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第212話 トウのそれから

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 あれから一月後、トウはとうとう賢者の石の精錬に着手しようとしていた。この一月の間にミスリル合金だけでなく、オリハルコン合金、ヒヒイロカネ合金、ドラゴメタル合金といった錬金術の最難関をいともたやすく生成していた。

 1トン以上の様々な希少特殊合金を入手できたとミチナガも大喜びなのだが、その場にはいない。さすがに毎日錬金の作業に付き合うというのは疲れる。すでに街に戻り街を散策し、ホテルで休んでいる。

 代わりに使い魔のスミとアルケ、それに名無しの使い魔を数人置いて来た。これで作業に問題はない。早速たたらを作り始めているのだが、いつも以上に慎重に丁寧に仕事をしている。それだけ難易度の高い作業ということなのだろう。

「よし…こんなもんだな。炭を持って来い。ただし中に入れるなよ。俺が一個一個配置して行く。」

『スミ・わかりました。』

 さすがに賢者の石の精錬ということだけあって一つ一つ丁寧に慎重に作業を開始して行く。そして準備が終わり、精霊を使って火を入れて行く。そこからは丸一日、常に火を絶やさず集中力を欠けることなく作業に没頭する。

 そして翌日、ついにたたらを破壊して中の賢者の石を取り出すのだが、なんとも奇妙なことが起きていた。通常、たたらの中に入れられた金属はドロドロに溶けて流れ出てくるはずだが、賢者の石は元のようにさらさらと砂つぶのまま出て来た。

 これは完全に失敗、そう思ったのだがトウはずっと何かを探している。そしてお目当のものを見つけたようで取り出して来た。それは直径1cmほどの大きさになった球体の賢者の石だ。そんなものが5つ出てきた。

「はぁ…なんとか5つできたか。初めてにしては上出来だ。」

『アルケ・それはすごいの?』

「師匠なら一度に20個、さらに一回り大きいのを造れる。それを考えればすごくはないが、これが一個もできないことが普通だから、まあすごい方だ。次からはこの小さいやつを核にしてどんどん大きいものを作る。時間はかかるが完成させるぜ。」

 この小さな賢者の石の塊から直径10cmの賢者の石の塊を作り出すことができれば完成なのだという。しかし一度の作業で1~2cmしか大きくならないので、後最長9日はかかる。しかも一度の作業でかなり疲労困憊するので休み休みやったらさらに時間がかかるだろう。

 とりあえず少し休むということなので、アルケとスミが一つの提案をする。それを聞いたトウは渋い顔をしたが、色々と説得をするとなんとか許諾してくれたようだ。





「親方ぁ!見てもらっていいですか?」

「ん?どれどれ…まだまだ火入れが甘いし叩きが足りねぇ。それに少し歪んでいるじゃねぇか。そのくらいちゃんと見られるようにならんと一人前にはなれん!」

『スミス・親方!ちょっといいっすか?』

「なんだ?まあちょうど良い。休憩がてら話を聞こう。」

 ここはユグドラシル国、その中のドワーフ街随一と言われるグスタフの工房。今日も弟子たちが鉄を打ち続けている。この工房の長であるグスタフは今日丸一日弟子の面倒を見る日として見回りを続けている。そんな中、弟子の一人であるミチナガの使い魔のスミスに呼ばれ、椅子に座り冷たいお茶を飲みながら話を聞こうとする。

「それで?どうした。」

『スミス・実は見て欲しい、というより会って欲しい人がいまして。いいっすか?』

「まあ俺に会いたい奴なんて腐るほどいるからな。まあお前の頼みだ。そのくらいは聞くぜ。」

『相変わらずの自信家だな。このクソガキめ。』

「誰だおま……ってトウの兄貴!!!」

 スミスから投影されたのはトウの映像だ。使い魔経由でトウとグスタフが数十年、数百年ぶりに顔を合わせた。トウは不機嫌そうな表情で、グスタフは驚きのあまり目をまん丸にしている。グスタフの表情を見たスミスはドッキリが成功したと喜んでいる。

 そしてグスタフの声に反応した弟子たちが一人、また一人と集まってきた。グスタフはなんとか気持ちを落ち着けようと深呼吸をする。

「ま、まさかトウの兄貴に出会えるなんて…音信不通だからもしかしたら死んだとばかり……」

『誰が死ぬかよ。それにしてもトウの兄貴だぁ?人を敬う心を知らねぇお前からそんな言葉が聞けるとは思いもしなかったぜ。師匠にもイタズラばっかりしていたクソガキのくせに。』

「そ、そんなこと覚えていたんですかい!?あ、あの頃はまだ俺も子供だったからですね…」

『俺のこともバカにして逃げ回っていたのは忘れねぇぞ。お前が八百屋で食い物盗んで俺が謝りに行ったこともな。大体お前は……』

 そこからトウの説教が始まる。グスタフは俯いたまま怒られ続けている。この光景をみた弟子たちは信じられないものを見たと動揺してざわついている。なんせグスタフはこの工房の、いやこの国トップの鍛治職人だ。怒られる相手などいるはずもない。

 そして一通りトウの説教が終わったところでトウは一本の剣を手に持った。その剣はグスタフが作ったものだ。事前にスミスがグスタフの剣を入手してトウに送っておいたのだ。

『お前の作品を見た。随分と腕を上げたみてぇじゃねぇか。』

「ま、まああれからただひたすらに練習を積み重ねてきたからこのぐらいは…」

『だがまだまだだな。良い剣ではあるが最高の剣ではない。』

「ま、待ってくれ!そいつは量産品だ。ちょ、ちょっと待っていてくれ。今一番の出来のやつを持ってくる。」

 そういうとグスタフは大慌てで何処かへ駆けていく。そしてすぐに大剣を抱えて戻ってきた。その剣はグスタフの傑作の一つだ。誰にも手渡さずに手元に置いておいたグスタフお気に入りの一振りである。

「これが俺の実力だ。是非とも見てくれ。」

 そう言って使い魔経由でトウの元に送られる。トウはそれを握り締めるとじっくりと観察している。グスタフはその様子を固唾を飲んで見ている。そして一通り見終えたトウは鼻を鳴らす。

『なかなかよくできている。師匠ほど…とはお世辞にも言えないが当時の他の弟子たちの作品とは比べ物にならないほどだ。』

「まあな、あれからずっと研鑽を積んできたんだこれくらい…」

『だが、まあこんなものか、ってくらいだな。及第点くらいはやれるんじゃねぇか?』

 トウがそういうとグスタフは顔を真っ赤にして震え出した。自身の最高傑作をそんな言い方されたら頭に血も上るし怒りで体も震えるだろう。グスタフは立ち上がってその場で怒鳴り上げた。

「忘れるところだった!トウの兄貴はいつもそうだ!そうやっていつも粗を探して文句をつける。自分では剣を打てないくせにそうやって文句ばかりつけるんだ!師匠はいつもみんなを褒めてくれた!」

『師匠は優しかったからな。だが優しいというのは良いことばかりじゃない。師匠はどんな作品でも満足せずに常に自分で悪いところ、もっとよくできるところを見極めろとおっしゃった。お前みたいに褒められて有頂天になり、腕を落とすようなことになったらどうすんだ!』

「う、腕を落とすだと…?俺がいつ手を抜いた!」

『さっきの量産品だよ。量産品ってことはあのレベルで何本も剣を打っているんだろ。そんなことでどうする!鍛治師にとって剣は己の魂だ!己の作品だ!生涯残り続ける作品だぞ。金儲けに走るようなものばかり作るようになったからこの程度で満足するようになっちまうんだ。これを作ったのは何年前だ?この剣以降これを超えるものをお前は作れたのか?』

 グスタフはぐうの音も出なかった。確かにトウの言う通りなのだ。近年のグスタフは弟子の育成に力を入れており、自身で打つ剣は簡単なオーダーメイド品ばかりになっていた。お世辞にも腕前が良くなり続けているとは言えない。

 しかしグスタフがこうなったのには理由があるのだ。しかしグスタフは反論しない。トウの言っていることは間違いなく事実であるのだから。

『ったく…なんて顔してやがる。少しは俺を見返そうって言う気にならんのか。お前にやる気があるのなら1週間やる。どんな鉱石でも良いから剣を一本作ってみろ。やる気はあるか?』

「…ある。もちろんあるに決まっているだろ!やってやる!」

『よし、じゃあ1週間後だ。お前の入手経路で入手できる合金を使って今できる最高のものを作ってみろ。じゃあまた連絡する。』

 そう言って使い魔を使ってのテレビ電話が終了する。グスタフは顔に力を入れていたが、テレビ電話が終了するとなんとも情けない泣きそうな表情に変わる。

「くそ…あんな大見得切ったけどどうすんだよ。材料が入手できるわけないだろ。」

 グスタフはおもわず頭をかかえる。そう、グスタフがこうなった大きな理由、それは合金の入手経路の乏しさだ。近年、英雄の国の発展が著しく、錬金術を扱えるものは中央国に行ってしまった。今ではレベルの高い合金を入手することが叶わないのだ。

 良い材料がなければ良い剣も打てるはずがない。材料の良し悪しで完成品は大きく変わる。特級の新魔剣を作るためには高位の錬金術師の存在は必須なのだ。するとスミスがグスタフに一つの合金を手渡す。

「こ、こいつはミスリル合金!しかも見たことないほどの最高の出来じゃねぇか!一体これをどこ…ま、まさかトウの兄貴が作ったやつか!そいつはダメだ。俺と兄貴の勝負に兄貴の作った合金を使ったら…」

『スミス・これはうちの商会が入手したものっすよ。言ってたじゃないっすか。お前の入手経路で入手できる合金を使って作れって。』

「そ、そうだが…やはりそれはダメだ。兄貴に認められるためには…」

『スミス・じゃあこれは独り言っす。ほんとーに独り言っす。明日トウさんがなんの合金を作るか考えていて、その案をぼくたちに任せたんだけど何にしようかなかなか決まらないなぁ。トウさんは知り合いの鍛治師から案を聞いてくるのも一つの手だぞって言っていたなぁ。どうしよっかなぁ。』

「そ、それは………ッチ!あの野郎め。……あ~そうだな、アダマンタイト合金なんかは良いんじゃないか?」

『スミス・おや、どこからともなく聞こえてきたな。なるほど、アダマンタイト合金を作ってみるのも面白いかもなぁ。じゃあ提案してみよう。』

 トウという人物についてよくわかってきたような気がする。どんなに他のトウショウの弟子たちと仲が悪そうでも、実は一番心配しているのだろう。同じ師の元で学んだ者同士やはり切っても切れない何かがあるようだ。

 後日、グスタフはトウの作った合金を使い人生最高の出来と言える大剣を完成させる。ミスリル合金とアダマンタイト合金、ヒヒイロカネ合金を用いた最高傑作だ。これをトウに見せたところさすがにグスタフを褒め称え、仲直りする。と思ったのだが。

『な~にが最高傑作だ。俺のおかげじゃねぇか。お前はまだまだこのレベルの合金を使いこなせてねぇんだよ。』

「うるせぇこの野郎!またいちゃもんつけやがって!もうこうなったら殴り合いで決着つけてやる!今すぐ俺の目の前まで出てこい!」

『残念でした~お前のところから遥か彼方にいるから無理で~す。そんなに殴り合いしたけりゃそっちからきな。俺も暇じゃないんでな。じゃあ仕事あるから、あばよ暇人。』

「このクソ野郎がぁぁぁ!!!」

 からかうトウに怒るグスタフ。かつての立場が逆転したような構図に変わっている。これはこの後のグスタフは荒れるものだと弟子たちは思ったのだが、なぜか上機嫌だったという。

 やはり喧嘩するほど仲が良いという言葉は本当らしい。
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