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第159話 ナイトとムーンと救済と

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「この度は本当にありがとうございました。あなた方がいなければこの村は滅んでいたことでしょう。」

『ムーン・こちらももう少し早く来られれば良かったのですが、申し訳ないです。』

「遅れてすまなかった、そう言っている。俺も同意見だ。」

 この村は識字率が高くないためムーンの通訳をナイトがしている。しかし村人たちはそんなに謙遜することはないと言う。まあそれもそうだろう。なんせ村を覆い尽くすほどのモンスターの襲撃で50人以上の村人たちが生き残れた。この事実は奇跡にも近いだろう。

『ムーン・そういえばこの村は地下で産業をしているということでしたが、何をしているんですか?』

「地下で何をしている、そう言っている。」

「はい、実はこの村は糸や布を作っているんです。その材料となる芋虫を地下で育てているんです。どうせでしたら地下へどうぞ。ご案内します。」

 案内されるままついていく。村では亡くなった村人たちを弔うために準備を始めている。本当はナイトも手伝おうかと言ったのだがこれだけは村人だけでやりたいということなので手を出していない。

 そしてあの老人たちが折り重なって隠したあの地下への入り口に到着すると血に濡れた扉を開く。下る階段も初めの数段は血に濡れている。そんな階段を降りていくと真っ暗闇の洞窟にたどり着いた。しかし明かりひとつないはずの洞窟のはずなのだが、ところどころに発光するものがある。

「見えますか?あれが糸を取る幼虫です。こんな暗闇の洞窟の中でも発光するんです。きれいでしょ。」

「ああ、綺麗だ。」

 ナイトも感心したように声を漏らす。ムーンも何か言っているのだがこれだけ暗いと何を言っているかわからない。必死に何か言っているが伝わらないので既に諦めたようだ。しかしナイトならこんな暗闇でもムーンの言いたいことならなんとなくわかる。

「なぜ洞窟の中なんだ?」

「太陽の光に弱いんです。すぐに日焼けして死んでしまうくらいに。この芋虫は生まれて間もなくは草を食べます。そして成長すると土を食べるんです。この土を食べている幼虫が糸を吐くんです。明かりにも弱くてろうそく一つ持ち込めないので大変なんですよ。こんな暗闇でも村長やお婆は糸取りが上手くて……」

 男は再び思い出してしまったようでこんな暗い洞窟の中にすすり泣く声が木霊する。ちょっとホラーみたいで怖い。すると男の方から腹の鳴る音が聞こえてきた。そういえば外も真っ暗だ。時間的には夕食時も過ぎている頃だろう。

「こんな時でも腹は減るんですね。戻りましょう、今夜はご馳走します。恩人に対して最大限のもてなしをさせてください。」

「……気にするな。」

 そっけないナイトの返事、しかしこれにも理由があった。その理由はすでにムーンから聞いている。地上に戻り男が食事の支度をさせようとすると女性たちは非常に困った様子を見せた。ナイトたちから離れてコソコソと何やら話している。その内容をナイトは聞く気はないがすでに何を話しているかわかる。やがて戻ってきた男は泣きそうな表情だ。

「も、申し訳ありません…あのモンスターの襲撃で食料のほとんどがダメになってしまったようで…そ、それでもなんとか用意します!す、少しお待ちください。」

「待て、こんな非常時だ。皆疲れている。ここは俺たちがなんとかする。…頼めるか?」

『ムーン・もちろん!もう準備もできているよ。みんなを集めて。』

 ムーンはすでに準備を始めていた。村人たちの治療が終わった後に村の状況を全て確認していたムーンは食料がないことも知っていた。だからシェフに頼んで食事を用意しておいたのだ。村人全員を席に着かせると即座に食事を提供する。

 提供された食事はどれも豪華絢爛だ。しかしこんな辛い日にお祝いのような食事を食べる気は起きない。しかしムーンはそんなことも御構い無しにお酒まで用意してしまった。そしてナイトにみんなの前で言って欲しいことを伝えておく。

「あ、あの…我々にこのような食事は…その…」

「今日は辛いことがあった。モンスターに襲われ多くの人が亡くなった。しかし我々は生き残った。子供達も生き残った。子供達が生き残れたのはこの村の英雄のおかげだ。この村に英雄が生まれたことを祝おう。そして彼らを讃えよう。彼らを忘れてはいけない。彼らという英雄を決して忘れるな。」

 辛いことがあったからと暗くなる必要はないのだ。確かに辛いのかもしれない。苦しいのかもしれない。しかし今こうして生き残るためにその命を賭した人々がいたことを忘れてはいけない。彼らが守ろうとしたのは暗く落ち込む人々ではない。明るく明日を生きる人々のためにその命を賭したのだ。

「皆で感謝を述べよう。彼らの新たな旅路に祝福があるように。」

 ナイトがグラスを掲げる。すると一人、また一人と席を立ち上がり、手を震わせながらグラスを掲げる。やがて全員が立ったところで乾杯の一言を述べた。もうそこからはみんなで楽しく食事をとった。故人を忘れないように、この村を守った彼らのことを忘れないように。




「ナイト様、是非ともあなたの服を作らせてください!我々はなんとしてでもお礼をしたいのです!」

「む…わかった。頼む。」

 村の復興が始まって10日ほどが経った。ナイトとムーンによりこの村の防備を無理やり強化した。村を守る壁は城壁のように高く丈夫だ。使用した木材はあのケリュネイアが折った巨大な丸太だ。それをナイトが魔力を込めたノコギリでどんどん加工していった。

 この丸太なのだが、随分前からスマホの中にあったというのに加工できる刃物がなかった。ノコギリで切ろうものなら刃が全てポロポロと取れてしまうほどだ。それなのにナイトが魔力を込めるだけでこうも簡単に切れてしまうとは。

 そんなもので作った防壁はそんじょそこらのモンスターでは傷一つつかない。それから食料は全てムーンが出してしまった。かなりの量なので数年は持つのではないだろうか。ナイトというチート級の怪力とミチナガ商会の物品提供さえあればこの程度の村ならば10日もあれば要塞化できる。

 そしてそこまでしてくれた恩人に村人たちはなんとかして恩返ししようとしているのだが、受けた恩が大きすぎる。だからこうして少しずつでも返そうとしているのだ。早速ナイトの採寸が始まる。なんとも手馴れた様子で採寸していく村人の表情は職人そのものだ。

「ありがとうございます。採寸はこれでおしまいです。数着作ったものをお渡ししますので少々お時間をいただけますか?それから何か他に欲しいものはありませんか?お財布とかはどうでしょうか?」

「そういったものは使わない。」

 ナイトがそういうとムーンがナイトに話しかける。村人たちは文字が読めないので何をしているかわからない。そしてムーンが伝え終わるとナイトは何やら満足そうに頷いた。

「それでは頼みがある。私の友人のために服を揃えてもらえないか?貴族なのだが正装を持っていないらしい。」

「わかりました!そういうことでしたらいくらでも作らせていただきます!一式揃えさせてもらいますね。それを数種類用意しましょう!」

 ようやくこれで多少でも恩返しができると村人たちは大喜びする。そしていつの間にか使い魔たちによって取られたミチナガの採寸の情報を村人たちに提供する。それを元に最高の技術と最高の素材を使用して服を作り上げていく。村人総出で作業にあたっているようだ。

『ムーン・みんな元気になってよかったね。だけどやっぱりまだ防備が不安だよね…』

「ああ、この村には戦士がいない。どこかから雇っても…難しいな。」

 ナイトがこの村に在留する気は無い。しかしここまでやった村がまた襲われたら大変だ。何かないかムーンもマザーのネットワークを使って情報を集める。情報が集まるまでしばらく時間がかかるだろう。とりあえずナイトは周辺のモンスターを狩りにいく。

 そして数日後、村人たちはナイトとミチナガの服を完成させた。様々な種類がある。豪華なものにシンプルなもの、高級過ぎず使いやすそうなものまである。しかしナイトは若干心配になっていた。それは戦った時に破れないかだ。しかしそんな不安を村人たちは一蹴した。

「この素材は伸縮性も素晴らしい上に魔力を吸着するのです。ですからナイト様が着て魔力を込めればどんな攻撃も防ぐ鎧になることでしょう。この素材は使い方によってはミスリル並みに強靭なんですよ。我々の最高の技術を注ぎ込みました。まずやぶれることはありません。お試しください。」

 ナイトは半信半疑に軽く動いてから徐々に速度を上げていく。するとこの服の素晴らしさがよくわかり始めた。まず動きを阻害しない。今までのモンスターの皮の服よりも動きやすいしはるかに丈夫だ。むしろ魔力を吸収したこの服を着ているとさらに動きやすいように思える。

「これは…最高だ。」

「ありがとうございます。それからご友人の方の分も完成しました。それこそ、かの勇者神の前に出ても恥ずかしくないほどの仕上がりです。」

『ムーン・それはよかった。ちょうど会う予定だからね。あ、これは伝えなくていいよ。』

 まさか勇者神に本当に会うなんていったら大変なことになるだろう。この仕上がりにはムーンもとても満足している。

「助かった。ありがとう。俺はこれでこの村を離れる。しかし防備が不安だろう。だから少し用意しておいた。」

 ナイトがこの村を離れる、それは村人たちに不安を与えた。しかしその不安を払拭するための準備をしておいた。ムーンが連絡するとワープによって使い魔が送られてきた。送られてきたのはドルイドだ。大精霊の力をかなり保持してきたようでかなり具合が悪そうだ。

『ムーン・じゃあお願いします。』

『ドルイド・我…ドルイド……ここに大精霊の力を…行使する。』

 ドルイドによる大精霊の力の行使、それは密かに植えておいた村の四隅に配置されている小さな苗木を一気に成長させた。育った4本の木は聖樹、あのゼロ戦を見つけた場所に生えていた聖樹を折った枝から育て増やした聖樹たちだ。

 そして四方に配置されていた聖樹を用いて魔法が行使される。それはあのゼロ戦があった場所と同じような姿くらましの魔法だ。正直あの姿くらましと比べてしまうと天と地の差がある。しかし十分なほど強力な魔法だ。これでそうそうこの村が襲われることはない。さらに聖樹を用いた魔法というのは今後聖樹が成長していくにつれて強化されていく。

「それから何かと入り用だろう。これを使え。」

「これは…き、金貨が山ほど!こ、こんなものは受け取れません!あなたから与えられてばっかりじゃないですか!」

「俺も山ほど持っている。そのうちの少しだ。また何かあったら呼べ。さらばだ。」

 そういうとナイトはその場から消え去ってしまった。またナイトはどこかの森の中でムーンと二人暮らしていくだろう。村人たちはナイトが去った後を呆然と眺めていた。そしてそんな村人に混ざって使い魔が二人いる。



『名無し・いっちゃいましたね。まあこれから頑張って…あれ?そういえばこの人たち字が読めない…ど、どうしましょう!ね、ねぇ!ドルイド先輩!』

『ドルイド・…頑張れ……俺も…逝く…』

『名無し・あ!死に戻りしちゃった!嘘!ま、待ってくださいよ!ドルイド先輩!ム、ムーン先輩!どうしたらいいんですかー!センパーイ!!』



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