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第一話
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「夢の甲子園。夏の全国高校野球が幕を下ろしました」
ワアアアア。
甲子園に参加した選手たちが、涙を流している。そんな中、テレビに釘付けになっていた僕は、甲子園球場には分からない様、人知れず涙を流していた。
伊泉秀一選手、怪我により、欠場。
「何てことでしょう。甲子園ドラフト候補であった、古屋学園ピッチャーの伊泉選手が怪我により退場しました」
「心配ですねえ、次の試合に差し支えないとよいのですが」
そうして、僕の野球人生は終わりを告げた。
必死のリハビリにも関わらず、度重なる変化球で肘を痛めた、僕の右腕は甲子園球場では、使い物にならなくなった。
あの甲子園に向けて、必死で練習していた日々は一体、何だったのか。僕の青春は誰もが予想が付かない形で終わりを迎えてしまった。
中学時代から、野球一本。学業も、遊びも、全てを捨てて、野球一筋で来た僕は、ドラフト候補に挙がるまで有名になり、プロからも注目されていた。
そんな中、ベスト4で強豪、三吉学院と当たり、乱打戦になった試合で事件は起こった。
9回表ツーアウト、同点。三吉学院の攻撃。バッターは、3回の攻撃で、ホームランを打っている選手だ。
ここはストレートで、仕留めてやる。
正々堂々と、三振を取ろうとしていた僕は、140キロの直球で、仕留めに掛かっていた。
だが、相手のバッターは、粘り強いバッティングでファールを連発し、中々倒れてくれない。
変化球を使おう。
僕は十八番である、シンカーを繰り出し、何とか三振を取ろうとする。
だが、9回までに度重なる乱打戦で、腕が疲労していた僕は、上手くコントロールが定まらない。
僕は泥の様にぼたぼた落ちる汗を、ユニフォームの袖で拭い、相手バッターの目を見る。
このバッター、何で諦めないんだ……。とっとと倒れやがれ。
僕は炎天下の中での長期戦で、イライラが頂点に達し、遂、思ってはならないことを思ってしまった。
このシンカーで終わりだ。
僕はここで終わりにしようと、最後の変化球を繰り出そうと腕を振る。
「ストライク! 三振!」
やった! 終わりだ! これで後続が、一点でも取ってくれれば試合は終わる。
安心したのも束の間、僕の肘に異変が起こる。
僕は顔をしかめる様に歪め、地面に蹲る。
「どうしたんでしょう。伊泉選手。あ……肘を痛めたか!? こ、これは大変なことになりました」
「救護班が呼ばれています。これは心配です。ここで、伊泉選手、退場です。無事を祈りましょう」
……。
右肘は回復せず、甲子園は終わった。
症状は、右肘靱帯断裂。
野球人生の終わりを意味する言葉だった。親が病室で泣いている。僕は、何故か瞼から涙すら出てこなかった。
絶望とはこの様な感情なのだろうか。僕は目の前が真っ暗になる感覚をこの歳で覚えた。
「手術をすれば、回復の見込みはあります。だけれど、プロとして、活動するには諦めた方がよいです。それより、新しい道を探した方が本人の為には――」
何やら医師の話が続いている。僕は、耳に親のすすり泣く声すら届かなくなっていた。ふらふらと、病院を出る。その帰り道、交差点で走ってくる危険運転をしていた車に衝突した。
運命という奴だろう。
天井に白い壁がある。隣に看護師風の女性が立っているのが見えた。
「秀一くん……起きた?」
「あなたは? ここは病院ですか……? ああ、車に轢かれてしまったんですね。何だか、清々しい思いです。逆にここまで不幸が重なると人間、絶望すら、通りこしてしまうものなんですね」
「ええ……」
「看護師さん、僕はもういいので、病室を出て行ってくれませんか? 少し一人になりたい気分なんです」
「お気の毒にね」
え? どういう意味だろう。どこか体に異変は感じられない。五体満足なはずだ。先ほど、言われた通り、これからは新しい道を探そうと思った矢先、とんでもないことを言われた。
「あなたは亡くなったのよ」
「そ、それはどういう意味で」
その看護師は、じっとこちらを見つめている。どこか悲しそうな表情だ。
「な、亡くなった……それは死んだという意味ですか? ここは天国なんですか?」
「ええ、正確には三途の川にある病院よ。あなたは回復したら、裁判を受けて、これから赴く世界が決まるの」
「そんなばかな……一体僕が何をしたと言うんですか? これ程、不幸なことが人の身で受ける訳が……」
「ええ、余りにも可哀想だから、天国行きが決まる様に、上で話し合いが行われているところよ。秀一くん、これは秘密の話なのだけれど……」
「い、嫌だ。僕は、これから可愛い女の子とたくさんデートをして、好きな人と結婚する未来が待っているんだ」
新しい道というのを恋愛に直結させていた僕は、隣の看護師に文句を言う。
「……割と素直なのね。秀一くん、その元気があれば大丈夫そうね。流石、甲子園ピッチャー。タフなのね」
「大丈夫よ。天国でたくさんデートすればいいわ。それよりもあなたが受ける裁判の日にちなのだけれど……」
中陰を過ぎて、49日目になるというレクチャーを受ける。
「大人しくしててね」
「……」
僕は地上の世界で女の子とデートが出来ないという、新しい事実に、ただ打ちのめされるのだった。
ワアアアア。
甲子園に参加した選手たちが、涙を流している。そんな中、テレビに釘付けになっていた僕は、甲子園球場には分からない様、人知れず涙を流していた。
伊泉秀一選手、怪我により、欠場。
「何てことでしょう。甲子園ドラフト候補であった、古屋学園ピッチャーの伊泉選手が怪我により退場しました」
「心配ですねえ、次の試合に差し支えないとよいのですが」
そうして、僕の野球人生は終わりを告げた。
必死のリハビリにも関わらず、度重なる変化球で肘を痛めた、僕の右腕は甲子園球場では、使い物にならなくなった。
あの甲子園に向けて、必死で練習していた日々は一体、何だったのか。僕の青春は誰もが予想が付かない形で終わりを迎えてしまった。
中学時代から、野球一本。学業も、遊びも、全てを捨てて、野球一筋で来た僕は、ドラフト候補に挙がるまで有名になり、プロからも注目されていた。
そんな中、ベスト4で強豪、三吉学院と当たり、乱打戦になった試合で事件は起こった。
9回表ツーアウト、同点。三吉学院の攻撃。バッターは、3回の攻撃で、ホームランを打っている選手だ。
ここはストレートで、仕留めてやる。
正々堂々と、三振を取ろうとしていた僕は、140キロの直球で、仕留めに掛かっていた。
だが、相手のバッターは、粘り強いバッティングでファールを連発し、中々倒れてくれない。
変化球を使おう。
僕は十八番である、シンカーを繰り出し、何とか三振を取ろうとする。
だが、9回までに度重なる乱打戦で、腕が疲労していた僕は、上手くコントロールが定まらない。
僕は泥の様にぼたぼた落ちる汗を、ユニフォームの袖で拭い、相手バッターの目を見る。
このバッター、何で諦めないんだ……。とっとと倒れやがれ。
僕は炎天下の中での長期戦で、イライラが頂点に達し、遂、思ってはならないことを思ってしまった。
このシンカーで終わりだ。
僕はここで終わりにしようと、最後の変化球を繰り出そうと腕を振る。
「ストライク! 三振!」
やった! 終わりだ! これで後続が、一点でも取ってくれれば試合は終わる。
安心したのも束の間、僕の肘に異変が起こる。
僕は顔をしかめる様に歪め、地面に蹲る。
「どうしたんでしょう。伊泉選手。あ……肘を痛めたか!? こ、これは大変なことになりました」
「救護班が呼ばれています。これは心配です。ここで、伊泉選手、退場です。無事を祈りましょう」
……。
右肘は回復せず、甲子園は終わった。
症状は、右肘靱帯断裂。
野球人生の終わりを意味する言葉だった。親が病室で泣いている。僕は、何故か瞼から涙すら出てこなかった。
絶望とはこの様な感情なのだろうか。僕は目の前が真っ暗になる感覚をこの歳で覚えた。
「手術をすれば、回復の見込みはあります。だけれど、プロとして、活動するには諦めた方がよいです。それより、新しい道を探した方が本人の為には――」
何やら医師の話が続いている。僕は、耳に親のすすり泣く声すら届かなくなっていた。ふらふらと、病院を出る。その帰り道、交差点で走ってくる危険運転をしていた車に衝突した。
運命という奴だろう。
天井に白い壁がある。隣に看護師風の女性が立っているのが見えた。
「秀一くん……起きた?」
「あなたは? ここは病院ですか……? ああ、車に轢かれてしまったんですね。何だか、清々しい思いです。逆にここまで不幸が重なると人間、絶望すら、通りこしてしまうものなんですね」
「ええ……」
「看護師さん、僕はもういいので、病室を出て行ってくれませんか? 少し一人になりたい気分なんです」
「お気の毒にね」
え? どういう意味だろう。どこか体に異変は感じられない。五体満足なはずだ。先ほど、言われた通り、これからは新しい道を探そうと思った矢先、とんでもないことを言われた。
「あなたは亡くなったのよ」
「そ、それはどういう意味で」
その看護師は、じっとこちらを見つめている。どこか悲しそうな表情だ。
「な、亡くなった……それは死んだという意味ですか? ここは天国なんですか?」
「ええ、正確には三途の川にある病院よ。あなたは回復したら、裁判を受けて、これから赴く世界が決まるの」
「そんなばかな……一体僕が何をしたと言うんですか? これ程、不幸なことが人の身で受ける訳が……」
「ええ、余りにも可哀想だから、天国行きが決まる様に、上で話し合いが行われているところよ。秀一くん、これは秘密の話なのだけれど……」
「い、嫌だ。僕は、これから可愛い女の子とたくさんデートをして、好きな人と結婚する未来が待っているんだ」
新しい道というのを恋愛に直結させていた僕は、隣の看護師に文句を言う。
「……割と素直なのね。秀一くん、その元気があれば大丈夫そうね。流石、甲子園ピッチャー。タフなのね」
「大丈夫よ。天国でたくさんデートすればいいわ。それよりもあなたが受ける裁判の日にちなのだけれど……」
中陰を過ぎて、49日目になるというレクチャーを受ける。
「大人しくしててね」
「……」
僕は地上の世界で女の子とデートが出来ないという、新しい事実に、ただ打ちのめされるのだった。
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