上 下
519 / 564

第518話 刺してしまったという事実

しおりを挟む
 オービンが全てを話し終わると学院長室は静寂に包まれる。
 たった一人の為、親同士が勝手に決めた事にアリスは巻き込まれた形であるが、当の本人も嫌がらずこの学院での目的もあり成り立っていた出来事であったと皆が理解する。
 アリスはただ黙ったまま立ち尽くしていると、座っていたエメルが口火を切った。

「確認だけど、彼女の転入をオービンも知っていたでいいんだよな?」
「ああ。母上からルークの鼻を明かす存在だと聞いていた」
「鼻を明かす存在ね」

 そうスニークが口にしながら、アリスの方へ視線を向けた。

「クリ、いやアリスだったな。彼女の実力は大運動会時から周りよりも高いと分かっていたし、嘘ではないだろう」
「ルークが昔よりも態度や雰囲気が良くなったのは、彼女の影響だったという訳か」
「なるほど! クリスお前はルークに勝ったって事だな!」

 ワイズとマルロスの話を聞き突然大声を上げたダイモンをワイズが落ち着かせていると、今までウトウトしていたイルダが目を覚ます。

「やば、瞼閉じてた……」
「イルダ何処から寝てたんだ?」

 と、小声でイルダとマルロスはやり取りし始める。
 その後デイビットが状況を改めて整理し、アリスの転入はルークの為でありそれを計画したのがティア王女であるということ。
 そして、ティア王女の協力者としマイナ学院長とアリスの母親であるリーリアが存在しており、オービンはこれらを全て知り見守っていたのだと理解する。
 ダイモンを除きこの場にいる全員がそう理解した所でオービンが再び口を開ける。

「俺は真実を言いに来ただけで、処分を覆しに来た訳じゃない。元より、既に彼女は覚悟を決めているようだしね」
「何の覚悟を決めているというんだ、貴様は」

 スニークからの問いかけに皆の視線が一斉にアリスに向けられる。

「……私は、いつかこんな日が来るかもしれないと思いつつもここで自分を偽り生活してきました。一度身を引くべきタイミングもありましたが、自分の我儘を通しこの生活を続けました。ですが、このままではいけないと区切りをつけたのです」
「彼女は今年に入ってから、三月で自ら身を引くと決めていたんですよ」
「自分から既に退学する意向を伝えていたのか。だが、それより前にあんな事件を起こしたと……アリス、君がよく分からなくなって来たよ」

 マイナの言葉を聞き、ミカロスが問いかける。
 アリスは「それは……」と言葉に詰まってしまう。
 この場であれは私がやった訳じゃないと言っても、信じてはもらえないだろうな。
 バベッチに乗っ取られていたと証明することはできないし、だからといって私がルークを刺しましたという訳にもいかないし。

「すっかり転入の一件で頭が一杯になっていたが、人を一人しかも第二王子を殺そうとしていたんだったな」
「そうじゃねえか! おいクリス、お前何でルークの事殺そうとしたんだ?」
「人が人を刺す理由など一つだろ。恨むほど嫌いだったってだけさ」
「そうかなスニーク。僕には彼女がルークを恨んでいた様に見えないけどね」
「今までウトウトしていた寮長は黙っていて下さいよ」
「スニーク、お前な」
「おー怖い怖い。悪かったよ、当方も言い過ぎたよマルロス、イルダ寮長」

 仮面越しで睨む態度を続けるマルロスにスニークは肩をすくめる。
 そこにエメルが背後のスニークの腹に軽く裏拳を叩き込む。

「馬鹿な事してるんじゃね」
「っぅ……すいません、寮長……」
「それでルーク殺傷未遂について何か弁明はないのか、アリス?」
「あれは……その、私じゃないといいますか、その」

 小声でボソボソと話すアリスにエメルたちは顔を曇らせる。
 マイナもオービンもこの件に関しては何も言えず、ただアリスを見つめていた。
 まずい、どうする? どうするべきなんだ? ルークを刺してしまったという事実がある以上、その罪は私にある。
 罪をこのまま認めるべきなの? いやそれは違うはず、私が本当にやった訳じゃないんだから……でも――。
 アリスが考えている間にも時間だけは過ぎ、徐々にアリスの発言に注目が集まりだし発現した言葉の持つ重みが増し始める。
 時間を掛ければ掛けるほど発言しづらくなっていくのをアリスも感じていたが、言うに言い切れない状態であった。
 その時だった、突然学院長室の扉のノブが回り扉が開く。
 扉が開く音は、静寂に包まれた学院長室中に一瞬で広まり皆が視線を向けた。
 そしてノックもなく部屋に勝手に入って来た人物に皆が驚く中、ミカロスが声を出す。

「エリス!?」

 突然学院長室に入って来たエリスはミカロスの声にすら反応せず、皆の視線を無視しそのまま真っすぐに歩いた所で立ち止まる。
 何も発さないまま突っ立た状態でいるエリスに、ミカロスは近付いて行きながら声を掛ける。

「エリス、どうしたんだ? 何でここに来たんだ?」
「……」
「おーいエリス、聞いているのか?」
「……」
「(エリスがミカの言葉を無視? それに何か様子が変だな、何でずっと壁の方を見たまま身体をこちらに向けない?)」

 エリスとミカロスのやり取りにオービンが疑問に思っていると、急にエリスがこちらに身体を向けた。

「エリス先輩?」
「エリス・クリセント、無断でこの部屋に入り込んで来るんじゃない。今すぐ出て行きなさい」

 デイビットの忠告に対しても無言のエリス。
 さすがに態度がおかしいと思い、座っていた寮長たちも立ち上がり副寮長らも身体を向ける。
 そこでエリスがゆっくりと片腕を上げ、ミカロスたちに対し手の平をかざす。

「エリス――」
「待てミカ! 今の――」

 オービンの忠告が届く前に、ミカロスは再び声を掛けながらエリスに手を伸ばす。
 それと同時にエリスの手の平に急に光の球体が出現し、次の瞬間ミカロスの額を光がレーザーの様に貫通したのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

処理中です...