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第24話 社交界?
しおりを挟むあれから数日が経過した。今日はとうとう約束の日であるファルードン伯爵の友人達を集めての社交界だ。まあ社交界というよりもただの釣った魚の自慢会というだけなのだが…
朝から大勢のメイド達が大急ぎで準備を進めている。3日前から用意していたようだがそれでも用意することがあるのだろうか。
俺はそんな彼らを邪魔しないように部屋に引きこもっていたのだが、俺自身も出迎えのために身なりを整えなければならないということで、朝食後は着せ替え人形のように弄ばれていた。
我ながら下着姿になっても恥ずかしがらずによく我慢したものだ。
昼を回った頃、ようやく出席者である他の貴族達が集まりだした。
門の前には多くの豪華な馬車が並んでいる。中には戦車のような馬車まであった。
一体どんな貴族の集まりだよ。そんな風に思いながら眺めていると出てくるのはどいつもこいつもヤクザの組長みたいな強面ばかり。
しかもなんというかオーラがすごい。チンピラヤクザなんてものが目にならないくらいだ。
映画に出てくるようなヤクザなんかよりも迫力がすごい。あんなのに囲まれたら失禁してしまいそうだ。
いや…彼らは客人なのだからもしかしたら俺はその中に入る可能性もあるのか。今のうちにトイレで出すもの出しとこ。
そんなことを思いながら屋敷の中からその様子を見ていると遠くから実に素朴な馬車がやってきた。
しかしその馬車は他のどの荘厳な馬車よりも目を引いた。いや、釘付けになった。目が離せない。
一見すると素朴なようだがなんというかどれも一級品と思える。
いや、一級なんてものではない。特級品だ。しかしそれだけのものを使っているのにもかかわらず、なんともシンプルな作りだ。
かの有名なダヴィンチ曰く、シンプルとは洗練の極みである。その言葉の意味がよくわかる、いやそれを表しているものこそあの馬車だ。
一体どんな客人が乗っているのだろうか。そんなことを思っていると急に騒がしくなり始めた。
「まさか本当に来るなんて!」
「全員急いでお出迎えの準備を!」
「出迎えにはなんの問題も起こすなよ!」
「一体どうしたんですか?」
全員が顔色を変えて大慌てするところなど今まで見たこともない。一体どうしたのかと慌てて尋ねると、何か答えようとしてくれてはいるのだが、うまく言葉になっていないため、なにを言っているか全くわからない。
すると、とりあえず来いということでそのまま屋敷の外へ引きずり出される。
外に出ると全員が出迎えの体制をとっていた。それはこの屋敷にいるメイド達でもあるしファルードン伯爵でもあるし此度の客人達全員でもある。
大慌てで列に並ばされ頭を下げようとしたその時俺は見た。先ほどの美しい馬車から降り立つ人物を。
その人物は先ほどまでのヤクザの組長みたいな貴族達とは違い、優しく穏やかな表情を浮かべていた。
その外見を一言でいうならば優男。細くそれでいてしっかりとした体つき。顔は男女問わず恋い焦がれてしまいそうなほどの美男子。そんな人を見た俺の感想はズバリ。
怖い。
怖い。怖すぎる。こんな感情は初めてだ。別に幽霊を見たわけでもない。お化けでもヤクザでもない。この感覚は死だ。
子供の頃に海で溺れた時に感じたもの。そんなものよりも濃厚な、死そのものだ。
何か一つでもヘマをしたら死ぬ。喋ったら死ぬ。何かしたら死ぬ。
そんな恐怖と負の感情が入り混ざり圧倒的な化け物のように感じる。
汗が止まらない。暑くはない。むしろ寒い。ガタガタと震えてしまっている。
自分でもわかるほど、愚かなほどに歯を打ち鳴らし、関節という関節から震えによって軋むような音が聞こえる。
吐きそうだ。しかしもしも吐いて不況を買ったら死ぬ。だからグッと堪えている。
さっきからうつむいたまま頭を上げられない。恐怖で過呼吸になっている。
意識が混濁しぼんやりとしてきた。
もうこのまま倒れてしまおう。そう思った時、肩に手を当てられ声をかけられた。
「大丈夫かい?」
たったの10文字にもならないこの言葉。しかしこの言葉のおかげで体の震えは収まり意識もはっきりとしてきた。
思わず見上げたその視線の先には、先ほどまでのあの恐怖の対象がいた。
しかし今は恐怖を感じない。むしろ気持ちが穏やかになり、まるで縁側で日向ぼっこをしているようなそんな気分だ。
「す、すみません。」
「謝ることはない。君は見たところ僕と会うのは初めてのようだね。僕のせいで周辺の魔力が荒れたんだろう。僕の近くなら魔力を整えているからしばらくはついて来るといい。そのうち慣れて来ると思うから。」
にこりと微笑むその表情に思わず顔が赤くなってしまいそうだ。別に俺はそっちのけがあるわけではない。そんな俺でもついドキドキしてしまう。
そのまま近くにいることを許され供回りのようについていく。
先ほどまでのあの震えが嘘のようだ。今は正常、いやむしろ絶好調だ。
体が嘘のように軽い。空気が爽やかで気分が良い。一体どういうことなんだろう。そういえば魔力が荒れたとか言っていたが、どういうことか全くわからない。そういえば俺は魔法のある世界にいるというのに魔法について全く知らない。
呪文を唱えれば魔法が使えるのだろうか。この世界に来てからほとんどを町の中で暮らして来たし魔法を行使している場面を見たことがない。
この町に来る時も護衛は剣か弓を使っている場面だけだ。魔法道具は使っているが正直魔法感がない。
今度調べて俺でも使えるか試してみよう。正直俺が剣を片手に魔法を使ってモンスターと戦うなんて場面は想像できない。試しに想像して見たが、ゴブリン相手に惨敗した。
そんなことを考えているといつの間にか来賓室にたどり着いていた。こんなにも心にゆとりができているなんて驚きだ。俺は席につくことはない。なんせ俺は客ではあるが一平民である。
此度の貴族たちの客人を前にしたら俺なんて馬小屋に繋がれたって文句は言えない。
今回の客人が全員席に揃う。その後ろにはなんとも強そうな護衛が控える。
正直この部屋にいること自体場違いなので出て行きたいのだが、雰囲気的にそんなことはできない。そんな中ファルードン伯爵が立ち上がる。
「此度はみなさまお集まりいただき感謝します。しかもルシュール辺境伯にもお越しいただけるとは感謝の使用がございません……と、堅苦しい挨拶はここまでじゃ!久しいのう!こうして我らが集まるのは!ルシュール大将も相変わらずじゃ!」
「ガハハハハ!我らが副長はあいかわらずじゃ!」
「酒はまだか!こんなめでたい時に酒もなくちゃ話にならんだろ!」
「酒が足りなくちゃいかんと思って馬車に積んで来たぞ。持って来た時よりだいぶ少ないがな!」
「はぁ…あなたたちは本当に変わりませんね……歳をとって少しは落ち着くかと思ったのに。」
先ほどのあのイケメン、ルシュール辺境伯はなんとも悩ましげだ。
大将と呼ばれていたし彼らの上官なのだろう。確かに今のこの感じを見る限り全員癖が強そうだ。よくこんなのをまとめ上げたものだ。
これだけ年寄りが集まった。そうなればもちろん思い出話に花が咲く。
話を聞いているとよくわからない単語や物騒な単語が出て来る。情報収集はできるがその情報がどういうことなのかいまいちよくわからない。
魔王や魔帝、魔神と言った物騒な単語や軍級、災害級、天災級と言った物騒な…なんか物騒な話しかしてないな、このジジイたち。
そんなうちに徐々に話は釣りの話に変わっていく。どうやらここにいるほとんどが釣り好きらしい。ルシュール辺境伯だけは苦笑いだ。
よく話を聞いていると戦いの最中にいい釣り場があると言って勝手にどっか消える。招集しても釣りしているからと断る。そんなわがまま許していいのか?
「そうじゃ、今のうちに紹介しておこう。新しい釣り道具の開発者ミチナガじゃ。ミチナガ、こっちに来い。」
「え!?」
紹介されるなんて聞いてないぞ。俺は一応客人だから今回の件には関係ないというふうに聞かされていた。
あれ?でも関係ないならわざわざ服装を変える必要もないか。それじゃあもともと紹介されるのは確定事項だったのか?何かおかしいとは思っていたけどこれは酷い。
まあ酷いからといって断るわけにはいかない。粗相のないように話せば良いだけだ。
あ、あれ?どんなふうに話せば良いんだろうか。新入社員みたいに話しておけばいいかな。
「ご、ご紹介にありましたミチナガと申します。ファルードン伯爵様とアンドリュー子爵様には大変お世話になっております。このような場にてご紹介に預かりまして大変光栄に…」
「「「そんなのはいいからとっとと説明せい!」」」
え、えぇ~…今の俺の挨拶悪くなかったよな。絶対に問題なかったよな!
これだから年寄りはせっかちで困る。まあさっきの調子で挨拶続けたらどっかでボロが出そうだしいいんだけどさ。
なんというか理不尽だよな。
「では説明に入らせてもらいます。まずはこの竿の部分ですが…」
説明に入るとガラリと雰囲気と表情が変わる。その目はまるで新しいおもちゃを与えられた子供のよう。
そんな様子を見ているとついつい俺自身、説明に熱が入ってくる。
「つまり!この釣竿は従来の釣竿の約20倍の負荷に耐えうることができ!より正確なコントロールもできるのです!」
俺の解説が終わる。いつのまにかその額には汗が滴っている。これほど達成感のある解説は生まれて初めてかもしれない。俺の解説を聞き終えた貴族たちの表情も満足げだ。
「では何かご質問やご意見のある方はいらっしゃいますか?」
「強度面じゃがうちの職人たちを使えばさらにあげられるぞ。」
「強度は良いが微細なアタリに反応できるようにもう少し柔軟な素材をだな。」
「少し重いな。もう少し軽くするために構造を見直す必要が…」
「お聞きします。」
それから晩餐会までの数時間。実に白熱した討論が続いた。ここにいる貴族の彼らは自ら釣り道具を作成しているため俺よりもその技術力と知識が豊富だ。
話し合いだけで終わるかと思いきや意見をまとめてそこから図面まで引き始めた。
この世界独自の魔法による作成理論も含まれており地球では決して作ることのできない至高の釣竿の図面が完成した。
「完璧じゃ…」
「我々の知識の全てをここに注ぎ込んだ…」
「これこそまさに究極の釣竿…」
「「「早速作ろう!」」」
全員立ち上がりすぐさま製作所に向かおうとする。そんな中一人ため息をついた。ため息の主はルシュール辺境伯だ。
「誰が作れるというんですかこんなもの。希少鉱物を数十種合わせたこの特殊合金なんて世界中探しても作れるのは数人程度。そもそも現在、素材の入手がほぼ不可能なものもあります。それにこの特殊構造理論なんて理論上は可能ですが造ることのできる者を聞いたことありません。この古代龍の鱗なんてどこで手に入れるんですか?これに使用する素材のほとんどが国宝クラスですよ。」
「「「そ、そんな…」」」
せっかくここまで完璧なものができたのに作ることができないなんて…この世の中はなんて世知辛いんだ。
全員が落ち込む中、元気付けようと俺がいずれ作ってみせるということで設計図を大切に預かることにした。
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