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第468話 交渉

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 現れたデイビッドはゆっくりと瞳を開けると、両手を見つめゆっくりと握って開いてを繰り返した。

「欠損は……なし、かな」
「まさか、元に戻るとはね」
「それだけ私の意志が強かったという事ですね。バベッチ」

 デイビッドはバベッチの方を睨みながら呟くと、バベッチは小さくため息をつき「また変に自我が芽生えた個体かよ」と呆れた顔で呟く。
 それからバベッチはジュリルたちの方へと顔を向ける。

「イレギュラーはあったが、見ていた通り君たちが付けたリングは爆発する。さっきのデイビッドみたくなりたくなければ、おとなしく俺の指示に従ってくれ」
「はぁ~急に爆発させられたのは最悪だったけど、さっきの私みたくなりたくないでしょ? 痛みはほとんど、いや少しはあったけどバラバラに弾け飛ぶのって最悪ですよ」

 ジュリルは二人の言葉を聞くと、モランたちの方に視線だけ移した。
 その時モランは完全に萎縮してしまい、身体が震えていた。
 マートルとミュルテも驚きと恐怖を感じている表情をしており、ミュルテは無意識なのか少しずつ後退していた。
 そして自分たちの後ろにいる参加者達は、完全に恐怖に陥ってしまい一歩たりとも動けない状況であった。

「(っう……どうするべきですの? 下手に動けばこのリングで爆破。相手の目的は不明で、要求は人質になる事。何かに巻き込まれているのは確かですけど、このまま言いなりになっても無事である保証はないはず……)」
「大丈夫、心配する事はないよ。俺の言う通り、黙って静かに人質になっていてくれれば手出しも爆発もさせないからさ」

 と、バベッチがまるでジュリルの考えを読んだかの様に話し掛ける。
 ジュリルはバベッチのうっすらと笑みを浮かべた表情に、背筋に冷たいものが走る。

「(あの人の言葉をこのまま鵜呑みにするのは、何か危険な感じがする……と言っても、立場上完全に向こうより下で、選択肢などない状況ですわ。相手が求めているのは人質……交渉のしようはあるはずですわ)」

 するとジュリルはゆっくりと息を吐いた後、一歩前に出てバベッチに対しとある提案をする。
 その内容は、自身が人質になるので他の皆を解放して欲しいというものであった。
 ジュリルの言葉にモランたちは驚き、デイビッドは眉をひそめた。

「なに虫のいい事言っているんですか? 貴方達は従うが、従わないかの二択ですよ」
「こんなに多くの人質が必要ですの? 私だけでも十分ではありませんの? ハイナンス家の令嬢ですのよ」
「確かにこの中で家柄としては一番高位ですが、そんな事はどうでもいいんですよ」
「(家柄を気にしない人質? 目的が読めないですわ。ただ単に人質として大人数欲しいというだけですの? そうとしたら、何故教員方だけを飛ばして私だけにして人数を減らしたのです?)」
「何にしても、ジュリルさん貴方のその提案は却下ですよ。この場の全員に人質になっていただきます」

 交渉が上手く運べずなかった事にジュリルは苦い顔をしていると、バベッチが突然「この状況下で自己犠牲か」と呟く。

「バベッチ?」
「いいだろう、ならその気持ちがどこまで本気か試そうじゃないか」
「何を言い出すんだ急に! まさか、今の提案を受け入れるつもりじゃないですよね?」

 突然の発言にデイビッドは困惑した表情をしていると、バベッチは「お前は黙ってろ」と威圧的に言い返す。

「二代目月の魔女、いやジュリル・ハイナンス。君の自己犠牲精神は素晴らしいよ。この状況でそんな事が出来るなんて、まさしく二代目月の魔女と呼ばれる存在だよ!」
「っ……そこまで言ってくれるという事は、私の提案を受け入れてくれるという事ですの?」
「ああ……でも、これから出す条件をクリアしたらね」

 するとバベッチは後方で待機させていたフードで全身を覆い隠していた人物を一人呼び寄せ、前に立たせた。
 ジュリルは警戒し、咄嗟にかまえる。

「今からこいつと君が戦って、勝ったら君の提案を受けてあげるよ。それが俺からの条件。簡単でしょ?」
「戦う……本当に勝てば、他の人々を解放してくれるのですのね?」
「そうだよね、君は俺の言葉を信用出来ないんだよね? ならそうだな……逆に何をしたら信用してくれるのかな?」

 逆に問い返されジュリルはどういい返すべきか迷ってしまう。
 そして出した答えは、半数の人質解放であった。
 だが、バベッチはその返答には首を横に振った。

「どうして?」
「それは見合ってないからさ。君の要望を叶える為に、条件を出して更には信用してもらうとわざわざ聞いているのに、そこで君の要望を叶えるのは違うだろ?」
「(流石にダメでしたわね)」
「信用する気がないというのなら、この話は終わりにしようか」
「っ! ま、待って! ……分かりましたわ。では、せめてこの爆発するリングを外してくださいまし。こんなのが付いていたら、戦闘に集中出来ませんわ」

 咄嗟にジュリルは別の要望をし、消えそうになった道を繋ぎ止めた。
 バベッチは暫く考えた後、一度だけ指を鳴らすとジュリルたちについていたリングが一斉に外れ地面に落ちた。

「バベッチ! 何をしているのですか!」
「黙っていろと言ったはずだ!」
「ぐぅっ……」
「これで信用してくれたかな?」
「……ええ、少しだけですけども」

 ジュリルは外れ落ちたリングを見つめた後、軽くリングが付いていた手首を触った。
 その直後、バベッチが再び指を鳴らすとジュリルとフードを纏った人物の周囲が結界に覆われる。

「(結界!?)」
「他に被害が出ては困るからね。勝負は簡単、どちらかが負けを認める、もしくは戦闘不能になった時点で終了。これでどうかな?」

 その問いかけにジュリルが返答しようとした時、結界外からモランたちが声を掛けるのだった。

「ジュリル!」
「ダメよこんなの! 今すぐに止めて!」
「そうよ、ジュリルちゃん! 勝手に決めないでよ!」
「皆……」
「おやおや、青春だね」

 バベッチはその光景をただ、にやにやと見つめる。

「ジュリル、どうして」
「ごめんなさい勝手に。でも、あのまま相手の言いなりになるのは危険だと思ったのですわ。だから私が」
「だからって、一人で何とかしなくてもいいでしょ」
「モラン」
「た、確かに私は怖くて怖気づいちゃって頼りないかもだけど……ジュリルを一人だけなんてしないよ!」
「そうよジュリル。もう忘れたの? 今貴方は一人じゃないのよ」
「ジュリルちゃんが戦うなら、私たちも戦うよ」

 ジュリルは皆の気持ちを聞いて、小さく笑うと背を向ける。

「……ええ、忘れてなんてないわ。だから、貴方達には参加者さん達を護って欲しいのですわ。相手は、まだ何かを仕掛けて来るかもしれない」
「ジュリル」
「本当に身勝手で申し訳ないけれど、ここは私に任せて欲しいのですわ! 私は、二代目月の魔女ですわよ!」

 いつも見て来た頼れて憧れであるジュリルの後ろ姿を見てモランは「……分かった、わ」と引き下がり、マートルとミュルテも同じ様に下がる。
 彼女達は自分達が頼りないから、ジュリルがこのような判断をしたのだと思いつつ、今のジュリルを止める事は出来ないと思うのだった。
 だがそれと同時に、今の彼女なら必ず勝つと信じれるたからそれ以上言葉をいわずに下がるのであった。

「ごめんなさい、さっきの話しですけどもその条件でかまいませんわ」
「それじゃ、早速始めようか」

 バベッチのその言葉と共にジュリルの前に立っていたフードを纏っていた人物がフードを勢いよく脱ぎ捨てる。
 そして姿を現した対戦相手に、ジュリルは驚愕する。
 相手として立ちはだかったのが、タツミであったのだ。
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