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第103話 火の精霊
しおりを挟む翌朝、寝ぼけ眼をこすりながら用意された服に着替える。汚れても問題ない作業用のツナギだ。着替えるのが楽なので寝ぼけたまま着替え終わり、場所を移動する。マックたちはみんなまだ寝ている。起こさないように行こうと思ったのだが、ウィッシとナラームが起きてきた。どうやら二人も興味を持ったらしく着替えてついてきた。
「二人ともこういうの興味あったんだ。」
「俺は甘いのは好きだからな。しかしナラームが興味を持つのは珍しいがな。…言っとくが盗むなよ?」
「おいおい、こんな所で盗むわけがないだろ。まあ金の匂いがするのは確かだけどな。俺も気に入ったのがあるんだよ。酔っ払っててどんなのか覚えてないけどな。」
すでに二人もハマったのか。残りの3人はどうかわからないけど、まああれだけ飲んでいたからハマっている可能性は高いな。そんな二人を連れて移動する。場所は昨日の露天風呂のある建物の近くだ。風呂から硫黄の香りが漂ってくる。二人は顔をしかめているのでどうやら苦手なようだ。
「それではこれから農場にご案内いたします。はぐれてしまっても困るので必ずついて来てください。」
集合場所にいた彼は農場長らしくこの農園に関することならなんでもわかるとのことだ。少し歩くと急な階段が現れた。窪地に向かってガクッと落ちているようだ。そんな階段を降りて行くと徐々に温度が上がって行く。気分は春頃だ。薄手の長袖で十分なほどの暖かさだ。
しかしそこからさらに降りて行く。するともうそこは真夏だ。今すぐツナギを脱いで半袖半ズボンになりたい。しかも湿度も高いので蒸し暑い。ウィッシもナラームも嫌そうな顔をしている。しかしそこまでくると周囲は平地になり様々な木々が育っている。
「右手にあるのはバナンという果物です。今はまだ緑ですがこれから徐々に黄色く変化していきます。その隣には…」
これはバナナだな。木からなっているところは初めて見た。ものすごい房の数だ。一体何百本のバナナがついているのだろう。それに一本一本が長い。一番長いのでは50cmはあるんじゃないか?俺が知っているバナナとは少し違うようだ。
その後も呼び方は違うがマンゴーにココナッツ、ドラゴンフルーツにスターフルーツなどが育っている。それ以外にもよくわからない真四角の黒い果実、これは熟れると白くなるらしい。それからなぜか浮いている果実、これは熟れると空まで飛んで行くらしい。冷えると落ちてくるとのことだ。この村では上空の気温が低いため収穫が楽なのである意味名物となっているらしい。
このように魔法のある世界ならではのフルーツも盛り沢山だ。収穫期はこれからなので食べられないのが実に残念だ。これらの果実の収穫期は冬から春にかけてらしい。一部例外はあるとのことだが、冬場が収穫期というのは珍しい。
「しかしなぜここはこんなにも暖かいのですか?」
「ここは火の精霊の住む場所なのです。本来火の精霊は火山に多く生息しますが、ここにはとある経緯から火の精霊が住みついているのです。そのおかげでここはこんなにも暖かいのです。代わりに夏場は暑すぎるのですがね。だから収穫期は冬場が多いんです。」
暑すぎても作物の育成には支障をきたすっていうわけか。それにしても精霊か。前に確かルシュール様から聞いたな。えっと…精霊は肉体を持たない魔力の塊で、モンスターにも似た部分がある。しかし基本的にモンスターのような凶暴性はなく、非常に温厚だ。その一生は自然に帰属している。
例えば一本の木に宿った精霊の場合、遠くに移動することなくその木の周囲に必ず存在し、その木が枯れると共にその一生を終える。精霊の宿った木に攻撃を仕掛けるものには容赦無く攻撃を行う。それが人であろうがモンスターであろうが関係ない。
ただ人やモンスター、虫や動物がその木の実を食べたりしてもなんの問題もない。あくまでその木の命に関わるようなことをした場合に攻撃してくるとのことだ。そして重要な部分、それは精霊がとんでもなく強いということだ。最低でも魔王クラスの実力はある。その上の大精霊と呼ばれる存在になると魔神と同等の力を持つとのことだ。
一番有名な大精霊は精霊の森と呼ばれる場所にいる。基本的になんの害もなく、ごく普通に入ることも可能だし、森の恵みを収穫したり、木々をある程度なら伐採しても問題はない。しかし一定以上の害をもたらしたり、木々をなぎ払い、森を焼くと大変なことになるらしい。
なぜらしいと言ったか、それはその事実を知る人がいないからだ。かつて森に進行しようとした大国があったらしいが、森に進行したという記述を最後に消えている。文字通り本当に消えているのだ。昔のことらしいがそんな大国はなかったという説まである。
ただルシュール様がその森に入った際にかつて人が住んでいたかもしれない痕跡らしきものがあったらしい。それがその大国のものかどうかは不明だが。
そしてそんな精霊がいると周辺にその影響が出るとのことだ。木の精霊がいればその周辺の木はよく育つし、今回のように火の精霊がいれば周辺はこうして暖かくなる。つまり精霊に愛された土地ってことだな。
「ちなみにそのとある経緯というのは聞いてもよろしいですか?」
「ええ、みんな話したいくらいですから。かつてこの土地で魔神の、火神の継承が行われたんです。当代の魔神とその座に挑戦する者との戦いです。あまり周囲に被害を与えないように戦いは行われましたが、それでも現在まで残っているこのクレーターを作りました。そして挑戦者が勝利し、新しい火神の魔神となりました。その時勝った男はアラマードといい、そのままこの村の名前になったのです。」
その戦った時に放出された魔力がこのクレーターの中心部にたまりそこから精霊が生まれたそうだ。大精霊並みの魔力を保有しているとされるその火の精霊は現在もこうして周囲に熱を振りまいているということだ。
この世界にはこう言った土地は他にもあるらしい。ただ魔力の質が似通っていないと精霊は生まれずにただの魔力だまりになりモンスターが湧き出る大地となる。それに魔力がたまりやすいようにこうしてクレーターができないといけないらしい。意外と条件の必要なことなんだな。
「さらに熱くなりますが奥へ進みましょう。精霊様を見られますよ。」
案内されるまま歩いて行く。その暑さはもう異常だ。まるでサウナの中にいるようだ。それでも我慢して歩いて行くと周囲の木々は一切なくなり、足元はガラス質な土になった。そして熱気で空気が歪むその先に赤く燃えるトカゲのような生物がいた。
「あれが精霊様です。普段から眠っていることの多い温厚な精霊様です。」
「形態はサラマンダーか。サラマンダーの形のものは活発だと聞いたことがあるが、もしや弱っているのでは?」
ウィッシがそんな質問をする。あとで聞いたのだが精霊は基本的に決まった形を持たず、様々な姿形をしているらしい。そしてその姿によって性格や行動が決まるとのことだ。他にも魚や鳥などの姿をした精霊もいるということだ。
「いえ、元々ここは寒い土地なので精霊様にとってはこの温度でも寒いくらいなのです。ですから冬眠という形をとっているようです。真夏になると少し動くこともあります。ですがあまり動かれると作物が焼けてしまいますから。ではそろそろ戻りましょう。ここに長くいるのはさすがに辛いですから」
そう言い戻り始める。俺はすでに暑さでやられて頭がクラクラする。そんな中俺のスマホを持って使い魔の誰かが精霊の元に近づいていった。しかし俺は頭が朦朧としているためそんなことを気にもかけずに歩いていった。
その後、さらに農場を案内するという話だったのだが、俺が暑さでやられてしまったので一度休憩を取ることとなった。暑いならということで昨日の温泉のある建物の2階に移動した。そこは薄着では震えてしまいそうなほど寒い。
なぜこんなにも寒いかというとこの周辺の低い土地はこの精霊の熱気が漏れ出しているおかげで暖かいらしい。しかし2階に進むとその熱気が届かないので本来のこの土地の気温になるということだ。
「しかし本来熱気は上に登るでしょ?なぜここは熱気が上がってこないんですか?」
「諸説あるようですが、おそらく精霊様は自分が寒くならないように熱気に魔力を込めて熱気が登らないようにしているんだと思います。火の精霊なので寒いのは苦手ですから。」
自分の過ごしやすい環境を自分で作っちゃうのか。まあそれだけ強い力があればできちゃいそうだよな。そんな話をしながら時間もちょうど良いのでその場で昼食となった。食事をとっているとスマホを持った俺の眷属がやってきた。
「あれ?お前確か…まだ名前つけてないやつの眷属だな。あ!俺のスマホ!勝手に持って行くんじゃないよ。まったくもう…あ、なんか通知きてる。」
『精霊力を入手しました。実績を解除します。』
『精霊力が規定値を超えました。実績を解除します。レシピを解放しました。』
「な、何事!?」
スマホを確認してみると新しく課金できる項目が増えている。畑の一部を南国の気候に変えることのできる能力だ。それに森林アプリでも熱帯の樹木という項目を解放することができるようになったらしい。早速それに課金…と行きたいところだが…
ミチナガ『“これ課金したら大変なことになるよな?”』
マザー『“おそらく一つにつき3%~5%の力を消費するかと思われます。それから別の内容ですが使い魔の一人が精霊の元に家を建て始めております。それによる精霊の怒りを買うことはないので問題はありません。”』
「な、何してんのぉ?」
ミチナガたちが精霊の元をさってすぐの頃。使い魔は精霊の元にたどり着いていた。
名無し『“こんにちは!”』
『…』
名無し『“あなたの力を少しもらっても良いですか?”』
『……※※…』
名無し『“ちょっと待ってくださいね。今翻訳できるようにしますから。…もう一度お願いします。”』
『好きにしな…』
名無し『“ありがとう!それとここに住んでもいいですか?横に家建ててもいいですか?”』
『……勝手にしな…俺は眠いんだ……』
名無し『“ありがとう!これからよろしくね。”』
あとでこの使い魔はミチナガに勝手な行動をして家を建てたことをこっぴどく怒られ、スマホを持っていったことを怒られ、勝手に課金して翻訳言語を増やされたことを怒られた。しかし精霊の隣人になったことはちょっと褒められた。
その後、精霊の隣人となったこの使い魔はサラマンという名前をつけられ、しょっちゅう精霊に話しかけて精霊から面倒くさがられることとなった。眠いからと許可を出した精霊はその後、しばらくこのことを後悔することとなってしまった。
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