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第171話 ナイトとムーンと12英雄とその1

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「よし、うちはここで陣営を築くぞ。数名は俺と一緒に周辺の安全確認だ。」

 フィーフィリアルは自身の部隊に命令を下す。命令が下されてからの行動は早い。ものの数分である程度の形ができつつある。すでにフィーフィリアルは数名と共に周辺の確認を始めた。もうこの辺りにはモンスターも動物もいない。全てゴブリンに連れ去られたのだろう。

『八雲・もうこれで一周回ったで。これでこの辺りの地図はバッチリや。ほな戻ろ~。』

「ああ、一度戻って作戦を立てないとな。」

 ミチナガの使い魔、八雲とフィーフィリアルによって名付けられた使い魔はすでに他の12英雄の元にも眷属を配置してある。情報網と周辺環境のマッピングは完璧だ。一度拠点に戻るとすでに陣営は完成している。兵士の練度がかなり高い。

 拠点に戻るとすぐに他の12英雄のうち、今回討伐に参加した全6英雄と使い魔を通して作戦が立てられる。すでにゴブリンの巣の内部マッピング、その周辺のマッピングと全てが完了している。作戦は実にスムーズに立てられた。

「じゃあうちが周辺に散らばるゴブリンの討伐だな。良いところは頼んだぞ。」

 約1時間で作戦会議は終わった。討伐が始まるのは明日からだ。今日はここで休養する。フィーフィリアルはあくまで補佐的な役割だ。何より洞窟という環境では弓を生かした戦いがしにくい。それにエルフは森の民、森の中こそが一番力を発揮できる。

『八雲・なあフィーフィー。今ムーンさんから連絡入ったんやけどちょっとまずいかもしれんよ。』

「ん?ムーンって言うと…確かこの周辺を監視していたナイトってやつのとこか。何かあったか?」

『八雲・いやな、何もないんよ。あれだけ大食漢のゴブリンエンプレスがいるのにゴブリン達が食事を集めてないんよ。おかしいやろ。他の場所でもゴブリン達が見つかってないんよ。』

「まさか…」

 フィーフィリアルもこの以上事態に気がついたがすでに遅い。突如陣営の中央に穴が空き、そこから大勢のゴブリン達が現れた。陣営は外に向けて作られたものだ。内部からの攻撃にはあまりにも脆弱すぎた。

 他の拠点でも同時刻に同じようにゴブリン達の襲撃が始まった。完全にこちらの動きが読まれていた。他の場所でも対処が迅速に行われるが、フィーフィリアルの陣営は対処しきれない。

 なんせフィーフィリアルの部隊は弓兵が多い。遠距離戦には無類の強さを誇るフィーフィリアルの部隊であるが、ここまで乱戦に持ち込まれると対処が難しいのだ。

 それでもこの数のゴブリン達ならば倒すことは可能だ。だがかなりの被害が出る。今もまた一人、また一人とやられていく。さらに最悪なことに支援要員の女性部隊が襲われ、生きたまま連れ去られていく。ゴブリン達が現れた穴はどうやら本拠地まで続く洞窟となっているようだ。

 他にも生きたまま何人もの人間が連れ去られる。しかし今は彼らを助ける余裕がない。フィーフィリアルはなんとか奮戦するが、このゴブリン達の強さは生半可なものではない。間違いなく精鋭だ。

 この場所に着いてから魔力感知も行なっている。ちゃんと地中もだ。それでも見つけられないと言うことは、魔力感知に察知されないよう魔力の気配を消せると言うことになる。隠密に長けたゴブリン。おそらくゴブリンアサシン、通常のゴブリンの上位種、おそらくS級上位の力があるだろう。

 ゴブリン達によって次々と連れ去られる自らの部隊を見たフィーフィリアルは鬼神の如き活躍を見せる。しかしそれでも数が多すぎる。さらにこのゴブリンアサシンとまともに戦える兵は数少ない。

 そしてフィーフィリアルの目の前でまた一人、手塩にかけて育てた部隊員がゴブリンにより握りつぶされようとしたその時。そのゴブリンの頭が握りつぶされた。

『八雲・ナイトさん!ムーンさん!』

「ナイトだと?ではあの男が…」

 フィーフィリアルが目を離した一瞬でナイトは消えた。そして次々とゴブリンを殲滅していく。上位種だろうがなんだろうがナイトには関係ない。全て一撃の元、屠られていく。そして地上のゴブリンが減り始めた頃、ナイトはゴブリン達が出てきた洞窟へと飛び込んだ。

「ば、馬鹿野郎!そこはどうなっているかわからないんだぞ!危険すぎる!」

 フィーフィリアルは洞窟へと飛び込んだナイトに怒号する。それもそのはずだ。敵の現れた場所に躊躇なく飛び込むなど無謀すぎる。相手はA級やS級がぞろぞろいる。そこらへんの雑魚ゴブリンとはワケが違うのだ。

 フィーフィリアルはすぐにでも助けに行きたかったが、まだ地上にもゴブリンが残っている。今はそっちを優先すべきだ。それから10分ほどでなんとか地上にいるゴブリンを殲滅できた。

 そしてすぐに洞窟へと入ろうとするとその洞窟からナイトが現れた。さらにその後ろには拐われたはずの兵士達がいた。

「怪我人が多い。治療をしてやれ。俺はもう少し奥まで行ってくる。」

「あ、ああ…おい!すぐに治療を!急げ!」

 すぐに怪我人達の治療が始まる。ナイトはまた洞窟へと入って行ったが誰も止めない。止める必要のない実力者ということが十分わかったからだ。やがて日を跨いだ頃にまたナイトは戻ってきた。最初に拐われた女性部隊員を肩に担いでいる。

 ナイトの活躍により被害は最小限に食い止められた。しかしこの部隊はもうまともに戦うことはできないだろう。最小限に食い止められても壊滅的な被害には変わりない。

『八雲・ナイト~ム~ン~よぉ来てくれた~』

『ムーン・ハイハイ…というかいい加減そのエセ関西弁やめな。それは京都なの?それとも大阪なの?めちゃくちゃじゃない?』

『八雲・どっちも関西やからええやんか。同じようなもんやろ?うちかてキャラ付け大変なんやから。ノーマル使い魔は大変なんやで。』

『ムーン・それ大阪人と京都人に言ったら怒られるよ。まあ大変なのはわかるけど…ってそんなことよりも報告しな。被害状況を他と照らし合わせて、ほらさっさとやる!』

『八雲・は~い、一影のやつも今確認しているんで待ってくださいな。』

 一影とはこのゴブリン討伐に参加したもう一人の使い魔だ。こちらもフィーフィリアルによって名前がつけられた。今は他の12英雄の元にいる。すぐに情報をまとめられるがなかなか酷い結果となっている。

『八雲・情報まとまったで。死者149人、行方不明23人、重傷者749人。これなかなかにあかんちゃいます?それからゴブリンの討伐数は1万。』

「被害が多すぎる…まあほとんどはうちの部隊だけどな。だがゴブリン1万をやれたのは大きい。」

『ムーン・全然大きくないよ。1万如きじゃ全体の1%も減らせてないから。もう確認できただけでもゴブリンの数は100万を超えている。…ってまずいかも。第2波が来るよ。』

「第2波だと?また洞窟からか?」

『ムーン・地上から。巣の地上出口周辺に配置しておいた眷属から連絡が入った。総数1000…2000…まだまだ増えるよ。すぐに迎撃の準備に入った方が良い。』

「くそっ!動けるものはすぐに迎撃体制に!治療班はそのまま治療続行!俺と数人で遊撃に出る!少しでも奴らが来るまで時間をかけさせるぞ!」

 すぐに立て直しにかかる。これがそこらの軍隊ならば立て直しは難しいだろう。しかし12英雄の精鋭部隊ならばこうしてすぐに立て直しは可能だ。そしてフィーフィリアルはすぐに遊撃のため、進行して来るゴブリンの方へ向かう。

 もちろんナイトもついて行くものだと思われたが、なぜかその場から動かない。しかしフィーフィリアルにとってナイトのこの何もしないという行動は実にありがたかった。フィーフィリアルがいないだけでもまずいのに、この部隊には怪我人が多すぎる。

 部隊がまともに戦うことが難しい状況でも、もしも何かあった時にナイトならば十分動くことが可能だ。フィーフィリアルも安心して部隊を任せられる。

 森に入ったフィーフィリアルの動きは凄まじい。まるで風になったかのように移動し、すぐに進行するゴブリンの軍勢をその視界に入れた。そしてすぐに矢が放たれる。

 フィーフィリアルは魔帝クラスだ。かなりの実力者であるはずなのだが、その戦いは地味なように見える。しかし結果だけを見れば素晴らしい。一射ごとに十数のゴブリンが絶命する。もちろんゴブリン達はすぐに周辺を警戒するがフィーフィリアルの気配を察知できない。

 森に入ったフィーフィリアルは森の一部と化す。森の中から一本の植物を見つけるよりもフィーフィリアルを見つけることは難しい。そのままゴブリン達はフィーフィリアルによって次々と倒されて行く。

 しかしフィーフィリアルは焦っていた。すでに遊撃を始めてから1000を超えるゴブリンを殺した。しかしそれでも全く減る様子がないのだ。たかがゴブリンだとまだ舐めていた自分が心の何処かにいるのかもしれない。そしてそんな焦りがフィーフィリアルの気配をゴブリン達に察知させた。

「何!」

 フィーフィリアルの立っていた木が音を立てて倒れて行く。一瞬の気の揺らぎ、まさかそれでここまで察知されるとは思いもしなかった。もう一度他の部隊員と共に森に姿を隠そうとするフィーフィリアルであったが、目の前からものすごい勢いで一体のゴブリンが近づいて来る。

 そのゴブリンはあまりにも他のゴブリンと姿形が違った。先ほどのゴブリンアサシンよりも上位種だ。これは間違いなくゴブリンキングであった。そしてその供回りに上位種のゴブリンがついてきている。さらに他の軍勢のゴブリンもフィーフィリアルの方角向けて侵攻を開始した。

 流石のフィーフィリアルも絶体絶命である。これだけの量のゴブリンをから逃げるのは難しい。というより下手に逃げたらどこかの部隊に追ってきたゴブリンを任せることになる。だからここで最悪でも半分以下まで数を減らしてから逃げなければならない。

「全員気合入れろ!キングは俺がやる!雑魚は任せたぞ!」

 フィーフィリアルの声に数名の部下は声を出さずに従う。ここで最も実力のあるフィーフィリアルが注目を集めることによって部下達は敵に狙われづらくなる。フィーフィリアルは本気でゴブリンを掃討して行く。瞬く間に数百、千のゴブリンを倒してのけた。

 しかしゴブリンキングは一切ダメージを負っていない。ゴブリンキングは一度下がり、様子見をしているのだ。そして様子見を終えたゴブリンキングはフィーフィリアルに猛攻を始めた。その途端、先ほどまでのフィーフィリアルの猛攻が嘘のようになりを沈めた。

 そしてフィーフィリアルの猛攻が止まれば他のゴブリン達は森に潜むフィーフィリアルの部下へ標的を変える。先ほどまでの優勢があっという間に劣勢へ変貌した。

 このままではまずいことは感じている。しかしこれ以上はどうしようもない。今の劣勢を保つだけでも精一杯なのだ。少しでも気を緩めれば、他へ気を回せば全滅する。劣勢であるだけならまだ良いのだ。

 しかしその劣勢も終わりを告げる。仲間の一人が見つかったのだ。そしてその仲間を助けようとしたもう一人も見つかった。その途端ゴブリン達の狩りが始まる。全滅への道筋が始まるのだ。そして捕まった一人が今まさに殺されようとする。そして

「オラァァァァァァァ!!!」

 身の丈の倍はある大剣による一線。それは今まさにフィーフィリアルの仲間を殺そうとしていたゴブリン達をなぎ払った。そしてその攻撃を開戦の狼煙にするように一斉に騎士達がゴブリン達を掃討して行く。

「おいおい、大丈夫かフィーちゃん。ってそっちもまずいか。加勢するぞ!」

「こ、この馬鹿!ダモレス!お前自分の他の部隊はどうした!奴らは地中から…」

「ああ、それは問題ない。その話はこいつが片付いてからしよう。」

 12英雄が一人、断絶の魔帝ダモレス。身の丈を超える大剣を扱う12英雄1、2を争う怪力の持ち主。フィーフィリアルとのコンビネーションは最高で、大剣による連撃の合間の隙をフィーフィリアルの弓矢で埋めればどんな相手でも防戦一方のまま敗北する。

 そしてゴブリンキングとの戦闘を開始したダモレス達の奥で大地をも貫く雷撃が落ちた。雷撃は大地を這い、多くのゴブリン達を感電させる。そして動きの止まったゴブリン達を他の魔術師達がとどめを刺して行く。

「マレリアまで来たのか!」

「もう全員集まっているぜ。ガリウスもケリウッドもな。ゲイドルは遊撃にまわっているぞ。お前が先走るからみんな急いだんだぞ。」

 今来ている12英雄6人全員集合だ。雷轟のマレリア、天騎士ガリウス、双刃ケリウッド、瞬撃のゲイドル、誰もがこの国の誇る最強の英雄達だ。

 そしてここまでの戦力が集まればゴブリンの軍勢が何万いようが関係ない。ゴブリンキングもこのままではまずいと感じてすぐに撤退を開始した。

 初戦こそゴブリンの奇襲を受け、大きな被害が出たものの今回は怪我人だけで済んだ。そして戦果はゴブリン3万以上を討伐した。これで勝負はまた振り出しに戻ったように思われた。

 そんな12英雄達の知らないところでゴブリンの巣では大きな異変が起きていた。

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