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第124話 ナイトとムーンの初めての街
しおりを挟む『ムーン・最低限の知識と作法ができたので街に行きましょう。近くに知っている街があるからそこにいくよ。』
「む…だが……必要ない…」
『ムーン・あるの!ボスからナイトの冒険者登録の本登録してって言われているんだから!いいからいくよ!』
絶対に行きたくないという雰囲気をナイトは漂わせている。なんせナイトはエリートコミュ障だ。わざわざ自分から人に会いに行きたくなんてない。森の中で静かに暮らすのが一番良いのだ。だから今も駄々っ子のように襲いかかって来た大蛇の首を締めたまま動こうとしない。見事にフロントチョークが決まっている。
しかしムーンはそんなナイトに御構い無しにビシビシと行くように言う。そんな攻防は翌日、ムーンが拗ねてナイトと話さなくなったところでナイトが折れた。さすがにナイトにとって親友であるムーンに無視をされるというのはこたえたようだ。
渋々ナイトがムーンに案内されて言った場所はとある敷地内だ。そこには綺麗な川が流れている。さらに魚まで泳いでいるではないか。その綺麗な川はあまりにも綺麗に整っている。まるで誰か人の手が加わっているようだ。
「…そこにいるのは誰かね?」
ナイトは声のする方を向く。もちろんナイトは気がついていたがどうしたら良いか分からず固まってしまった。あまりに不審なナイトに周辺から殺気が漏れ出す。目の前にいる男の他に護衛が数人潜んでいるようだ。このままでは一触即発、そう思われた時ムーンがひょっこりと顔を出した。
『ムーン・こんにちは、アンドリュー子爵。ミチナガのところのムーンって言います。』
「むむ!その姿は先生のとこの使い魔の方ですな!これは懐かしい。先生はお元気ですかな?」
『ムーン・元気ですよ。今はミチナガ商会を運営してます。それにブラント国で男爵になりましたよ。』
「おお!さすがは先生だ。いやぁ…感服いたしますな。ではそちらの方は…先生のご友人で?」
『ムーン・そうです。すみません、森の中で暮らしているので人と話すのが苦手なんです。』
「そうでしたか。思わず警戒してしまいましたよ。ああ、こんなところで立ち話もなんですからどうぞどうぞ。」
そういうとアンドリュー子爵は自分の屋敷に招き入れる。一度ミチナガの友人だと分かればそこから話が弾む。主にアンドリュー子爵とムーンの間だけであるが。そして話が盛り上がればアンドリュー子爵ならもちろん始まる。釣り談義だ。
釣りの話が始まるとアンドリュー子爵は止まらない。マシンガントークのようにどこでどんな魚を釣ったかを話し出す。これにはムーンもたまったものではないが、これに意外にもナイトが食いついた。
「その魚は…食べたことがある。生で食べると美味い。」
「なんと!生で食べたら美味しいのですか…私はその時は焼いて食べましたがそんな方法が…それではミロップはどうです?30cmほどで胸ビレがとても長いやつです。色は黄色味がかった銀色です。」
「ああ、その魚も知ってる。あれは山の奥深くだと…1mほどまで大きくなる。」
アンドリュー子爵はその話を聞いて目を輝かせている。それもそのはずだ。ナイトはずっと森の中で暮らして来たのでアンドリュー子爵でも知らない魚のことをよく知っている。アンドリュー子爵にとってナイトの話はまるでおとぎ話のようだ。すでに童心に返ったような気持ちで夢中になってナイトの話を聞いている。
「そ、そんなことになっているんですか。是非とも行ってみたいですな。しかし難しいですな。私では…」
「…では連れて行こう。抱えて行っても…4時間もあれば着くだろう。」
「本当ですか!是非共お願いします!いやぁ…やはり先生のご友人と言うだけあってすごい人だ。」
なんとナイトは3日後にアンドリュー子爵とともに釣りに行く約束までしまった。この状況には思わずムーンも嬉しさで涙を流している。さらに3日間の間アンドリュー子爵の屋敷で泊まることまで決定した。今夜はお赤飯だ!
その日は日が暮れても魚について話し合い、大いに盛り上がった。そして翌日、ムーンはナイトとともに冒険者ギルドへと向かった。ナイトの表情は実に明るい。まあムーン以外にはその表情の変化はわからないのだが、ナイトが上機嫌だとムーンはすぐにわかった。
そして冒険者ギルドに到着すると全員が注目した。ナイトはそのオーラを隠しているがちゃんと見ればすぐにわかる。かなりの実力者であることが。冒険者たちは一体何者かとヒソヒソと話しているがナイトはそれが嫌らしい。途端に不機嫌、いや怯えているのをムーンは察した。
コミュ障にとって自分に聞かれないように何かをヒソヒソと話しているのはかなり辛い。絶対に悪口を言われていると確信してしまうからだ。こう言う時はとっとと終わらせてしまうに限る。受付嬢の前まで行くとナイトの代わりにムーンがやりとりをはじめた。
『ムーン・こんにちは!冒険者カードの本登録をしたいんです。』
「え、えっと…わかりました。少々お待ちください。ああ、他にご用件があるようでしたら一緒に伺います。」
『ムーン・それではモンスター素材の納品が必要なものを教えてください。』
「それではこちらをどうぞ。ではしばらくお待ちください。」
本登録までは時間がかかるようでその間に素材の納品を確認する。しかしムーンが見てもどれも低級モンスターばかりで持っていないものばかりだ。それでもすべて確認して行くと最後の最後にようやく目ぼしいものが見つかった。おそらく受付嬢が間違えて入れたものだが、それがお目当てのものになった。
その納品をしようとしたところ、冒険者カードの本登録を済ませた受付嬢が戻って来た。その顔は顔面蒼白である。その手はさらに震えている。それもそのはずだ、冒険者カードには今までどんなものを納品したか記録されている。そしてその記録によってランクが決まるのだ。その納品されたものを確認してしまったらこの反応にもなるだろう。
「た、大変申し訳ありません。本当に…本当に申し訳ありませんでした。ま、まさかS級冒険者の方とはつゆ知らず…」
S級冒険者。それはメリリドをも上回る魔王クラスと呼ばれる力の持ち主だ。しかし実際のところ、まだろくに冒険者として活躍していないこの状況で魔王クラスだ。その本当の実力はまだ上かもしれないが、それ以上はまだわからない。
しかしS級冒険者が現れたとなれば他の冒険者は先ほどまでのひそひそ声が嘘のように無くなり、皆尊敬の眼差しを向けている。なんせS級冒険者は他の冒険者の憧れだからだ。ムーンはそのことにすぐに気がついたので、胸を張って納品依頼を差し出した。
『ムーン・この素材を納品したいのですが、よろしいですか?』
「こ、これは…A級モンスター、ミツマタオロチの納品ですか…それぞれの首が別々の魔法を繰り出す恐ろしいモンスター…騎士団の一個小隊で討伐できるかと言うそんなモンスターをうちで…」
『ムーン・納品は奥でやったほうがいいですか?』
「え?…は、はい!どうぞこちらに!お、親方~!とんでもない納品ですよ!」
そのままムーンとナイトは奥の解体室に移動する。他の冒険者たちには見えないが、奥から悲鳴にも似た歓声が上がる。この国の周辺は比較的安全なのでこのレベルのモンスターが納品されることはない。だからよほど嬉しいのだろう。
しばらくして戻ってくると受付嬢は別の奥の部屋に入り、料金を運んでくる。他の冒険者は運ばれてきた大袋に思わず声を漏らす。すると受付嬢はテンションが上がってしまったのかその場で大きな声でその金額を述べてしまった。
その金額、金貨3000枚。非常に状態も良く、高値で取引されるモンスターなのでこの金額となった。しかし他の街ならもう少し買取金額が上がったかもしれない。しかしそれでもこれだけ喜んでくれるならとムーンはその代金を受け取った。するとムーンはナイトに確認と許可を得る。すると他の冒険者にも見えるように吹き出しを大きくした。
『ムーン・今日この日に多くの冒険者たちと出会えたことに感謝する。その気持ちとして今日は好きなだけ飲み食いして欲しい。全て代金はこちらが持とう。みんな楽しくやってくれ。』
ムーンのその言葉を読み取ったものは大いに盛り上がり、読めなかったものは読んだものから聞き盛り上がった。さらにその盛り上がった声を聞きつけて他の人々も集まってくる。そこからは収拾がつかないほどの大盛り上がりだ。
ナイトもどうして良いかわからないでいると様々な冒険者たちが挨拶にやってくる。それは奢ってもらった酒の感謝もあるが、S級冒険者と話してみたいという憧れもある。誰もがナイトと握手して感激している。
その日は結局夜遅くまで騒ぎ続け、日をまたぐ頃にようやくアンドリュー子爵の家に戻った。ナイトは非常に疲れた様子で、しばらくはこんなことはやらないでほしいと言われてしまった。さすがのムーンもやり過ぎたと反省していたが、ムーンはちゃんと聞いている。寝る前に告げられた感謝の言葉を。
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