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第94話 さらなる活気への糸口

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 翌朝、多くの人々が店へ押しかけるのを見ながら俺は店を出る。すでに従業員達には俺が出かける話は通してあるので問題はない。というか俺がいなくても十分問題なく商売ができているので俺の必要性はない。それに何か問題が起きれば使い魔を通して話がすぐにくる。

 俺は早朝から睡眠薬を貰いに行く。しかしこの国を救ってくれた俺が薬局などの医療機関に通っていることが知られると変な噂が立ちかねない。だから俺は医療機関に行くのは少し難しい。それとこの国には普通の医者などはいないようだ。

 それがこの世界か国だけなのかわからないが医者という分類の職業はだいぶ曖昧になっているらしい。なんせ大抵の怪我や病気は自身の魔力で自然回復されて行く。だから特別な病気や毒、欠損などの怪我でもない限り医者の必要はない。

 だからこの世界の医者の役割は神官が担っている。体を癒すというのは神聖なものであり特殊な技術が必要な場合もある。そういった技術や知識を教えるのは全ての人に公平にというわけにはいかないらしい。

 そんなことらしいので俺が向かったのは神官の元ではなく魔道具を取り扱っている店だ。この世界では睡眠薬ならば魔道具と同じ扱いをしている店がある。まあ相手を眠らせるというのは戦闘において役に立つ。

「おお、ミチナガか。もしや薬がなくなったか?」

「おはようございますジャギックさん。もうすぐなくなるので多めにお願いできますか?」

 俺が来たのはジャギックの魔道具店だ。ジャギックは高齢というだけあって人生経験が豊富で様々な知識を持っている。睡眠薬のような薬の調合はちゃんとした知識がないと返って毒になる。

 その点ジャギックの調合した睡眠薬は実に良い効果が出ている。すぐに効くし、いつまでも薬が残って体がだるくなることもない。

 ジャギックはすでに薬を調合しておいてくれたのか引き出しから大量の睡眠薬を取り出して来た。100錠以上の睡眠薬を用意しておいてくれた。これで当分薬を買う必要がなくなる。すぐに会計をすませると世間話に興じる。

 現在魔道具店はどこも休業中が多い。なんせ商品となる魔道具は兵士に回収されている。それの返却も徐々に始まっているようだが無理やり押収したため、どこから何を押収したかの書類を作成していない。だから返却はかなり難航しているとのことだ。

 そんな中ジャギックは薬の調合で細々と生計を立てている。まあ別に無理して生計を立てる必要もない。今回の騒動で仕事がまともにできなくなった人々にはしばらくの間の生活の保障を国でしているので無理やり働く必要がないのだ。

 ジャギックがこうして働いているのはほとんど趣味だ。まあそれでも薬が欲しい人が少なからずいるので需要はあるらしい。俺のようにまともに眠れなくなってしまった人も多いようだ。冒険者ギルドでは連日睡眠薬の材料や薬草などの素材採集依頼が何件も来ている。

「しかし全品半額とはお主は思い切ったことをするな。おかげで多少は活気が戻ったと言えるがな。」

「まあ多少は思惑があるんですよ。しかし今ここまでの道中を見る限りうちの商品半額で取り戻した活気も一過性のもので終わりそうですね。」

 せっかく俺が盛り上げたこの活気も明日の半額最終日が終われば元通りに戻ってしまう。せっかく俺がつけた活気という火を消してはいけない。この火をさらに燃え上がらせる必要がある。そのために必要なのは仕事だ。

 現在この国には金が足りていない。だから仕事を生み出し、金をばら撒く必要がある。しかしその仕事もなければ金もない。俺も金を撒けば良いのだろうが俺の持っている金はこの国で儲けた金なのでばら撒いたところでそこまで大きな効果はない。

 何かこの国独自のもので他国に売れるものがあれば良いのだがなかなか難しいだろう。そんなものがあればこの国はもっと栄えている。試しにジャギックに何か面白そうな場所はないか聞いて見ると大通りから少し外れたところが今面白くなっているらしい。どうせこの後は予定がないので試しに向かうことにした。



「なんだこれ…」

 そこは大きな広場になっているようなのだが、今は多くの人と家畜で埋め尽くされている。おそらく、いや間違いなくそこにいるのは周辺の村々の人々だ。聞き込みをして見ると誰もが飼いきれなくなった家畜を売りに来たらしい。

 なんでも今回の一連の騒動で家畜の飼料が足りなくなってしまったとのことだ。牧草を刈り終え、これから集めて牧草ロールを作ろうとしていた矢先のカイの洗脳だったため牧草がダメになってしまったらしい。

 ある程度の量はあるが以前と同じ頭数の家畜を飼育することが困難になってしまったのでせめて金にしようとこうして売りに来ているようだ。それに彼らも洗脳時に多くの金を使ってしまった。多少でも金を稼いでおきたいのだろう。

「乳牛に肉牛もいるな。値段が高いのは肉牛か。まあ肉牛ならそのまま肉にして売れるもんな。乳牛は…牛乳を絞ろうにも育てていく餌がないもんな。あ、向こうには羊もいんじゃん。」

 いろんな家畜がいるな。買っていきたいところだけど飼う場所がない。俺が今持っている家畜飼育場所は1つだけだし、全て鶏で埋まっている。場所を増やそうにも材料ないしなぁ。とりあえず今日はシェフにルシュール領で木材の買い付けを行わせているのでそれが片付き次第だな。

 とりあえずで店を回りながら珍しそうな種などを買っていく。しかしなんというか…これといったものがないな。面白みがない。そんな中一軒の店が目に入った。その店は他の店とは少し違ったものが売られているようだった。

「随分と他のとことは違うものが売られているな。なんでなんだ?」

「うちの村は温泉が昔っから湧いていてね。その影響で1年中暑いから他じゃ育てられないものを多く作れるのさ。色々あるから見ていって。」

 よく見てみると確かに南国系の植物が多いような気がする。なんでも農地として使っている場所は盆地で熱がたまるらしい。それでも南国のようにあったかくなるのは少しおかしい気もするが火の精霊が好む場所らしく気温が下がらないらしい。精霊やらなんやらはよくわからん。

 商品は割と売れてしまったようで果物系はほとんどなかった。もともと痛みやすいものなので限られた量しか運べないとのことだ。村の位置はこの国から英雄の国に向かう方面なので、旅の道中に必ず寄ろう。

「それとなかなか売れないけどいい香りのする豆があるんだ。よかったらどうだい?」

「豆?…随分とどす黒いな。けど確かにいい香りが…あれ?これなんの匂いだっけ?」

 豆と言われても正直ピンとこない。見た目だけで言えば…真っ黒な耳かきって感じだ。あの竹とか木材でできているやつ。しかし確かに良い匂いがする。この匂い…なんだっけ。すっごい好きな匂いなんだよ。こう…夏って感じ。

「豆…ビーン…ビーンズ?…!!バニラビーンズか!そういやこんな感じって聞いたことあるな。匂いも間違いなくそれだよ!」

 バニラビーンズ、よくアイスで使われているあれだ。バニラアイスのバニラの部分だ。そりゃ夏を思い出すよ。お高いからなかなか食べないけど。確か地球だと一部の国じゃないと作るのが困難らしい。花粉を媒介するバニラ専用の虫がいるし豆を発酵させたりするのが必要なので大変だということだ。

 日本でも作っているところはあったと思うけど…確かバニラって年々値上がりして銀と同じ値段…それよりも高いって聞いたことあるな。緑の豆の時は見た目ただのインゲン豆なのに発酵させて黒くなると1本1000円とかだもんな。

「これ1本いくら?」

「1本?売る時は袋で売っているんだ。この小袋一つで銀貨5枚のところを…お兄さんなら銀貨3枚でいいよ。」

 やっす。一袋15本くらい入っているぞ。そんな値段でいいのかよ。もうここにあるだけ買っちゃうか。壺が2つはあるから…1壺300本入っていると考えて金貨6枚か。全部で金貨12枚か。よし買おう。

「ん?…あ!お前さん確かあのカイの野郎をぶっ殺してくれたあのミチナガさんか!す、すまねぇそんな恩人にふっかけた値段をつけて。本当は銀貨1枚です。い、いや詫びの気持ちもある。2袋銀貨1枚でどうですか?」

「え?…あ……ごほん。そんなに安くしてもらわなくて良い。これは君たちが一生懸命作ったものじゃないか。この香りが気に入ってね。今あるだけ買わせてもらいたい。そこの2壺で全部かい?」

 あともう2壷ほど持って来ているとのことなので全部買い取ることにした。代金として金貨20枚を払うとそんなにもらえないと言われたが、そんなに安く買うのが忍びないので金貨20枚で買い取った。何かお礼をしたいとしきりにいうのでそのうちその村に寄るのでその時はよろしくとお願いしておいた。

 その後も買い物を続け、夕日が辺りを照らし始めた頃にうちに帰った。今日も多くのお客が店にかけつけていたのでこっそり裏口に回り中へ入っていった。店の中は喧騒ですごい。店員たちの顔には明らかに疲労が見えている。

 明日も頑張ってもらうために今日の夜は何か元気の出るものを考えておこう。それと明日の半額最終日が終わったらとりあえず1日休みを取ろう。そうじゃないとうちの社員から不平不満が出そうだ。ストライキを起こされたらたまったもんじゃない。

 俺は一人部屋に戻ると早速今日買って来たバニラビーンズを使ったお菓子作りを始める。とりあえず簡単なところはバニラプリンだろう。作り方は簡単、卵と牛乳、砂糖にバニラビーンズを用意してシェフに渡すだけ。みんなも材料とシェフを用意して作ってみよう。そういや今日の木材の買い付けはどうだったのかな?

ミチナガ『“木材の買い付けどうだった?”』

シェフ『“順調に集まった。とりあえず金貨200枚分の木材買っておいたから今日の夜にでも親方に作業にあたらせる。それと今作業中だから静かに。”』

 ごめん…



 シェフの作業が終わったのでバニラビーンズを使った新商品の話し合いを始める。ちなみに出来上がったバニラプリンは現在冷やしている最中だ。今日の夕飯には間に合うだろう。

シェフ『“アイスにケーキにチョコレートってとこじゃない?チョコはカカオがないから無理。それ以外ならいけるけど生クリームないとなぁ…”』

ミチナガ『“そうかぁ。もうレシピは全部購入しておいたからあとは材料だけだよな。とりあえず今日牛乳大量に買って来たから生クリーム作ってみるか。”』

 牛乳の脂肪分を集めたのが生クリームだろ?作ったことはないけどいける気がする。牛乳をビンに入れて脂肪分を分離させればいいんだろ?試しにそのまま振ってみる。牛乳を振ること1時間、牛乳の脂肪分が分離して美味しいバターができた。意外とあっさりしていてうまい。

「って違うだろ!!」

 思わずノリツッコミをしてしまった。いかんいかん。途中からこれ絶対違うって思ったけどなんか楽しくなってやめられなくなってしまったなんて言えない。固まり出した瞬間これバターだなんて思ったけどやめられなかった。

シェフ『“そのバターにこのバニラ入れたら美味しいんじゃない?バターなんて生クリームよりも脂肪分が多いだけみたいなもんでしょ?”』

ミチナガ『“確かにそうかもしれないけど、それが結構な違いだろ。やってみるか?”』

 試しにシェフに今出来上がったお手製バターを手渡す。シェフは味を確認しながらバニラビーンズと砂糖を加えていった。しばらくすると満足したのか食パンを一切れ焼いて今作ったバニラバターを食パンに塗って渡して来た。うまいのかな?まあバターに砂糖、それに香りづけのバニラビーンズだから不味くなることはないか。

「ではいただきます……あ、うまぁ…砂糖の甘みもあるしバニラの香りでスイーツ食べている気分。」

 これ割とハマるかも。だけどバターがもう少し濃厚ならもっと良かったな。これ新商品としてありだな。だけど値段が張りそうだからそう簡単に買い手がつかないか。貴族相手の取引商品として使えるかもしれないな。ちょっとその辺で検討してみよ。というか生クリームどうしよう。



 その日の夕食時。

「というわけで生クリームは作れなかったけど、バニラバターっていう新商品ができたんだよ。いやぁそのうち大量生産できたらミミアンさんにも食べさせるから待ってて。」

「そう、それにしてもなんでも自分で作っちゃうのはすごいわね。生クリームの作り方を知りたいなら2本向こうの通りの店で教えてもらったら?作っている店あるわよ。」

「え?まじで?」

 生クリーム、普通にあんのかよ。

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