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第223話 一月後のミチナガの国造り
しおりを挟むあれから一月が経った。まあ一月というと長いように考えるが建国を開始してから一月と考えるとなんとも短いものだ。しかしこの一月の間に色々とミチナガの想像を越えることが立て続けに起きている。
まずは避難民の数だ。当初800人超だった人数は、あれから避難民をあちこちで回収しているうちに5000人を超え、正直確認できないほど増えている。現在、避難民全員の戸籍を作成し、その全容を解明しようとしているのだが、未だに増え続けているのでどうなるかわからない。
それから人種なのだが、獣人が8割方を占めている。何故8割なのかと言うと最近は人間やドワーフ、それにダークエルフなんて言う新しい種族が増えているのだ。さらに陸魚人という魚人であるのに陸地に住む珍しい種族までやってきている。多種族国家になりつつあるこの国だが、なんとか仲良くやっていけている。
それから住居であるが、現在は仮設住宅に住んでもらっている。さすがにこれだけの人数なのですぐさま住む家を提供することは難しいのだ。それに住居、というより街作りに関しては使い魔や避難民の中にいた技術者などが色々と考えているせいでなかなか進まない。
『ポチ・ボス、報告です。今日も避難民が到着しました。その数300程度。』
「了解。犯罪歴や素行なんかは確認済みなんだろ?引き続き戸籍づくりを任せるぞ。」
『ポチ・はーい。あ、それと街作りなんだけどようやく進み出したよ。かなり凝っているみたいだから良いのができると思うよ。あとで見に言ったら?』
「そうだな。……少し見に行くか。あいつら何しでかすかわからんし。」
ミチナガは書類作業を一時中断して、国造りの中心部である作業地へ向かう。そこは木々を切り倒し、綺麗に更地にされた場所ですでに地盤が整えられている。厳重に魔法で強化されているこの地面はそう簡単に壊れることはないだろう。
そんな場所でひときわ盛り上がっている場所がある。そこでは今まさに建物を建設しようと丁寧な測量と準備が行われている。かなり集中している作業中でもミチナガが近づくと全員その場で頭を下げ始めた。
「太守、このような場所へようこそ。」
「ガルディン、随分とよそよそしい挨拶だな。そんな態度をとるってことは…随分無茶なことをしようとしているだろ?」
「あれ?バレましたか。ミチナガ様は鋭いですな!ガハハハハ。」
ガルディンというのはこの国に避難してきたドワーフの男だ。かなり優秀な男で、本来、避難民になるはずがなかった。しかし城の建設や重要な設備の建設に関わり、ガルディンの情報ひとつで国家の一大事になりかねないと口封じに殺されるところだった。
しかし死にたくないガルディンは避難民に紛れてここまで逃げてきたのだ。本当はもう建築には関わらないつもりだったらしいのだが、たっぷりの酒と面白そうな国造りの企画を知ってしまい、自ら優秀さを売り込んで、現場監督のひとりになっている。
「親方!建築予定の書類を見せろ。……石灰石を用いたパリ風の家作り?」
『親方・白亜の豪邸ってやつっす。綺麗に整列されたパリのような街並み…最高じゃないっすか?石灰石なんでそこまで値段も高くないっす。』
「…これじゃあちと不便だろ。4階建てにするならエレベーターつけてやれ。それから魔法強化もしっかりとかけてやれよ。」
『親方・あ、やっぱりそうっすよね?実は本決定の書類はここに…』
「あ~…なるほどね、よそよそしいわりには普通だと思ったんだよ。…うっわ。さっきの予算の3倍はかかるじゃんか。これを住民全員分つくるんだぞ?……はぁ、まあいいや。これで進めて良し。ただし手は抜くなよ。10年後に一斉に倒壊なんて笑えないからな。」
『親方・任せておくっす。500年保つ家を建てるっすよ。やりましたね、ガルディン。』
「へへへ、やっぱりうちの太守様は人格者だ。任せておいてくれ。最高のものを作ってやる。」
随分とミチナガは気に入られている。ミチナガ自身もうここまで来たのなら妥協はしないという
つもりでやっているだけなのだが、それがドワーフという職人には高評価なのだ。おかげで避難民のドワーフ達からのミチナガの支持率は高い。
ミチナガは建設現場を見に来たその足で、そのまま農作業地に移動する。そこでは巨大農地が完成してあるのだが、随分と物珍しい様相になっている。なぜかというと大量のマタタビが育っているのだ。
これはいわゆる猫神への供物のようなものなのだが、実は猫神だけのものではない。実はこの猫森はその名の通り、大量の猫が住んでいるのだ。今もこのマタタビ畑には大量の猫が集まっている。
しかしここにいる猫はただの猫ではない。ケットシーであったり、猫又であったりと実力で言えばS級相当のかなりやばい奴らなのだ。一度暴れ出せば避難民全員は一晩で肉片になるだろう。
しかしこうしてマタタビにうっとりとしている姿を見ると本当にただの猫だ。今も農作業中の女性に喉を撫でられて喉を鳴らしている。本当にただのだらしのない猫だ。しかしこの猫達はただここにいるだけではない。避難民の治安に貢献しているのだ。
ここにいる避難民は避難民というくくりで見れば同じだが、ちゃんと調べれば元々敵国同士の人間なども集まっている。そうなれば諍いは避けられないだろう。しかし避難民達には猫神から「暴れたら頭からボリボリ食ってやるニャ」と脅されているので皆ニコニコとしている。
正直、避難民同士が上辺だけの関係というのはどうかと思うが、こういった問題は一筋縄にはいかない。正直どっちも正しいし、どっちも悪いというのが答えだ。しかしそんなことを言っても納得はしないだろう。だからなんとか不満は酒で解決してもらう。あと時間が経てば忘れてくれると信じている。
そしてそんなマタタビ畑を抜けると今度はまた違った畑が目の前に現れる。ここの責任者はダークエルフの者達だ。実は避難して来た当初、ダークエルフ達から村で大切に育てて来たものをまた育てたいと言われて栽培しているのだが、これが予想外の成果であった。
「やあダリア。順調かい。」
「これはミチナガ様、はい順調でございます。ミチナガ様のドルイド様は本当に素晴らしい。それに猫様達のおかげで順調に進んでおります。皆も今までで最高の出来だと喜んでおります。ミチナガ様にはお礼の言いようが…」
「いいっていいって。俺もこれで稼がせてもらうから。だけどダークエルフの特産品がコーヒーだったとはね。これはかなり人気が出るよ。」
ダークエルフが育てているもの、それはコーヒーだ。なんでも村では趣向品として欠かせないものだったらしい。ミチナガ自身コーヒーは好きなのでこれは嬉しい成果だ。しかし英雄の国でもコーヒーは手に入る。だから珍しいものではないのだが、このダークエルフのコーヒーはまるで味が違う。
なんせダークエルフ達が改良を続けた最高のコーヒーなのだ。ある意味、日本人にとっての米と同じようなものだ。より美味しいものを作ろうと毎年毎年改良を重ねている。だから英雄の国のコーヒーとは味の格が違う。
しかしただでさえ美味しいコーヒーをさらに美味しくしてくれる存在がいる。それがこの猫、妖精猫だ。本来妖精界にしか存在しない猫なのだが、この猫森には割とよくいる。そんな妖精猫の趣向品がこのコーヒーなのだ。
とは言ってもコーヒー豆ではなく、コーヒーチェリーと呼ばれるコーヒー豆についている果肉だ。真っ赤に熟れるこのコーヒーチェリーはそれなりに甘くてまあ悪い味ではない。しかし好んで食べるのには果肉が少なく、そこまで大したものではない。
ダークエルフ達は割と好んで食べるらしい。妖精猫もダークエルフと同じような感じなのかと思ったが、実はそうではない。果肉を好んで食べるというよりも、それ自体に含まれる魔力を好んでいるのだ。
このコーヒー豆を急速に育てるためにドルイドの力を使った。ドルイドにかかれば種を植えた翌日にはコーヒー豆を収穫できるまで成長させられる。そしてそこまでドルイドの力を吸収したコーヒー豆には精霊の力が宿る。妖精猫はその精霊の力を好んで食べているのだ。
だから柔らかい果肉の部分は分解されるが、コーヒー豆自体はそのまま糞として出てくる。それを見たミチナガはすぐにあることを思い出した。それは地球でも世界で指折りの高価なコーヒー豆として知られているコピ・ルアクである
コピ・ルアクとは一体何かというとジャコウネコの糞の中にあったコーヒー豆を焙煎したものだ。つまりジャコウネコのウンココーヒー。元々はコーヒー栽培の奴隷がどうしてもコーヒーを飲みたいと思い、害獣だったジャコウネコの糞の中のコーヒー豆を使ったのが由来とされている。
まあジャコウネコと妖精猫ではまるで違うと思うのだが、ミチナガが試しに飲んで見たところ最高にうまいコーヒーだと気がつき、すぐに猫神経由で妖精猫に依頼した。おかげで妖精猫コーヒーの安定供給が可能となった。
今では貴族限定でコーヒー1杯金貨50枚で売り出しているのだが、注文が殺到している。生産が間に合わないので値上げも検討中だ。この国唯一の稼ぎどころだとミチナガも大喜びだ。
ミチナガはこの件を皮切りに、この国での食糧生産による自給自足を諦め、外貨獲得のために輸出品に力を入れることにした。元々猫森で領地として使える土地は限られているので、食糧のための大量生産は難しかったのだ。
なので、今では単価の高い香辛料の生産に力を入れている。中でも面白いと感じているのがサフランだ。パエリアなどでも知られている香辛料の一つであるサフランだが、世界一高い香辛料と言われている。日本のスーパーなんかでも1gで1000円を超える値段だ。
まるで地面から直接花が咲いているような見た目の、紫色の花を咲かせるサフランだが、香辛料となる部分は雌しべの部分だけである。だから一株あたりの収穫量も驚くほど低く、正直そのままでは単価は高いのかもしれないが、儲けとしてはかなり低い部類だ。
そんな愚痴をぽろっと使い魔のフラワーに言い、フラワーからなんとなく花の大精霊に伝わるとすぐに新しいサフランの苗が届いた。早速育ててみるとまるでブーケのように花が咲き、それは立派な雌しべがついたではないか。おかげで一株あたりの収穫量が数倍になり、1面積あたりの収量も増えたので、この国のコーヒーに続く輸出名産品になりそうだ。
ともかくこれで輸出品が出来上がるので、ミチナガがこの国造りにかかった費用の回収はかなりの年月がかかるが可能だろう。それに今後は色々とやれることも増えるはずだ。これでミチナガも一安心である。
ただ不安な部分といえば街作りであるのだが、どうやらミチナガには知られずに色々と水面下で色々と作業が行われているようである。ミチナガがそのことに気がつくのはまだまだ先のこと……
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