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第219話 吸血鬼ヴァルドール

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「先ほどは失礼を働いてしまい申し訳ありません。我が王よ。」

「お、王!?い、いやいや…そんなんじゃないですから……ほんとまじで…」

「何をおっしゃいますか。我が人生600と数十年、ついに私は我が道を見つけたのです。あぁ…私はこのために生きてきたのだ…」

 目の前で男は歓喜に震えている。ミチナガ商会の巨大テーマパーク建設がよほど気に入ったのだろう。ミチナガの正式な許可は下りていないが、すでにミチナガ商会の一員となっている。今更断ることもできないので、これは正式な決定事項だろう。

 しかしミチナガはどこかこの男に不安を抱えていた。その不安が的中していてほしくない気持ちが大きい。なんせ今から問題あるからとこの男を払いのけることは不可能だからだ。

「あ~…そういえば名前はなんていうんだろうか。まだ聞いてなかったよね。」

「ああ、これは失礼いたしました。私は…ヴァルドール、そう呼んでください。本名はもう忘れてしまいました。ヴァルドールはよく人に呼ばれた名です。」

 ミチナガはヴァルドールの名前を復唱しながらすぐに使い魔全員に調べさせる。かなりの長命なので、おそらく同じく長命のルシュール辺境伯ならば知っているはずだ。夜なのですぐに使い魔たちが聞きにいくのは無理かと思っていたら、用意周到に使い魔がルシュール辺境伯の元に行っていた。

 そして返事はすぐに来た。ミチナガはヴァルドールにバレないようにスマホを見て、ヴァルドールの正体を確認した。そしてあまりにも驚愕な事実を知ってしまい、顔面蒼白になる。それでも今のことが信じられず、思わずヴァルドールに問うてしまった。

「ヴァ、ヴァルドールさんは…も、もしかして…も、元魔神なのかな?」

「ええ、随分昔に一時期魔神と呼ばれておりました。しかし正直…戦いや戦争に面白さが見出せず……ものの数年で魔神の座から降りております。当時は戦争がよく起きていましたから。一国の軍隊を潰したり、国を滅ぼしたりもしましたが、面倒なだけで面白くなく……すぐにこの城にこもってしまいました。ああ、それからヴァルドールと呼び捨てにしてください。」

 どうやらミチナガの得た情報は事実だったようだ。数百年前、世界が動乱の時代に誕生した魔神第9位、吸血鬼神ヴァルドール。国堕としや血の狂乱といった様々な二つ名のある世界屈指の危険人物。ルシュール辺境伯からはとにかく逃げないとやばいとも伝えられているが、もう遅い。

 その後も続々とスマホに情報が送られてくるが、どれもやばい情報ばかりだ。真祖なる吸血鬼、トゥルーヴァンパイアとも呼ばれ、本来吸血鬼が苦手とする十字架や太陽の光なども効果がない不死身の怪物。殺す方法は三日三晩細胞レベルで破壊し続ける必要があるという。なんでも指の一本でも残っているとそこから復活できるそうだ。

 そんな情報に戦慄され、震えそうな体を必死に抑えているミチナガの前で使い魔達はヴァルドールと楽しそうに団欒している。

『ヨウ・ヴァルくん元魔神なんだぁ。じゃあとっても強いんだね。』

「ヴァ、ヴァルくん……ありがとう、ヨウ殿。ああ、私の友人達を紹介したい。我が王もどうぞこちらへ。お連れの方もどうですか?」

「あ、ありがとう。すぐに向かうよ。…あ~……後ろの3人は俺の護衛で疲れていてね、休ませてやってくれるかな。この周辺の幻術には随分迷わされたよ。」

「ああ、それは申し訳ない。人が訪ねて来ても戦いばかり挑まれ飽き飽きしていたのです。ではゆっくりとお休みください。では王よ、こちらへ。」

 ミチナガはとっさの判断でブラール達をその場において来た。すでに3人ともヴァルドールの気迫によってたじろぎ、戦わずして満身創痍だ。このままだと何か下手を打ちそうだったので、ここにおいていくほうが安全だと考えたのだ。

 ヴァルドールに案内されたのは最上階のヴァルドールの寝室だ。ここは使い魔達もまだ入っていなかったようで、何があるか分からない。緊張で冷や汗が流れてくる。そんなミチナガの決心がつく前にヴァルドールは普通に扉を開いてしまった。

 するとそこはなんともファンシーなぬいぐるみが壁一面、ベッド一面に置かれている。ヴァルドールにとってこの光景はたまらないのだろう。恍惚の表情を浮かべている。

「紹介しましょう。この子はミリーちゃん、こっちはメルクスくんです。ああ、それにこっちは…」

 どんどん紹介されていくが、覚えられるわけがない。すると数体のぬいぐるみが突如うごきだしたではないか。ミチナガは思わず悲鳴をあげそうになるがなんとか堪える。使い魔達は恐れることもなく動き出したぬいぐるみに近づいていく。

『ヨウ・すごーい!なんで?なんで動いているの?』

「私が動かしているんです。元々はデスマリオネットという吸血鬼が好んで使う死人を操る魔法です。しかし死人を操ったところで可愛くもないし面白くもない。だから改良してぬいぐるみを動かすファンシーパペットという魔法を作りました。」

『ウィザ・で、ではあの門の魔法もヴァルくんが作ったのですか!?あの魔法は実に良かった。』

 そんなことよりも突っ込んで欲しいところがあったのだが、どうやら誰も気にしてくれないようだ。どうやらヴァルドールは吸血鬼が使う残酷な魔法を改良して可愛らしいものに変えているようだ。

 ウィザはヴァルドールの魔法に対する知識と応用力に心底尊敬していたのだが、当の本人は特に興味もないようだった。なんでも魔法の改良にハマっていたのは400年ほど前なので随分と昔のことらしい。ここ数十年はもっぱらぬいぐるみにハマっているとのことだ。

「魔法に関することが知りたいのなら資料室があるのでそこのものを全て差し上げましょう。そこまで良いものがあるとは思いませんが。」

『ウィザ・ちょ、ちょっと行ってくりゅ!』

『ヨウ・ヴァルくんヴァルくん。今いいこと思いついたんだけどちょっといいかな?もし良かったらアニメ作ってみない?』

「アニメ?それはなんですか?」

『ヨウ・この子達を登場人物にした物語だよ。リッキーくんとミリーちゃん達の可愛らしい冒険を映像に撮るんだよ。背景なんかは幻術魔法が使えるし、ぬいぐるみを動かすのはファンシーパペットの魔法がある。他にも必要な魔法があってもヴァルくんなら知っているんじゃないかな?』

「な、なんという素晴らしい発想!この子達が楽しく遊ぶ姿を映像に収める。そ、それを人々に上映することは…」

『ヨウ・うちはすでに映像産業に着手しているから問題ないよ。完成したら数カ国で同時上映可能だよ。』

「す、素晴らしい!ああ…もう居ても立っても居られない。今日という日は祝日だ!いや…新しい私の誕生した日だ。生きていて良かった……」

『ヨウ・そうと決まったらシナリオも作らないと。あとウィザさんの手伝いにも行こうか。何か使える魔法があるかもしれないし。』

「そうです!では参りましょう。私のこれまでの研究が役に立ったようで何よりです。」




『ヨウ・ヴァルくん、この魔法はなんの魔法?』

「ああ、それはハザードの魔法を改良したものです。伝染病を撒き散らす魔法で、感染力と死亡率を高めたオリジナル魔法ですが、役に立たないでしょう。魔力消費が多い割に死亡率が高すぎて伝染率は低く、一度の魔法行使で3000人程度しか死にませんでした。ああ、その隣のパラライズの魔法は使えるかもしれません。発動すると黄色い電光が走ります。見た目も綺麗なので絵になるかと。」

「ど、どれもこれも殺傷力高いなぁ…」

 先ほどから恐ろしい魔法ばかり出てくる。拷問魔法や殺戮魔法といった攻撃魔法のようなものばかりだ。しかし時折良い魔法も出てくる。

『ウィザ・物体の硬度を高める魔法。これは良い!応用がいろいろ効きますね!こっちには回復魔法まで!良い魔法もいろいろあって良かったぁ…』

「懐かしいですね。それは結構お気に入りの魔法です。単純なストーンバレットに重力操作魔法と硬度強化魔法をかけることで一撃一撃が10トンのオリハルコンを飛ばすような威力になります。少ない魔力で大勢死にました。その回復魔法はかなり効力の高い魔法です。確実に死ぬような拷問でも死にませんから。」

『ウィザ・…へ、へぇ~……まともに使うことにしよ。』

 その後も続々と出てくるヴァルドールの魔法研究の資料をどんどん貰っていく。さすがに悪いのではと思ったが、ヴァルドール曰く使えるものは覚えているし、基本は普通に戦った方が楽なので必要ないものらしい。

 その後も凶悪な魔法の資料を貰っていくと、資料の奥に大きな袋がいくつも置かれていた。中身は何かの資料だと思い開いてみるとそこには金銀財宝があふれんばかりに入っていた。しかもそんな袋がいくつも転がっている。

「ヴァ、ヴァルくん…これは一体……」

「ああ、昔稼いだものですね。ここは保管庫にもなっているのでそういったものがいくつもあるのでしょう。欲しかったら…というよりテーマパーク建設に入り用でしょう。どうぞ、お好きなだけ持っていってください。」

「い、いやいやいやいや……これは…だって…ねぇ?俺の全財産の数倍はあるぞ。」

 単純に見積もってもミチナガの資産の数倍。歴史的価値あるものや、芸術品として価値あるもののことを考えれば十数倍はくだらないだろう。ここにあるものだけで巨大テーマパークなど2~3個は普通に出来上がる。

 さすがに遠慮しているミチナガの隣で使い魔たちはどんどん金銀財宝の入った袋を収納して行く。ものの1時間足らずで部屋はまっさらになった。こいつらは本当に遠慮というものを知らない。

「ヴァ、ヴァルくん…ご、ごめんね。本当に…」

「ああ、私の人生は無駄ではなかったのだ。暇つぶしで行って来た魔法研究も、配下から無駄に集められた財宝も、今日この日のために行われて来たことなのだ。私は…私はようやく報われたのだ。」

 ヴァルドールはなぜか歓喜している。ミチナガにはそれがよくわからなかったが、ヴァルドールのような長命種は人生の大半をただ惰性で生きる。長く生きる分、人生の一瞬一瞬に価値を感じない。

 特にヴァルドールは戦いも、魔法研究も、彫刻のような芸術も自身の生きる意味とはなり得なかった。人生の楽しさを見つけようとして見つけることができなかったのだ。もがけばもがくほど何も楽しいと感じられず、何事にも生きる意味を見出せなかった。

 しかし今日この日、ヴァルドールはついに生きる意味を見出した。それはまるでこの世界に生きていることを許されたような、ヴァルドールという人間が初めて世界に認められたことなのだ。

 ヴァルドールの渇きはようやく癒された。ヴァルドールは今日という日を生涯忘れることなく、永遠に語り継ぐことになる。

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