スマホ依存症な俺は異世界でもスマホを手放せないようです

寝転ぶ芝犬

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第158話 ナイトとムーンと襲われる村

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『ムーン・はい、終わったよ。でもその服ももうダメかもね。』

「む……まだいける。」

 ナイトはムーンに敗れた服を縫ってもらいまた着なおしている。しかしこれで破けたのは今週4回目だ。それに明らかにきつそうでもある。最近ナイトの調子はさらに良いようで体も一回り大きくなった。それに伴い着ている服もボロボロになってきた。

 一応他の使い魔経由で色々と服を買ってはいるのだが、どれもナイトの動きに耐えられない。生半可な素材ではナイトが普通に戦うだけでゴミになってしまうのだ。今着ているものはモンスターの素材から作った服だが縫い目が持たない。

 一度専門店で一から仕立てればそれなりのものが作れるのだがナイトは嫌がってしまう。ムーンとしても嫌嫌作った服を来て欲しくもないので今回はあまり強く人里に行こうとは言わない。

『ムーン・じゃあご飯にしよっか。今用意するから待っていて…ってどうしたの?』

「何か聞こえた……風上からだ。昼飯は後にしよう。」

 ムーンはすぐに移動の準備を始める。ナイトの聴力は正直わけがわからないほどすごい。風上からならば数キロ離れていてもはっきりと聞こえる。そんなナイトが何か聞こえるということはさらに離れているのだろう。

 いつものようにナイトに運ばれて行くと何かぼんやりと遠くに見えた。森から離れた遥か先だが、遠くから分かるほど砂煙のようなものが上がっている。ナイトはさらに速度を上げた。おそらく緊急事態なのだろう。

 そしてさらに近づくとムーンにもはっきりとわかった。村がモンスターの群れに襲われているのだ。その数は異常だ。村人たちも必死の抵抗を見せているがどうしようもないだろう。もう何人かは半分諦めかけている。そんな彼らの元にナイトは着地した。着地後ムーンはすぐに察して耳をふさいだ。

「オォォォォォォォォォォ!!!!!」

 ナイトの咆哮、それは普段のナイトからは考えられないような声だ。周囲のありとあらゆるものが震える。ナイトが吠えた瞬間誰もが動きを止める。そしてナイトの声が鳴り止むとモンスターのその行動は本能に委ねられる。

 逃走、それも脱兎の如き全速力での逃走だ。全てのモンスターが無我夢中で逃げる。生存本能を刺激されたモンスターの行動はどれも正直だった。しかしそんな中、よく見ると数体のモンスターが残っている。ナイトの咆哮で逃走しないモンスター、それは逃走する必要のない強敵ということだ。

『ムーン・あれは邪妖精の一種?だけど詳しい種類はわからないや。』

「間違いなく邪妖精の一種だ。…俺も初めて見た。ムーン、人々を頼む。」

『ムーン・任せといて。じゃあみなさん、治療しますよ…ってダメだ、放心状態だ。』

 モンスターも逃げ出すナイトの咆哮を間近で聞いて人間も無事でいられるはずがない。誰もが心ここに在らずという表情を浮かべている。まあ騒がれるよりも楽なのでどんどん治療を開始する。ナイトは瞬時に移動して残っている邪妖精と戦いに行った。

 一応ナイトの戦いの様子は眷属を通して記録されている。そのぶん人手が足りなくなったのはワープに依頼して使い魔を送ってもらいなんとかしている。死者が多く、重傷者というのはあまりいない。死んだか軽傷のどちらかだ。治療は楽だがなんとも遣る瀬無い。

 一方、ナイトと邪妖精の戦いはナイトの防戦一方という普段のナイトからは予想もできない状況に思えた。しかしムーンは知っている。これはいつも通りのナイトだ。ナイトは実力で言えばかなりのものだ。しかしナイトは自分の力を慢心しない。ナイトは必ず初見の敵の動きはしっかりと観察する。

 敵の数は6体…いや、遠くで1体が見張っている。おそらく後ろの1体が親玉で一番の強敵だろう。野生では常に生き残らなければならない。だから本当に強いモンスターは背後で相手を観察する。そしてこちらの様子を伺い、好きあらば攻め込もうとしている。だからナイトは瞬時に速度を上げて背後の1体に強襲を仕掛けた。

 ナイトの動きは緩急をつけた初見殺しの必殺技のように思えた。事実ナイトの周囲にいた6体のモンスターは反応すらできなかった。しかしナイトの強襲は簡単に受け止められた。相手の邪妖精の実力はかなりのものだ。

 おそらく先ほどナイトの周辺にいた邪妖精6体はA級からS級といったところだろう。そしてこの親玉はSS級の実力者。以前ナイトが倒した炎龍クラスの実力と言っても差し支えない。そしてナイトの行動は完全に悪手となってしまった。

 邪妖精、それは妖精種の一種であるが性格は非常に残忍。面白半分で生き物をバラバラにする冒険者の中でも危険視されるモンスターの一種だ。そして邪妖精はそれなりに頭が回る。ナイトが親玉の邪妖精に襲いかかった。それならば自分たちは奴が守ろうとしている村人たちを面白おかしく殺すだけだ。

 邪妖精の行動は早い。すぐに村へと一直線に移動して行く。それを見た放心中の村人は恐怖に顔を歪め這いつくばるように逃げようとした。しかしそんなものでは逃げられるはずもない。邪妖精は村人たちに襲いかかる。

「…起動せよ……」

 ナイトの軽い呟き、その呟きは瞬時に空気を強張らせた。そして村人たちに襲いかかっていたはずの邪妖精は自分たちが動いても動いても村人たちに近づけないことに気がつく。それどころか視線も下がった。それどころかなんだか意識も遠のいて来た。一体何事かと思い仲間を見た。そして何が起きているか悟った。

 細切れだ。腕も指も足も腹も頭も首も口も目もそこら中に転がり落ちている。一体何が起きたのか理解できなかった。一体何をされたのか理解できなかった。全てを理解できなかった。そしてただ何も理解できないまま永遠の眠りについた。

 その様子をナイトの攻撃を受け止めながら観ていた邪妖精の親玉は戦慄した。明らかに手を出してはいけない相手に手を出してしまったと。そんな邪妖精の目を観ながらナイトは口を開いた。

「聞こえているな邪妖精、もうお前だけだ。理解できているはずだ、自身の死を…」

 ナイトは相対する邪妖精に淡々と告げる。まるで子供に言い聞かせるような口調、しかしその恐ろしさは測りし得ない。邪妖精は恐怖に震えた。厄災級と呼ばれるSS級のモンスターが自身の死を悟り、敵に回してしまった者の恐ろしさを思い知った。

「お前のお遊びは御終いだ…お前の素材は……必要ない…」

 邪妖精は嘆き叫んだ。こんなはずではなかったと、こんな話は聞いていないと。必死に逃げようとする。しかしナイトがそれを許すはずがない。辺りに邪妖精の嘆きの声が木霊した。



『ムーン・お疲れ様、こっちもひと段落ついたよ。間に合った分は助けられた。だけど間に合わなかった分が多いね…。まあそれでも助けられたことに変わりはないよ。』

「…そうか、何か俺にできることはないか?」

『ムーン・村の防備は完全にないけど…しばらくは安全でしょ?なら大丈夫。』

「そうか…なら散らしたモンスターを狩ってくる。このままではまずいからな。」

 そういうとナイトはモンスターを狩りに行く。ムーンはしばらくここを離れられない。だから先ほど呼び寄せた使い魔をナイトについて行かせる。モンスターの素材は無駄にはできない。

 そして日も沈んだ頃、戻って来たナイトと必死にしがみついたせいで疲れ果てた使い魔が帰って来た。どうやらかなりのモンスターを狩り倒したようだ。これなら2次災害は起こらないだろう。その頃にようやく数人の村人が起きて来た。まだモンスターに襲われていると錯覚したようで錯乱している。落ち着かせるのに一苦労だ。

「あ、ありがとうございます。本当にありがとうございます…なんとお礼を言ってよいのやら…」

「礼はいい…何があった。」

「と、突然現れたんです。最近はモンスターを見ないなと思っていたら急にあんな群れで…ものの10分かそこらでこの有様で…なんで…なんで俺たちが……」

 男はふるふると震えている。恐怖からだろうか、怒りからだろうか、それはナイトにはわからない。いや、男にすらわからないかもしれない。そんなわけのわからない感情で支配されている。他の男たちもそんな様子だ。しかしそんな中ハッと我に帰った男がいた。

「ち、地下は大丈夫ですか!?」

「地下?…そんなものがあるのか?」

「は、はい。この村の産業は地下で行なっていて…女子供は緊急時にそこに逃げ込む事となっているのです。」

 すぐに地下への入り口に案内させる。地下への入り口は緊急時のために2箇所設置されている。そのうちの片方は地盤ごと崩して完全に封鎖されているようだ。しかしもう片方は出てくるために空いている可能性がある。建物の中だという事で移動して行くとそこには幾人もの老人たちが重なるように死んでいた。

「村長!お爺!お婆!みんな…う、うぅぅ…」

「地下への入り口はここなのか?」

「はい…そこの…みんなの死体の山の下です。入り口を隠すためにみんな…ありがとう…ごめん…ごめんな…本当にごめんな…」

 女子供を生き残らせるために老人たちはその命を賭して隠し切った。もしもモンスターを一体でも通していたらその瞬間中の子供達は食い殺されていただろう。自身の孫たちは生き残れなかっただろう。彼らは命を賭して守り切ったのだ。

 丁重に老人たちの遺体を、子供たちを守った英雄を移動させる。血で赤黒く濡れた扉を開くとそこには震える子供を抱きしめる女性たちがいた。

「もう、もう大丈夫だ。この人がみんな悪いモンスターをやっつけてくれたぞ。もう…みんな大丈夫だ。」

「う、うわあぁぁぁん…あぁぁぁぁ…」

 一人の子供が安心し切ったのか、それとも失ったものを感じ取ったのか泣き出した。そしてその泣き声につられるように大人も他の子供も泣きじゃくった。守ることはできたのかもしれない。しかしそれ以上に失ったものは多い。


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