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第10話 ドキドキ!貴族だらけの釣り大会
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早朝、朝早くから釣り子爵、アンドリューの館は慌ただしくしている。
今日の昼前には多くの他の貴族が集まるだけあって失礼のないように出迎えの準備をしている。
俺も道具の最終調整を行なっている。
今日くる貴族は5人。そのうち3人は男爵で子爵よりは位が低い。
まあただ子爵と仲良くやっておこうというくらいだろう。彼らに関してはそこまで気にする必要はない。
ただ残りの2人は問題だ。ファルードン伯爵とその孫だ。
ファルードン伯爵は多くの武功を積み上げた傑物だ。
その孫も騎士団に配属されていてエリートらしい。
なぜそんな彼らがやってくるのかというとこの子爵家の先代とは仲が良かったらしく時折連絡を取ることがあるらしい。
そのつながりで軽い気持ちで手紙に書いたら興味があるので来たいとのことだった。
本来なら慌てふためくはずなのだがアンドリュー子爵は平然としている。
なんでも面識はあるし孫の方とも友人なので心配はいらないとのことだ。
しかしこっちはそんなことは言ってられない。下手なことをすれば首が飛ぶ可能性も十分にあり得るのだ。
昼になると早速貴族たちが集まったようで昼食会を開いている。
もちろん俺は別の場所で昼食を取っている。昼食といっても貴族たちの集まりだ。俺がいるのは場違いだ。
それからしばらくすると釣りを始めるということなので俺は先に移動して準備の最終確認をする。
「皆様。この度は集まっていただき感謝致します。色々と話したいことはありますが長い話は抜きにして早速始めましょう。」
アンドリュー子爵の司会の元、釣り大会という名の社交界が始まる。
しかしどうやら子爵は本気で釣りをする気で政治などといったことには興味もないらしい。噂に違わぬ釣りバカだ。
子爵は早速毛針によるフライフィッシングの説明を始めている。
聞いていると皆半信半疑なので実演ということになったのだがその実演を俺がやることになった。
「彼はこの釣り方を考案した商人です。私がやって見せても良いですが私の師である彼にお願いしたいと思います。では先生お願いします。」
「は、はい。ではやらせてもらいます。」
こんなのは全く聞いていない。俺はあくまでサポートに徹するという話だった。
しかも人前で先生はやめてくれっていったのに普通に呼びやがった。
本当なら断りたいところだがそういうわけにもいかないだろう。
早速俺は竿を振る。説明は子爵が全てしてくれている。
俺が今やることはただ釣ることだけだ。しかし俺だって先生なんて言われているが本物の釣りに関してはまだまだ素人に毛が生えたくらいだ。
正直ちゃんとしたやり方だって知らない。ほぼなんとなくでやっているだけなのだ。
それから6投ほどしたあたりでようやく一匹が釣れた。釣れた時にはちょっとした歓声が起きた。
餌をあまり食べていないので腹が減っている状態なのだろう。
これだけ早く釣れて助かった。ちなみに魚は俺がいくらか足しておいたので魚影も濃く釣りやすい。
この後は時間制限をつけて釣り大会の始まりだ。
ルールは単純で誰が一番大きいものを釣れるかというものだ。
早速始めると本気でやろうとしているのは子爵くらいなもので他の男爵はファルードン伯爵とお近づきになろうとしている。
まあこれが本来の正しい状況なのだろう。あの釣りバカ子爵が特別なのだ。
ファルードン伯爵は男爵の相手は孫に任せて一人釣りをしている。
その動きは初めてとは思えないほど洗練されたものだった。ほんの数投するだけで最初の一匹が釣れた。
小ぶりだが塩焼きにするとちょうど良さそうな大きさだ。とりあえず俺は補助に回るため伯爵に近づく。
「少々お待ちください。今針を外します。」
「構わん。ここの釣りバカのジジイに鍛えられておるからな。そのくらいならできる。」
釣りバカのジジイ。おそらくここの先代ということだろう。
しかしどうやらここはだいだい釣り好きの家系のようだ。
伯爵は魚を網で掬い針を外す。すぐに逃すかと思ったが何やら眺めている。
「このくらいなら焼いて食うとうまいんだがなぁ…」
どうやら俺と同じようなことを考えていたらしい。
伯爵とはいえ元々はただの兵士だったのだ。そういった過去も多くあったのだろう。
「よろしければ塩焼きにして来ましょうか?」
「む?やってくれるか?」
「ええ。ただし他にバレないようにこっそりとですが。」
そういうと嬉しそうに笑い、では頼むと魚を渡した。
俺はそれを受け取るとその場から移動し周囲に誰もいないことを確認してからスマホに魚を収納し調理を行う。
塩焼きは簡単なので2分もかからず作ることができる。
ただそこまで早いと何か言われそうなので10分ほど時間を潰してから戻ることにした。
戻るといつのまにか何匹も魚が釣れていたのかスコアボードに現在の記録が表示されていた。
どうやらあの釣りバカ子爵がダントツの1位らしい。
他の男爵たちは今だに話しに夢中で釣りどころではない。俺は焼き魚を持ったまま伯爵の元へとむかう。
「伯爵様。ただいま焼きあがりました。」
「おお。随分と早いな。しかも串焼きとはなかなか良い趣向だな。昔を思い出す…」
魚を受け取ると何かを思い出したかのように遠くを見るような目をしている。
それから伯爵とは思えないように魚にかぶりつく。
上品に食べるよりもこういった食べ方の方が好きなのだろうと思わせる食べっぷりだ。
結局骨も残さずに食べ切ってしまった。
満足したようで再び釣りをしながら俺に昔話をしてくれた。その話のほとんどは先代の子爵との話ばかりだ。
「あいつはなぁ…武人として名を残しておるが最初に戦いを身につけた理由は釣り場へ行くためというなんともアホらしい理由でな。その理由を知っている他の兵はあいつだけには負けられぬと切磋琢磨したもんじゃ。」
「それほどの釣り好きだったんですね。」
「ただのバカだがな。だがあいつは強かった。釣りのためならばどんな危険地帯でも迎うからな。儂もよくあいつに釣れていかれて死にかけたもんじゃ。本来なら儂よりも爵位が高くても問題はなかったが釣りが好きすぎて子爵止まりになったような男よ。」
なんというかそこまでの釣り好きだったのか。
この伯爵も武人としてはかなり名高い。
しかしそんな伯爵でも敵わないというのだから好きなもののためならばどこまでも頑張れるのだろう。釣りバカここに極まれりというやつだ。
それから色々と話してみるとこの伯爵は結構話しやすい男だ。
もっと武人と言うのなら堅物かと思ってもいたがそれではここの先代にはついていけなかったのだろう。
それからも釣りをしながら話していくと終了の知らせが来た。
どうやら1位は変わらず釣りバカ子爵ということで終わったらしい。
普通は伯爵もいるんだしそっちに譲るものだが釣りバカ子爵にはそんなことは関係ないらしい。
「商人よ。なかなか楽しかったぞ。ただ商人だというのなら儂相手にもう少しは商魂を見せねばならんがな。」
「ははは…恐縮です。」
釣り大会が良かったのかわからないが夕食は満足してもらえたらしい。
まあ子爵は毎食魚料理を食べるので魚料理だけならここのシェフはかなり良い腕をしている。
これならば今日は大成功と言っても良いだろう。
夕食後俺は厨房を借りていた。夕食は美味しかったのだが少し物足りなさが残ったので夜食を作らせてもらおうと思ったのだ。
洋風の料理ばっかりだったので少し和風のものが恋しい。
作るのは焼き魚を使った汁物だ。
アプリ内で焼いた魚を野菜を切り入れた鍋の中にそのまま入れるだけなのだが、魚から良い出汁が出る上に焼いてあることによって生臭さが抑えられ香ばしさが足される。
干物でやるともっと美味しいのだがまあそこは仕方ないだろう。
材料の加減をしなかったのでかなり大量にできてしまったが収納しておけば良いので問題はないだろう。
ポチの食事にもなるので余って捨てるようなことは起きない。
寸胴鍋いっぱいにできたがきっと問題ないはずだ。
料理を作り終えそうな時にこちらに向かってくる足音が聞こえた。
足音の聞こえた方を見てみると子爵と伯爵、さらに伯爵の孫がそこにはいた。
「おや、先生。こちらで一体何をしているんですか?」
「ちょっとした料理を作っていたんですよ。それよりも皆様方は…」
「実は伯爵には今日の食事では食べ足りなかったようで料理長に何か頼もうと思いまして。」
そんなことならメイドに頼めば良いというのにこうして自分から来ちゃうのか。
すると伯爵は俺が作っていたものに興味を示したらしい。
「それは魚を入れた汁か?」
「ええ、味付けも塩だけなので庶民的なものですよ。」
「よし!それをもらおう。たまには昔を思い出すことも大切だからな。お前もそれで良いだろ。」
「私は現役なのですが…まあお爺様がそういうのなら拒否することもありませんが。」
いやいや、俺に問題があるって。こんなものを伯爵に出したなんて知られたら何言われるか分からないぞ。
しかし何を言っても無駄なようで結局全員分振舞うことになった。
しかも食べるときは俺も同席することとなった。
騒ぎを聞きつけた料理長がなんてことをと言いたそうな表情で俺のことを睨んでくるが俺にだってどうしようもなかったのだ。なんとか許してほしい。
俺の作った焼き魚汁は貴族らしく上品に食べられるのかと思ったが伯爵はズルズルと音を立てながら飲み始めた。
孫がぎょっとした目で見ているけどそれでいいのか?
「汁に魚と野菜の出汁が出ていてなかなかうまいぞ。具も多くてこれはなかなかいける。」
「お爺様…さすがにもう少し上品に食べてもらわないと……」
「何をいうか。こういったのはこうして食べるのが一番うまいのよ。魚も形が残ったままだが骨が柔らかいから丸々食えるな。はらわたの苦さがまたいい」
やっぱりこの爺さん貴族なんかより冒険者とかの方がよっぽど似合っている気がする。
その後何を言ってもダメだと悟ったのか他の面々も俺の焼き魚汁を食べて行く。
俺もどうせなら一緒にということで食べているが正直あの爺さんみたいに汁をすすりたい。
こんなスプーンでちまちまなんて飲んでいたくない。
「なんじゃどいつもこいつも上品に飲みおって全く…」
少し不機嫌そうだな。じゃあここは仕方ないからすするとするか。
本当に仕方ない。
全くそんな下品な飲み方本当はしたくないんだけどなぁ。
ずずぅ…ぷはぁ…やっぱこれだね。
「おお!良いではないか商人よ。しかも先ほどまでよりうまそうに食べているではないか。全く猫をかぶりおって。」
「私は庶民ですからね。この方が合っているんですよ。まあ普段はやらないのですが伯爵様のお言葉ですから。」
「見所があるな。なかなかいい肝の座り方だ。そうだ、お主も王都に来るが良い。先ほどここの釣りバカと話してしばらくの間王都に来ることが決まっておってな。お主も同行するといい。旅費が浮くぞ。」
王都か。ここ以外にももちろん街があるのは当たり前といえば当たり前だからな。
今までこの街にずっと滞在してきたけどこの先もずっとこの街にいる必要なんてないからな。
商売も厳しくなってきたし心機一転他の街でやるっていうのもいいかもな。そのためには…
「ものすごく魅力的なお話なのですが人から金を借りていてそれを返すまでこの街からは出られそうにないんですよ。」
「なんと!それは大金か?」
「そうですね。残りは金貨80枚なので一月もあればなんとかなりますが。」
「その程度でしたら先生。今回の働いたぶんの給金でなんとかなります。なんせ先生を10日もお借りしたのですから。金貨100枚はくだらないでしょう。」
「さすがに貰い過ぎですよ。そのようなことをされては私と子爵様の関係に悪影響を与えます。」
「ふむ…そう言うのでしたら此度の移動の間も色々と話をすると言うのはどうでしょう。王都までは長旅ですからな。暇をつぶすのにはちょうど良いでしょう。そのぶんの給金を先払いということで計金貨100枚と言うことでどうでしょう。」
さすがにそれでも貰い過ぎなんだよなぁ。けどこんなチャンスそうそうないし。
ここは子爵の好意をありがたくいただこう。
今日の昼前には多くの他の貴族が集まるだけあって失礼のないように出迎えの準備をしている。
俺も道具の最終調整を行なっている。
今日くる貴族は5人。そのうち3人は男爵で子爵よりは位が低い。
まあただ子爵と仲良くやっておこうというくらいだろう。彼らに関してはそこまで気にする必要はない。
ただ残りの2人は問題だ。ファルードン伯爵とその孫だ。
ファルードン伯爵は多くの武功を積み上げた傑物だ。
その孫も騎士団に配属されていてエリートらしい。
なぜそんな彼らがやってくるのかというとこの子爵家の先代とは仲が良かったらしく時折連絡を取ることがあるらしい。
そのつながりで軽い気持ちで手紙に書いたら興味があるので来たいとのことだった。
本来なら慌てふためくはずなのだがアンドリュー子爵は平然としている。
なんでも面識はあるし孫の方とも友人なので心配はいらないとのことだ。
しかしこっちはそんなことは言ってられない。下手なことをすれば首が飛ぶ可能性も十分にあり得るのだ。
昼になると早速貴族たちが集まったようで昼食会を開いている。
もちろん俺は別の場所で昼食を取っている。昼食といっても貴族たちの集まりだ。俺がいるのは場違いだ。
それからしばらくすると釣りを始めるということなので俺は先に移動して準備の最終確認をする。
「皆様。この度は集まっていただき感謝致します。色々と話したいことはありますが長い話は抜きにして早速始めましょう。」
アンドリュー子爵の司会の元、釣り大会という名の社交界が始まる。
しかしどうやら子爵は本気で釣りをする気で政治などといったことには興味もないらしい。噂に違わぬ釣りバカだ。
子爵は早速毛針によるフライフィッシングの説明を始めている。
聞いていると皆半信半疑なので実演ということになったのだがその実演を俺がやることになった。
「彼はこの釣り方を考案した商人です。私がやって見せても良いですが私の師である彼にお願いしたいと思います。では先生お願いします。」
「は、はい。ではやらせてもらいます。」
こんなのは全く聞いていない。俺はあくまでサポートに徹するという話だった。
しかも人前で先生はやめてくれっていったのに普通に呼びやがった。
本当なら断りたいところだがそういうわけにもいかないだろう。
早速俺は竿を振る。説明は子爵が全てしてくれている。
俺が今やることはただ釣ることだけだ。しかし俺だって先生なんて言われているが本物の釣りに関してはまだまだ素人に毛が生えたくらいだ。
正直ちゃんとしたやり方だって知らない。ほぼなんとなくでやっているだけなのだ。
それから6投ほどしたあたりでようやく一匹が釣れた。釣れた時にはちょっとした歓声が起きた。
餌をあまり食べていないので腹が減っている状態なのだろう。
これだけ早く釣れて助かった。ちなみに魚は俺がいくらか足しておいたので魚影も濃く釣りやすい。
この後は時間制限をつけて釣り大会の始まりだ。
ルールは単純で誰が一番大きいものを釣れるかというものだ。
早速始めると本気でやろうとしているのは子爵くらいなもので他の男爵はファルードン伯爵とお近づきになろうとしている。
まあこれが本来の正しい状況なのだろう。あの釣りバカ子爵が特別なのだ。
ファルードン伯爵は男爵の相手は孫に任せて一人釣りをしている。
その動きは初めてとは思えないほど洗練されたものだった。ほんの数投するだけで最初の一匹が釣れた。
小ぶりだが塩焼きにするとちょうど良さそうな大きさだ。とりあえず俺は補助に回るため伯爵に近づく。
「少々お待ちください。今針を外します。」
「構わん。ここの釣りバカのジジイに鍛えられておるからな。そのくらいならできる。」
釣りバカのジジイ。おそらくここの先代ということだろう。
しかしどうやらここはだいだい釣り好きの家系のようだ。
伯爵は魚を網で掬い針を外す。すぐに逃すかと思ったが何やら眺めている。
「このくらいなら焼いて食うとうまいんだがなぁ…」
どうやら俺と同じようなことを考えていたらしい。
伯爵とはいえ元々はただの兵士だったのだ。そういった過去も多くあったのだろう。
「よろしければ塩焼きにして来ましょうか?」
「む?やってくれるか?」
「ええ。ただし他にバレないようにこっそりとですが。」
そういうと嬉しそうに笑い、では頼むと魚を渡した。
俺はそれを受け取るとその場から移動し周囲に誰もいないことを確認してからスマホに魚を収納し調理を行う。
塩焼きは簡単なので2分もかからず作ることができる。
ただそこまで早いと何か言われそうなので10分ほど時間を潰してから戻ることにした。
戻るといつのまにか何匹も魚が釣れていたのかスコアボードに現在の記録が表示されていた。
どうやらあの釣りバカ子爵がダントツの1位らしい。
他の男爵たちは今だに話しに夢中で釣りどころではない。俺は焼き魚を持ったまま伯爵の元へとむかう。
「伯爵様。ただいま焼きあがりました。」
「おお。随分と早いな。しかも串焼きとはなかなか良い趣向だな。昔を思い出す…」
魚を受け取ると何かを思い出したかのように遠くを見るような目をしている。
それから伯爵とは思えないように魚にかぶりつく。
上品に食べるよりもこういった食べ方の方が好きなのだろうと思わせる食べっぷりだ。
結局骨も残さずに食べ切ってしまった。
満足したようで再び釣りをしながら俺に昔話をしてくれた。その話のほとんどは先代の子爵との話ばかりだ。
「あいつはなぁ…武人として名を残しておるが最初に戦いを身につけた理由は釣り場へ行くためというなんともアホらしい理由でな。その理由を知っている他の兵はあいつだけには負けられぬと切磋琢磨したもんじゃ。」
「それほどの釣り好きだったんですね。」
「ただのバカだがな。だがあいつは強かった。釣りのためならばどんな危険地帯でも迎うからな。儂もよくあいつに釣れていかれて死にかけたもんじゃ。本来なら儂よりも爵位が高くても問題はなかったが釣りが好きすぎて子爵止まりになったような男よ。」
なんというかそこまでの釣り好きだったのか。
この伯爵も武人としてはかなり名高い。
しかしそんな伯爵でも敵わないというのだから好きなもののためならばどこまでも頑張れるのだろう。釣りバカここに極まれりというやつだ。
それから色々と話してみるとこの伯爵は結構話しやすい男だ。
もっと武人と言うのなら堅物かと思ってもいたがそれではここの先代にはついていけなかったのだろう。
それからも釣りをしながら話していくと終了の知らせが来た。
どうやら1位は変わらず釣りバカ子爵ということで終わったらしい。
普通は伯爵もいるんだしそっちに譲るものだが釣りバカ子爵にはそんなことは関係ないらしい。
「商人よ。なかなか楽しかったぞ。ただ商人だというのなら儂相手にもう少しは商魂を見せねばならんがな。」
「ははは…恐縮です。」
釣り大会が良かったのかわからないが夕食は満足してもらえたらしい。
まあ子爵は毎食魚料理を食べるので魚料理だけならここのシェフはかなり良い腕をしている。
これならば今日は大成功と言っても良いだろう。
夕食後俺は厨房を借りていた。夕食は美味しかったのだが少し物足りなさが残ったので夜食を作らせてもらおうと思ったのだ。
洋風の料理ばっかりだったので少し和風のものが恋しい。
作るのは焼き魚を使った汁物だ。
アプリ内で焼いた魚を野菜を切り入れた鍋の中にそのまま入れるだけなのだが、魚から良い出汁が出る上に焼いてあることによって生臭さが抑えられ香ばしさが足される。
干物でやるともっと美味しいのだがまあそこは仕方ないだろう。
材料の加減をしなかったのでかなり大量にできてしまったが収納しておけば良いので問題はないだろう。
ポチの食事にもなるので余って捨てるようなことは起きない。
寸胴鍋いっぱいにできたがきっと問題ないはずだ。
料理を作り終えそうな時にこちらに向かってくる足音が聞こえた。
足音の聞こえた方を見てみると子爵と伯爵、さらに伯爵の孫がそこにはいた。
「おや、先生。こちらで一体何をしているんですか?」
「ちょっとした料理を作っていたんですよ。それよりも皆様方は…」
「実は伯爵には今日の食事では食べ足りなかったようで料理長に何か頼もうと思いまして。」
そんなことならメイドに頼めば良いというのにこうして自分から来ちゃうのか。
すると伯爵は俺が作っていたものに興味を示したらしい。
「それは魚を入れた汁か?」
「ええ、味付けも塩だけなので庶民的なものですよ。」
「よし!それをもらおう。たまには昔を思い出すことも大切だからな。お前もそれで良いだろ。」
「私は現役なのですが…まあお爺様がそういうのなら拒否することもありませんが。」
いやいや、俺に問題があるって。こんなものを伯爵に出したなんて知られたら何言われるか分からないぞ。
しかし何を言っても無駄なようで結局全員分振舞うことになった。
しかも食べるときは俺も同席することとなった。
騒ぎを聞きつけた料理長がなんてことをと言いたそうな表情で俺のことを睨んでくるが俺にだってどうしようもなかったのだ。なんとか許してほしい。
俺の作った焼き魚汁は貴族らしく上品に食べられるのかと思ったが伯爵はズルズルと音を立てながら飲み始めた。
孫がぎょっとした目で見ているけどそれでいいのか?
「汁に魚と野菜の出汁が出ていてなかなかうまいぞ。具も多くてこれはなかなかいける。」
「お爺様…さすがにもう少し上品に食べてもらわないと……」
「何をいうか。こういったのはこうして食べるのが一番うまいのよ。魚も形が残ったままだが骨が柔らかいから丸々食えるな。はらわたの苦さがまたいい」
やっぱりこの爺さん貴族なんかより冒険者とかの方がよっぽど似合っている気がする。
その後何を言ってもダメだと悟ったのか他の面々も俺の焼き魚汁を食べて行く。
俺もどうせなら一緒にということで食べているが正直あの爺さんみたいに汁をすすりたい。
こんなスプーンでちまちまなんて飲んでいたくない。
「なんじゃどいつもこいつも上品に飲みおって全く…」
少し不機嫌そうだな。じゃあここは仕方ないからすするとするか。
本当に仕方ない。
全くそんな下品な飲み方本当はしたくないんだけどなぁ。
ずずぅ…ぷはぁ…やっぱこれだね。
「おお!良いではないか商人よ。しかも先ほどまでよりうまそうに食べているではないか。全く猫をかぶりおって。」
「私は庶民ですからね。この方が合っているんですよ。まあ普段はやらないのですが伯爵様のお言葉ですから。」
「見所があるな。なかなかいい肝の座り方だ。そうだ、お主も王都に来るが良い。先ほどここの釣りバカと話してしばらくの間王都に来ることが決まっておってな。お主も同行するといい。旅費が浮くぞ。」
王都か。ここ以外にももちろん街があるのは当たり前といえば当たり前だからな。
今までこの街にずっと滞在してきたけどこの先もずっとこの街にいる必要なんてないからな。
商売も厳しくなってきたし心機一転他の街でやるっていうのもいいかもな。そのためには…
「ものすごく魅力的なお話なのですが人から金を借りていてそれを返すまでこの街からは出られそうにないんですよ。」
「なんと!それは大金か?」
「そうですね。残りは金貨80枚なので一月もあればなんとかなりますが。」
「その程度でしたら先生。今回の働いたぶんの給金でなんとかなります。なんせ先生を10日もお借りしたのですから。金貨100枚はくだらないでしょう。」
「さすがに貰い過ぎですよ。そのようなことをされては私と子爵様の関係に悪影響を与えます。」
「ふむ…そう言うのでしたら此度の移動の間も色々と話をすると言うのはどうでしょう。王都までは長旅ですからな。暇をつぶすのにはちょうど良いでしょう。そのぶんの給金を先払いということで計金貨100枚と言うことでどうでしょう。」
さすがにそれでも貰い過ぎなんだよなぁ。けどこんなチャンスそうそうないし。
ここは子爵の好意をありがたくいただこう。
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