怖い日常

消えた住人のノート

「ねぇ、これって何？」

私は震える手で床に落ちていたボロボロのノートを拾い上げ、美咲に差し出した。

引っ越してきてまだ数日なのに、こんな不気味なものを見つけてしまうなんて。嫌な予感しかしない。

「何それ？前の住人の置き土産とか？」

美咲は気軽にそう言ったけど、私は全然そんな気がしない。ノートの表紙は黒ずんでいて、ページをめくるたびに埃の匂いが鼻をつく。
開いた瞬間、目に飛び込んできたのは――「ここで死んだ」

「なにこれ…同じ言葉が繰り返し書いてある。『ここで死んだ』って…」

頭の中で警鐘が鳴り響く。体が固まるのを感じた。読まなきゃよかった。もう、後悔しても遅いのかもしれない。

「やだ、これ絶対ヤバいじゃん！ホラー映画とかで見るやつ！」

美咲が呆れたように笑う。けれど、私は笑えなかった。冷たい汗が背中を伝う。ページを閉じようとするが、なぜか手が止まらない。

「美咲、本当に見えない？あそこ…」

私はノートを握りしめたまま、部屋の隅を指差す。そこには、ぼんやりとした影が立っていた。顔のない人影が、こちらを見つめているように思えた。

「だから、何が見えるっての？」

美咲が笑いながら私を見つめる。彼女の声は明るいが、その笑顔が今はとても遠く感じる。胸の奥に広がる不安。まるで、私だけがこの恐怖を感じているような感覚。

「やっぱり、無理…！このノート、手放さなきゃ…でも…どうして？手が…離れない…！」

言葉を絞り出しながらも、指先はノートに固く絡みついていた。手放したいのに、まるで何かに引き止められているように、力が入らない。頭が混乱し始める。

「何言ってんの？そんなノート捨てちゃえばいいじゃん。どうせ前の住人の落書きでしょ？」

美咲が軽い口調で言うけど、私の耳には全然届かない。ノートが、妙に重く感じる。心の中で何かが叫んでいる。捨てちゃいけない…いや、捨てないと…！

「お願い、美咲。助けてよ…なんか、ヤバいんだって。本当にヤバいの。こんなのありえない…！」

涙が滲む。胸の奥で鼓動が速くなる。美咲が私に手を伸ばした瞬間、ノートのページがパタリと閉じた。それと同時に、部屋が異常に静まり返った。

「次はお前だ」

低く、暗い声が耳元で囁く。私は息を呑む。

―――黒く焼け焦げた誰かが私に襲いかかってくる。

助けて！と必死で叫びたいけど、なんで…？なんで全然声がでないの！！？

嫌よ！やめて誰か……！！

このままじゃ…私…く、苦しい…助けて…黒く焼け焦げた誰かが強い力で私の首を絞めているの！！！

「……助け…て…美咲……」