生まれ変わったら、いつの間にか甲子園に出場していた件

すふにん

文字の大きさ
上 下
6 / 7

第六話

しおりを挟む
 僕は岡田くんとバッテリーを組んでいた。透ちゃんが遠くで見守っている。いいところを見せないといけないなあ。

「岡田くん、結構速い球を投げるけれど、受け止められるかい?」

 そう言うと、岡田くんは少し戸惑っていたが、強気な様子でこう言い放った。

「大丈夫、君こそコントロールは大丈夫かい? いくら速くてもノーコンじゃ意味ないよ」

「ふふ、その意気だよ」

 僕はキャッチャーミットにいつもより遅めに投げる。僕はピッチャーのお手本とも言えるオーバースローを披露した。

 バァァァァン。

 すると、岡田くんは意外なことを僕に言った。

「まだ、秀一くんは体が固いね。ストレッチをサボっているんじゃないのかい? 僕に投げる前にもやっていた風には見えなかったけど?」

 え?

 そうか……子供の姿になってすっかり忘れていた。感覚の変化で、記憶からすっぽり抜けていてしまったのか。さすが、甲子園に出場した兄を持つキャッチャーだ。僕のそんなところを見抜くとは。

「あ……それは」

「まあ今日は初日だからね。忘れていたのも仕方ないけれど、今度からきっちりやってくるんだよ」

 痛いところを突かれた。そうだ、ストレッチは投手にとって本当に大切なことだった。ケガの防止に繋がる上、体の可動域が広がることで、球速がぐんと上がる。

 例えば、ステップ幅と言われる股関節の柔軟性や、伏臥ふくが状態そらしによる胸郭、胸椎、肩甲骨の柔軟性が何より大事なのだ。

「わかった、今度からきっちりやっておくよ。忠告ありがとう……。岡田くん」

 僕はストレッチの重要性を再認識し、投球練習を続けるのだった。

 一通り投げ込んだあと、岡田くんが話しかけてきた。

「でも、やっぱりすごいフォームで投げるんだね。色んなオーバースローを見てきたけれど、秀一くんのオーバースローが一番見ていて綺麗だよ。やっぱり投手はフォームが基本で大事なことだよね」

「うん、でもそのために柔軟性が基本なんだ。やっぱりストレッチが大事なんだよ。体操選手のようにはいかないけれど、それくらいしないと、正しいフォームは身につかないよね」

「あはは、わかってるならいいよ。どんなスポーツでも基本が一番大事だよね」

 岡田くんは何者なんだろう。とても小学生には思えない。高校生でも言わないようなことを言ってくる。

「じゃあ、キャッチボールをしようか」

 僕はそれに賛成し、クールダウンをするように球を投げ合う。よく見ると岡田くんの肩がとても強いように感じる。普段から、上腕三頭筋や広背筋を鍛えている証拠だ。

 岡田くんはキャッチボールが好きなようだった。キャッチボールをすれば、手っ取り早く肩を鍛えられるし、お互いの意思を確かめ合える。つまり捕手にとって、キャッチボールとはコミュニケーションを図るにはもってこいの練習なのだ。

 一時間ほどキャッチボールを行ったあと、簡単な走り込みをして今日の練習は終わりとなった。初日ならこんなものだろう。

「秀一くん、明日からしっかりストレッチをするようにね」

「わかったってば」

 岡田くんは早くも女房役を自分から買っていた。でも、この子なら僕のよい相棒になってくれそうだ。僕はこの神和リトルがすぐに好きになった。

 帰り道に透ちゃんが話しかけてきた。

「ストレッチのことについて言われてたね。ストレッチってそんなに大事なの?」

「ああ、メジャーに行ったイチローなんかもストレッチを一番大事にしていただろう? 野球選手にとってストレッチは何より大事なんだよ。柔軟性があることで、投手はよりフォームがきちんとするし、体全体を使えるようになることで球速も上がるんだ」

「ふーん、大事なことならきちんとやらなきゃ! サボってちゃだめなんだよ!」

「うん、わかってるから。みんなして僕にプレッシャーかけるんだからなあ」

 これから家でもストレッチはやるように! と透ちゃんに釘を刺された僕はため息をつきながら、家へと帰るのであった。

 透ちゃんの言われた通り、僕は自分の部屋でストレッチをやっていた。

 股割りをしていて思ったことがある。どうして股関節の柔軟はこんなにも辛いのか。

 僕は気合いを入れて、太ももの内側にある内転筋と、ももの裏側のハムストリングスを重点的に柔らかくする。

 この二つの筋肉の柔軟性が必要で、ここが柔らかくないと、うまく股割りができない。

「うおおおお」

 透ちゃんに背中を押してほしかったのは山々だったのだが、何か誤解されそうだったので、我慢してこうして一人でやっている。

「透ちゃんが大きくなったら、あんなことやこんなことをしてもらうぞぉ」

 これは柔軟の話である。

 高校生になったら、ストレッチパートナーとして、存分に透ちゃんを使い倒そうと考えていたのだ。

「待っていてくれ。高校生の透ちゃん!」

 その光景を思い浮かべ、勢いにのった僕は、鬼のような柔軟を見せた。

 これが火事場の馬鹿力というものなのか……いや、使いかたを間違っていると思うのは気のせいだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

痔END

もじゃもじゅ
青春
とある少年が痔になった。帰宅途中、信号待ちをしている少年に少女が話しかけてきた。 「あなた痔ですか?」 突然の質問に固まる少年。男子校に通う少年は久しぶりの異性に困惑してしまう。痔が原因で、謎の少女と接点を持つ、とある少年の物語。 現役男子校の男子高生が描く、全く新しい世界観をお届けします。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

未冠の大器のやり直し

Jaja
青春
 中学2年の時に受けた死球のせいで、左手の繊細な感覚がなくなってしまった、主人公。  三振を奪った時のゾクゾクする様な征服感が好きで野球をやっていただけに、未練を残しつつも野球を辞めてダラダラと過ごし30代も後半になった頃に交通事故で死んでしまう。  そして死後の世界で出会ったのは…  これは将来を期待されながらも、怪我で選手生命を絶たれてしまった男のやり直し野球道。  ※この作品はカクヨム様にも更新しています。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

僕は 彼女の彼氏のはずなんだ

すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は 僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく

処理中です...