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第108話 精霊の森

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 ミチナガがアラマード村を旅立ってからすでに2週間以上が経過した。あたりはかなり冷え込んでおり、いつ雪が降り始めてもおかしくはない。この2週間は大急ぎの移動で途中村に立ち寄ることもあったが、特に何をするでもなく一泊したらすぐ移動してしまった。

 マップを確認しているウィッシ曰く、目的地としている場所はここからまだ時間がかかるらしい。もしかしたら雪の降り始めまでにたどり着けないかもしれないとかなり焦っている様子だ。そんなウィッシは地図を見ながら何か考えているようだ。

「仕方ないか…おいケック。この先の横道に入ってくれ。」

「了解っす。」

「おい、ウィッシ。大丈夫なのか?」

 ウィッシが言っている横道というのはもう道とも呼べないような場所だ。馬車がギリギリ通れる限界の森の中を通過していくらしい。

「このままの道だと目的地まで大きく迂回することになる。しかしこの横道なら移動速度は落ちるが10日は縮められるはずだ。ただこれから通過するのは精霊の森だ。下手なことはするなよ。しなければ安全な森だ。」

「それって確か大精霊のいる森だよな…こんなところにあるのか…」

 精霊の森、森を破壊すると大精霊により存在そのものまで抹消されるとされる危険地帯。この精霊の森には獣道くらいしかまともな道がない。人の手によって道を作ろうとすれば、関わった人間は皆消されるだろう。

 かなり危険な場所ではあるが、ウィッシは俺たちが森に害をなす存在ではないからこのまま通っても問題ないと判断したらしい。ただしここからはゴミやたき火には最新の注意を払った方が良い。精霊のさじ加減なんて俺たちにはわからないのだから。

 馬車はケックの手綱捌きによって右へ左へと木々をかわして移動していく。ウィッシの予想では森の最深部の近くまで行くらしい。そうすることで時間を短縮できるそうだが、危険はそれなりに伴うとのことだ。

 ただ、この精霊の森は意外にもモンスターの危険度は低いらしい。というのも巨大なモンスターなど、木々に悪影響を与えそうなモンスターは全て大精霊によって消されている。だから十分マックたちだけでもなんとかなってしまうのだ。

 そして約1週間、毎日馬車に激しく揺られながら移動して行くとどうやら森の最深部まで到達したらしい。つまりここがちょうど半分の地点なので同じくらいの距離を移動すればこの精霊の森を抜けることが可能だ。

 この日も移動して行くとちょうど夕方ごろに少し開けた場所に出た。そこは大きめの池のようで、その池の中央には直径2mほどの島がある。実に風流で良い場所だ。侘び寂びを感じる。そういや侘び寂びってなんなんだろ。よくわからんけど、きっとこれが侘び寂びに違いない。

「どうせだから今日はここで一晩を明かそう。すごく良い場所だし。」

 俺の一存で今日の野営地が決まると食事をすぐに取り始めて休むこととなった。マックたちも連日激しく馬車に揺られているせいで疲れ果てているのだろう。かくいう俺のその一人なのだが、俺は基本的に馬車の中では寝ている。

 初日にスマホを使っていたら完全に酔ってしまったので、その後はやることがなくなって寝てばかりだ。そのせいで夜はあまり眠くない。部屋に引きこもってスマホばっかり弄っていたあの頃のようだな。

「しかしここは良いとこだな。写真でもとっておこ。」

 スマホでこれでもかというほど写真を撮る。そういえばもう夜のはずなのにフラッシュもなしで写真が撮れているな。不思議に思い空を見上げると大きなお月様がそこにはあった。

「こんなに大きい月はこっちきてから初めてだな。多分スーパームーンなんだろうな。これも撮っておこ。」

 そこからはまた写真を何枚も取りまくる。特に池に反射した月なんて本当に見栄えが良い。しかしそんな写真を撮ると少しこの場所に寂しさを覚えた。

「侘び寂びだなって思ったけどこの場所は少し寂しすぎるような気もするかな?あの島にこう……ああ、桜の木なんてあったら綺麗かも。月に照らされた桜なんて幻想的で絶対に綺麗だろうなぁ…」

『ほう、それはそんなに綺麗かね?』

「そりゃ綺麗さ。池の青色、満月の白銀、そしてそれに照らされたピンク色の桜の花びらが散るさま……考えただけでも鳥肌が立ちそうだ。とはいえ今の時期だと桜は咲かないか。」

 ライトに照らされたような明るさはないが、それが良いんだ。月明かりに照らされたくらいが桜の花の美しさをさらに際立たせる。そんな桜の花びらが風に舞い散るようなら、それはもう最高の芸術とも言えるだろう。……あれ?俺誰と喋った?

『そうか、それは是非とも見てみたい。』

 いつのまにか俺の隣にいる存在。それは背の高さが5mほどあり、胴回りは巨木並みに太かった。その全身は植物で覆われている。いや、植物そのものかもしれない。その見た目はまるで…

「……あなたはト◯ロ?」

『そう呼ばれたことはない。おそらく違うだろう。』

「じゃあペ◯ロ」

『それも違うだろう。人間からは森の大精霊と呼ばれておる。』

 森の大精霊。おそらくここを納めている大精霊だろう。そして怒らせると存在すら抹消させるほどの力を持った存在。しかし俺はちっとも恐ろしさを感じていなかった。むしろ心地よく感じている。森の大精霊と言われているらしいが、彼自身が森という存在なのだと感じた。

「えっと…始めまして。俺はミチナガと言います。商人です。」

『人の世の商人か。ではそんな商人のミチナガよ。桜の木というものを貰えるか?その幻想的な光景を是非とも見てみたい。』

 そうは言われても桜の木なんて持って…るかも。そういや初めて森林ガチャ回した時に桜の古木が3本手に入っていたな。それ以降桜の木は手に入ってないけどあの桜の古木まだ残っているよな。

ミチナガ『“おーい…この場合はドルイドだな。桜の古木を森の大精霊様がご所望だ。根っこごと運び出せるか?”』

ドルイド『“……傷つけないように…掘り出す…時間かかる……”』

ミチナガ『“よろしく!必要なのは2本でいいから。一本は残しておいてね。”』

 あの島の大きさなら3本全部だと多すぎる。1本でも良いが、2本くらいあったほうが綺麗だと思うな。使い魔眷属全員で掘り出しているがしばらくはかかるな。

「今用意していますので少々お待ちを。お酒でも飲みますか?」

『貰おう。酒は好きだ。』

 結構いける口らしい。体の大きさのことを考えてどんぶりに注いでも良いが、それだと雰囲気を壊す。ここはでかい盃を使うのが良いだろう。前に面白半分で作ったものがある。漆を塗れたら良いのだがあいにく手に入っていないので塗装無しの木目の出ている盃だ。

 どうせなのでそこに並々に総妖精水の日本酒を注ぐ。結構な価格だがまあいいだろう。それを大精霊に渡すと一息に飲み干した。一升瓶一本まるまる開けたのに一息で飲み干せるのかよ。やっぱでかいだけあるな。

『悪くない酒だ。だがまだまだだな。』

「これは手厳しい。まあ酒造りはまだまだ素人みたいなものなんですよ。」

『そうか。どれ、礼にこの酒をやろう。』

 そういうと大精霊の腹のあたりから丸い酒瓶が出てきた。まさかの4次元ポケット、こいつドラ◯もんか!

 その酒瓶を手渡され、俺のお猪口に注ぐ。俺にはこれくらいでちょうど良い。それを俺も同じように一息で飲み干す。

「え……すご…」

 飲み口の軽さ、これはもう水よりも滑らかで軽くするりと体に溶け込むようだ。そして香り、鼻から抜けたこの香りは1000年以上生きた大木の優しい香りだ。心が安らぎ安心する。これほどうまい酒を俺は他に知らない。これほどすごい酒を聞いたことがない。それほどの酒だ。

「こんなに美味しいのは初めてです。…もう一杯もらっても?」

『その酒瓶ごとやろう。この森にその酒の作り手がおるからいつでも飲める。』

 これほどの酒を造る存在がこの森にいるのか。凄まじいな。貴族だってこの酒を買うためなら金貨を山のように詰むぞ。それほどの一杯だった。

ドルイド『“…掘り出し……終わった。”』

ミチナガ『“じゃあ取り出すな。あ!お前も会っとけ。すごい精霊だから。”』

 俺は桜の古木2本とドルイドをスマホから出す。すると桜の古木が勢いよく飛び出してきたのは良いが、その後のことを考えていなかった。地面から掘り出されている桜の古木はそのままバランスを失って地面へと倒れだした。

「あ!やばい!」

 しかしその瞬間、地面からいくつもの植物が伸び、桜の古木を支えた。振り返ると大精霊が朗らかに佇んでいた。

『大丈夫だ。しかし本当に綺麗な花を咲かせる。これが桜か。』

 この森には桜の木はないのだろう。大精霊は桜を見るのが初めてらしい。大精霊は再び大地の植物を操り桜の古木を池の中央の島へと移動させた。すると地面が割れ、その割れた隙間に桜の古木が植えられた。

 さらに移動中に花がだいぶ散ってしまったはずなのに桜の古木は新しい花を次々と咲かせ、さらに大きく成長している。これも全てこの大精霊の力なのだろう。植物を育て、操る能力。ぱっと見ではこんなところだとは思うのだが、おそらくもっと複雑で多様な能力を持っているだろう。

 しかし今はそんなことよりもさらに眼を見張る光景がある。桜が植わったことでこの池の風景が完成した。これぞ俺が見たかった光景だ。桜は2本とも違う品種でしだれ桜に八重桜だ。それが大精霊の力によって成長し、まるで一本の桜の木のようになっている。

 しだれ桜の水面に流れるような美しさに加え、八重桜のボリュームのある花が迫力を増させている。それが月明かりに照らされ何と美しいことか。思わず息をするのも忘れてしまいそうだ。

『今宵はこの景色を肴に酒を呑もう。』

「では俺もお伴します。」

 この景色をつまみにさらに酒を呑む。うまい酒がこの景色も相まってさらに美味く感じる。ドルイドもこの景色を見たらともに酒を飲んで見たくなったようで、俺に酒をねだっている。大精霊と人間と使い魔。大きさの違う3つの影が、同じように酒を呑んでいた。

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