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石油王さん(だと思う)に買われた

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 ノゾムが連れられたのは、宮殿のようなところであった。いや、別に前時代的な建物というわけではない。やたら広い敷地、大きすぎるまるで城壁のような壁、庭と言うには広大な広場、古い建築様式の建物と、現代的な建物が、不思議な調和を守って建っている。
 日本国内や観光地ていどでは想像つかない光景に、ノゾムはなんかある、としか言いようがない。雲一つ無い空は抜けるように青い。まともに青空を見たのはもう何ヶ月ぶりであろうか。

 ようやく淫具をとることを許され、体を洗うよう命じられる。命令を聞くということに、ノゾムはいまだ慣れない。脅迫されてようやく頷くくらいである。なんとかぎこちなく頷いた。

 こ男は人間を買うクズだが、奴隷商人からは解放してくれたし、明るい場所で見るその顔はノゾムから見ても魅力的であった。

 西アジア独特の帽子を軽く布で巻き、その布を長く垂らしていた。みどり色の模様のあるそれは上品にも見え、黒い巻き毛を彩る。白く長い衣は、いかにもムスリムといったものだった。きらきらと、反射しているのは細かい刺繍だった。そして、ご面相はほりが深く目元は柔らかい。どこか甘い顔は温厚さと知性が見えた。上背もあり、体に厚みもある。二十代後半か三十路はじめか。そろそろ男盛りが近いというものだった。

 命令にとまどうノゾムを下女たちにつきだすと、恐ろしさのかけらもない笑顔を向けて

「これを洗って飾ってくれ」

 と言って、去っていった。ノゾムは女たちに淫具を取られる――しかも事務的に、だ――という屈辱の後、なされるがままに体を洗われ、尻にしっかり潤滑油を仕込まれると、ムスリム独特の服を渡された。腕を通すとスベスベとした生地で、妙に光沢がある。

「母さんの、着物……」

 正絹の着物に似た手触りであった。シルクの服だった。

 英語の通じない下女に小突き回されるようにひったてられると、男の前に連れて行かれる。男が、手を振った。ノゾム以外は部屋を出た。

 広い部屋、高い天井、大きなベッド。ノゾムは、この男が性のために自分を買ったのだと思い出し、今更ながら蒼白になった。

 ――お前のような年を取ったマグロは、まあ数回抱かれたあと転売されるか放り出されるかだな

 気持ち悪い、フェラチオができないと抵抗するノゾムに、しつける男が呆れて言った。結局、罰として精液まみれのパンを食わされた。ノゾムはそれでも抵抗するほど根性があるわけではない、普通の少年だったので、翌日からおとなしく陰茎をくわえた。

 ああいったことをしなきゃいけないし、それどころか体を暴かれるのだと、絶望さえ覚えた。いかに温厚そうなイケメンでも、人間を買うやつだった。

「君の名なんだが」

 美しい英語の発音で、男が言う。ノゾムは、名を言って、日本人です、助けて、と叫ぼうとした。父は有名ではないがそこそこ金持ちだったし、どこかで繋がりがあるかもしれないと期待もした。

「ムラードでどうかな。男の名を考えるのもいいね、うん、ムラードがいい」
「いや……オレの名前はノゾ――」

 きちんと名乗ろうとしたノゾムを、男が制す。

「君はムラードだ。僕がそう決めたから、君はムラードでしかない。他に名もなく、そして故郷もなく、親もない、たった三千万ぽっちのムラードだ」

 言われた意味がわかり、ノゾムは崩れ落ちた。思わず、床を拳で殴った後、さらに崩れ落ちた。男がその手をとり、少しなぞった後、顔を覗き込んでくる。
 ノゾムは、絶望の顔をしていなかった。悔しさで口を歪ませ、涙を流していた。我慢しようとして失敗した顔だった。

「僕の目に狂いはなかった。少し頭が良くて、きちんと自尊心があり恥を知っていて、楽天的で、そして無力。僕は君をかわいがろう、ムラード。君はまあ、君なりに僕に尽くしてくればいい。強制はしない、君の良さを僕はなるべく堪能したい。返事は? ムラード」

 苦労を知らないお気楽な平和ボケが欲しかった、ともとれる言葉だった。そして、ムラードになれという。十八年、ノゾムたらしめていた名を捨てろと言う。嫌だ、と言うべきか、わかりましたというべきか、ノゾムは迷った。

 嫌だった。自分を否定することなど、怖気さえ走る。それを耐え、生きるために、わかりましたと言うべきか。しかし、なにやら媚びられたくないようである。なら、どう言えばいいのか。

 男は、困惑する少年を愉快そうに見る。実際、おもしろい。ここで考えてしまう決断力のなさと余裕が、物珍しい。オークションでもそうである。万人の前で痴態をさらしながらも、見るなと恥辱に震える。そのくせ、自死を選ばない。そんなぬるま湯の人間が販売されているのも珍しい。

 男は観察する。少年はそれに気づかず、おずおずと口を開いた。

「ムラードって意味はなんですか」
「……希望だよ」

 奴隷に希望と名付ける男の神経はそうとうひどい。が、ノゾムはは息をついた。

「それでいいです」

 ノゾムとムラードは同じ意味だと、言い聞かせて頷く。自分は、とりあえずはムラードだ。ムラード。

 男は、すなおなノゾムに喜び抱き上げると、ベッドに放り投げて押し倒した。メスイキしている顔をさらして買われたくせに、ノゾムは逃げようとし、顔を赤らめた。男の熱がおそろしく、裾を割って入ってくる手が生々しかった。

 男がそれを押さえつける。

「風呂に入ったからといって、落ち着いたわけじゃないだろう。すぐ火がつく。新鮮なうちに未使用は味わいたい」

 優しい声だったが、言っていることは最悪だった。

「ひ、あ。あ! なまえ、あんたのなまえは?」

 動転しながら、ノゾムはなんとか引き延ばそうとした。体を弄られ、公開絶頂までしたが、それでも、逃げようとした。

 男は少し考えたあと

「サイイド。ミスターはいらない、サイイドとだけ呼べばいい」

 と笑った。

 ノゾムは、一気に腹の奥が重くなった。男が本名を名乗っていないと察したのだ。自分の軽さをまざまざと見せつけられて、吐きそうだった。

 サイイドが、ムラードの腰をひきよせる。ムラードという色奴隷は体をくねらして嫌がるが、まるで誘っているようであった。癖のある黒髪は艶めいており、中肉の体は少年を脱しかけた色気があった。それを愛でるサイイドは、服の上から見てもわかる良い体つきの色男で、沈丁花の華やかさと甘さを思わせる笑みは、人を蕩かすようであった。

 嘘くさい情景でもある。サイイドもムラードも、偽名であり、やってることは買った家畜を検分することと変わらない。

 ノゾムが身じろぎするたびに、風呂で仕込まれていた潤滑油が、尻の穴から漏れ出ていく。男――自称しているのだからもうサイイドで良いだろう、サイイドは己がまだ興奮しきっていないことに気づき、ノゾムの顔の近くまで体を移動させると、陰茎で頬を叩いた。

「勃たせて」

 いいながら、無理やり口にねじ込んでくる。ノゾムは寝転んだまま、必死に舌で舐めた。脅されてるわけでもないのに何をしてるんだと思えば、情けなく、そして悔しく恥ずかしい。サイイドは恥じ入るノゾムの顔と、先っぽだけしかくわえて舐めない幼さに興奮した。

 幼児趣味のつもりはなかったが、これもいい。

 サイイドはこころ浮き立つ気持ちのまま、口笛を吹くと、ノゾムがあからさまに怯えた。それは少し奴隷臭いと、サイイドは萎えかけた。

「ムラードは何も心配しなくてい」

 優しく微笑むと、ノゾムは警戒をあらわにした。これがいいと、サイイドは再度笑って体をよいように動かす。ノゾムの膝に手をかけるとわけいって、己を入れ込んだ。

 ノゾムは、入ってくる質量に怯えた後、体が悦んでいることに、恐怖した。

「嫌だ、やだ」

 サイイドが遠慮せず、腰を振り、ノゾムを堪能していく。仕込まれていると売られただけに、感度は良い。その感度に混乱してノゾムは首を振り、嫌がった。

「やだぁ、あ、ああっ、い、いっ」

 体をこわばらせながら、勢いのない射精をする。プラグから解放された尿道口は嬉しそうにぴくぴく震えていた。

「いった、いったんで、」

 ノゾムはサイイドを押しのけようとした。はいそれで、と男がやめるわけがない。サイイドがその手を払いのけると、ノゾムの口にむしゃぶりついた。

 一年前に付き合って別れた彼女としたキスは、もっと柔らかくて静かだった。熱く奪うように吸ってきて、息さえ食い尽くされそうな勢いで貪られる。

「ん、ん」

 ノゾムは苦しさのあまりサイイドにしがみついた。シルクの服にしわがよる。
 それが合図であったかのように、サイイドがノゾムの腰を掴み上げ、己の体を起こした。座ったサイイドがノゾムの腰を強く揺さぶる。

「おっ、お、あ、おお、あっ」

 ベッドに頭をすりつけ、弓なりになりながらノゾムは舌を突き出してあえいだ。腹の奥が何度もスパークする、とも思った。下半身を肉の質量がえぐり、行き来するたびに、ノゾムは絶頂した。

「あひっ、だめ、やら、いく、きて、きたから、いって、またきたぁっ」

 あー、あー、とあられもなく喘ぎながら、ノゾムは達し続けた。最後、ごりゅごりゅと奥を思い切りよくつかれながら精を中に出された時、ノゾムは何をされたのかわかって、顔を覆って泣きわめいた。

「ムラードの初めてが僕で良かった。そんな顔が見られるなんて、嬉しい」
 
 サイイドが、体を離し、ノゾムの頭を優しくなでながら笑った。少年の顔に浮かぶ悔しさと恥ずかしさは諦めの悪さである。無力なくせに諦め方を知らない少年を、このままでどういたぶり遊ぼうか。安い買い物だから、壊れても苦にならないが、長持ちするほうが良い。

「変態! クズ! 変態!」

 テロで死ぬ目にあい、誘拐されて転売されて、奴隷商人たちに何度叱られても懲りない能天気なノゾムは、気持ちのまま叫んだ。うっかり日本語であった。

「ボク、ニホンゴ少しわかるヨ。でもまあ、話しづらいから英語でいこう。ムラードのために、部屋を用意してあげよう、今日は特別に一緒にごはんも食べてあげる。君は僕のために生きなさい。僕のムラード」

 サイイドが歌うように言うと、ノゾムを引き寄せて抱きしめ、額に口づけながら頭をなでた。

「……サイイドさん」
「サイイド」
「……サイイドはナニモノなんだ? 石油王?」

 三千万がドルかどうか知らないが、大金をはした金扱いするムスリム、となればノゾムは石油王しか思い浮かばない。サイイドはノゾムの頬に指を沿わしたあと、顎を撫でた。ノゾムはくすぐったく首をすくめた。

「石油も持ってるよ。油田のことだろ?」

 石油王っていたんだ、と間抜けなこと言うノゾムをサイイドは愉快そうに見下ろす。愉快そう、ではなく、実際愉快である。

 誰に売られたのか、など気にする奴隷なんて、なかなかにいない。絶対者を詮索するなど売られるような子供は考えない。思考が狭く眼の前のことしか見えない彼らはこの『ムラード』のように思考することも悩むことも、恥じることもなく、そして用心深い。こんな、隙だらけの人間が売られて無事にここにいることがもはや奇跡であった。

「ムラード、君はとても素敵だ、魅力的だ。もっと僕にそれを見せてくれ」

 サイイドがノゾムを抱きしめながら再びベッドに押し倒した。

「いや、ちょっと、むり、むりだ!! 離せ、じゃなくてプリーズ、サイイド! 離してください、嫌だあ」

 ノゾムが髪を振り乱してわめいた。少し、長すぎる。あとで切らせよう、どのくらい切るか。そこは彼の――ムラード仮名の好みを尊重してやろうではないか。

 サイイド仮名は、自分が買った温室育ちの世間知らずをしゃぶりつくすべく、舌なめずりした。
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