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会えぬ日、枕を涙で濡らす

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 趙武ちょうぶのあやふやな気持ちは、恋ではなく支配だったのだ、という不快がまずあった。恋に互いへの執着はあり、それが支配に近い気持ちになることもあるだろう。士匄しかいだって女と戯れていたときに、これは俺のものだ、と思ったことはある。しかし、恋い焦がれる時間をすっ飛ばし、あのオボコはマーキングして所有し、支配したいわけだ! と士匄は決めつけ、不愉快となっている。

 そして、手癖で、定型のように恋を語っていると指摘され、不快どころでなく、火に油が注がれた。つまり、こちらは図星であった。士匄は趙武のような手慣れぬものならこうすれば喜び落ちると見て、様々な語らいをしていたのである。趙武なら喜ぶだろう、なんぞ、考えちゃいない。

「ここまでのガキと恋を語らうなど、普段ならせんぞ。ち、ありがたがって随喜ずいきする話であろうが」

 士匄は寝所で舌打ちしながら吐き捨てた。

 会わぬ、と言った士匄であるが、そもそも忍耐力が極めて低い男である。なぜ向こうから謝罪しないのか、と勝手に苛ついていた。趙武が土下座でもして謝り、恋しい范叔はんしゅくがいないと毎日涙で枕を濡らしてます、とでも言えば終わるの話なのである。あそこまで愛を疑うと言ってやったのである。心があれば、ひざまずいて許しを乞うのではなかろうか。

「なんて鈍くさい男だ。真面目で鈍い、最悪だな」

 ごろりと寝転び、士匄は己の不誠実さを棚に上げて口を尖らせた。趙武がしばしば逡巡した様子を見せるのは、士匄が己の恋情をテンプレートよろしく自分好みの演出で遊んでいるからである。士匄という男は本気で恋をしても、恋そのものを遊びとしている軽薄さがあった。土くさい情感を持つ趙武には不誠実と見えてしまう。

 士匄としては、そのくらい我慢しろ、と言いたかった。妥協しろ、とも。恋なんぞ、己がそうだと言い切ればそうなるものだというのに、趙武は最後の一線を越えてこない。

「わたしはお前が抱いてくれるから、恋をしようと思ったのだ。お前という男がおもしろい、そして恋しいとなったはその流れ。そうでなければお前を特別だとは思わん、くそ」

 悪態をつき、息を吐く。目をつむると、趙武の手やたくましさを思い出す。会わぬと士匄から宣言してしまったために、閨も遠くなってしまっていた。この3ヶ月、数日ごとの逢瀬に士匄の体は趙武にすっかり馴染み、肌は潤っていた。それがいきなり無くなり、体は悲鳴をあげているようであった。妻妾さいしょうを抱いても、この渇きは癒やされない。

趙孟ちょうもう、の……」

 趙武は未だに伺いを立てるようにゆっくりと分け入って、最初は焦らすようにのんびり動く。士匄が何度許しを請い頼んでも、じわじわとした責めをやめない。

「それ嫌、なのに」

 士匄は性の汗を思い出しながら呟く。一滴ずつ杯に酒が貯まるように積もっていく快感は地獄でもある。きもちよく、すぐ先に絶頂があるのに、つかむ前に引きずりおろされ、また一滴垂らされる。腹の奥に悦楽がぎゅうっとたまり、何層ものとぐろを巻いて、燻り続ける。勝手に腰が動いて、自分は浅ましく催促をする。

 は、と熱い息をつく。士匄は内股をすり合わせながら体の向きを変えた。見てもいないのに、己の肛がひくひくと物欲しそうに搖いているのがわかる。

 ご無沙汰だから。などという言い訳も考えないようにして、士匄は己の下部に手を伸ばした。少し熱を持った性器を無視して、奥の穴に指先を添わせた。思ったより柔らかなそこを、ぐいぐいと押し、むりやり一本、指を入れる。

 ――わたしは、何をしてるんだ

 体が飢えても自分で弄ったことなどない。さすがにそこまで、我慢できない淫乱ではなかったはずである。そのはずが、趙武に触られない日々、どこかかけちがった心地、会えば一瞬だけは満たされる体と心、次第に見えてくる齟齬、と諸々に耐久力は簡単に擦り切れたらしい。理性を放り投げて、士匄は中指をずうっとあなに入れた。

「っあ」

 指一本だけで、士匄は震えた。そのまま、趙武の指を思い出しながら擦り、かきまぜる。

「んっ、あ、あ、趙孟っ、趙孟……っ」

 存分に入るよう腕を伸ばし、体を丸めながら、士匄は中をいじった。指先に繊細な感触の膨らんだ肉が触れた。電気でも走るかのような痺れが腹のうちから脳天まで届く。

「は、あっ、あっこれっ」

 士匄はその、つまりは前立腺を指でさすり、叩いた。趙武がするよりは、丁寧さながなく、どこか切迫したものとなる。当然である、士匄は自分で為す快楽で切迫していた。

「やっ、あ、あっ、くる、くるっ、きてる、あっ、趙孟っ趙孟っ、そこ、そこっ」

『ここを弄られると泣いちゃう范叔、とてもかわいい、怖い? じゃあ私を見て、ほらここにいますから』

 ある時、わきあがる欲にどうしようもなくなってむせび泣いた士匄に、趙武が話しかけてきた。一人で生きていけると常日頃は思っている士匄であったが、このときばかりは、趙武にすがった。

 しかし、今、趙武はいない。

 士匄は自分で慰めながら、わけのわからない淫欲に不安となり、涙を流して、趙武の名を呼んだ。もちろん、いらえはない。

「う、あ、ぁ……」

 ふるりと体を震わせながら、士匄はだらだらと精を垂れ流した。射精の瞬間的な快感はなく、ただじわりと続く劣情が燻っている。もっと奥が欲しいと指を動かしたが、それ以上は届かなかった。

「は、……っ」

 士匄は仕方なく指を抜いた。渦巻く足りなさを埋めるものはここにはない。自慰をしたつもりで、慰むどころか切なくなるだけだった。

 もっそりと起き出し、手拭きを取ると、少しふやけた中指を丁寧にぬぐった。淡々と、感情のない顔を指に向け、爪まで丁寧に汚れをふきとる。そうして、布を放り出すと、再び敷布の上に寝転んだ。

「くそ」

 眉間にシワを寄せ、目をつむる。なんという、情けなさだろうか。この、欲するものなら遠慮なく手に取る己が、年下の男の情が足りぬ来ぬと、自慰を。しかも女のような自慰をするなどと、はらわた煮えくり返るというものであり、そして情けない。

 こんなに求めているのだ、恋しいと言おう。しかし、あの、性と恋に歪みのあるガキは、恋と認めず、肉欲の発散と蔑むに違いなかった。
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