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第129話 刀匠
しおりを挟む昼食後も引き続きグルクスの話を聞こうと思ったのだが、グスタフの先ほど鍛造していた長剣が完成したらしい。しかも出来上がったのは新魔剣ということで是非とも見せてもらうことにした。先ほどグスタフが鍛造していた場所に向かうとそこでは出来上がった長剣を研ぎあげている最中だった。
「ん?なんだもう見に来たのか。ちょっと待ってろ、仮研ぎだけしたら見せてやる。」
そういうとグスタフはまた研ぎの作業を始める。それから10分ほど経った頃だろうか。ようやくとりあえずの形だけはできたらしい。見せてもらうとその長剣は美しい刃文を描いていた。それに何度も折り返しをしたのだろう。金属がいくつもの層になっている。
「こいつは鉄とミスリル合金から造った新魔剣だ。新魔剣の中じゃ一般的なものだが性能は間違いない。秘密事項だから誰のものかは教えられないが…一応魔王クラスの依頼主だ。なかなかなもんだろ。」
魔王クラスまで言ったらダメな気もするけど、まあ本人が良いならいいか。教えてはくれないだろうが試しに製法を聞いてみるとなんといとも簡単に教えてくれた。そんな簡単に教えても良いものかと思ったが、作り方を知っても作れるものではないので別に構わないらしい。
「まず重要なのはこのミスリル合金だ。こいつに持ち手となる人間の魔力を1週間流し続ける。そうすっとこのミスリル合金はその魔力を覚えるんだ。そしてその魔力に合った性質に変化する。これで準備は完了だ。試しに触ってみな。」
「え、いいんですか?…あ、結構軽い。それになんか…柔らかい?」
「ああ、この状態のミスリル合金は柔らかい。まあそうじゃねぇと強えやつの魔力を流されたら加工できなくなる。だから今出来上がったこの長剣もこのままじゃあ脆い。研ぎが全部終わったら特殊な薬品と特殊な魔力を流す。そうすっと急激に硬くなり鉄をも超える硬さになる。」
基本的にミスリルの加工温度はかなり高い。それこそ鉄なんてドロドロに溶けるほどの温度だ。だからこうして常温でも柔らかいミスリル合金を開発した。そうすることでこの新魔剣を作れるようになったのだ。
新魔剣の作り方は説明するだけならとても簡単なものだ。ミスリル合金と鉄を層にするのだ。何度も折り返して叩いて伸ばす。それだけで良いのだが、それがとてつもなく難しい。きっちりと層にしなければ魔剣として成り立たなくなる。途中の一層が潰れてしまうだけでも力が途端に弱まる。
それならミスリル合金の板と鉄の板を何層も重ね合わせて熱と重みを加えて圧着する実験も行われたが、結果は失敗。鍛造で圧着させないと魔剣にはならないという結果に至った。
これだけ製造の困難な新魔剣はまともに作れるのは世界中でも5人だけだという。そのうちの1人がこのグスタフだ。さらにこのグスタフはオリハルコンとミスリル合金の新魔剣も完成させた史上4人目のドワーフらしい。
オリハルコンのような超硬度の金属と柔らかいミスリル合金で新魔剣を作るのは至難の技だ。そもそもオリハルコンの加工ができる人間自体数が少ない。だからグスタフのその腕の良さがよくわかる。
「すごいですねグスタフさんは。ドワーフ切っての腕前じゃないですか。」
「ッハ!俺なんぞまだまだひよっこよ。俺の師匠、トウショウ様はそれはそれはすごかった。新魔剣ってのはよ、層が増えるほどにその力は増し、消費魔力も抑えられる。トウショウ様は層がわからないほど層を重ねても魔剣として完成させた。普通なら混ざっちまってガラクタになるのによ。」
トウショウの作品は今でも現存しており、100振りの刀剣が確認されている。そのどれもが剣士ならば誰もが欲しがるほどの名剣名刀だ。本来新魔剣は初めにミスリル合金に記憶させた魔力の性質から変わることはないのだが、長年の研究により、1年かかるがその魔力性質を他の人間に変えることができるようになった。
だから英雄の国の魔神、勇者神に仕える魔帝のほとんどはそのトウショウの名剣を持っているという。トウショウの魔剣はどれも銘が彫られており、それぞれに植物にちなんだ名前がついている。だから偽物が出回ることは決してない。まあ元々本物がすごすぎるせいで偽物と呼べるものが作れないのだ。
「まあ聞くより見た方が早い。ついてきな。この先にトウショウ様の最後の一振りがある。誰にも手渡さない持ち手のない魔剣だが、見るだけで震えるぞ。」
そういうとグスタフは早速見に行こうと俺たちを案内し始めた。どうやら話している本人が一番見に行きたいらしい。俺たちはそんなグスタフについていく。すると作業場の中を進み、扉を開ける。するとそこは立派な中庭だった。
庭は綺麗に手入れが施されており、石灯籠に大きな社が建っていた。グスタフはその社の前で深くお辞儀をした。俺たちもそれに習い同じようにするとそのまま1分間も続いた。やがて顔を上げると社の扉を開けて中へと入る。
そこにはガラスケースの中に巨大な大剣が鎮座されていた。その美しさに俺は思わず息をするのも忘れてただ見つめる。なんと美しいのだろう。社の中は明かりもないので暗いはずなのにその大剣は輝いて見えた。もっと間近で見たい。そんな欲求に抗えず俺はガラスケースに顔を押し当てるように見ていた。
「すげぇだろ。こいつを見ちまったらもう一生鍛治師として働いちまう。一生俺はすごいなんて思い上がることもない。自分もいつかこんな刀剣を打ちてぇと思っちまう。本当に…本当にすげぇ…」
グスタフも俺と同じようにこの大剣を見ている。グスタフはこの大剣の説明をしてくれた。この大剣は7つの希少かつ加工難易度の高い金属を使っていると。トウショウの儲けた金のほとんどを費やしたと語っていた。
「こいつはな。トウショウ様が勇者神の持つ神剣と同等の性能の刀剣を造ろうとして完成させたものだ。事実、勇者神の神剣と同等の性能をもつ。いや、戦闘能力だけなら上かもしれない。それほどの逸品だ。それとそこにトウショウ様の金槌がある。そいつで数々の新魔剣を作り上げてきたんだ。」
俺はグスタフに言われ顔を上げるとそこには一本の金槌があった。長年使い続けられてきたその金槌は汚れてはいるが、美しさを感じさせる。その美しさはこの大剣にも負けない。グスタフもその金槌に目を向けているが、その目には俺とは違い涙が流れている。トウショウのことを思い出したのだろう。
俺は一つの核心を得ている。この金槌は間違いなく遺産だろう。トウショウが刀匠という意味なら確実に日本人だ。そして愛用していたこの金槌は遺産の一つだ。しかしこの遺産は回収できない。これほど、見ただけで涙を流させるほど人々に思われているこの遺産を奪うことは俺にはできない。
スマホに通知が来ている。マザーからだ。スマホをあの金槌に近づけて欲しいと言われたが、これだけは回収してはいけないと断る。すると金槌は回収しないから近づけて欲しいと頼まれた。それなら構わないのでスマホをガラスケース越しに近づける。
『……遺産を確認。回収不可…コンタクト開始……成功。交渉成功……遺産と接続します……接続成功。…解析を開始します……解析成功……譲渡完了まで残り10時間…』
マザー『“これで問題ありません。夜間の間に全て完了するでしょう。”』
ミチナガ『“あ、そんなことも可能なのね。”』
解析も随分早く済んだと思ったら、今までに2つ遺産を解析、遺品も2つ解析したことにより、解析パターンがある程度わかったため、解析が早く済むようになったとのことだ。それにこの遺産は比較的解析しやすいものだったらしい。
まあこれで一段落と思い振り返るとそこには夢中になって大剣を見つめるスミスの姿があった。そういえばこいつはずっとグスタフの作業光景を観察していたんだっけ。すっかり忘れていた。しかし見れば見るほど本当に良い大剣だ。
「この大剣は一体なんの金属からできているんですか?」
「ミスリル合金とアダマンタイト合金、それにオリハルコン合金にヒヒイロカネ合金、ダークマテリアル合金にドラゴメタル合金、あと…天空石合金だったかな。ああ、深海鉄合金も入っているか。当時の7つの伝説級の金属が使われている。ミスリルも十分すごいものなんだが、その頃からミスリルは使用率が高かったせいであんまり珍しくない。」
その昔は10大伝説鉱石とまで呼ばれていた金属も時代とともに少しずつ発掘され、今では5大伝説鉱石と呼ばれている。オリハルコンとドラゴメタルは大きな鉱脈が見つかったので今ではそこまで珍しくはない。
しかし伝説級の金属もそのまま使用すると意外と欠点が見つかる。そしてその欠点を補い完成させたのがこの大剣にも使用されている合金だ。トウショウは錬金術にも精通しており、新しい合金を数十個完成させた。その製法は現在でも大事に語り継がれている。
「さてと、そろそろ行くか。ここは長居しすぎないように時間制限が設けられてんだ。そうじゃねぇといつまでも見ちまうからな。」
そう言って実に名残惜しいという表情を浮かべながら部屋を後にする。もちろんスミスも連れて行った。なんとも悲痛な叫びが聞こえて来そうだったが、確かにあのままなら一生見ていそうだ。
グスタフは移動しながらドワーフの昔のことを語ってくれた。なんでもドワーフは自分こそが世界一の鍛冶屋だと疑わない自信家が多かったらしい。別にそれだけなら良いのだが、それを拗らせてバカみたいな値段をふっかけたり、怠ける奴まで出て来たらしい。
そんな奴にトウショウの造ったこの大剣を見せてやると一発で黙り込む。そして自ら反省し、まっとうなドワーフとして一から勉強をし直すのだ。誰もがこの大剣に憧れてそれを目指して作り上げる。鍛冶屋の頂点の存在を知っていれば誰もがそれに向かって無我夢中で追い続けるのだ。
「そういえばあの大剣の名前はなんていうんですか?あれだけ立派なものなら何か名前がついていそうですけど。」
「ん?あの大剣か。そりゃ立派な名前がついているぞ。とはいえその植物のことを俺は知らねぇ。この辺りにはないものだからな。トウショウ様の故郷の花の名前らしい。名前は桜花、美しく花開き、そして美しく散る花だそうだ。一度でいいからまた見たいと何度も言っておられたよ…」
「……見ますか?桜。」
「………何?」
俺はスマホを取り出して使い魔達を出して準備をさせる。ドワーフ達にも手伝ってもらった。まずは穴を掘って準備をする。それからロープも用意させた。そこまで準備が終わったところで俺はスマホから残り1本の最後の桜の古木を取り出す。
スマホから取り出された桜の古木はまだ花が咲いていない。大精霊の時は花が咲いていたのに今回は咲いていないというのは、おそらくスマホ内の周期的に丁度花も葉も散った後なのだろう。意気揚々と取り出したのにこんなことになるとは。
まあこっちの世界では冬なので花が咲いていないのはごくごく当たり前のことだ。下手に冬に花を咲かせていたら木に悪影響を与える。そう考えたら…まあいいんじゃないだろうか。その桜の古木を丁寧に穴に埋めて固定する。傷つけないように慎重にだ。花も咲かせていないのにここで下手なことをして枯らしてしまってはどうしようもない。
「今はまだ咲いていませんが、これから雪が溶けて冬が終われば咲きますよ。綺麗なピンク色の花がね。その下で花見と言ってみんなで楽しくお酒を飲むのがこの桜を見る楽しみ方です。」
「そいつは楽しみだ。こいつが桜っていうのか。花が咲くのが楽しみだ。そんときゃみんなで集まって、パーっとやらないとな。」
そう言って実に嬉しそうにまだ葉も花もついていない桜の古木を眺める。するとなぜか続々とドワーフ達が集まり並び始めた。彼らは全員桜の古木の方を向いている。全員が並び終わったところでグスタフが深々とお辞儀をする。
「お師匠様!長らくお待たせしてしまい申し訳ありません!我らドワーフ一同、ここにお師匠様の感謝の気持ちをわずかばかりではありますが返させていただきます!」
「「「お師匠様!ありがとうございました!!」」」
どうやらこの桜の木を師匠のトウショウに見せるのが彼らの悲願のひとつだったのだろう。ドワーフ達からの深々と下げられたお辞儀は彼らの普段の行動からは考えられないものだ。そして頭を上げるとグスタフは俺の前にやって来た。
「ありがとう、本当にありがとう。これでトウショウ様も喜ぶはずだ。この一本の桜の木を大切にさせてもらう。」
「それは良かったです。ああ、それからこの桜の木なんですけどね。実はこれ挿し木で増やせるんですよ。花も散って新芽が出て来たらその枝から多くの桜の木を増やしてください。」
桜の古木は全部で3本あった。大精霊に渡したのは八重桜と枝垂れ桜。そして残っていた最後の一本は染井吉野。日本で最も多くある桜の木の一種だ。染井吉野は種をつけないのでその増やし方は挿し木か接木だけだ。
だから時間はかかるかもしれないがこの一本の桜の木から多くの桜の木を増やして欲しい。そのことを伝えるとそれはそれは喜んでいた。早速そのあたりの知識に詳しい人間を探し出すようだ。
それから数年の後、ドワーフ街から少し離れた場所にドワーフ達初めての大きな公園ができる。そこには同じ種類の木々が植えられている。普段は特別何も見るものはないが、冬が終わり春になると美しいピンク色の桜の木々が立ち並ぶ。
そこでは毎年ドワーフ達による花見と呼ばれる酒飲みが行われ、その日だけは全てのドワーフ達が仕事を休む。やがてその噂は世界各地に広がり、多くの人々が訪れる人気の観光名所となる。誰もが愛することとなるその公園の名はトウショウ公園。ドワーフ達が永遠に語り継ぎ、師と崇める偉大なる人物が愛した花を咲かせる公園。
そしてとある桜の木がひっそりと知られることとなる。誰もが愛する桜の木の始まりの一本。その一本は国宝として大事に大事に扱われることとなる。
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