失われた愛と偽りの婚約〜復讐の令嬢が選ぶのは冷酷な隣国王子か？

第4話ゼロスとの距離感

リリーは、ゼロスから与えられた情報を基に、アランとミリアの動きを追っていた。二人はまだ幸せそうに過ごしている。リリーはそれを見て怒りを抑えきれなかったが、今は我慢の時だと自分に言い聞かせる。彼らの幸福を一気に崩壊させるために、計画は慎重に進めなければならない。

その夜、ゼロスとともに宮殿の庭を散策していた。夜風が心地よく、静かな空間が二人の間に漂う。

「今日は冷えるわね……」リリーはふと呟いた。彼女の手は無意識に腕を抱くようにしていた。

ゼロスはリリーに目を向け、しばらく無言のままだったが、やがて彼の口から思いも寄らない言葉が漏れた。「寒いなら、私が手を貸そうか？」

リリーは驚いてゼロスを見上げた。彼の言葉はいつもの冷たさとは違い、どこか優しさを感じさせるものであった。だが、それ以上に彼の行動がリリーをさらに驚かせた。ゼロスは自分のマントを静かに脱ぎ、それをリリーの肩にかけた。

「ゼロス様……こんなこと、急にどうしたのですか？」リリーは少し戸惑いながらも、マントの暖かさに感謝した。

「君が寒そうにしていたからだ。それだけだ。」ゼロスは冷静な口調で答えたが、彼の顔にはいつもの冷酷な表情はなかった。

リリーはそのまま黙って歩き続けたが、心の中では微かな感情の変化を感じていた。ゼロスの冷酷な表情の奥には、まだ誰にも見せていない別の顔があるのかもしれない。彼もまた、孤独と苦しみを抱えているのではないかと感じ始めた。

「あなたも、過去に何かあったのでしょう？」リリーはそっと問いかけた。彼女の声には同情が含まれていた。

ゼロスは少し歩みを止め、リリーを見つめ返した。「過去は過去だ。だが、君には関係ない。」

「そうかもしれません。でも、私はただ……あなたがどうしてこんなに冷たく振る舞うのか、知りたいのです。」リリーはその場に立ち止まり、ゼロスの目を見つめた。

ゼロスは一瞬ため息をつき、視線を空に移した。「冷たく振る舞う？それは、こうしなければ生き残れなかったからだ。君が知らない世界では、優しさや甘さは弱さでしかない。」

「でも、それは本当のあなたではないでしょう？」リリーはゼロスに少し近づき、手を軽く伸ばして彼の腕に触れた。「私は、本当のあなたがどんな人かを知りたいのです。」

ゼロスは驚いたようにリリーを見つめ、しばらくの間何も言わなかった。彼は長い沈黙の後、ようやく口を開いた。「君は変わった女だ。誰も私の本当の姿に興味など持たなかったのに。」

「私には分かるんです。あなたは、本当は優しい人だって。」リリーは微笑みながら言った。

ゼロスは微かに笑みを浮かべたが、それは今までの彼とはまったく違う、どこか柔らかい笑顔だった。「君がそう思うなら、そうかもしれないな。だが、今はまだ君に全てを見せるわけにはいかない。」

リリーはその言葉に少しだけ寂しさを感じたが、それでも彼が少しずつ心を開き始めていることが嬉しかった。「分かりました。急かしません。でも、いつかあなたが私に全てを話してくれる日を待っています。」

「君は不思議な存在だな、リリー・オードリー。」ゼロスはそう言って再び歩き始めたが、今度はリリーの手を軽く引いて一緒に歩き出した。

リリーはその手の温もりを感じ、微かに頬を赤らめた。彼の冷酷さの裏に隠された優しさに触れ、彼女の心にもまた、かすかな感情が芽生え始めていたのかもしれない。それが何なのかはまだ分からなかったが、リリーはゼロスとともに歩きながら、その未来に期待を寄せていた。

「これからも、あなたと一緒にいられるなら、それでいいんです。」リリーはそっと呟いた。

ゼロスはその言葉に軽く頷き、夜の静寂の中で二人は静かに歩き続けた。