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第104話 旅中の風呂

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「いや本当に…すみませんがよろしくお願いします。」

「いえいえ構いませんよ。精霊様も怒ってはおられないようですから。精霊様が許したことを我々が許さないなんてありえません。」

 俺の使い魔のサラマンは結局精霊の隣に住むことになった。始めそのことを村長に話すと緊張の面持ちで様子を見るとのことだった。その後仲睦まじく何かが精霊と話しているところをみたと言うことなのでホッとしたらしい。何せ精霊を怒らせたらこの村は滅んでしまう。

 無事にすみそうなのでそのまま俺の使い魔はそこで住むこととなり、簡単な手続きだけ行っておいた。それとサラマンがいるおかげでこの村のフルーツを多少だが仕入れることが可能になった。いやはや、本当によかった。

 ただ村長に知られたくないのは精霊とうちの使い魔は決して仲良くはしていない。一方的にサラマンが話しかけて精霊はがん無視しているとのことだ。本当に怒らせないでくれよ?せっかくサラマンダーの形をしている精霊と仲良くなれたからサラマンってつけたんだから。

 そして翌日の朝、俺は村長に使い魔を頼んで出発することとなった。本当はもっとゆっくりして温泉を堪能したかったが仕方ない。急がないと雪が降り始めてしまう。

 再び馬車を走らせる。この辺りはまだ暖かいが、離れて行くと急激に気温が下がるらしい。だから防寒の用意だけはしっかりとしておいた方が良いと言う村長の助言のもと、毛布などを馬車の中に出しておいた。

 それからドライフルーツと果実酒を買っておいた。これだけ歓待してくれたのにお金を落とさずに帰るわけにもいかないだろう。マックたちに少しプレゼントしたらそれは喜んでいた。どうやらみんなかなり気に入ったらしいな。

 しばらく馬車で移動すると確かに一気に冷え込んできた。氷点下とかではないのだが、さっきまで暖かかったから気温差でとてつもなく寒く感じる。俺は毛布にくるまり暖をとる。するとマックたちはホッとため息をついた。

「なんだ?みんなもあの村から離れるのは嫌だったのか?」

「まあいい村だったけどな。そんなんじゃない。あの村マジでやばい村だわ。」

 俺以外全員がその通りだと言わんばかりに頷く。一体何をそんなに警戒していたのだろうか。温泉もあるし、暖かいし良い村じゃないか。

「あの村はな、村人全員がまるで戦ったことのないようだった。普通は自警団くらいいるもんだ。村の周囲を囲む柵だって作りが甘い。あんなんじゃモンスターの襲撃に耐えられない。間違いなくあの精霊が村を守っているんだ。」

「そうなのか。だけどそれがなんでそんなにやばい村なんだ?」

「今、温度の変わり目があっただろ。そこがあの精霊のテリトリーの境目だ。下手に村人に暴力でもふるってみろ、あの精霊の餌食になるぞ。精霊にとって何がアウトかセーフかなんて人間にはわからない。果物を勝手にもぎっただけで餌食になる可能性もあるんだぞ。」

 俺は全く気がつかなかったが、マックたちは村に近づいた時から誰かに監視されているような感覚を覚えたらしい。そしてその監視している相手が精霊だとわかってからは怒らせないように気を張り詰めていたらしい。

 それに村の周囲に全くといっていいほどモンスターの気配がなかった。普通は弱いのが数体は居るらしい。どんな方法かわからないがモンスターは全てあの精霊に狩られて居るらしい。

「貴族がよく来るって言うのもよくわかるぜ。あそこなら暗殺に警戒する必要もない。下手なことをしたら精霊に殺されるからな。おそらく貴族の会合なんかによく使われるんじゃないか?」

 そんなにすごい場所だったのか。俺はごくごく普通に満喫していたんだけど。だけどもしも俺が変な行動をしていたら死んでいた可能性もあるってことか。俺の使い魔がちょっかいかけているけど大丈夫なのかな。

「あ、もしかしてマックとナラームがついてきたのってそれでなのか?」

「半々だな。果物にも興味があった。それにこちらを監視している精霊にも興味があったからな。弱っているか聞いたのも、いざという時戦うことになったら勝てるかどうかの算段をつけるためだ。まあ弱っていてもあのレベルは手に負えるはずもないがな。」

 ウィッシの見立てでは実力は魔帝クラス、それも上位らしい。ナラームがついてきたのは昔の盗賊の感からすぐに害をなすかどうかの見極めらしい。ナラームの感覚から言うと無関心に近いらしい。すぐには影響がないので放っておくのがベストだと言うことだ。そういった細かいことちゃんとしているんだな。

「それにしても魔王とか魔帝クラスって一体なんなんだ?どうしたら魔王クラスになれるとかそういう事、すっごい今更だけどよくわかってないんだよね。」

 あまりにも今更な質問をされマックたちからため息が漏れる。だけど仕方ないじゃん。前にルシュール様に聞いたときは魔神はとんでもなくやばいみたいな話だったし。すると時間もあると言うことでウィッシの勉強会が始まった。

「いいか、魔王クラスなどの見極めはたった一つの要因だけだ。それは世界への影響力。その人間がどれだけ世界に影響を与えるかと言うのが重要なんだ。」

「世界への影響力か。でも魔王クラスの強さとか言うじゃん。それはいったいなんなんだ?」

「世界への影響力はいくつかの考え方がある。簡単なのは潜在的か顕在的かだ。顕在的は例えば国を治めている神龍や勇者神などの魔神のことだな。常に多くの国に影響を与え続けている。しかし一般的にやばいと言われているのは潜在的。ほとんど何もしないので普段は世界には影響を与えない。しかし一度暴れれば世界に多大なる影響を与える。これは神剣や神魔のことだ。」

 潜在的な魔王クラスや魔帝クラスなどは主だって活動すれば十分上のクラスに上がることもできるらしい。つまり誰にも知られていない魔王クラスなんかは実質魔帝クラスの実力を持っていると言うことだ。だから潜在的な魔神クラスというのは他の魔神を超えるだけの力を持っていると言われている。

「あれ?けど世界への影響力ってことは強くなくても魔王クラスになれるってことか?例えば…国王とか…商人とかも。」

「国王で魔王クラスの人間は割といるぞ。ブラント国の王も魔王クラスのはずだ。商人ではなかなか難しいな。だけど何人かはいる。しかしこの辺りはまた少し考え方が違うんだ。」

 戦う力はないが世界への影響力がある人間の場合、少し考え方が違うらしい。そういった場合はその人間がいなくなったら世界にどれだけの影響を与えるかで考えるのが一般的らしい。例えば商人の場合、その人間がいなくなったらどれだけ市場が混乱するかで考えられる。

 しかし商人の場合、いなくなっても他の誰かが成り変われるので魔王クラスに上がるのは難しいらしい。その人間が国ひとつの市場を全て牛耳っており、その人間がいなくなるとその市場を回すだけのシステムが崩壊して多くの人間が死ぬとかになると魔王クラスとかになれるらしい。

「なるほどなぁ…つまり魔王クラスだからって強いとは限らないってことなんだな。」

「まあ弱い場合も確かにあるが、基本は強いから絶対に喧嘩売るなよ。お前なんてスライムにも負けるんだからな。」

 どっと笑いが起こる。人のことバカにして笑いやがって…だけど事実だから反論はできないな。まあ魔王クラスだろうが魔帝クラスだろうが俺じゃあどうしようもないんだから関係ないんだけどね。



 それからしばらく道なりに進むとウィッシが森の中を通り抜けようと提案してきた。なんでもこのまま道なりに進むと大きく迂回することになってしまうとのことだ。あまり使う人はいないが森の中に馬車が通れるくらいの道があるので、そこを行くと最低でも半日分は時間が稼げるということだ。

 そこまで危険な場所でもないらしいので、ウィッシの言う通りの道を進むこととなった。なかなかの悪路だが時間が稼げるのならばそれも我慢しよう。馬車酔いにならないようにドライフルーツを噛みながらスマホを操作する。こうすることである程度は酔いにくくなるのだ。あ、でもやっぱり気持ち悪い。遠く見てよ。

 その日は大きな街道には出ることができず、途中の森の中で一夜を明かすこととなった。横には小川が流れており、なかなか良さげな場所だ。マックたちは周辺の安全を確認している。俺は食事の準備をしているのだが、今日は少し汗をかいて肌がベタついて嫌な気分だ。

 あのアラマード村を出るまで暖かかったので少し汗をかいてしまった。そのあとも冷えてきたからと毛布にくるまっていたせいでさらに汗をかいている。昨日入ったお風呂が恋しい。昨日は貸切ではなく村人たちと大勢で風呂に入った。ワイワイしてそれなりに楽しかった。

 また今日も風呂に入りたい。良い風呂に入ってしまったせいで風呂欲が高まってしまった。そういえば親方に頼んで、でかい木の桶を作ってもらっていたな。そこにお湯だけ入れてしまえば良いと言う話だった。

ミチナガ『“親方、風呂に入りたいんだけど風呂桶できてる?”』

親方『“できるっすよ。用意しておくっすね。”』

 すぐに親方はスマホからでてきて風呂桶を置く場所を選定している。風呂桶にお湯を入れたらかなりの重さになるので、ちゃんとした場所に置かないと風呂桶が壊れる可能性もある。しばらく場所を選定したのちに風呂桶を設置した。あとはお湯を入れるだけだ。

ミチナガ『“じゃああとはお湯を入れるだけだな。とりあえず飯にするからまた後で頼むわ。”』

 その後マックたちが周辺の安全確認から戻ってから食事にした。食事の際に今日は風呂に入れることを伝えると割と軽く返された。そもそもそんなに風呂に入る習慣はないので汗さえ拭ければ良い。警戒が必要な森の中ではあまり入る気がしないとのことだ。

 なんともつまらない反応なので、俺だけ勝手に入ることにする。そろそろ食事も終わりそうなので親方にお湯をお願いする。するとマザーから連絡が入った。

マザー『“現在サラマンが入浴中、そこからお湯を移送することが可能です。”』

ミチナガ『“え?それってもしかしてあの硫黄の温泉?”』

 まさかまさかのサラマンのやつ温泉に入りに行っているらしい。しかもすでに3時間は入っているそうだ。あの野郎、まさか温泉を気に入ってあそこに拠点を作ったんじゃないだろうな。ふつふつと怒りがこみ上げてくるが、サラマンが風呂に入りに行っているおかげで温泉を引くことができそうだ。

 あそこは源泉掛け流しなので、多少お湯をもらってもなんの問題もない。早速お湯を供給し始める。サラマンの眷属を一体こちらに召喚して、本体と繋げる。そして本体がお湯を口から収納し、眷属がそれを吐き出す。完全な源泉掛け流しの露天風呂だ。

「では早速…あ、少しぬるいな。風呂桶を温めるので熱が持って行かれたか。もう少しそのままお湯を注いでくれ。」

 俺が入っている間も定期的にお湯が供給される。他の使い魔たちも入りたいようでどんどんスマホからでてくる。湯船いっぱいに使い魔たちが浮かんでいる。なんか湯船に柚子を浮かべているみたいだな。色が白いから全然違うけどね。

 風呂に入りながら鼻歌を歌う。マックたちは呑気なものだと苦笑いをしている。俺だけこんな風に満喫しているとさすがに心苦しいので、マックたちには果実酒を渡している。まあ見張りをしているので、あくまで酔っ払わない程度に嗜むくらいだ。

 こうしてのんびりできるのもマックたちのおかげでもあるし、アラマード村に拠点を作ったサラマンのおかげでもあるな。精霊と仲良くなっておしゃべりして……。あれ?おしゃべり?

ミチナガ『“そういやお前らって声出ないよな。どうやって精霊と会話をしているんだ?”』

サラマン#4『“えっと……なんとなく?的な…”』

ミチナガ『“……マザー、説明よろしく。”』

マザー『“精霊は声を持ちません。その代わりに相手の魔力や意思を読むことができます。それにより言語以外のコミュニケーションができるようです。”』

 なるほどなるほど…つまりはすごいってことだな。まあなんでもいいや。そんな難しいことは風呂に入りながら考えることじゃなかったな。今はこの風呂を満喫しよう。

 そう思いそこらへんをなんとなく眺めていると正面の茂みが揺れ動き、血を滴らせる巨大な男が現れた。

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