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第155話 獣人街1

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 魔導装甲車を走らせ昼を過ぎた頃、ようやく獣人街にたどり着いた。しかし到着早々なんというか居心地が悪い。誰もがこちらを睨みつけているのだ。リカルドから聞いていたが獣人の貴族嫌いは本物のようだ。

『ポチ・どうする?やっぱり帰る?』

「そ、それはなぁ…だけど…下手に外出たらリンチとか…無いよね?」

 なんだか自分で物騒なことを言って怖くなって来た。何事もないことを望む、そのためには早々に引き上げるのが得策だろう。ポチにぐるっと回ったら帰ろうと指示を出すと何やら慌ただしくしている。

『ポチ・なんか調子おかしいかも…まだ試作段階だからどっかに異常出ちゃったかな?』

「え、まじで?」

 仕方なく空き地に停車するとすぐにアルケとメンテが確認し始めた。時間がかかるということなので俺は仕方なくその辺で時間を潰すことにする。まあ昼を回っているので少し腹が減って来た。どこかで飯でも食いたいところだが、どこかは入れそうなところはあるかな?

「ま、まあこういうのはあんまり気にし過ぎちゃいけないよな。うん、俺がリカルドに言われたことを気にし過ぎているってだけかもしれないし。」

 とりあえず目についた大きめの飲食店に入る。すでに昼を過ぎているのでお客さんはまばらだ。俺が店内に入ると全員がこちらを凝視して来た。い、いや、これもきっと気のせいだ。そうに違いない。

「何の用だい。」

「え、えっと…食事に…」

「あんたみたいなお貴族様の食べるものはここにはないよ!」

「まあまあおばちゃん、いいじゃんか、入れてやれよ。」

 完全に追い出されるかと思ったら客の一人が俺を招き入れてくれた。な、なるほど。貴族嫌いもいるけど、こうして貴族が嫌いじゃない獣人もいるじゃないか。軽く会釈をして席に着くとすぐに注文を済ませてしまう。

 しかしなんとも居心地が悪い。この状況に俺はとりあえず下を向いてコソコソとスマホをいじって時間を潰す。ただ、なんでだろうか。さっきから俺の周りに獣人たちが集まっているような気がする。

「おいおい、お貴族様なのに護衛もなしですかぁ?こんなところに一人なんて危ないぜぇ?」

「まったくこんなボンクラそうな貴族までいるとはノーマン様は物好きなもんだ。」

 ノーマン。獣人やドワーフなど特徴的な種族との交わりのない純粋な人間を呼ぶ蔑称だと以前誰かから聞いた気がする。聞いたときは軽く流してしまったが、まさか本当にそうやって呼ぶ奴がいるとはな。俺は何事もないように普通に座っている。そのつもりなのだが気がつくと体が小刻みに震えている。

「おいおい、もしかしてこいつ…ビビってね?まじかよ!」

「ほらあんたらどきな。料理だけは提供すんだから。」

「ああ、俺らに任せといてよ。ほら、ノーマン、好きなだけ食っていいぜ。」

 そういうと頭の上から料理をぶっかけられた。元々ろくに加熱していなかったのか少し冷たいくらいにしか感じない。ここまで来たらもう俺の体の震えも止まっていた。むしろ泣きそうになって来たが、そこまで負けた気になりたくない。

 正直怒りに任せて暴れてやりたい。しかし俺ではこいつらに勝てないし、ボコボコにされておしまいだ。今の俺には何もせずに心を空っぽにしてここを立ち去る以外に何もない。俺はスマホから銀貨1枚を取り出してテーブルに置くとそのまま席を立った。

「お?なんだなんだ?もうお腹いっぱいですかぁ?だったらとっとと失せな。」

「消えろ消えろ!俺らの坊ちゃんを連れ去ったノーマンの貴族はここに二度と近づくな!やべぇ、超スッキリした!」

 俺はお前らの坊ちゃんなんか知らないし、獣人を連れ去ったこともないわ。まあそんなこと言っても火に油を注ぐだけだ。俺はそのまま立ち去ろうと出口に行くと誰かにぶつかった。やばい、ずっと下向いたままだからちゃんと前見てなかった。

「あ、坊ちゃん!テメェ!何ぶつかってんだ!土下座しろ土下座!」

 背後からギャーギャーわめき立てているが今の俺の耳には入らないように俺は頭をシャットアウトしている。この目の前の坊ちゃんと呼ばれる男もとっととどいてくれればいいものを目の前から一向に退こうとしない。とりあえず顔をあげて謝ってしまおうとすると目の前の男は何か震えているように見えた。

「み、ミチナガさんですか?」

「あれ?確か…ブラント国で会ったな。ごめん、俺お前の名前聞いてなかったな。」

 俺の目の前にいるこの獣人、確かブラント国で奴隷として捕まっていた奴だと思う。なぜここまで曖昧かというとミミアンたちのいるシェルターとは別の場所にいた獣人だからだ。奴隷解放の時に簡単に挨拶したと思う。その際に俺は全ての解放奴隷獣人に自分の店で働かないか聞いていた。

 その中で故郷に帰りたいと言っていた獣人が何人かいた。だから俺はそいつらに食料と多少の金貨を握らせてやったんだ。もちろんブラント国からは支援と謝礼金が出ている。俺が別口で渡したのはあくまで何となくだけどね。

「ど、どうしたんですか…その姿…どうしてミチナガさんが……ま、まさか…」

「い、いやぁ…あはは…まあいいよ。うん…まあいいよ。」

 俺は何をされたかいうのが恥ずかしかった。だってブラント国で会ったってことはなんかカッコつけていた時の俺を知っているってことだ。そんな奴にこんな姿を見られるというのは何だか恥ずかしいし、情けない気分になる。俺とこの坊ちゃんとかいう獣人のやりとりを見ていた後ろの獣人とこの店のおばちゃんはおどおどしている。

「ぼ、坊ちゃん…どうしたんですか?そ、そいつは坊ちゃんを誘拐したノーマンの貴族…」

「この方はな。俺を、俺たちを救ってくれた張本人だ。確かに俺は人間に連れ去られたが、この人に連れ去られた覚えはない。……お前たち…俺の命の恩人になんてことを…」

 ゾッとするような殺気が立ち込める。俺の背後から歯を打ち鳴らす音が聞こえて来た。だけどそうか、俺の行いによってこうして俺のために怒ってくれる獣人もいるのか。何だかそう思うと今起きたことなんてどうでも良いように思えてくる。俺はなだめようと手を伸ばすが自分が汚れていることに気がついた。

「大丈夫だ。ありがとうな。お前がこうして俺のために怒ってくれただけで俺は十分だよ。それよりも…これを洗い流したいんだけど…それに腹も減ってな。」

「…ミチナガさんがそういうなら。わかりました。それでは我が家にどうぞ。すぐに風呂と食事を用意させます。どうぞ、ついて来てください。」

「悪いな。ああ、それから魔動車もあるんだけどそれも運んでいいかな?」

「どうぞどうぞ。停める場所もちゃんとあります。」

 坊ちゃんについて行きながら魔導装甲車の場所まで移動するとちょうどメンテナンスの終わったアルケとメンテに見つかりひどく驚かれた。ポチたちもスマホから出て何もできなくて申し訳なさそうに謝っている。まあ現状怪我はないし問題ないだろ。

「それでこいつは直ったか?」

『メンテ・下から内部に入り込むように何か投げ込まれたみたい。破損とかは一切ないよ。』

「申し訳ない。きっと獣人の誰かだろう。貴族をよく思わない獣人が多くて…ミチナガさんにもご迷惑を。」

 またこんな感じの雰囲気になったな。まあここでグダグダしていても俺に料理の味が染み込むだけだ。早いところこいつを洗い流したい。とりあえずスマホからお湯を出して被るだけ被っておいた。多少はこれでよくなっただろ。

 その後、坊ちゃんの案内で家までついて行った。道中名前を聞いておこうと思い、それとなく聞くとアミルデスという名前だとわかった。しかしなぜ坊ちゃんなのか。それについて聞くと半笑いしながら見せて答えてくれた。

「一応獣人の氏族長の息子なんです。ああ、ここが我が家です。」

「…家デッケェな。じゃあ…獣人の貴族みたいなものか?」

「獣人は貴族という言葉を嫌いますが、まあそんなものです。あ、少し待ってください。おい!門を開けてくれ!それと親父殿にも知らせてくれ!私の命の恩人がやって来たと!」

 大声でアミルデスが告げると急に屋敷が慌ただしくなった。空き地に魔導装甲車を停めるとすぐに中に案内された。すぐにアミルデスの父親に会っても良いのだが、この格好ではまずいだろう。汚れたままの俺はすぐに浴場に案内される。

 アミルデスは虎の獣人ということであまり湯浴みは好きではないようなのだが、母親は鳥の獣人で風呂が好きとのことだ。だから風呂にはそれなりに力が入っているようで、いくらでものんびりできそうだ。まあのんびりする状況でもないのでささっと洗い流したらすぐに風呂を上がった。

 着替えもすでに用意されている。獣人用の礼服なのか初めてみる服装だ。モンスターの毛皮で作ったもののようだが、なかなか着心地が良い。少し重たいのが難点だ。獣人の執事の人に案内されるがままついて行く。この人はフクロウなのか。首がぐるっと回るとびっくりするな。

「どうぞ、こちらで皆様がお待ちです。」

「あ、ご丁寧にどうも。」

 獣人もいろいろいるみたいだけど、今まであんまり会ったことなかったな。猫系か犬系ばっかりだったからこういうフクロウの獣人とか出会えるとなんかラッキーな感じ。部屋に入ると何とも武闘派な獣人の面々が並んでいる。奥にアミルデスとその両親が座っていた。

「俺がゴウ氏族の族長ゴウ・アルダスだ。お前が我が息子を救ったミチナガという男か。」

「初めましてアルダス族長。関谷道長です。まあ…一応そういうことになります。しかし他にも多くの人々に私も息子さんも助けられました。」

「そうか…まあ細かい話はどうでも良い。息子がお前に助けられたと言う。ならばお前は我が一族の恩人である。そのことに変わりはない。一族の代表として感謝する。ありがとう。」

 アルダスが頭をさげると他の獣人たちも全員頭を下げた。なんか俺もつい頭を下げてしまったが、やはりこうして面と向かって感謝を伝えられるとむず痒い。アミルダスが俺にとりあえず食事を用意してくれたので食べようかと思ったのだが、他の面々はすでに食事を終えているので食べるのは俺だけだ。なんか気まずい。

「お前の乗って来たのには家紋が書かれていた。お前は貴族なのか?」

「ええ、最近貴族になりました。評議員や貴族の失態の文章やオークションでいろいろ売ったら何だかトントン拍子で。一応この国では子爵の地位をもらっています。」

「ほう?ではあの評議員の入れ替えが…なるほど。面白いやつだ。…遠慮しないで食べて良いぞ。」

 ま、まあそういうことなら食べさせてもらおう。しかし出て来たのは骨つき肉なんだよな。会話しながら食べるの難しいだろ。フォークとかないから手づかみでも良いのかな?行儀が悪いとか言われないよね?

 骨を掴んで勢いよくかぶりつく。かなりしっかりめの肉だが、ジューシーだし香辛料が効いていて美味い。それにこの肉を引きちぎる感覚がたまらない。よくみると皿の縁にマスタードのようなものがついている。それをつけて食べるともう無限に食べられそうだ。

 あまりのうまさに黙々と食べていると周囲が静かなのに気がついた。慌てて飲み込もうとすると喉につっかえてしまった。慌ててコップを掴んで水を飲むとアルダスが大きく笑い出した。

「随分と豪快に食べる。人間にしては見所があるな。」

「え、えっと…どういうこと?」

「ああ、すみませんミチナガさん。獣人は食事を豪快に食べることが良いとされるんです。綺麗に食べることよりも豪快にかぶりついて美味しいと表現する方が食材にとっても料理人にとっても良いと考えているんです。」

「ああ、そうだったのか…だけど俺だけ食べているのは何だか恥ずかしいな。」

「それもそうですね。では私も食べましょう。私もこれから食事だったものですから。」

 そういうとアミルデスも俺の前に座って豪快に食べ始めた。やはり一人で食べるよりもこうして何人かで食べた方が良い。しかし豪快に食べる方が良いというのは獣人のマナーは楽でいいな。こうして好きに食べられるのだから。

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