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第一章

第23話 放課後

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 絵里ちゃんのおかげで数学の宿題をのりきると以降の授業はつつがなく進み、六時間目最後の授業である美術が終わった。
 美術室から教室に戻るとほどなく担任の新井先生が入室し、ホームルームで連絡事項を生徒に告げる。
 こうして一日の授業は全て終了し、下校時間と相成った。

「はぁ~。疲れた」独り言を漏らすと、両手を前方に伸ばし机に突っ伏す。
 三時間目の授業が体育で長距離走だったため激しく疲労してしまい、午後の授業は眠気を耐えるのに必死だったのだ。
 正直、午後の授業は何をやったかまるで覚えていない。
 六限目の美術は移動教室のため、座る席を自由に選べる。
 私は絵里ちゃんと隣同士座ることで、なんとか眠気に打ち勝つことが出来た。
 打ち勝ったというかなんというか。
 眠りかけたら絵里ちゃんが体を揺すって起こしてくれたおかげなんだけど。
 ……絵里ちゃんいつもご迷惑をお掛けします。

「まうちゃん、お疲れ様!」

 顔を上げると絵里ちゃんが椅子の横に立ち、膝を屈ませ私の顔を覗き込んでいた。
 
「絵里ちゃんも、お疲れ様っ。美術の時はどうもありがとう。絵里ちゃんが居なかったら、絶対眠ってた自信があるよ!」
「ふふっ。どういたしまして! けど眠っちゃダメだよ。まうちゃん授業はきちんと受けないと」
「うん。反省してます」私は素直に頭を下げた。
 確かに授業はきちんと受けなくちゃいけないよね。
 私は成績が大変悪いから、尚のこと授業はしっかり受けるべきなのに。
 ……こんなだから成績が悪いのだろうか?
 自分をかんがみて、反省することしきりだ。
 私に引き換え絵里ちゃんは授業態度も真面目だし、本当に偉いなって思う。
 身近に見習うべき友達がいるのだから、いい所は真似しないとなぁ。
 
「絵里ちゃん帰り支度は済んだ? 私はもう終えてるから、済ませてるなら一緒に帰ろう~」

 机の脇に下げておいた鞄を右手でひょいと持ち上げると絵里ちゃんに見せる。
 帰り支度だけは誰よりも早いのが私の取り柄だ。
 取り柄とはいわないか……。
 私達は部活動に所属していない所謂いわゆる帰宅部であり、授業が終わり次第帰るのが通例なのだ。
 いつもなら絵里ちゃんは私の席に来る時は鞄持参で来るのだけど、絵里ちゃんの手元に視線を向けると、どうやら手ぶらだった。

「あれ? 絵里ちゃん鞄は? まだ帰らないの?」
「うん。今日は保険委員の集まりが放課後あるんだって。終わるまで時間が掛かると思うから、今日は一緒に帰れないの。まうちゃん、ごめんね」

 絵里ちゃんは申し訳なさそうに眉根を下げ顔を俯かせる。
 なんだかトレードマークのツインテールまで元気なく映るのは気のせいだろうか。

「特に用事もないし、終わるまで待ってるよ?」
「いいよ、いいよ!待たせるの申し訳ないもの」
「待つの平気だよ?」
「ううん、待たせてる私が平気じゃないから」

 絵里ちゃんをあまり困らせるのもどうかと思い、不承不承ではあるけれど了承することに決める。

「絵里ちゃんがそこまで言うなら今日は先に帰るね。明日は一緒に帰ろう~」
「うん!明日は登下校ご一緒しようね!」 
「伊勢さ~ん、保険委員の会合いくよー」

 保険委員をやっている男子が、絵里ちゃんに呼びかける。
 保険委員は各クラスに二名いて、男女一名づつ存在する。
 絵里ちゃん同様、会合に出席するのだろう。 

「あ、は~い。今行きま~す。じゃあ、まうちゃん、また明日ね!」
「うん、また明日!」

 絵里ちゃんは男子生徒の元まで小走りに移動したあと、二人は揃って教室を出て行った。
 普段二人でいつも一緒に帰っているから、なんだか寂しい。
 とはいえ学校の用事では仕方がない。今日はおとなしく一人で帰ろう。
 私は鞄を手にクラスメイト達に「またね~」と手を振り挨拶を終えると、教室を後にした。
 階段を下り一階の下駄箱で上履きからスニーカーに履き替え、校庭を抜け正門から学校を出る。
 歩道に出たところで、さて、どうしようと頭を悩ませる。
 夕食の食材を買うためスーパーに寄らなきゃいけないけど、先にスーパーでお買い物をすると袋が手荷物になってしまう。
 寄り道するならスーパーで買い物前にしなきゃいけない。
 んー……と首を傾げしばらく思案に耽る。
 そうだ! モットバーガーから新商品が出たんだった!
 新商品の名前はビッグハムカツレタスバーガー。
 なんでも揚げたてのハムカツをレタスで包みバンズに挟みこんだハンバーガーだそうだ。
 想像しただけで、涎が溢れてくる。
 既に私のお腹はビッグハムカツレタスバーガーをロックオンしてしまっていた。
 これは、食べに行くっきゃない!
 でも、持ち合わせあったかな?
 皮製の茶色いお財布を鞄から取り出し、中身を確認する。
 財布の中には千二百円入っていた。
 毎月のおこづかいが二千円で、今月は残すところ残り七日。
 CMで見た限りセットメニューで五百円だったはずなので、残りは七百円。
 使ったとしても今月は十分事足りる。
 懐の確認を終えた私は鼻歌交じりに信号を渡り、与野本町駅近くのモットバーガーに向かう。
 駅から徒歩五分、学校からは徒歩十分の立地のため、すぐ店に到着した。
 店内は時間帯のせいもあって、人がまばらな印象を受ける。
 下校中の高校生や大学生らしき客が大勢を占め、大人はかなり少なかった。
 私は店内を見渡したあとカウンターに近づくと、
 
「いらっしゃいませ。モットバーガーにようこそ」と二十台くらいに映る店員のお姉さんが声を掛けてきた。
「えっと、ビッグハムカツレタスバーガーのセットを下さい!」
「畏まりました。ドリンクがお付きしますけど何に致しますか?」
「アイスティーでお願いします!」
「畏まりました。お持ち帰りですか?それとも店内でお召し上がりになりますか?」
「店内で食べます!」
「はい、畏まりました。それでは少々お待ち下さい」
 と言われたので、他の客さんの迷惑にならないようカウンターから横に少し移動した。

 それから待つこと二分後。

「お待たせ致しました。ビッグハムカツレタスバーガーのセットになります。気をつけてお運び下さい」

 さすがファストフード。あっという間に調理を終えたらしい。
 空いてるってこともあるだろうけど、このお店は混んでいても常に調理が早いので助かる。
 私は店員さんからハンバーガーとドリンク、ポテトが載せられたトレーを受け取ると座る席を探す。
 奥の位置にあるレンガ造りのパーティションで区切られた四人席が目に入る。
 混雑時は迷惑になるから避けるけど、空いているからいいやとその席に座ることにした。
 よっこいしょと、おばさんじみた掛け声と共に手前の席に着く。
 座った後ろの席も空席なので、気楽に味わって食べられそうだ。
 椅子の背もたれの背後、パーティションとして設置されたレンガ上には観葉植物が並べられているため、
背後に誰かが座ったとしても死角になり、こちら側は見えない造りになっている。
 何はともあれ冷めない内に頂こう!もう辛抱たまらないの!
 トレーの上に置かれたビッグハムカツバーガーの包みを解くと、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
 ハムカツには甘辛のソースとマスタードが絡めてあって、新鮮なレタスには少量のマヨネーズがかけられている。
 どう贔屓目に見ても高カロリーに映るハンバーガーなのだが、だからこそ魅力的だった。
 食べたら間違いなく太りそうだ。
 まぁ……今更体重を気にしても……ね。私はたるんだお腹を指でつまむと、ぶよぶよした脂肪をひっぱる。
 ……。
 今更気にしても仕方ないよね! 食べ物は美味しく頂かないと!
 食べよう!

「いただきます!」
 
 私は一心不乱にハンバーガーを貪る。
 揚げたてのハムカツはジューシーで、レタスのしゃっきりした歯ごたえがまた堪らない。
 ソースとマヨネーズが素敵なハーモニーを奏で、口いっぱいに広がる。
 ああ至福。なんて至福。
 
「ここの席にする~?」
「いいんじゃないのぉ?」
「そうだな」

 と後ろの席から複数の声がした。
 
「おっけ。じゃあ座ろ」

 ん?どこかで聞き覚えのある声のような……。
 私は食事を一時中断するとハンバーガーをトレーに置き、観葉植物の隙間からそろりと後ろの様子を窺う。
 げげ!! 渋谷亜紀しぶや あきさんと木佐貫奈々きさぬき ななさん!!
 よりによって、こんな場所で遭遇してしまうとは。
 なんて間の悪い時に、来店してしまったんだろう!
 それに私の真後ろの席には、男の人が座ってるようだ。
 誰だろう? 同じクラスの人かな? 
 うーん。嫌ってるとはいえ、詮索したり聞き耳を立てるのはさすがに行儀が悪いかな。
 私はわずかながら罪悪感に苛まれ、気にしないよう努めることにし、再びトレーに置いたハンバーガーに手を伸ばす。

「作戦会議といきましょ」
「おっけぇ~」「うん」
「実はね……そろそろいいかなと思ってるのよ」と渋谷さんが意味ありげな発言をする。
 三人とも興奮気味なのか、聞こえないよう努力してるけど声が大きくて耳に届いてしまう。

「ついに~!?ぷぷぷ」「……くっくっ」

 木佐貫さんと、もう一名の男子は愉快そうに嗤う。
 二人の笑い声は下品な印象を与え、不快な気持ちにさせられる。
 そんな二人の様子に渋谷さんは満足そうにし、ニヤリと唇の端を吊り上げた。

「伊勢絵里ならびに山田舞宇子に対し、とどめの一撃を加えようと思うの」

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