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第77話 反乱軍

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「こっちよ。早く飲みましょう。」

 女は俺にそう声をかける。案内されたのはおそらく病院だ。なぜおそらくと言ったかというと、待合室と思われるところで宴会が行われている。そこだけを見ると飲み屋のようにも思えるが、カウンターと思われるところにいくつかの薬の瓶が並べられている。

 中に入ると全員が一斉に楽しそうに談笑しながらこちらを見る。全員が寒そうに厚着をしているように見えるが実際は違う。俺をここまで案内してくれた女もそうだが、首に手首、さらには足首にまで鎖をつけている。それを隠すように厚着をしているのだ。

 なぜそんなことをしているかはわからないが、おそらくそれは重要なことなのだろう。俺には鎖をつけている人間は他の誰よりもこの国ではまともに見えた。

「そいつは誰だ?平気なのか?何もつけていないように見えるが…」

「大丈夫よ。確認もした。なんで平気かはわからないけどね。まあそこのところは下で聞くわ。」

 女はそのまま俺を連れて奥の部屋へと移動した。かなり怪しまれているようだったが、なんとか道を通してくれるくらいは信用してくれているらしい。案内された部屋には地下に通じる道があり、そこを降りると金属製の扉があった。女がその扉の前で何やらゴニョゴニョと何かをしている。すると中から男が出てきた。

「急患よ、例の今朝入国したばかりの新人。耐性があるみたいだから連れてきた。一人は重症ね、もう一人は…なぜかわからないけど問題なし。」

「…わかった。入んな。」

 促されるままその扉の向こうに入るとまた同じような扉が閉められていた。女曰く、ここで浄化するとのことだが、どういうことかよくわからない。何かの魔法なのだろうが、まだまだ俺はその辺のことが詳しくない。

 浄化というものが終わると先にあった扉が開いた。中には何人もの男女が押し込められていた。正直、監禁かと思ったが表情を見るに自らの意思で入った可能性の方が高いだろう。

「ようこそ、我らが反乱軍に。私はミミアンよ。まあとりあえず、その背中の彼をなんとかしましょうか。とはいえもうだいぶ良さそうだけどね。」

 俺をここまで案内したミミアンと名乗った女の言う通り、ウィッシは先ほどまでと違って全く苦しそうではない。今は疲れたようで眠っている。どうやらもう安心していいらしい。

「まだ混乱しているが、とりあえず色々聞きたい。この国は一体どうしたんだ?なぜ反乱軍が?」

「まあ反乱軍って言っても正直そんな大したものじゃない。ただ今の私たちを説明するのはそれが一番正しいっていうだけ。あなたの質問には答えるわ。その代わりに答えた後は私たちの質問にも答えてもらうから。」

 とりあえずウィッシをベッドに寝かせ、部屋の中央にある椅子に座って話を始めた。

「ことの始まりは約2ヶ月前。とある男が新しく王位を継承したっていう話から始まったわ。いきなりの王位継承に町中のみんながそれは驚いた。だけど前王もそれなりに高齢だから早めに継承して後継を育てていくと思ったの。だけど違った。あんな無能で横暴なガキに王位はふさわしくなかった。それが今の王、カイよ。」

 ミミアンは語りに語った。ある時は水道が通っているのになぜか井戸にポンプをつけてそれを使えと言われた。わざわざそんなものを使わなくても水道はあるし、井戸だって魔法で組み上げることは可能だった。というより井戸はすでに町の飾り的な印象が強かった。

 さらに食もいくつか新しいレシピが提供されたが、みんなの口には合わずに全く売れなかった。しかしその食のレシピを無理やり広め、強制的に食堂で提供させた。

 あまりに無茶苦茶な横暴に国民も騒ぎを起こそうと思った。しかし街を巡回する衛兵の様子があまりにおかしかったため、しばらく黙っていたのだという。

「みんな目に生気が宿っていなかったわ。まるで人形よ。あまりの不気味さに誰も衛兵を攻めることができなかったの。しばらくするとあのカイってガキは城にいた兵士全員を連れて周囲の村々を巡り歩いたわ。そしてひと月前に戻ってきた。周辺の村人全員を連れてね。」

 その時連れてこられた村人たちは気持ち悪い笑みを浮かべていた。そして皆一様に「カイ様万歳」と声を出していたという。村人たちは国に着くとカイのことを絶賛しながら金に糸目もつけずに今のように宴会を始めたという。

「このままじゃまずいと国民全員が思って、誰もが武器を手に城まで行ったわ。でも遅かった。村を巡り歩いたのは一種の訓練だったのよ。カイの持つ洗脳魔法のね。奴は城に備え付けられている防衛魔法用の魔力タンクを使ってこの国を自身の洗脳魔法の魔力で覆ったの。」

 ほとんど、どの街にもモンスターや戦争用に膨大な魔力を蓄えておける魔力タンクというものがある。本来はその魔力タンクの魔力を利用して攻撃や防御を行う。しかしカイはそれを自身の魔法を行使するために使用したのだ。

「じゃあこの国の人々は全員その洗脳魔法をかけられたってことなんですか!そしてこれからこの国に入る人にもその影響は及ぶと……その魔法はいつまで続くんですか?」

「本来、そんな魔法はすぐに消えるわ。だけどカイの…奴の洗脳魔法は異常よ。奴の魔力そのものが洗脳魔法の触媒になるの。魔力を流していれば効果は持続する。流した魔力も消費されるか霧散しない限りは残り続ける。魔法に詳しい生き残りがいてね。彼の話では最長で半年近くは持つってことらしいわ。」

「半年……実害はないんですか?問題もかなり起きそうですけど。」

 俺がそういうと、誰かがどこかからか紙の束を持ってきた。何かと聞くとそこに書かれているのが全て今までの被害報告だという。数枚読んだだけでもかなりの死者と被害が起きているのがわかる。

「あなたが連れてきた彼のように魔力耐性が強いと洗脳はなかなか効かないわ。でも永遠に精神に魔法攻撃を受けている状態になるから精神は休まらずに疲労して何人も優秀な魔法使いが死んだ。それにこんな馬鹿騒ぎを毎日繰り返せばお年寄りは耐えられずに衰弱死する。病人も放って置かれて死んで行ったわ。洗脳された国民に許されているのは楽しく騒ぐことだけ。それ以外のことは無視されるの。」

 確かに俺もウィッシを病院に連れて行こうとした時誰も助けてくれなかった。むしろ敵対的になったようにも思えた。こんな異常な状況がこの国では当たり前になってしまったのか。

「すでに1000人近くが死んだわ。ここにいるのはなんとか助けられた一部の人間だけ。ここは呪術などの特殊な魔法を治すための場所でね。外部の魔力と内部の魔力を隔絶することができるの。同じような条件の場所は他に2つ。そこに避難できた生き残りは全部合わせても100人もいないくらいよ。」

「100人…死者から考えれば少ないですけど、それでもこの状況を見る限りギリギリの人数ですね。しかしミミアンさんは外に出ても洗脳されませんでしたよね?それはその鎖が関係あるんですか?」

「ええ、これは奴隷の鎖って言われていてね。着用者の魔力を封じることができるの。この国では奴隷は禁止されているんだけどね。貴族の中には何人か隠れてやっている奴がいるのよ。わたしもその一人だったんだけどね。おかげで今はこうして助かっているってわけ。皮肉なものよね。恨んだものに助けられるなんて。」

 ミミアンは鎖に触れながら本当に複雑そうな表情を浮かべる。その気持ちは俺には決してわからないものだろう。そんな奴隷の鎖は着用者の魔力を封じ込め、魔力の一切ない状態にしてしまうものだ。だから魔力によって影響を与える洗脳魔法も封じ込められてしまい効果は発揮されない。

「だから私たちは外に出ても平気なの。だけどあなたはなぜ平気なの?見た所魔力を封じ込める魔道具の類は装着していないように見えるんだけど…」

「ああ、多分…俺は魔力がないからですかね。この冒険者カードを見てもらえばわかると思いますけど俺って測定できないくらい魔力ないらしいんですよ。だから効かないんだと思います。」

「そ、そんなことってあるの?」

 半信半疑だったようだが、俺が手渡した冒険者カードを見ると「うっわ」という声とともに信じられないようなものを見る目でこちらを見てきた。すると一人の老人が何かを思い出したように話し出した。

「そういえば以前、ある魔法研究発表で聞いたことがある。保有魔力の低いものは魔法の影響を受けにくくなるとな。なんでも肉体が魔力に慣れていないせいで外部からの魔法の影響にも反応しづらくなるらしい。こういった精神魔法の影響も受けないのだろう。代わりに回復魔法なども効きにくくなるがな。」

「なるほどね…それで平気なの。なんという不幸か幸運か…まあ今回はそれで助かったのだから感謝しないとね。」

 まさか初めてこの境遇に感謝する時が来るとは。しかしなんだろう、あんまり嬉しくない。


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