青春怪異譚〜傲岸不遜な公族大夫の日常

はに丸

文字の大きさ
上 下
51 / 70
恋は秋菊の香り

蘀や蘀や、風其れ汝を吹かん。枯れ葉が風に舞ってふきつけるように、貴方が誘ってくれれば私はあなたの元へ

しおりを挟む
 さて。この韓無忌かんむきのネタは、宴席をおおいに盛り上げた。

 しかし、第一義は女官のお披露目、否、自慢である。

「先代からの数の少ない女官、ぶっちゃけ年増ばかりが余の世話をする。しかし! 新たな女官は若い! 目の保養だぞ」

 十代後半から二十才そこそこの女官たちに宴席を設けさせ、侍らせ、まずは州蒲しゅうほが勢いよく酒を呑んだ。

 この当時の酒は、香草や生薬と混ぜて呑んでいる。儀礼的な意味が大いにあったのであろうが、原始的で雑菌の多い酒であり、食中毒も防止していたようだ。

 この時も香草をふんだんにいれた酒であった。宣言通り、菊も入れた。菊の花も、薬草のひとつであった。

 さて。生薬独特のツンとした刺激臭と、酒精の甘さが入り交じったそれを士匄しかいは一息に飲み干し、空の杯を見せた。州蒲が頷き、同じように飲み干して杯を見せる。

 飲むときは一息に、主客同等に飲む。まあ、そういった価値観が形になり、このような習慣になっていると思えば良い。

 儀礼というほどでもない。大学生のビール一気飲み大会と変わらない。

 もちろん、下戸の欒黶らんえんは菊茶である。が、手拍子で囃したり、景気の良い合いの手を打つなど、ほとんど酔っ払いである。雰囲気酔いであろうが、かすかに漂う酒精にやられるほどの下戸なのかもしれない。

「東国は良き商人が多い。女官に相応しい奴隷を頼んだら、ほらこの通り」

 州蒲は手を広げ、部屋内の女たちを自慢する。

 統一性より、多様性を求めたらしい。背の高い女、低い女、色素の薄い女、濃い女。東西南北、と士匄は思った。

 欒黶に侍り、茶や料理の世話をする女は、肉感的で顔も濃い。所作がまだ馴染んでいないらしく、どこかたどたどしかった。元々宮中などではなく、ちょっとした富裕層に売る予定だったのかもしれなかった。

「……牛かよ」

 動くたびに欒黶の腕にあたる豊かな胸を見て、士匄は呟く。なにやらバカバカしくなっていた。

 まず、宴席において酒を注ぐのは介添えか主人である。

 女が酒を注ぐなど、私的で内輪な場を想像してしまう。つまり、州蒲の家庭にお邪魔しているようないたたまれなさがあった。

 もしくは、品性の無い酒乱の行い。たとえば、はるか昔にいん紂王ちゅうおう妲己だっきと共に行ったハイテンションな酒池肉林フェスティバル。

 士匄は傲岸不遜のゆとり世代で、少々型破りな価値観を持っている。年相応に下劣な話も楽しむ。が、趣味は豪勢かつ品の良いものを好んでいる。

 教養人を自負している彼は、プライベートキャバクラ接待にさっさと飽きた。

「恐れ入り奉ります。御酒ごしゅをお注ぎいたします」

 傍らに侍る女官が美しい拝礼と共に言った。

 こちらは、典雅さが板についている。この女は、士匄が微妙に興ざめしていることに気づいたらしい。

「晋公さまは良き大夫たいふさまに恵まれ、素晴らしいことです。あなたさまの、お座りになる姿、お飲みになる時の仕草、どれをとっても威儀を感じます」

 そっと小声で言祝ぎし、さらに、

 孑孑げつげつたる干旄かんぼう しゅんこう

 素糸そしこれう 良馬りょうばこれにす

 しゅたるの 何を以てこれあたえん

 と、士匄にだけ聞こえるような声で、静かに吟じた。

 国君が賢臣を求め訪ねる古詩こしである。女官は、州蒲が士匄を賢臣として好んでいるのだと讃え、そして場を盛り上げようとしたらしい。

 所作といい機転をきかせえた古詩といい、教養ある生まれのものが奴隷になったのであろう。

 当時、貴族でさえ政変や戦争、困窮で身を売ることはある。かつて晋公の娘が他国の下女になりはてたこともある。この女官も、元はどこかの貴族であったのだろう。

 士匄は女の顔を見た。意志の強そうな眉と、知的な瞳が印象に残る、整った顔であった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

画仙紙に揺れる影ー幕末因幡に青梅の残香

冬樹 まさ
歴史・時代
米村誠三郎は鳥取藩お抱え絵師、小畑稲升の弟子である。 文久三年(一八六三年)八月に京で起きて鳥取の地に激震が走った本圀寺事件の後、御用絵師を目指す誠三郎は画技が伸び悩んだままで心を乱していた。大事件を起こした尊攘派の一人で、藩屈指の剣士である詫間樊六は竹馬の友であった。 幕末の鳥取藩政下、水戸出身の藩主の下で若手尊皇派が庇護される形となっていた。また鳥取では、家筋を限定せず実力のある優れた画工が御用絵師として藩に召しだされる伝統があった。 ーーその因幡の地で激動する時勢のうねりに翻弄されながら、歩むべき新たな道を模索して生きる侍たちの魂の交流を描いた幕末時代小説! 作中に出てくる因幡二十士事件周辺の出来事、鳥取藩御用絵師については史実に基づいています。 1人でも多くの読者に、幕末の鳥取藩有志たちの躍動を体感していただきたいです。

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

通史日本史

DENNY喜多川
歴史・時代
本作品は、シナリオ完成まで行きながら没になった、児童向け歴史マンガ『通史日本史』(全十巻予定、原作は全七巻)の原作です。旧石器時代から平成までの日本史全てを扱います。 マンガ原作(シナリオ)をそのままUPしていますので、読みにくい箇所もあるとは思いますが、ご容赦ください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...