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第六話
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僕は岡田くんとバッテリーを組んでいた。透ちゃんが遠くで見守っている。いいところを見せないといけないなあ。
「岡田くん、結構速い球を投げるけれど、受け止められるかい?」
そう言うと、岡田くんは少し戸惑っていたが、強気な様子でこう言い放った。
「大丈夫、君こそコントロールは大丈夫かい? いくら速くてもノーコンじゃ意味ないよ」
「ふふ、その意気だよ」
僕はキャッチャーミットにいつもより遅めに投げる。僕はピッチャーのお手本とも言えるオーバースローを披露した。
バァァァァン。
すると、岡田くんは意外なことを僕に言った。
「まだ、秀一くんは体が固いね。ストレッチをサボっているんじゃないのかい? 僕に投げる前にもやっていた風には見えなかったけど?」
え?
そうか……子供の姿になってすっかり忘れていた。感覚の変化で、記憶からすっぽり抜けていてしまったのか。さすが、甲子園に出場した兄を持つキャッチャーだ。僕のそんなところを見抜くとは。
「あ……それは」
「まあ今日は初日だからね。忘れていたのも仕方ないけれど、今度からきっちりやってくるんだよ」
痛いところを突かれた。そうだ、ストレッチは投手にとって本当に大切なことだった。ケガの防止に繋がる上、体の可動域が広がることで、球速がぐんと上がる。
例えば、ステップ幅と言われる股関節の柔軟性や、伏臥状態そらしによる胸郭、胸椎、肩甲骨の柔軟性が何より大事なのだ。
「わかった、今度からきっちりやっておくよ。忠告ありがとう……。岡田くん」
僕はストレッチの重要性を再認識し、投球練習を続けるのだった。
一通り投げ込んだあと、岡田くんが話しかけてきた。
「でも、やっぱりすごいフォームで投げるんだね。色んなオーバースローを見てきたけれど、秀一くんのオーバースローが一番見ていて綺麗だよ。やっぱり投手はフォームが基本で大事なことだよね」
「うん、でもそのために柔軟性が基本なんだ。やっぱりストレッチが大事なんだよ。体操選手のようにはいかないけれど、それくらいしないと、正しいフォームは身につかないよね」
「あはは、わかってるならいいよ。どんなスポーツでも基本が一番大事だよね」
岡田くんは何者なんだろう。とても小学生には思えない。高校生でも言わないようなことを言ってくる。
「じゃあ、キャッチボールをしようか」
僕はそれに賛成し、クールダウンをするように球を投げ合う。よく見ると岡田くんの肩がとても強いように感じる。普段から、上腕三頭筋や広背筋を鍛えている証拠だ。
岡田くんはキャッチボールが好きなようだった。キャッチボールをすれば、手っ取り早く肩を鍛えられるし、お互いの意思を確かめ合える。つまり捕手にとって、キャッチボールとはコミュニケーションを図るにはもってこいの練習なのだ。
一時間ほどキャッチボールを行ったあと、簡単な走り込みをして今日の練習は終わりとなった。初日ならこんなものだろう。
「秀一くん、明日からしっかりストレッチをするようにね」
「わかったってば」
岡田くんは早くも女房役を自分から買っていた。でも、この子なら僕のよい相棒になってくれそうだ。僕はこの神和リトルがすぐに好きになった。
帰り道に透ちゃんが話しかけてきた。
「ストレッチのことについて言われてたね。ストレッチってそんなに大事なの?」
「ああ、メジャーに行ったイチローなんかもストレッチを一番大事にしていただろう? 野球選手にとってストレッチは何より大事なんだよ。柔軟性があることで、投手はよりフォームがきちんとするし、体全体を使えるようになることで球速も上がるんだ」
「ふーん、大事なことならきちんとやらなきゃ! サボってちゃだめなんだよ!」
「うん、わかってるから。みんなして僕にプレッシャーかけるんだからなあ」
これから家でもストレッチはやるように! と透ちゃんに釘を刺された僕はため息をつきながら、家へと帰るのであった。
透ちゃんの言われた通り、僕は自分の部屋でストレッチをやっていた。
股割りをしていて思ったことがある。どうして股関節の柔軟はこんなにも辛いのか。
僕は気合いを入れて、太ももの内側にある内転筋と、ももの裏側のハムストリングスを重点的に柔らかくする。
この二つの筋肉の柔軟性が必要で、ここが柔らかくないと、うまく股割りができない。
「うおおおお」
透ちゃんに背中を押してほしかったのは山々だったのだが、何か誤解されそうだったので、我慢してこうして一人でやっている。
「透ちゃんが大きくなったら、あんなことやこんなことをしてもらうぞぉ」
これは柔軟の話である。
高校生になったら、ストレッチパートナーとして、存分に透ちゃんを使い倒そうと考えていたのだ。
「待っていてくれ。高校生の透ちゃん!」
その光景を思い浮かべ、勢いにのった僕は、鬼のような柔軟を見せた。
これが火事場の馬鹿力というものなのか……いや、使いかたを間違っていると思うのは気のせいだろう。
「岡田くん、結構速い球を投げるけれど、受け止められるかい?」
そう言うと、岡田くんは少し戸惑っていたが、強気な様子でこう言い放った。
「大丈夫、君こそコントロールは大丈夫かい? いくら速くてもノーコンじゃ意味ないよ」
「ふふ、その意気だよ」
僕はキャッチャーミットにいつもより遅めに投げる。僕はピッチャーのお手本とも言えるオーバースローを披露した。
バァァァァン。
すると、岡田くんは意外なことを僕に言った。
「まだ、秀一くんは体が固いね。ストレッチをサボっているんじゃないのかい? 僕に投げる前にもやっていた風には見えなかったけど?」
え?
そうか……子供の姿になってすっかり忘れていた。感覚の変化で、記憶からすっぽり抜けていてしまったのか。さすが、甲子園に出場した兄を持つキャッチャーだ。僕のそんなところを見抜くとは。
「あ……それは」
「まあ今日は初日だからね。忘れていたのも仕方ないけれど、今度からきっちりやってくるんだよ」
痛いところを突かれた。そうだ、ストレッチは投手にとって本当に大切なことだった。ケガの防止に繋がる上、体の可動域が広がることで、球速がぐんと上がる。
例えば、ステップ幅と言われる股関節の柔軟性や、伏臥状態そらしによる胸郭、胸椎、肩甲骨の柔軟性が何より大事なのだ。
「わかった、今度からきっちりやっておくよ。忠告ありがとう……。岡田くん」
僕はストレッチの重要性を再認識し、投球練習を続けるのだった。
一通り投げ込んだあと、岡田くんが話しかけてきた。
「でも、やっぱりすごいフォームで投げるんだね。色んなオーバースローを見てきたけれど、秀一くんのオーバースローが一番見ていて綺麗だよ。やっぱり投手はフォームが基本で大事なことだよね」
「うん、でもそのために柔軟性が基本なんだ。やっぱりストレッチが大事なんだよ。体操選手のようにはいかないけれど、それくらいしないと、正しいフォームは身につかないよね」
「あはは、わかってるならいいよ。どんなスポーツでも基本が一番大事だよね」
岡田くんは何者なんだろう。とても小学生には思えない。高校生でも言わないようなことを言ってくる。
「じゃあ、キャッチボールをしようか」
僕はそれに賛成し、クールダウンをするように球を投げ合う。よく見ると岡田くんの肩がとても強いように感じる。普段から、上腕三頭筋や広背筋を鍛えている証拠だ。
岡田くんはキャッチボールが好きなようだった。キャッチボールをすれば、手っ取り早く肩を鍛えられるし、お互いの意思を確かめ合える。つまり捕手にとって、キャッチボールとはコミュニケーションを図るにはもってこいの練習なのだ。
一時間ほどキャッチボールを行ったあと、簡単な走り込みをして今日の練習は終わりとなった。初日ならこんなものだろう。
「秀一くん、明日からしっかりストレッチをするようにね」
「わかったってば」
岡田くんは早くも女房役を自分から買っていた。でも、この子なら僕のよい相棒になってくれそうだ。僕はこの神和リトルがすぐに好きになった。
帰り道に透ちゃんが話しかけてきた。
「ストレッチのことについて言われてたね。ストレッチってそんなに大事なの?」
「ああ、メジャーに行ったイチローなんかもストレッチを一番大事にしていただろう? 野球選手にとってストレッチは何より大事なんだよ。柔軟性があることで、投手はよりフォームがきちんとするし、体全体を使えるようになることで球速も上がるんだ」
「ふーん、大事なことならきちんとやらなきゃ! サボってちゃだめなんだよ!」
「うん、わかってるから。みんなして僕にプレッシャーかけるんだからなあ」
これから家でもストレッチはやるように! と透ちゃんに釘を刺された僕はため息をつきながら、家へと帰るのであった。
透ちゃんの言われた通り、僕は自分の部屋でストレッチをやっていた。
股割りをしていて思ったことがある。どうして股関節の柔軟はこんなにも辛いのか。
僕は気合いを入れて、太ももの内側にある内転筋と、ももの裏側のハムストリングスを重点的に柔らかくする。
この二つの筋肉の柔軟性が必要で、ここが柔らかくないと、うまく股割りができない。
「うおおおお」
透ちゃんに背中を押してほしかったのは山々だったのだが、何か誤解されそうだったので、我慢してこうして一人でやっている。
「透ちゃんが大きくなったら、あんなことやこんなことをしてもらうぞぉ」
これは柔軟の話である。
高校生になったら、ストレッチパートナーとして、存分に透ちゃんを使い倒そうと考えていたのだ。
「待っていてくれ。高校生の透ちゃん!」
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