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第一章

第8話 馬車内での会話

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 馬の蹄と車輪が回転し接地した際に発生する摩擦音を周囲に響かせ、藤崎かりん一向を乗せた馬車は、一路王都目指して進んでいた。
 既に出発してから一刻が過ぎ、千名からなる護衛兵と馬車は、シルシャール森林南部のシルト街道をひた走る。果実や天然の作物など自然の恵み豊かなシルシャール森林は、それ故に多数の亜種族や魔獣が生息している。現在位置する森林南部は集落や村が存在しないため、他国からの行商人や移民、観光客くらいしか訪れない。
 ヘルズバーン帝国との国交が良好な時分は、交易路の治安を守ろうと兵や軍を派遣し治安維持に力を注いでいた。しかし国交が悪化した現在、派兵を行うことはなくなった。
 帝国と交戦状態に入り交易商人が激減したため、国の方針として治安維持の派兵を行わぬ裁定を王が下した為である。国策により街道沿いであろうと、決して安全な場所で無くなってしまった訳だ。
 
 そんな事情を何一つ知らぬ藤崎かりんわたしは、馬車の窓から呑気に景色を眺めていた。
 森に入ってからというもの日差しが樹木に遮られているせいか、幾分涼しく感じられる。外では、馬車の前後左右を取り囲むように騎兵が護衛し、更にその周囲を歩兵が行進している。
 豪奢な馬車に乗り込み、護衛の兵士を引き連れるなど、まるで自分が御伽噺のお姫様になった気分だ。二度とは体験できぬであろう光景を目に焼き付けておこう、とこうして景色を眺めていたわけ。速度を落として進んでいるせいか揺れ幅は小さく、想像していたより遥かに馬車での移動は快適だ。ライブで疲れているせいか、心地よい揺れが幾度も私を微睡まどろみいざなおうとする。
 隣に座っている侍従のエリオットくんは、私の身体に身を預け、既にすやすやと寝息をたて眠っていた。眠っている姿も、本当かわいいな~もう。ほっぺを指で触りたい衝動に駆られるけど我慢しよう。起こしてしまったら、可哀想だもんね。
 
「カリン様」

 不意に名前を呼ばれ、エリオットくんから視線を逸らし前に座る人物へ向ける。名前を呼んだのはノイエさんだ。

「ごめんなさい。景色に見惚れてました」

 実際はエリオットくんに見惚れていたのだが、恥ずかしいので嘘を吐いた。

「御気になさらず。王都まで退屈でしょうし、私共とお話など如何でしょうか?」
「はい。喜んで」
「では、カリン様の出身地についてお伺いしても宜しいですか?先程、アインツ様からお二人の会話について掻い摘んで聞き及んではおりますが、
出身についてはお聞きになられていない様子でしたので」

 出身。出身かあ。ウケを狙う手もあるけど、突然異世界に迷い込んだという設定・・で笑いを取りにいくのは得策じゃないよね。
 冷静だと受け取られかねないし。正直に答えよう。

「出身地は埼玉です」
「サイタマ?存じ上げない国ですね。閣下はご存知ですか?」
「ふむ、聞いたごとがないな」アインツさんは金髪を揺らし肩を竦める。
「国名は日本で、地名が埼玉です」
「ニッポン?どちらも知らぬな」
「私も存じ上げません」

 ムカッ。ちょっと腹が立った。まぁ仕方ないよね、そういう設定なんだもの。
 お二人とも、知らない設定お疲れ様です。
 日本まして埼玉県を知らないなんて、ありえませんから。
 日本国民と埼玉県民を敵に回しても知らないよ?

「ニッポンとサイタマについては王都に戻った際に調査致します。一先ず置くとしましょう。では、ご家族はいらっしゃいますか?」
「母が居ます」
「お父君は居ないのかね?」
「父は私が幼い時に病気で亡くなりました」
「そうですか」とノイエさんは、目を閉じる。
「悪いことを聞いたな。すまない」アインツさんは沈痛な面持ちで詫びた。

 馬車の中が暗い雰囲気に包まれる。
 二人とも本当に申し訳ないと感じたようで、少し俯き加減になってしまった。
 仕事・・だから私を陥れようとしてるけど、二人共悪い人たちではないんだろうね、きっと。

「あ!私お二人に尋ねたいことがあります!」私は、重い空気を払おうと話題を振る。
「なんでしょう?」「なにかね?」
「お二人はその……お付き合いしているといいますか、恋人同士ですか?」
「なっ!?」

 この質問に最も動揺したのはノイエさん。馬車内にもかかわらず勢いよく立ち上がり、天井に頭をぶつけてしまった。
 ぶつけた際の衝撃で眼鏡が外れ床に落下する。今は、両手で頭頂部を抑え痛がっている様子だ。
 ノイエさ~ん、あまり騒ぐとエリオットくんが起きちゃうから静かにね!
 一方のアインツさんは、眉が僅かにピクリと動いたが、概ね態度に変化はない。
 少し呆れたような表情をした気がしないでもないけど。
 ノイエさんは、「眼鏡、私の眼鏡どこにいきましたか!」と声をあげながら手探りで床を探している。冷たい印象を受けていたけど、実は可愛らしい人なのかもしれない。

「私と閣下は、そういう関係では御座いません!」自力で眼鏡を発見し掛け直したノイエさんが顔を赤面しながら抗議を行う。
「私と幕僚は上司と部下、それ以上でもそれ以下でもない」

 その発言にノイエさんは少しシュンとしてしまう。

「……ただ、親しいか親しくないかと言えば親しい間柄だろうな。何しろ私と彼女は幼い時分からの間柄なのでね」 

 そうアインツさんが言葉を付け足すと、ノイエさんの表情は多少明るくなった。
 そっか~、幼なじみか!幼い時に知り合い時間を掛けて育まれた慕情。
 二人はいつしか大人になり、やがて愛へと変わる──ってやつだね!
 なんだ、やっぱり恋人、いや恋人一歩手前の段階なんじゃん。
 ケッ!リア充どもめ!ドアの端で足をぶつけてしまえ!
 はっ!嫉妬のあまり、思わずブラックかりんが再降臨してしまった。気をつけねば。

「なるほど~」私は愛想笑いを浮かべ、それ以上の追求を避けた。
 ノイエさんが鬼の形相で私を凝視していたので、怖くて追求できなかった、なんて口が裂けてもいえません。
 彼女が浮かべた表情にガクガク、ブルブルと脚が貧乏ゆすりみたいに震えてしまう。
 ノイエさん、怖いよ、怖すぎるよ。この話題を継続することは地雷原の只中を地雷探知機なしで歩くようなもの。自殺行為に他ならない。
 そう判断した私は話題を換えてくれないか懇願するよう涙目で、チラッ、チラッとアインツさんに視線を飛ばす。
 視線にアインツさんは気付くとアイスブルーの瞳を細め、ニコッと微笑む。
 素敵な微笑みありがとうございます。いや、そうじゃなくて。気付いてよ!!
 先程の数十倍の勢いで瞼を上げ下げし、視線をアインツさんへ再び飛ばした。
 アインツさんは、はっとした表情を浮かべる。ほっ、気が付いて貰えたみたい。
 そうして、彼は腰を浮かせ前屈みになり自らの顔を私の耳元へと接近させ耳打ちする。

「トイレかね?」

 ……アインツさんデリカシーなさすぎ。残念貴公子と呼ぶことにしよう……。
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