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第95話 活気の案
しおりを挟む翌朝早々に俺は生クリームを作っているという店に向かった。ミミアンに場所はしっかりと聞いて来たから道に迷うこともない。それにこの国のマップは完全に埋まっている。初めてこのマップアプリのナビシステムを使える気がする。
このナビシステムはマップが埋まっている状態じゃないと使えない上に課金要素だ。金貨100枚で使えるようになるのですでに課金しておいた。さらにマップの3D化もできたのでこれも課金しておいた。ほぼ使うことないとは思うけどそこに課金があるのなら課金するしかないでしょ。
マップのナビ通りに進むと立派な店が見えて来た。どうやらここが生クリームを作っている工場兼店舗らしい。中に入ると商品が並んで…ということはないようだ。でかい普通の玄関だ。声をかけると奥から女性店員が現れ応接室に案内してくれた。
案内された応接室はきらびやかで庶民が立ち入るような場所ではないように思えた。そう言えば生クリームは貴族の食べ物で一般庶民は口にすることはないとミミアンが言っていた。
生クリームなんて食べなくても全く問題ない。それに日本だって昔はケーキも生クリームじゃなくてバタークリームだった。生クリームがここまで主流になって来たのは1990年代からじゃないだろうか。
そもそも生クリームは作るのが大変だ。牛乳1リットルから100mlも取れない。牛乳の鮮度も関係してくるし下手をすれば乳脂肪が固まって俺みたいにバターが出来上がってしまう。そういや牛乳を煮詰めて作るクリームもあったような…後で試しに作ってみるか。
「お待たせいたしました。ここの店主のファミルです。此度はこの国の英雄と言われるミチナガ様に出会えて感激でございます。」
「初めましてファミル殿、そのように思っていただきこちらしてもうれしく思います。」
物思いにふけっていたらいつの間にか来ていた。少しうろたえたがそれを態度に表すことなく捌き切れた。これもカイとの戦いの影響かもな。ファミルと名乗ったここの店主は随分と丸っこい体型をしている。というかほぼ球体だ。とりあえずなんてことない世間話に興じてから本題に入った。
「それで今日は生クリームを買い付けたいのですが…まあこの状況ですからあまり多くは求めません。1リットルほどで構わないので売ってはもらえませんか?」
「残念ですがそれはできませんな。この店は王国御用達、貴族でも名のある方々にのみ販売させてもらっています。」
うっわぁ…お高くとまりやがって。しかしそうしてブランドという付加価値をつけているからこそこうして経営が成り立っているのだろう。引き下がってもやはりブランドイメージのためには売ることはできないらしい。
「しかしここまでお願いされて何もせずに帰すわけには行きません。ちょうど試作品があるので食べていかれますか?」
「ありがとうございます。是非とも堪能させてください。」
そういうとすぐに女性従業員が生クリームケーキを持って入って来た。ケーキに生クリームがふんだんに塗られている。久しぶりにこの量の生クリーム見たな。というか生クリームだらけでケーキが見えない。まさかとは思うけどこれ生クリームだけじゃないよな。
試しに一口食べてみる。すると口の中に生クリームの甘さが広がり、広が……
あ、甘すぎる。それにこの生クリーム妙に脂っこい。おそらくかなり高脂肪の生クリームに大量の砂糖が入っているのだろう。一口食べただけで気持ちが悪くなって来た。後これなん口分あるんだ?
「どうですかな?最高のクリームを使い、ふんだんに砂糖を入れたこのお味は。一般庶民が食べられる味ではないでしょう。」
「え、ええ。一般庶民では食べられない味です。」
というかこんなの誰が食うんだよ。頭まで砂糖漬けになってんじゃねぇか?しかも俺の受け答えになんだかすごいご満悦だし。おそらくだけど商売敵として俺にマウントを取ろうとしているのだろう。そんなマウントを取ろうと思っても正直こんな店に負ける気がしない。
その後ベラベラとファミルの自慢話が始まった。この店はいつから始まっただの、国王にも買い付けてもらっただの、こんな最中でも貴族の使いが買い付けに来るだのそれはまあ色々と喋り倒してくれた。そして満足したと思った頃合いを見てなんとか逃げ帰ることに成功した。
しかし一番辛いのはおしゃべりを聞くことではなくどうやって生クリームケーキを食べきるかだった。店から出たら急いでお茶でクリームを洗い流した。マジで吐き出すところだった。失礼がないように食べきったけど文句を言いたくなる味だった。
それと生クリームの製法を知りたかったけれどそれを知るのは難しいか。試しにジャギックのところに行ってみるか。ジャギックは城に配置されている魔道具の設計にも関わったことがあるらしいし、なんかしらかのヒントを得られるかもしれない。
「わしは知らんが知っとるやつを知っとる。気難しいやつじゃからわしの方で聞いておこう。」
「本当ですか!ありがとうございます。」
まさかまさかの大当たり。ジャギックはそれなりに顔が広いようだ。話を通して作成も可能ならばその費用次第では作成もしてもらおう。というか最初からジャギックの元に来ればよかった。
無駄な時間を過ごしたもんだ。まあいつまでもそんなことを思っていても仕方ない。この話はそこで終わり、話は昨日の村人たちの市場の話になった。
「そうか、面白いものが見つかったようで何より。それで何か面白いことは思い浮かんだか?」
「まあ…多少はって感じですかね。ですがなにぶん資金が乏しくて。大掛かりなことをするとなるとある程度国からの援助もないとやっていけないですね。」
俺の物資のおかげで餓死者は出ないだろうが貧困にあえぐものは多くなるだろう。とにかく金だ、多くの金を市井に出回らせなくてはいけない。しかしその金がないから困ったものだ。そんなことで頭を悩ませているとふとあることを思い出した。
俺の考えがうまく当たっていればこの国の状況もなんとか打開するかもしれない。俺はジャギックと別れ急いで王城へと向かった。普通ならばちゃんと話をつけなければ王へ謁見することは不可能なのだが、なんとか重要な話だと無理やり謁見することができた。これもこの国で俺という存在が重要視されているおかげだろう。
王は俺の突然の訪問にもかかわらず仕事の手を止め、話を聞いてくれた。俺の可能性と憶測だけの話を熱心に聞いてくれた王はしばらく思案にくれた。答えは明日にでも聞こうかと思ったが、すぐに返事が返って来た。
「お主の案は十分信用できるものだ。しかしそれにはいくつかの問題点がある。それを解決するのにわしの力も必要ということだな。失敗すればお主、ただでは済まんぞ。」
「商売において失敗や代償は付き物ですよ。覚悟はできています。それにうまくいけばこれほど大きな儲け話はありませんから。」
俺がニッと笑うと王もそれに応えるように笑う。王はすぐに必要な書類を揃えさせ、準備に取り掛かる。ことを起こすのはなるべく早い方が良い。思い立ったが吉日と言う。遅くなったって良いことなんてない。
「それではこれが紹介状だ。怪しまれぬように他の貴族からの紹介状ということになっている。わしの名前は出すなよ?もう一つの封筒にその貴族の情報が入っておる。頭に入れておけ。それからこちらの用意が出来次第お主の特別爵位を取り消して正式に騎士の称号を与える。」
「ありがとうございます。早速明日にでも行ってみます。こういうのは使いを出さない方が良さそうですから。」
しかし王もいざという時の準備が良い。こんな時のためにいつでも使える貴族の紹介状を予備として持っているのだ。王からの指令では問題があることもあるのだろう。王としてまだまだ俺の知らないことが多くあるのだろうな。
さて始めよう。やっと俺らしくなって来た。商人としてこの国を立て直せるだけ立て直してやろう。そしてさらに儲けてやろう。
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