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第18話 釣り日和

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 あれから5日経った。それまでの間は特に外でやることもなくほとんど屋敷の中でスマホをいじり、ルアーや釣竿に塗装を施し、料理の動画を撮る。
 なんとも自堕落な生活を送っていた。しかしそれ以外なにもやることがないので仕方なかったとは言える。
 ただ一言言わせてもらえばかなり充実した日々だったとは言えるだろう。

 今日はようやくアンドリュー子爵もファルードン伯爵も空いているということで釣りにやって来た。
 護衛も引き連れてぞろぞろと大名行列のようだ。
 そんな中先頭を歩くのは俺と以前に案内を約束しておいた魚屋のオヤジだ。
 これだけの行列の先頭を歩くということでかなり緊張している。

「そんなに緊張しなくても…それよりも今日はその場所は釣れそうですか?」

「へ、へぇ…朝試しに見に行って見たところ大丈夫そうでした。そ、それよりもおら失礼なことしていませんかね。」

「問題ないですよ。問題が起きても魚さえ釣れれば問題ありません。」

 俺も今日のために色々と準備をして来たのだ。今日は成功させないと困る。
 失敗でもしたら俺が王都に来た意味がなくなってしまう。

 それから数十分後、ようやく釣り場に到着した。
 穴場と言うだけあって他に人はいないしいかにも釣れそうな雰囲気を醸し出している。
 その場で準備を始めた際に俺はルアー釣りを子爵と伯爵に教える。

「今回作ったのがこの新しい竿です。このリールと呼ばれる部分で糸の調節ができるので遠くまで仕掛けを飛ばすことができます。それとこれはルアーと言って毛針と同じ疑似餌です。重たいので遠くまで遠投することができます。今回使うのはこのスプーンと呼ばれるもので投げたら後は糸をゆっくりと巻けばそれで十分です。」

「なるほど、これは面白いですな。さすがは先生です。」

「こんな鉄の塊で釣れるのか?表面は装飾してあるが信じられないな。」

「まずはお手本を見せますからちょっと見ていてください。」

 俺も現実で使うのは初めてだが、既にルアーでアプリ内の釣りバカ野郎で何匹も魚を釣っている。問題はないはずだ。
 投げるポイントもあるがここはあまり狙いすぎて草木に引っ掛けてしまってもおもしろくない。

 ここは安全にまっすぐ飛ばすことにした。周囲に注意して思いっきり投げてやる。
 なかなか良い飛距離が出た。距離でいうと30~40mほどはいったのではないだろうか。
 遠くまで飛ぶように少し重めのスプーンにしたのも良かったかもしれない。

 すると落ちた瞬間何かが食らいついて来た。
 一投目と言うのは案外釣れることが多いのだがこれは運が良い。竿のしなり具合からもかなりの大物だと推測できる。
 子爵も伯爵も興奮している。特に釣りバカの子爵は大興奮だ。

「先生!すごいしなりですぞ!おお!何やらギィギィ音がして糸が持って行かれていますぞ!」

「かなりの大物ですね。これは…すごい引きだ。」

 糸が切れないか心配になるくらいの引きだがあの店員もアーススパイダーの糸の丈夫さには太鼓判を押していた。切れずにすむはずだろう。
 それから数分後、ようやく近くまで寄せることに成功して網を入れて掬い上げることができた。
 見たこともない魚だが1mは十分にありそうだ。

「こんな大物でも釣り上げることができますよ。まあこれはかなり運が良かったですね。疲れたのでしばらく休憩しながら釣り方をお教えますよ。」

「さすがです!私もこんな大物を釣ったことはありませんよ!是非共その技を教えてください!」

 もうノリノリだ。それから何度か教えているとすぐにファルードン伯爵もアンドリュー子爵もコツを掴みぐんぐんと上達しすぐに魚を釣り上げることができた。
 1時間ほどで10匹以上釣れたのだからこれはかなりの好調だろう。

 随分と魚が釣れたので、俺は釣り上げた魚を〆る作業を行なっている。
 その様子を珍しいのか釣れて来た魚屋のオヤジや護衛の兵、さらにはアンドリュー子爵までもが見に来た。

「先生これは何のためにするのですか?」

「魚を美味しく食べるためですよ。エラの部分と尻尾の部分を切って血を流させるんです。こうすることによって生臭さも減りますし身も美味しくいただけるんですよ。それと神経と呼ばれる部分にこの針を通すことによってさらに美味しく食べられるんです。」

 日本では割とごく当たり前な神経締めと血抜きである。
 海外だと珍しいようだが日本の場合、網で大量に取らない限りは大体の魚でやられているんではないだろうか。ちなみにやるかやらないかで値段は結構変わる。
 長期間魚をそのまま保存しておく際には血抜きをしたかしないかで味がまるで違う。

「へぇ~…こんなの長い間魚売って来たけど知らなかったなぁ。切れ込みを入れただけで値段は下がりそうなもんだけどな。」

「知らないとそう思っちゃうかもしれませんね。私の国では生で食べることが多かったので特に身の状態には気を使うんですよ。」

「生!?そんなの食ったら腹壊すだろ!」

「生で食べられるほど鮮度も良いってことですよ。まあ川の魚を生で食べるのはあまり主流ではないので私もあまり食べたことはありませんね。海のものはよく生で食べますよ。」

 確かに生魚はある意味ゲテモノかもしれない。
 特に海を知らない人にとっては忌避するものだろう。
 川魚は寄生虫が多いイメージがあるので俺も刺身はほぼ食べたことはない。
 確か一度岩魚か何かの刺身を食べたような気がする。まあ刺身は海のものに限ると思うけどね。

 血抜きをしてこの血が放っておくと魚の身にまわって臭みを出すことを説明してやる。
 1匹からかなりの量の血が出るのでインパクトはかなり強い。釣り上げた魚は夜にでも食事にだそう。
 保管方法は俺の収納袋ということになった。正確にいうと収納袋ではなくスマホなんだがそれは口が裂けても多分言わない。

 そんな中釣りを続けていたファルードン伯爵の竿にかなり大きい当たりが来た。
 一人黙々と釣りを続けていた甲斐があったようだ。
 それと大物を狙いたいということで俺が持っている中で一番大きいミノーを貸し出しておいたのだ。

 俺の持っていたミノーは大きさが大きめのイワシくらいあるので正直釣れるとは思ってもいなかった。
 俺を食ってきたとなると相当の大物のはずだ。
 しかも伯爵の釣り竿がエグいくらいに曲がっている。正直いつ折れても不思議ではないレベルだ。

 しかも伯爵の足元を見ると徐々に引きづりこまれている。
 その様子を見た護衛が急いで伯爵を抑えに行っている。3人がかりでようやく止まった。
 こんな大物は異世界ならではと言えるだろう。
 それにしても本当に糸も切れず竿もよく折れていないと思う。

「ファルードン伯爵!焦らずにそのままの状態を維持してください。魚が弱るまで待ちましょう。」

「無理だ。釣竿と糸に針と全てに魔法で強化を加えていないとすぐにでも壊れる!ここは無理やりじゃが一気に上げるぞ。手伝えい!」

 よく折れていないと思ったらそういうことだったのか。魔法って万能だな。
 なんて今はそんなことに感動している場合ではない。子爵にも手伝ってもらい何とか糸を巻くが一向に巻ける気配がない。

 無理やり引き上げるといってから1時間が経過した。魚の方もようやく疲れて来たのか少しずつ巻けはじめた。
 それからさらに30分後、ようやくその全体像が見えて来た。

「で、でか…」

「こんなのは…見たことないです。先生。」

「おらも漁師歴長いがこんな化け物は見たことも聞いたこともねぇ…」

 全長は一体何メートルあるのだろうか。見た感じシャチに近い大きさがある。もしかしたらそれ以上の大きさも。
 どうやって丘にあげようかと悩んでいると魚の方も最後の力を振り絞って大暴れをした。

 その暴れようは何と表現したら良いかわからないが水柱が立つくらいの暴れっぷりだ。
 そしてその暴れたせいで伯爵は釣竿ごと見事に宙を舞った。
 あまりのことに全員が冷や汗を流したが宙を舞っているとうの伯爵は獣のような目つきをしてそのまま魚に掴みかかった。

 あのまま引きずりこまれたら溺れる。しかし魚が危険すぎて誰も近づけない。
 すると伯爵は懐から短剣を取り出して魚のこめかみの部分に突き刺した。
 知ってか知らずかはわからないがそこは魚の急所である。
 魚を締める際にも動きを止めるためにその部分、神経を突き刺し動きを止めるのだ。

 刺された反動で暴れているがそれからすぐに動きが収まった。
 すぐに伯爵を救助しに行くがこんな満足げな伯爵を見たのは初めてだ。

「ガッハッハッハ!さすがの儂も冷やっとしたわい。しかしこの勝負わしの勝ちのようじゃな。これほどまでに血湧き肉躍るのは現役以来じゃ!ガッハッハッハ!!」

「は、伯爵が現役の頃の目つきをしてる…」
「一人で100人の敵兵をなぎ倒した暴乱のファルードンだ…」

 何だか物騒な話をしているが聞かなかったことにしよう。そんな伯爵の過去を知ったところで怖くなるだけだ。
 とりあえず引き上げる前に血抜きを行い神経締めもしようと思ったが手持ちのもので神経をやれそうなものがないので諦めた。

 水に入り直接触って見るとその桁違いな様相がよくわかる。まず鱗は手の平よりも大きくその硬さは鉄のようだ。
 エラの部分は手を突っ込んで無理やり血管を切れたが尻尾の部分は持っている刃物では切れそうにない。
 伯爵がどうやってこの魚に短剣を差し込んだか気になるがおそらく魔法のおかげだろう。そう考えたい。

 尻尾は諦めエラの部分からのみ血抜きを行いながら丘に引き上げるが今回集まった20人の護衛でようやく途中まで引き上げることに成功したがそれ以上は難しそうだ。

「う~む。釣り上げたのは良いが運べぬか。このまま捨てるのは勿体無い。さてどうするか。」

「応援を呼びましょう!これは偉大なことですぞファルードン殿!何としてでも持って帰らねば。」

「大丈夫ですよ。多分私の収納袋に入るので。」

 本当は全容を見てから収納したかったがこれではどうしようもないだろう。
 俺は袋を開けて収納するふりをしてスマホにしまう。
 一瞬にして消えたので明らかに怪しまれただろうが俺としてもこれの情報は欲しかった。これで釣りバカ野郎の図鑑が埋まったはずだ。

 その後いくつかの質問が来たが何とか交わしていると今日の釣りはここまでと言うことで屋敷に戻ることになった。
 案内してくれた魚屋の親父は報酬として金貨数枚をもらったようで大喜びしていた。

 さて、今日はこの釣り上げた魚たちを使ってお祭り騒ぎかな。

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