこの戦争では裏方に徹して前線には出なかった。そういう約束だった。だと言うのに明日の全軍突撃に参加することが決まっている。これは何かの間違いだとマクベスは声を荒げる。

「うるせぇぞマクベス。これは俺たちが勝手に決めたことだ。うまい飯を食いたくて勝手に決めた俺たちの問題だ。だから誰も悪くねぇ。」

「だけど!だけど!…だけど……マックさんたちが命をかけることなんて…ないじゃないですか……マックさんたちは…関係ない…」

「そんな寂しいこと言うのは無しっすよ。ここまで一緒にやって来たじゃないっすか。」

「さてと!飯食ったし裏方の仕事もやるぞ。俺は今日の酒が楽しみなんだ。」

 マックたちは全員覚悟を決めている。覚悟ができていなかったのはマクベスただ一人だったようだ。しかしマクベスは今でも納得できない。マックたちはマクベスをここまで助けてくれた。ミチナガに頼まれたとはいえ、ここまでする必要のないことをやってくれた。

 マックたちはマクベスにとって恩人だ。そんな恩人を死地に向かわせたくない。しかし覚悟の固いマックたちは今更何を言っても止められやしないだろう。マックはどうしようもない、行き場のない怒りが心の中で暴れまわる。

 マクベスは今すぐにでも叫びたい。この思いを、誰も叶えてくれないこの願いを叫んでしまいたい。しかしその思いを理性で押さえ込む。本能のまま暴れまわりたい気持ちを必死にこらえる。

 胸が張り裂けてしまいそうだ。いや、いっそのこと張り裂けてほしい。そうすれば少しは楽になるかもしれない。少しでも楽になってしまいたい。しかしマクベスが心休まる前に新たなる警報が出された。

「敵襲!敵襲!…あれは…なんだ!上空を高速で接近する物体がある!」

 突如あげられた声。まだ敵の増援が来るのかとマクベスは心の中で怨嗟の声をあげる。そして声のした方を見ると確かに何やらよくわからないものが空を飛んでやって来る。マクベスは一体なんなのかと正体を確かめようとした。

 しかしその時、マックたちから声が上がった。それは驚愕の声、そしてその声は徐々に笑いに変わり、マックたちは涙を流した。マクベスはこんなマックたちを見たことがないためどうしたら良いかわからなくなっている。

「おいおい…嘘だろ…あれ…絶対にそうだよな……」

「間違いないっす…前に一度森の中で見たあれっすよ。」

「つまり…そう言うことだろ?あれを知っているのは俺たち以外に…あいつしかいない。」

 高速で接近するそれは風切り音を立てながら上空を通り過ぎて行った。何事もなく終わるのかと思ったマクベスだったが、上空から何かが降って来た。それは大量に、この戦場に、この国中に撒かれていった。

 マクベスはそれを、その花を拾い上げる。それはマクベスの母が好きだった、マクベスも好きな花だ。様々な色の花を咲かせるカランコエの花。それが数万とこの国に降り注いだ。マックたちは謎の飛行物体に対処しようとする兵士たちを止めた。全員に武器を降ろさせた。

 マクベスはこの状況が信じられずただ立ちすくんでいる。やがて再び戻って来た飛行物体から何かが落ちて来た。それは徐々に高度を下げたのちに巨大なパラシュートを開く。マックたちはそのパラシュートの落下地点へと急ぐ。

 マクベスもまるで夢でも見ているかのように、この状況が現実と受け入れられず、ただマックたちの後をついていく。落下地点には多くの兵士が集まり、武器を構えていたがマックたちは必死にその武器を降ろさせる。

「おいおいおい…嘘だろ…まじかよ……夢じゃないよな?」

「夢じゃないと思うぞ。俺も夢のような気分だったけど多分違う。しかし…いやぁ~まさかこっちでパラシュート降下やるとは思ってなかったわ。いや、前にも魔導装甲車でパラシュート降下したか。正直あの時より怖いぞ。あ、ちょっと手伝ってくれ。このパラシュート外れない。」

「どうして…どうしてミチナガさんが……わ、わかっているんですか!今この国は!」

「お、マクベス。久しぶりだな。いやぁビックリしたぞ。いきなりへカテのやつが帰って来るもんだから。大体はわかっているぞ。戦争中なんだろ?しかも…負けそうじゃん。」

「だったら!だったらなんで…なんできたんですか……ミチナガさんは…関係ないじゃないですか…」

「まあ本来俺は関係ない。…だけどマクベス、お前には関係あるんだろ?だったら俺にも関係あることになる。お前、俺の言ったこと忘れたのか?約束、…しただろ?俺はお前の味方だって、お前を助けてやるって。」

「だけど…だけど…ミチナガさんは……ミチナガさんは…」

 マクベスは泣きじゃくる。まさかミチナガが来るとは夢にも思わなかった。確かに約束はしてくれた。だけどこんな状況でまさか来るとは思わなかった。あんな約束なんて忘れてくれても全然気にしなかった。このことでミチナガを恨むとかそんなことはしなかった。

「もう関係ないとか言うなよ。俺とお前は友達だ。俺は友達とした約束は守りたい。普段は男らしくないやつだけどさ、このくらいはカッコつけさせてくれよ。マクベス、俺はな。」

 マクベスは泣きながら足元に散らばるカランコエの花を見た。それはかつて、自分が母から与えられた花。幼き頃のマクベスには綺麗な花を母から貰ったという思い出でしかなかった。しかし成長し、その花のことを調べて母がこの花をくれた意味を知った。

 マクベスは願った。声にも出さず、誰にも言わなかったが確かに願った。誰も叶えてくれないと思ったこの願いを深く、強く願った。誰も聞き届けてくれやしない。そう思った。だけど今、目の前にそれは現れた。マクベスが心から願うことを伝えるため、叶えるためにやってきた。

「マクベス。俺はな、お前を」

 かつて母から送られたカランコエの花言葉、それは



 あなたを守る。
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