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第204話 ミチナガのいないその後の使い魔たち

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 とある無人島。周囲には結界が張られており、24時間体制で監視が続いている。万が一この島に生息するモンスターが人里に降り立ったら惨劇などでは済まない。

 そんな島に降り立つモンスターがいる。この島に生息するモンスターの中で結界の外に出ることが許されている数少ないモンスター。この無人島周辺で狩を行い、巨大な白鯨を群れに持ち帰ってきたのだろう。

 ここは終末の地。かつて神剣と神魔が10日に渡り戦い、世界最恐の危険地帯と化してしまった島。そんな島で原初グリフォンは群れをなして暮らしている。

 かつてはこの世界に普通に暮らしていた原初グリフォンだが、その強さから度々人間に戦いを挑まれ、長い年月の中でかなり数を減らしてしまった。

 現在では生存のためにこの終末の地に全ての原初グリフォンが移り住んだ。元々、原初グリフォンは群れを為さない習性だったが、この終末の地に移り住んでからは群れで暮らしている。そして今も群れの長が狩ってきた白鯨を全ての原初グリフォンが食している。

 もっとも栄養のある内臓部分は群れの長の一族と、出産を控えているメスの原初グリフォンのみが食せる。ただこの白鯨は胃袋が大きく、中には白鯨が食した金銀財宝が眠っている。人間からしたら嬉しいが、原初グリフォンは肉が食べにくくなるので邪魔でしかない。

 そんな中、いつものように胃袋を食いちぎるとその中から生きたままのモンスターが出てきた。これもいつものことで、白鯨の巨大な胃袋の中ではよく生きたままのモンスターが飲み込まれている。胃袋の中から現れたモンスターは襲いかかってくるが、所詮白鯨にも劣る雑魚だ。

 餌が増えたと喜ぶ原初グリフォンの目にちらりと小さな白いものが写った。それはなんとも小さな白い塊。どうやら今食ったモンスターに襲われていたらしい。原初グリフォンも別に生かしておく意味はないので食おうかと思ったが、あまりにも小さくて食べる気も失せてしまった。

 するとその白い塊はひょこひょこと何処かへ行ってしまった。まあ別に気にすることもない。そう思いまた食事を続ける。ただ食べながらこの白鯨は腹の中に金銀財宝がなくて食べやすいと喜んでいた。

 その翌日、群れの中に一つの出来事が起きた。それは以前病気で自らの子が死んでしまった原初グリフォンのメスに起きた。原初グリフォンは子育てに力を入れており、子供が一人前になるまで必死に子育てをする。

 ただその子共への愛が強すぎるために、子供が死んでしまうとその親は悲しみに暮れ、死んでしまう。これも原初グリフォンが数を減らした理由の一つであるだろう。

 しかしそんな子供を亡くした原初グリフォンのメスがなぜかここ最近元気になったのだ。今まで食べていなかった分、より多くの餌を食べるようにまでなった。これは他の群れの仲間達も驚いている。

 一体何事かと思い、そのメスの原初グリフォンの巣までついていくと、白い生物の世話をせっせとしているではないか。それは以前あの白鯨の腹の中から出てきたやつだ。どうやらあの時見逃したのは正解だったようだ。

 どんな理由であれ、群れの仲間が生きようと思えばそれで良いのだ。原初グリフォンの長は新しい仲間の誕生を祝い、群れ全体で守護することを決めた。

『エン・あ、またご飯きた。これ結構美味しいんだよね。ありがとーお母さん。ボスたちにはそのうち帰るって報告したけど、居心地良いから当分ここに住もうかな。』




「本当に…無事なんだな?」

『名無し・今は海の上を漂流中だけど死んでないって何度も言ったじゃん。預言ではどうなっているの?』

「預言も万能ではない。それにすでにミチナガの運命は変わっている。そうなってしまってはミチナガがどのような運命をたどるかはもう分からなくなってしまったんだ。」

 ミラルはミチナガが氷神と煉獄の戦いに巻き込まれ、空の彼方へ消えたあの日からミチナガの心配ばかりしている。岡上の看病に残った使い魔達から無事だとなんども聞かされているのだが、それでも心配のようだ。

 ケイグスとギギアールは現在使い魔とともにミチナガ商会氷国店を出すために細々とした手続きに行ってくれている。二人も心配ではあるのだが、無事という報告は聞いているので今できることへ動き始めているのだ。

 そんな中、いつまでの心配でうだうだしていたミラルであったが、急に顔色を変え、険しい表情で家の扉を見ている。するとその扉をノックするものが現れた。ケイグス達かとも思ったが、彼らならそのままこの部屋に入ってくる。

 ミラルは最大限警戒しながら扉を開ける。するとそこには白銀の騎士、この国の魔帝クラスの一人、氷帝が立っていた。威嚇するミラルであったが、その後ろで使い魔達がどうぞどうぞと部屋の中へ招いてしまった。使い魔達が席を用意するとそこに座り、すぐに話し出した。

「報告を聞いた。英雄の国の世界貴族、ミチナガ伯爵が此度の戦いに巻き込まれ遠くに飛ばされたと。すまないことをした。これは詫びの品だ。」

『名無し・おお!これはあの幻の果実ですか!いやぁ~手に入らないと思っていたよ。ありがとうございます氷帝殿。』

「おい、そんなことで許されると思っているのか?こちらの主人の命が危険にさらされているのだぞ。」

「それに付いては問題ない。氷神様がミチナガ伯爵の乗った乗り物に強化の魔法をかけた。1週間は確実に持つほど強力な強化魔法だ。死ぬ前に陸地にたどり着けるはずだ。」

『名無し・ええ、そのように報告を受けています。白鯨に襲われてもおかげで無事に済みました。』

 使い魔達のなんとも明るい対応にはミラルも驚いているし、腹も立てている。使い魔はふっと息を吐いて再び氷帝に向き合う。

『名無し・まあ我らが主人は無事でしたのであまり文句をつけたくはないのですが、これで円満解決…というわけにはいかないでしょう?そちらからの詫びの品が幻の果実数個なんて…ねぇ?』

「それはわかっている。そちらの望むものをできる限り用意しよう。何が欲しい?」

『名無し・ではこの国での商業権をください。それからあの溶けない氷…というものもいただけませんか?珍しいものには目がなくて。』

「……良いだろう。商業権はこの国の商業ギルドに話を通しておく。それから溶けない氷は今持っているので渡しておこう。」

『名無し・ありがとうございます。まあこれ以上は注文をつけるつもりはありません。この国で商売をしたいのにこの国の重鎮を敵に回したくありませんから。ああ、そういえば岡上…元魔帝のバーサークが目覚めましたがお会いになりますか?』

「必要ない。あの荒々しい力が消えたのはすぐにわかった。仕事がある、これで失礼しよう。」

 10分ほどの対談で終わり、氷帝は去っていく。ミラルは魔力感知を続け、やがて感知外まで行ったところでその場にへたり込んだ。

「勘弁してくれ。あの氷帝を怒らせたらどうするつもりだったんだ。」

『名無し・ごめんごめん。けどおかげであの溶けない氷が手に入ったし、商業権も手に入ったよ。』

 なんとも明るい声。実はいつか氷神からの使者がくることを予想してミラルに一芝居打ってもらったのだ。いわゆる優しい刑事と怖い刑事みたいなものだ。この場合は今回の件では、本人はそこまで怒ってないけど、部下は怒り浸透だから部下も納得するものをくださいね、という魂胆だ。

 まあ溶けない氷さえ手にはいればよかったので、もしかしたらそんな芝居は必要なかったのかもしれない。とりあえず結果良ければ全て良しだ。

「しかしその溶けない氷を随分と欲しがっていたが何に使うんだ?」

『名無し・それは秘密。まあそのうち教えるからその時まで待っていて。ちょっと岡上さんのお見舞い行ってくるね。』

 そう言うと別室で療養している岡上の元へ行く。岡上はちょうど寝ているようだ。そこで岡上の病室に設置してある使い魔の家からスマホの中へと戻る。そこでは多くの使い魔達が集まっていた。

名無し『“お待たせしました。無事手に入りましたけどうまくいきそうですか?”』

社畜『“うむ。これならば行けそうなのである。では早速作業に取り掛かるのである。”』

アルケ『“集まるよ。細かい部品はこっちだよ。”』

スミス『“強度が必要な部品の作業はこっちっす。振り分けられた隊員は急ぐっすよ。”』

 ぞろぞろとスマホの中で使い魔達の大移動が始まる。皆大仕事ということで気合が入っている。その様子を一冊の本を持ったピースが眺めている。ピースはすでに一仕事終えたのでしばらくは休憩だ。

ピース『“みんな頑張ってね。…僕も他に何か残ってないかもう一度読み直そうかな?”』

 そう言って読み直したのはあの零戦の持ち主、山田の日記だ。しかしあの日記とは少し違う。見た目も綺麗だし、まるで別物のようだ。しかしこれは正真正銘あの日記である。

 なぜこうも見た目が違うか。それはごく単純なことだ。あの時見つけたのは山田の日記ともう一人の女の日記。そして女の日記には秘密が隠されていた。魔法陣を組み上げることにより一つの真実を、金貨の秘密を明かした。

 ならば同じように山田の日記にも秘密が隠されていたっておかしくない。むしろ秘密があって当たり前のことなのだ。そしてピースはその秘密を探し当てた。山田が託した力を見事受け取ることに成功したのだ。

 あの時、白骨の二人の死体と共に見つけたのは日記だけじゃない。大量の設計図。組み上げてもそのままでは何もできそうになかったあの設計図。その設計図を日記の隠された真実と共に照らし合わせればたどり着く。

 山田の遺産の、零戦の能力。それは戦闘系ではない。零戦は当時の戦闘機の中でも最高の性能を持っていた。日本人が心血を注いで作成した技術の粋だ。そしてこの遺産の能力はその技術の粋を、世界を渡ることによって人知を超えた技術を人に与える。

 零戦の能力。それは人知を超えた技術力と開発力。山田は与えられたその能力をもって後世に、ミチナガに設計図を残したのだ。

 しかし本来、その設計図を元に開発を行うためには同じ零戦から与えられる技術力が必要だ。つまり今の使い魔達では到達できないほど緻密で繊細な技術力が必要になる。

 それこそようやく自動車の開発を始めた人類に月面まで到達できるロケットを開発しろと言うようなものだ。しかし使い魔達は無理だなんて一言も言わない。なんせこの使い魔達だ。飯もまともに作れず、鉄から刃物すら作ることができなかった使い魔達だ。

 使い魔達にとって不可能のようなことなどいつものこと。それに正確に、緻密に描かれた設計図がある。ならば造れるだろう、やれないことなどないだろう。目標はしっかりと見定めているのだ。

 現在、最初の取り組みとしては新型エンジンの作成。しかしこのエンジンはただのエンジンではない。魔法と科学を合わせた世界最高のエンジンだ。防水、防塵、耐久性は当たり前のことだが、驚くべきはその小ささと馬力だ。拳ほどの大きさしかないのに3000馬力という恐ろしい性能を持つ。

 しかしこの程度のものは序の口でしかない。他の設計図を見る限りこれが一番簡単だと言うことでこれを作ることにしただけなのだ。目指すものはその先にある。

 使い魔たちの開発、プロジェクト・ホープはまだ始まったばかり。




「ここに英雄の国へ新たに加わるものたちを祝福しよう。」

 城中に拍手と歓声がこだまする。英雄の国から離れた遠方の島国がこの度英雄の国の傘下に加わったのだ。

 この世界には魔神の傘下に加わっていない国が多くある。例えばルシュール辺境伯やアンドリュー子爵も魔神の傘下には加わっていない。魔神の傘下にいた方が良いのは間違いないのだが、魔神も寿命で死ぬ。そして次の魔神は誰になるかわからないのだ。

 だから魔神の傘下に常に収まろうとすると、しょっちゅう加入と脱退をすることになるのだ。そんなことを続ければ尻軽だと思われ、信用を失う。そもそも勇者神のように何代も続く魔神というのは珍しいのだ。

 今回加入した島国は海神に加入するか随分と悩み、どの魔神にも与しない中立国という立場を続けてきた。しかし今回、ある男の口添えによって英雄の国に加入することを決めた。

 その男の名はラルド・シンドバル。英雄の国の世界貴族、男爵になった男だ。まだ英雄の国で爵位を賜ってから半年も経たないというのにこれだけの功績を立てるというのは異例のことだ。これには他の貴族たちも驚いている。

 そしてこれだけの功績だ。これは男爵ではなくもっと上の地位でも良いのではという声も出始めている。勇者神アレクリアルも跪いているラルドの元へ赴き、声をかける。

「此度の功績は見事だ。しかし分かってほしい、この場でさらなる上の爵位を渡すというのは難しいことを。1年だ。1年後にそれまでの活躍を、功績を考慮して子爵、またはそれ以上の爵位を与える。」

「ありがたき幸せ。感謝いたします陛下。」

 ラルドはほくそ笑む。ミチナガに出だしは抜かされてしまったが、その後はこちらが追い抜く。むしろミチナガという踏み台のおかげでさらなる功績を、名声を得ることができそうだ。ラルドの人生はさらなる飛躍を遂げる。

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