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やりたいことをやる

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 ピクニックデートで盛り上がり、勢いでアオカンである。常よりは手早く終わらせた二人は、身を整え、互いの体の汚れをはたいたりしているうちに、急激な照れと恥ずかしさとバツの悪さに顔を赤らめた。

「おぐしに土と葉がこんなに絡みついて」

 まず。趙武ちょうぶ士匄しかいの汚れをとっているうちに、顔をさあっと赤らめた。なぜここまで崩れ汚れたが。先程までの己の獣欲を思い出し、我に返ったのである。この、誰が見ているかもわからぬのっぱらで、睦み合い、声も抑えず盛った。良識と教養が求められる貴族がするようなことではない。

 趙武のもじもじとした仕草、唇を噛みしめても漏れてくる浮かれた空気、首まで紅潮し、存分に伝わってくる羞恥に、士匄もさすがに当てられいたたまれなくなった。若干頬を染めながら、趙武の頬に付いていた葉先を指で摘み取る。

「は。范叔はんしゅく。あの、えっと、お、お外で……その……はしたなく、あの。あ! でも、だ、誰も見てない、みたい、ですし、その」

 美しく可憐なその顔はとろりとした恍惚があり、手折られた瞬間の山百合のようなエロティシズムさえある。処女めいた清廉さも合わさり、乙女の開花でも見るようなフェチズムを男たちは掻き立てられるであろう。まあ、この『乙女』の脳内は、外でちんこ勃てて穴につっこんで射精しちゃった恥ずかしい、私の恋しい范叔すっごくかわいかったエロかったかわいかった、が反復横とびで交互に訪れている。極めて下半身に支配されていた。

 士匄は趙武の全てを察したわけではないが、だいたい想像した。童貞くささもこいつの楽しさか、と少々ヤケクソ気味になりながら、その細い腰に腕を絡めて引き寄せ、抱きしめる。

「あ、えっ、范叔っ」

 驚く趙武に、士匄は耳に口を寄せて囁いた。

趙孟ちょうもう。お前が意図的に無視しているのか。それとも気づいてないかしらぬが、面倒くさいので今言う。あのな。我らの手勢付き人、みな気づいている。絶対に、気づいている」

 士匄の言葉に、趙武の顔は茹でダコのように真っ赤となり、いっそ湯気でも出るような様相である。ぴーっと湯沸したヤカンの笛音でも鳴っていそうな、顔でもある。

「へ? え? なんて? え? え?」

 趙武の語彙力は完全に喪われた。士匄はその熱い頬を撫で、形の良い眉に口づけし、深く抱きしめると、さらに囁く。

「あれらは我らの護衛でもある。声が及ばぬところなどにいるものか。目の良いものなら、何をしているかまで見えていたであろう。小者どもは口に出さぬ、他にも漏らさぬ者どもであるから、その意味では誰も見てはおらぬが。今頃、やつらは我らの着替えでも用意しているだろうよ」

 あー……と呆けた顔をして趙武は脱力した。一応、一族の長である。若年であるが、べている。それが恋を交わしアオカンしちゃってるのを家臣どもに見られていた、ということに、今頃気づいたのである。士匄がしっかりと抱きしめているのは、恋情ではなく、趙武が叫びながら走り出すことを封じているのだ。若者は、興奮すると叫んで河に向かって走り出すものである。

 趙武が落ち着くまで、士匄は抱きしめたままじっとしていた。士匄としても、雌の快感に酔っていたところを昔から世話してくる手勢に見られているため、多少は照れくさい。が、この青年は身の回りを世話され慣れすぎているところもあり、手勢を同列の人だと思ってないふしが強く、そこは趙武より鈍感であった。

 それよりも、この、時間である。士匄はセックスも好きだが、事後も好きである。微妙な掛け違いもあり、濃厚なセックスをするわりには余韻を楽しまない二人であった。

 交わったあと、練りあわせたように混ざった互いの臭いを感じながら、未だ性を思い起こす汗を戯れに舐めてやるのも好きであり、肩を寄せ合い指を絡めてまるで愛撫するように手を弄ぶのも好きである。まあそういった遊びが度を超えてニラウンド目に突入することもままあるが、相手の女も満更でもなく受け入れる。

 そのような遊びを趙武としていないのはもったいない。士匄は趙武の耳の裏に鼻を寄せ、くん、と嗅ぐ。そのまま舐めると、発情独特の味と塩っけが舌に乗った。

「もう、くすぐったいです」

 色気よりも、士匄の犬のような仕草に趙武は笑った。下手に劣情を催すより、この無粋さが今は良い、と士匄は趙武と手を絡めた。趙武はその手に重ねるよう、もう片方の手を寄せ、士匄の手の甲を撫でる。撫でながら、繋いだ指をこすりあわせ、弄んだ。

 士匄は好きにさせて、趙武の耳から下、首筋を舐めた。やはり、性の名残が強い汗の味だった。己の腕の中で、趙武が身じろぎをした。感じてるわけでなく、笑っている。少しは、快楽を覚えているであろうが、それ以上に笑いがくるらしい。

「ふふ、范叔は甘えたですね」

 趙武が微笑みながら、覆いかぶさるような士匄に身をこすりあわせる。手は指を絡め直したり、手のひらをなぞったり、やりたい放題である。士匄の手が追いすがってくるさまを趙武は少しの支配欲を以て楽しんだ。

 士匄のような男が、睦んだあとに腹を見せるがごとく甘えてこれば、たいがいの女は完全に落ちる。この若者はこの甘えを楽しみ、しかし仕込みを無自覚に行うのであるから、始末が悪い。趙武も当然、沼に浸かっていく。粘性の支配欲が刺激され、愛しさも募る。しかし、趙武はバカではない。

「……そうすれば、私が浮かれる、などと思っておりませんよね?」

 習い性の媚態を見せているのではないか、という釘刺しに、士匄は拗ねた顔を向け、見せつけるように趙武の肩を噛んだ。

「やりたいことを、やっている。」

 満ち足りた肉食獣のような顔をして、士匄が趙武の体に己の身をこすりつける。カサリカサリと草が揺れ、露が衣を湿らせた。趙武は士匄の好きにさせながら、その手のひらを弄び指を絡ませ、時には額に口づけし、耳朶に息を吹きかけた。

 興奮するほどではない、軽い愛撫を互いに繰り返しながら、ふと士匄が我に返ったように起き上がる。

枸杞くこはどのくらいで飲める」

 唐突であった。一瞬、趙武は何を言われたかわからず、首を傾げた。士匄は、鈍い、と苦々しい顔を隠さなかった。この場合、どちらを責めるべきか、筆者としても悩ましい。

「一緒に摘んだやつだ」

 士匄の言葉に、趙武は己のたもとから布を取り出した。あれだけ激しく睦んだわりには、布はきちんとクコの葉を包んだままだった。昔、育ての親と摘んで干したことを思い出す。

「まず刻んで3日ほど天日干しをするんです。でも今はまだが弱いですから、もう少しかかるかもしれません。乾けば飲めます」

「詳しいな」

 尋ねたくせに、士匄は少し驚いた顔をする。手づから摘むわけだからある程度の目安くらいはあるだろう、と思ってはいた。が、具体的な言葉が返ってくるとは思っていなかった。士匄は知識として天日干しは太陽光で乾かすことだと知っているが、その程度でもある。身の回り全てを小者や奴隷に任せている大貴族の嗣子ししであり、儀式を除いて食事の用意もしない。

「ええ、まあ。私はあまり大夫として正しく育てられてませんので」

 ふわりと笑みながら、趙武がクコの葉を再び袂に入れた。そこに強がりもなければ、気負いもなく、卑屈さも無い。彼にとって当たり前すぎることなのだろう。士匄はそこに、かすかな拒絶を感じ、趙武の額を親指で撫でた。趙武は少し気持ちよさそうな顔をして、軽く身を任せてくる。

 粘性の想いを持つくせに、過去に対して酷薄である。趙武自身は自覚がない。本当に過去への感傷が無いわけではなく、強いからこそわざと麻痺させているのだろう。こういったところにさといのが士匄であり、だからなんだと無視して踏み潰していくのも士匄である。

 趙武個人の歪みなど知らぬ、貰い受ける想いだけがあれば良い、それが今までの士匄である。が、柔らかさの中にある強い芯と、その奥底にある膿んだ傷にどうも、触れたくなる。きっと、趙武の粘性に溺れているのであろう、と思った。

 この、恋愛に関して陶酔が上手い青年は、未だ経験したことのない恋情に片足突っ込んで沈もうとしている。

「次は枸杞を飲むときか。お前が誘ってくるはなかなかに良い。楽しみにしているから、趣向を凝らせ」

 低く囁き、趙武を引き寄せて口づけをした。趙武が腕を回してしがみつき、目をつぶって応じる。たいした時間もなく息を交わして、どちらともなくため息をついた。

「枸杞を飲む以外で何か必要なのでしょうか?」

 趙武が真顔で、首を傾げた。一途に恋を捧げるこの男は、遊びがなさすぎる。鈍い、無粋と口をとがらせながら士匄は趙武の鼻をつまんだ。

 ところで、余談。

 クコの葉は守られたが、趙武が幸せを祈り渡してきた芍薬は折れ、花びらも萎れ、無惨な姿で発見された。さすがの士匄も感傷的となりいたたまれなくもあり、指で折れを直しながら芍薬をじっと見た。    

 趙武が笑顔でその手を優しく止め、

「あのとき、私が芍薬をお渡しした事実は変わりません。あなたが嬉しいと思ったのならそれでいい。それで、いいんです」

 と言った。幸せを願う心はもう渡したのだから、という弁である。士匄は、それもそうだな、と頷きながらも、その歪んで捩れた芍薬を手放さず持って帰った。
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