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第183話 ウィルシ侯爵と使い魔と

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「ま、まさか本当に来られるとは…」

「全くだ!私もこれには驚きを隠せない。」

 リカルドとウィルシ侯爵は共に同じ方角を向きながら驚きを隠せずにいる。ことの発端は数日前、リカルド宛に12英雄が一人、剛槍の魔帝ギュリディアから手紙が来たのだ。内容は後日、ウィルシ侯爵の元へ伺うということだった。

 一体何事かとも思ったが、それよりも12英雄が来るという真実の方が大切だ。リカルドは急いでウィルシ侯爵にも連絡を取り、こうしてウィルシ侯爵邸で共に待っているということだ。

 ちなみに待っている間にウィルシ侯爵の元で世話になっている使い魔のウィルからどういうことなのかは詳しく聞いておいた。しかしまさか、先代のウィルシ侯爵がたまたま金を貸した農民の男の息子が12英雄になるとは思いもしなかった。

 すでにウィルシ侯爵の領地中では12英雄ギュリディアが来ることを祝っている。ここ数日は毎日お祭り騒ぎだ。しかし今日は実際にギュリディアが来たことでその賑わいも最高潮だ。

 街の方で歓声が上がり、その歓声が徐々に近づいて来た時、ようやくギュリディアの乗る魔動車がやって来た。ウィルシ侯爵が直接出迎えると魔動車の扉が勢いよく開き、中からギュリディア本人が現れた。

 その顔つきは草食系のイケメンと言ったところだろう。しかしその手足からは強靭な体であることがすぐに見てわかる。なんとも顔に似つかない体つきだ。

 そして高身長である自分よりもさらに長い槍を携えている。漆黒の柄に白銀の刀身。かのトウショウの名槍が一つ、黒竹である。

 竹というと軽い雰囲気を思わせるが、魔力を込めることで数十トンを超えるほどの重さになる。さらに竹のようにしなやかに曲がる。剛槍でありながら柔らかさを持つ至高の一振りである。

「貴方様がウィルシ侯爵様ですね?初めまして、かつて貴方のお爺様に大金を借りた農民の息子です。遅くなりましたが、その時のご恩を返しに来ました。」

「そんなこと気にすることはありません。貴方という人が助かったのならそれだけで喜ばしいこと。きっと祖父も喜んでいることでしょう。さて、立ち話もなんですから中へどうぞ。」

「ありがとうございます。それから…そちらの方は賢人リカルド様ですね?お噂はかねがね。無礼なきように一報したとはいえ、まさかこのユグドラシル国の由緒正しい大公の家系の方も一緒だとは…ありがとうございます。」

「ギュリディア様に知ってもらえるとは感激です。それから申し訳ありません。本来は二人だけで話したかったことでしょう。」

 3人で話が盛り上がっている。そんな中、使い魔のウィルだけが浮いた存在になっているのだが、そんなことは気にも止めずに3人の輪の中に入っている

『ウィル・リカルド様は大公だったんですね。初めて知りました。』

「大公とは名ばかりだ。そもそもこのユグドラシル国では侯爵までしか位はない。私の大公は世界樹が存在していた時の名残のようなものだ。今は正式には侯爵…ということにはしてある。」

 正式には侯爵であるのだが、当時の名残が今でも残っているため大公と呼ばれることが多い。リカルド本人も別に直させる気はないようだ。

「その使い魔は…確かミチナガ伯爵のものだと思いましたが…」

「ええ、ミチナガ伯爵を世界貴族に推薦したのは我々です。彼のことは応援しているんですよ。」

 その後も移動しながら世間話をし、ようやく応接室に移動した頃にはお茶を一杯飲んで一服していた。そして一服も済んだ頃にようやくギュリディアが持って来たウィルシ侯爵への物の話になった。

「今回持って来たもののリストになります。後ほど倉庫の中にでも運ばせていただきたいのですがよろしいですか?」

「少し拝見……ギュリディア様、さすがにこれほどのものはいただけません。金貨100億枚に美術品が50点、S級以上のモンスター素材を50点もいただくわけにはいきません。」

「そうは申されてもこれが私の気持ちなのです。私は貴方のおかげで命を救われました。それにこの程度ならば数年真面目に働けばなんとかなります。気にするほどのものではありません。」

 ミチナガならば聞いたその場で卒倒しそうなものではあるのだが、12英雄ともなればこの程度のことなどなんの問題もないらしい。さすがに格が違う存在だ。

 しかしウィルシ侯爵はこんなに受け取れないと引こうとしない。かつてウィルシ侯爵の祖父が貸した金は金貨50万枚だ。それが何百倍にもなっている。

 常人ならばすぐに喜んで受け取ってしまうものだが、ウィルシ侯爵も資産家なので今回のギュリディアが持って来た程度の金ならば普通に持っている。だから多額の金銭で喜ぶようなことにはならない。

 そんな受け取る受け取らないの押し問答が続き、リカルドも慌て始めた頃に使い魔のウィルが何気無く一つの提案をした。

『ウィル・じゃあ共同出資で何か記念のものでも作ったら?』

「ほう、記念のものか…それは面白そうだ。どうですか、ギュリディア様?」

「面白そうですが…一体何を作りますか?銅像などではつまらないでしょうし。リカルド様、何かアイデアはありませんか?」

「共同出資で何か品をですか?……例えば…学校とかですか?」

 リカルドはとっさに使い魔を見て、ミチナガがやっている孤児院の学び舎のことを思い出した。実は最近孤児たちには学び舎があるのに一般市民にはないのかとクレームが来ていたのだ。そのことで少し頭を悩ませていたのだが、この提案はこの場にいる全員が大いに賛同した。

「学校か!この国には研究者が多いが一部の上流階級だけしかなれない。一般市民にも学ぶ機会を与えれば国力は大いに増すぞ!」

「子供だけでなく大人も学べる学校だと良いかもしれませんね。しかしそうなると規模が大きくなりすぎるか…」

『ウィル・それなら学園都市みたいなのにしたら?でかい学校を作ってその周辺に学校関係者たちが住めるように街を作るの。何もない土地に1から作っちゃおうよ。』

 何気ない提案、しかしその提案は気に入られ、すぐに土地の確保と街の構想図が描かれ始めた。あまりにも壮大な事業のため、ギュリディアの持って来た金貨だけでは足りなさそうだが、ウィルシ侯爵とリカルドが出資することを決めたので資金面は問題ないだろう。

 さらにウィルはミチナガ商会が学園都市開発に必要な材料を用意することを決めた。資金も材料も全て揃った。ここにユグドラシル学園都市開発計画が始まった。完成まではしばらくかかるだろう。だが、もしも完成したらこの世界最大の学園が誕生することになる。

 たったの金貨50万枚とちょっとした発言からこんなことになるとはきっと誰も夢にも思わなかったことだろう。




『オイル・おーい、それじゃあ新しいポンプ動かすぞぉ。準備はいいかぁ?』

『オイル#1・こっちは問題ないよ~』

『オイル#2・こっちも準備オッケー』

『オイル#3・まずは試運転だからね?こんな大規模な石油採掘はまだうまくいく可能性低いんだから。』

『オイル#4・ば、爆発しないよね?大丈夫だよね?』

『オイル・大丈夫大丈夫……多分ね。じゃあ始動!』

 死の湖の一画、ここでは現在新しく取り付けた石油採掘用のポンプを動かし始めたところである。従来の10倍の採掘量を誇るポンプを5つ取り付けたのだが、まだ試作品のためまともに動くかわからない。

 始動し始めたポンプはなんとも聞いているものを不安にさせるような轟音を立てながら石油を吸い上げて、使い魔達の拠点を通してスマホ内に石油を吸い込んでいく。逐一パイプの様子を見ながら不備がないかチェックしているオイルであったが、どうやら問題なく採掘できているようだ。

『オイル・はぁ…なんとかうまくいっているね。だけどボスも無茶言うよな、ここの底に何かあるみたいだから採掘量増やしてくれなんて。』

『オイル#2・本当にね、まともに採掘するのにも時間かかっているのに。この石油粘性高くてパイプにへばりつくんだもん。』

『オイル#1・多分地下水と混ざったか、ここにしてある結界の影響なんだろうね。抽出速度に問題ない?』

『オイル#4・今の所順調。だけどここの石油埋蔵量すごいよ。とってもとってもまだまだ出てくるもん。この速度でようやく少しずつ水面?が下がっているみたい。』

 石油の採掘速度はとてつもないが、それでも次から次へと石油が湧いてくる。正直この速度ではこの石油の底に何があるかなどわからない。そのため、こんな時のために助っ人を用意しておいた。

『オイル#3・それじゃあよろしくお願いします。石油の量は減らしたんでなんとか泳げると思います。』

『クロール・了解です!しかし…まさか初めて泳ぐのが石油になるなんてね。視界は完全に奪われるから底の方で適当に回収してくるね。』

『オイル#3・とりあえずここに何があるかだけわかれば十分ですから、それでよろしくお願いします。ああ、それから潜るようの重りをどうぞ。』

 クロールは眷属を出して死の湖のあちこちに配置する。そして準備が整ったところで一斉に石油の海に飛び込む。ここからはどれだけ息が続くかが重要だ。そのため重りを持ったまま動かないように何も考えずにただ沈んでいく。

 息を止めるという行為は体を動かして酸素を消費することが駄目なことでもあるが、それ以上に何か考えることが最もやってはいけない行為だ。脳というのは非常にエネルギーを使う。ちょっとした考えことでも酸素を多く消費するのだ。

 クロールは泳ぎに関しては使い魔の中で最も優れている。そして泳ぎの中には潜水も含まれており、クロールの息を止められる時間は他の使い魔の3倍以上だ。

 しかしそれでも死の湖の底にたどり着けるかは怪しい。石油は水よりも比重が重く、粘性もあるためなかなか沈まない。さらに水圧ならぬ石油圧によって使い魔の小さな体が押しつぶされる可能性もある。

 だからクロールは口で石油をスマホ内に収納しながら沈んでいく。そうすることで通常の数倍の速度で潜ることが可能だ。そして4分ほどが経過した頃にクロールとその眷属を含む5体中2体だけが底らしき場所にたどり着いた。

 他の3体はまだ底までの距離が遠かったり、底から湧き上がる石油によって押し戻されたりした。おそらく息が続く間に底に辿り浮くことは困難だろう。

 さらに底にたどり着いたと思われた眷属の1体も、実は本当の底ではなく死の湖の側面のちょっとした出っ張りに引っかかっただけで本当の底にはたどり着いていないことが判明した。

 そのため、なんとかたどり着いた一人がその場の足元を一心不乱に収納した。そして1分も経たないうちに息が持たなくなり、窒息死してしまった。

 しかしこれでこの死の湖の底に何があるのかはっきりした。すぐにいま収納されたものをスマホで確認するとその全てが判明した。

『オイル・底にあるのは流通禁止金貨だ。誰にも回収されることがないと思ってこの湖の底に隠したんだ。』

『オイル#1・それだけじゃないよ。調度品に魔道具まである。この辺りは隠した理由がよくわからないけど…もしかして戦争とかで破壊されることを恐れてここに隠した…とか?』

『オイル#2・お金にはなりそうだけど石油まみれだし劣化しているものが多いね。いろいろ補修とかしてあげないと。』

『オイル#4・そ、そんなことより…ポンプの組み上げ装置の様子がおかしいんだけど。絶対におかしいんだけど!』

 オイルの眷属はなんとか奮闘していたが、その甲斐虚しく組み上げ機の一部が破損し、溢れ出した石油に押し流されていった。試作品の超強力ポンプが失われたことにより、あっという間に結界内の石油が満タンになり、元のように石油の結界の上を歩けるようになってしまった。

 こうなってしまっては石油内を潜水することは不可能だ。安定した埋蔵品の採掘はまだまだ先になることだろう。
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