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第230話 隣国へ

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「それじゃあ準備はいいな?お前ら、後のことは頼んだぞ。」

『『『使い魔たち・いってらっしゃ~い!』』』

 ミチナガはフィーフィリアル達との会談から3日後、シェリクの案内の元、隣国のエルフの国へ行くことになった。フィーフィリアル達はこの国にしばらく滞在して避難民から火の国の現状を詳しく調査するようだ。

 そのため、フィーフィリアル達が護衛になってくれないので、避難民の中で信頼できそうな腕利きを数名護衛として連れて行くことにした。護衛は3人。ダークエルフのダリア、狼の獣人ダルー、陸魚人のクァクァトゥラ。なんとも個性的な面々だが、なかなかの腕利きの上、この人選には理由もある。

 この国、セキヤ国は多種族国だ。獣人の比率が多いとは言っても他の種族を無視することなどできない。領主の護衛だというのに一つの種族だけで固定するのは流石に反感を買うのだ。ちなみにドワーフを連れて来なかったのは住居建設のために一人でも欠けさせるわけにはいかないからだ。

 それからダークエルフとエルフは仲が良いのか心配になったのだが、特に問題ないらしい。昔は諍いもあったようだが、今ではそれなりに交流もあったようだ。ダルーやクァクァトゥラにも聞いたが、特に問題はないと思うということだ。

 しかし先ほどから何だか空気が重い。同じ魔導装甲車に乗っているのだからもっと気軽に話しても良いと思うのだが、なぜか全員緊張した表情をとっている。シェリクも何だか他の人の緊張が移ってしまったようだ

「あ~…もっと気軽におしゃべりしないか?これからエルフの国まで3日はかかるんだから。ずっとこんな調子だと…ねぇ?」

「申し上げますと太守、皆此度の任を問題なくこなすために…必死なのです。太守を何かご不快にさせてはいけないと思うのですが…どうしたら良いのか…」

 クァクァトゥラの話し方からしてもどうやらガチガチに緊張しているというのはよく伝わる。しかしミチナガとしてはなぜこんなにも緊張しているのかわからない。そんなに今回の仕事を重要視しているのか、真面目だなと思うがなんだかそういう感じでもない。そしてようやくミチナガは気がついた。

「…え?もしかして俺相手に緊張しているの?」

「も、もちろんです。なんせミチナガ様は私たちの王ですから。」

「その通りだ…です。我々を救ってくださった命の恩人。あなた様に何かあれば我々はセキヤ国にもいられなくなる。そうなれば…そこらの国で餓死するか火の国の戦争に混ざって命を落とすくらいしか生きる道がない。」

 ダリアもダルーも口を揃えてミチナガの重要性を語る。ミチナガはそれを聞いてひどく驚いている。なんせ普段の業務はほとんど使い魔が行ってくれている。ミチナガがやっていることといえば、重要書類のチェックとハンコを押す作業だけだ。しかしそれも使い魔たちが変わることもできる仕事だ。

 正直、セキヤ国にはミチナガの仕事はない。普段の業務も大したことをやってないので、避難民から慕われているとは思ってもみなかった。しかし実際に聞いてみるとミチナガを慕ってくれている人々はかなり多いという。

「そ、そっか…なんだかなぁ…俺は商人として働くことばっかりだったからな。正直貴族らしいことなんてろくにしたことがないんだよ。ある程度の作法とかは習っているけどね。元々庶民からの成り上がり貴族が国なんて持ったけど…そうやって思ってくれている人もいるのか。」

「太守は元々庶民なのですか…良ければ……昔のお話を聞かせてはもらえませんか?」

「ん?俺の話か?そんな聞いて面白い話かどうかはわからないけど…まあみんなの緊張がほぐれるなら少し話そっか。」

 ミチナガはこの世界に来たばかりの頃を思い出して語った。自分は異世界人であること、いつの間にかこの世界に来ていたこと、生きるためになんとか野菜や魚を売ってお金を稼いだこと。アンドリュー子爵という貴族によって人生が大きく好転したこと。

 ルシュール辺境伯との出会い、ブラント国での戦いやユグドラシル国での活躍。獣人に手ひどくやれたという話をした時にはダルーは顔色を悪くしたが、その後のことを聞いたら嬉しそうに尻尾を振っていた。

 英雄の国で世界貴族伯爵になったことを話すとみんな拍手喝采だ。なんだかミチナガは楽しくなって結局翌日もミチナガの話ばかりしてしまった。そして最後にこの国を作った話までしてようやくミチナガの話は終わった。すると最後にダリアが疑問に思ったと質問して来た。

「その…ミチナガ様のモットーとして儲からないことはやらないということを言っていましたが…この国を作っても儲からないのでは?コーヒーなどの売り上げでは…国を作った資金を取り返すこともままならないはずです。」

「そりゃね。だけどそれは今だけを見たらだ。長い目で見よう。国を持ったことでミチナガ商会の信頼度は増す。さらにコーヒーやサフランといった高価な商品を貴族へ売ることで新しい大口の顧客ができる。こういった副次的な儲けもこれからどんどん増す。それに…セキヤ国のみんなが豊かになればなるほどうちで商品を買う。そうすれば10年…20年後にはうちは大儲けだよ。」

「太守はお金が好きなのですね。その…い、いえ、すみませんなんでもないです。」

「クァクァトゥラ。君の言いたいことはわかるよ。お金よりも大事なものはある、でしょ?もちろんそれもわかる。だけどね、例えばこの国を作る時、儲けなんて無視して国を作ったらお金がなくなった時にこの国は崩壊する。治安維持にも道路整備にもお金はかかるからね。以前…ユグドラシル国でも金にならないからと孤児院への出資をやめようと思ったことがあったよ。それはね、子供たちが嫌いとか孤児なんてどうでも良いっていうことじゃないんだ。中途半端なことをしたくなかったんだよ。」

 中途半端なことはしたくないというミチナガの考え。それは孤児院にお金を出資して、金がなくなって来たから出資辞めますという中途半端に子供達に希望を見せたくなかったから。儲けにならない仕事というのは金に余裕がなくなったらすぐに切り離さなければならない仕事だ。

 そうでないと共倒れしてしまう。ただミチナガと孤児院の子供達だけの共倒れならまだいい。そこにミチナガ商会で働く人々、ミチナガ商会から商品を買っている料理店など大勢に影響が出る。だから一個人の勝手な考えで儲けにならないことをやれないのだ。

 そのことを伝えるとクァクァトゥラも納得したようだ。しかし今度はこの答えを聞いてダルーが疑問に思ったらしい。

「太守のそういった考えや信念は神の教えというやつですか?宗教的な…」

「ん~…俺は宗教には興味ないからなぁ。日本人だから仏教徒…っていう割にはクリスマスとかやるからキリスト教徒…なんだろう。あんまりそういったことは考えてこなかったけど…。あ、強いていうなら武士道ってやつかな?武士ではないけど。」

「ブシドウですか。それは一体どういうものですか?」

「どういうもの…武士道…まあ詳しくは何かわからないけど…俺にとっては生き様かな?自分の中で譲れない、譲りたくない、そんなものを持って…命よりも大切な何かを持ってその信念のまま生きる。自分の生きる道を見つける…俺にとっての武士道はそんな感じかな?」

 武士道。日本の侍の道徳観念のようなものだ。一番有名なのは昔の5000円札の肖像画、新渡戸稲造の著、武士道だろう。これは世界的に有名な本だ。武士道とは死ぬことと見付けたりなども有名な言葉だが、現代社会においてそんな武士道はなかなか受け入れられないだろう。

 現代社会における武士道とはどういうものかはわからないが、ミチナガにとっての武士道とはこんな感じなのだろうと勝手に決めた。しかしなんとなくのミチナガの発言はダルーや他二人にちゃんと受け入れてもらえたらしい。

「さ、さてと。俺のことは話したぞ。今度はお前らの番だからな。一番気になるのはお前だよクァクァトゥラ!陸魚人なんて初めて会ったんだからもっと教えてくれ。お前って水の中も泳げるの?」

「一応泳げますが、基本的に肺呼吸なので、普通の魚人と比べ泳ぎは上手くない上に定期的に水中から出て呼吸する必要もあります。正直人間よりも泳ぎが上手いくらいでしょう。一番の特徴は乾きにくいことです。一度水分補給をすれば10日は水分補給しなくてもなんの問題もありません。」

 それからようやく緊張もほぐれた一行はエルフの国に着くまで会話を楽しんだ。シェリクも会話に混ざりなんとも和気藹々とした道中になった。

 それから3日後、巨大な森の目の前にたどり着いたと思ったらシェリクからここで降りるように指示があった。どうやら目的地に着いたようだが、森しかない。

「ここからは魔法で移動するので1分もかからずに着きますよ。」

「魔法…もしかして森の手形的なやつなのか?」

「流石にそこまではいきませんが、森の手形を模倣した魔法ですね。我々エルフの特殊魔法で森抜けと言います。ではみなさん私に触れてください。直接じゃなくても問題ないので一列に並ぶような感じでお願いします。」

 指示通りに触れるとシェリクは魔法の詠唱を始める。この世界において魔法の詠唱は基本的に必要ないのだが、複雑な魔法や特殊な魔法の場合は詠唱を用いることがある。この場合は後者だろう。シェリクは詠唱を終えるとそのまま森の中へ歩いていく。森の中に入ってまだ30歩ほどしか歩いていないのだが、背後はすでに先ほどいた場所が見えなくなっている。

 そのままゆっくりと歩いていくと突如目の前を覆い尽くす植物が現れた。しかしシェリクはそんなものも御構い無しに進んでいく。そして目の前を覆い尽くしていた植物を抜けた先には開けた光溢るる国が広がっていた。

「到着です。ようこそ、西のエルフの国へ。」
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