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第44話 旅立ちの準備

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 随分とみんなに心配をかけてしまった。しかしもう大丈夫だ。なんというか…諦めがついた。

 どうせ弱いのはなんとなくわかっていた。それでも何かしらの才能があると思っていたが、それもないようだ。まあ俺にはこのスマホがある。のんびりと生きて行くには便利なアイテムだ。高望みはしないで自分らしく生きていこう。

 しかし、それでも自衛のすべくらいは欲しい。そのくらいのことができないと、この世界で長生きするのは難しいだろう。それに今後も商人として手広くやるためにも力は必要だ。

 ルシュール辺境伯について行き、まずは英雄の国を目指す。まあ焦る旅でもないので、とりあえずはルシュール辺境伯の領地で色々と情報収集と商売を行おう。

 ルシュール辺境伯は2日後には帰るということなので、それについて行く。アンドリュー子爵ともお別れだ。長い間本当にお世話になった。アンドリュー子爵に会えなければここまで順調に金が手に入らなかっただろう。

 今日1日は自由行動で、この街でやり残したことを全て終わらせる。必要なアイテムの買い出しに、まだスマホのマップに記録されていない場所の記録。それからシンドバル商会への挨拶も行なっておいた。

 ハロルドにも別れの挨拶を行うと、この街から俺がいなくなることに驚いていた。しかしルシュール辺境伯の領地に行くと告げると何か納得したようだ。ルシュール辺境伯の領地にも店があるらしいので紹介状を受け取った。一度はひどい目に遭わされたが、なんだかものすごく気に入られているらしい。

 それと俺が一時期やっていた鰻屋だが、忙しかったのでもう少し前からやっていなかった。しかし、時々街の人からまたやらないのか聞かれることもあった。このままお終いにしてしまっても良かったが、それなりに繁盛していたので最後の営業を今日の午後だけだがやらせてもらおう。

 空き地で久しぶりに準備をしていると、俺のことを覚えていた常連が集まってきた。うなぎの蒲焼自体がやみつきになる味…というわけではないらしいのだが、甘みのある味付けの食べ物が安く食べられるというのは嬉しいらしい。農業が発達しない限りは甘味が普通に出回るのは難しいのだろう。

 開店してから客が途絶えることはなかった。本日最終日と掲げた看板を見て最後に食べておこうと思った人々が集まりに集まっている。ストックはいくらでもあるので、品切れは起こさないと思っていたのだが、少々危うくなってきた。

 なんせほとんどの客が持ち帰り分も含めて大量に買って行くのだ。元々うなぎの蒲焼は味が濃く、単体で食べ続けるのは厳しい。本当は米があれば良かったのだが、まだ手に入っていない。だからうなぎの蒲焼を食べるときは酒などと一緒に食べる。確かにうなぎの蒲焼単体はつまみとしては最高だ。

 鰻巻きと焼き魚、魚のアラの味噌汁も売り出したが、最終日ということで珍しいうなぎの蒲焼が一番人気だ。鰻巻きも珍しいのだが、値段が少し上がるためハケは悪い。

 シェフとポチに頼んでうなぎの蒲焼の増産を頼んでいるが間にあうか?ストックがどんどん減っている。しかしその前に時間が来たようだ。日が落ちてきたのでそろそろ帰らなければならない。

「お?久しぶりだねぇ。最近やってなかったから心配してたんだ。」

「あ、あの時の冒険者の方々ですか。」

 店じまいをしようとしていたらあの初日に来てくれた4人組の冒険者たちが来た。彼らには感謝している。彼らのおかげでこの店は繁盛したのだから。

「おや、今日で最後か。」

「ええ、この街を出てルシュール領に行くんです。ルシュール辺境伯と少し懇意にさせてもらいまして。」

「ルシュール……かの有名な白幻の魔帝とか。そいつはすげぇな。じゃあどうせだし思いっきり買って行くか。今日は報酬のいい依頼を達成したから金はあるんだ。」

 なんとも気前の良いことに金貨5枚分も買っていってくれた。そんなに買って大丈夫かと思ったが、今日は冒険者ギルドで宴会するから問題ないらしい。

 この人たちには感謝しかないが、それを返せていない。どうせなのでサービスでもしたいが、ちょっとくらいのサービスじゃ恩は返せないな。何か手持ちにいいものはないかな。

「あ、そうだ。皆さんにはとてもよくしてもらったので特別にサービスです。量が増えるのですが持てますか?」

「大丈夫だよ~収納袋あるし。ってなにそれ、煮魚?随分とおっきいね。」

「試しに作ってみたのですが結構美味しいですよ。味付けが少しうなぎの蒲焼に似ていますが、酒のアテにはぴったりです。前にルシュール辺境伯に妖精の隠れ里へ連れて行ってもらった時に、釣り上げた妖精喰いです。脂ものっていて美味しいんです。お代は結構ですから持って行ってください。」

「妖精喰い?なにそれ。だけど妖精の隠れ里の食材なんてどれも高級食材じゃん。ありがと~」

「おお、妖精の食材か。俺も一度しか食べたことないな。これはありがたい。」

 どうやら喜んでもらえた。しかし妖精喰いについては知らないようだ。まあそうそう行ける土地でもないらしいので、知らなくても当然か。

「それではありがとうございました。またどこかで会えることを楽しみにしています。」

「ああ、俺たちも楽しみにしてるぜ。それとサービスしてくれてありがとな。」

 おそらくもう一度会うことはそうそうないだろう。まあ色々と落ち着いたらまたこの街に遊びに来よう。色々といい経験にはなったからな。

 明日はアンドリュー子爵たちとお別れ会だ。随分と長居してしまったが、ファルードン伯爵の元に集まった人々は全員貴族だ。領地もあるので、領地にいないと色々と政務が溜まってしまう。帰りたくないとぼやく人もいたが、領民に迷惑がかかるのでそういうわけにもいかないだろう。

 日数で言えば本当に短い期間だが、なかなか濃厚な時間を過ごさせてもらった。釣りを通して仲良くなったが、随分と気に入られたみたいだ。いつか遊びに来いと全員に言われた。また釣りをやろうとも。

 別れるのは寂しいが、また新しい土地で新しい出会いがあるのも楽しみだ。そして、生き残るために、自衛のための力をなんとかして得ないといけないな。




「いやぁ買った買った。」

「買いすぎでしょ…まさか金貨5枚分も買うとか…本当に馬鹿。」

「いいだろう?俺これ結構好きなんだから。それにほら、サービスしてもらったし。」

「まあねぇ…だけど食べきれんの?こんな量。」

「同感ですね。この量は本当に食べきれませんよ。まあ妖精の食材は貴重ですからね。それだけで金貨何枚分になることやら。」

「まあ俺も食ってみるかな。甘じょっぱいとか気味が悪いが、高級品だし。」

「あ、依頼の報告ついでにこの食材について聞いてみるか。ギルドの資料になら情報あんだろ。」

「賛成~…っと、ついたついた。ただいまミミっち。依頼終わったよ~」

「おかえりなさい。依頼の方、ちゃんと終わったようで何よりです。今処理するので待っていてください。」

「ありがとミミっち。それとね、一つ知りたいんだけど、妖精喰い?って知ってる?」

「妖精喰いですか?聞いたことないですね。ちょっと待ってください。今調べますから。」

「ほぉ、ギルドの受付嬢が知らないとはな。なかなか期待できんじゃないのか?」

「ミミっちはまだ4年しか働いてないから知らないことの方が多いよ。あ、わかった?」

「ええ、ギルドの情報にちゃんと載っていましたよ。だけどどうしたんですか?まさか今度取りに行くつもりですか?」

「ちょっとね。人からもらったんだ。」

「ふふふ。冗談が下手ですね。妖精喰いは入手の困難さからSSランクの高級食材ですよ。食べた人間に素養があれば、妖精の力を得られるとまで言われているそうです。1キロで金貨数千枚はくだらないですよ。」

「「「「え!?」」」」

「…煮付けにしたのをもらったんだけど。多分3キロくらい。」

「冗談……え?本当に?」

「この煮付け…金貨1万枚くらいの価値あったりして。」

「……あり得……なくは…ないな。」

「金貨5枚が……化けたな。なんというか…いいことはするもんだな。」


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