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2章 バイト先で偶然出逢わない
2章20 皐月組 ⑤
しおりを挟む弥堂が過ごした異世界では、教会の教義がそのまま社会的な正義や道徳となる。
教会の教義で悪魔も悪魔遣いも禁忌とされていたので、存在するだけで忌み嫌われ、見つかれば異端として密告され、審問官という名の暗殺者を差し向けられる。
こっちの世界ではどうなのだろうと、その反応を見定めようとしたのだが――
「――へェ? そうなのか」
「あ?」
――惣十郎も山南も驚いてはいるが、弥堂が想定していたようなものよりもかなり軽い反応だった。
「それだけか?」
「ん? あぁ、まぁそうだな」
悪魔というモノに対する忌避感や嫌悪感、警戒感など――
そういったものがまるで感じられない。
「悪魔っつーと、もっとオドロオドロシイっつーか、おっかねェ姿ってイメージだったが、随分とカワイらしいモンなんだな」
「そんなものなのか」
「驚いてるっちゃ驚いてるぜ? 実際見るのは初めてだしな。山南、オメエは?」
「自分も初めてですね。地縛霊のお祓いには何度か立ち合いましたが、悪魔は初めてです」
「…………」
「疑うなよ。カタリじゃねェって」
真意を探るような弥堂の眼に、惣十郎は苦笑いを浮かべる。
「式神って知ってっか?」
「名前は聞いたことはある」
「陰陽師ってのにはそれを使うヤツがいる。霊だか何だかを紙に乗り移らせたり、鬼を使役したりするのを式神っつーらしい。詳しいことはオレにはわかんねェけどな」
「鬼、ね……」
思い当たるものを浮かべながら、弥堂は納得することにした。
「オレらみたいなモンは陰陽師と付き合いあるからそんなもんよ。でも、教会の関係者は過剰に反応するかもしれねェから気ィつけな」
「わかった」
「……だが、今の反応でわかったぜ。兄弟。オメエは天然モノ――“ギフテッド”だな?」
「ギフテッド……?」
どこかで一度聞いた言葉だと記憶を探ると、探偵事務所での会話だ。
御影所長がウェアキャットにそう言っていた。
そしてそれよりもさらに前の日――
別の場所でもその言葉を聞いた。
「ギフテッドってのはさっき言った“ハグレ”の一種。後天的に“そっち”になっちまったヤツのことだな」
「へぇ」
「詳しくというか、正確に言うとちょっと違うらしいんだが、オレにはよくわかんねェ。だが、陰陽術や魔術? それらと似た才能ではあるらしいんだけどよ……」
「なんだ?」
惣十郎の歯切れが急に悪くなり、弥堂はそちらに関心を向ける。
「なんっつーか、能力? 出来ることに融通が利かねえんだとか。だが出来ること、得意なことに一点突破した才能? だとか……。超能力者みてェなモンかとオレは思ってんだが……」
「はっきりしないな」
「前に御影サンに教わったんだが、なんせオレらがそっちの力を使えるわけじゃあねェからな。よく理解出来なかったんだよ」
「そうか」
「オメエにはわかるだろ?」
「そうだな……」
弥堂は少し考えてから答える。
「まず、俺は“ギフテッド”ではない」
「なに?」
「だが俺のことは“ハグレ”だと思ってもいい。多分そこに分類される」
「どういうことだ?」
「俺は多分生まれつき“そっち”の才能が少しだけあった。最初から“そっち”の世界で生まれていたらカスと呼ばれる程度の才能だ。そんな俺を拾ったヤツがいる。そいつが“外法師”だ。そいつから魔術を教わったから少しだけ魔術が使える」
「それはギフテッドとは違うのか?」
「魔術は――恐らく陰陽術もだが、それらは術法だ。チカラの運用方法なんだ。魔力という才能を使う為の方法論に過ぎない。一方で、おそらくギフテッド――そいつらが持つ才能は一点ものだ。そいつだけに『世界』が与えた特別な才能。多分そういう種類のものだ」
「なるほどなァ……。オレらからすると魔力だの魔術だのも、十分特別なモノに感じられるがな」
「まぁ、俺も“ギフテッド”を見たことがないから予想だがな」
予想だが、しかし弥堂には今の話で“ギフテッド”の正体に思い当たるものがあった。
“ギフト”とは――
(――“加護”だ……)
恐らくそうだ、という感触があった。
だが、確信とまで言い切れない点もある。
(ウェアキャット――)
昨日探偵事務所で出会った人物。
ヤツは“ギフテッド”を自称していた。
“ギフト”が一点突破の才能だというのは“加護”と酷似している。
スカルズとの抗争で出遭ったヤマトと呼ばれていた少年の能力。
そして弥堂のよく知るルビア・レッドルーツの【燃え尽きぬ怨嗟】。
これらは方向性と力の強さは違うが、同種の力だ。
魔術などとは別種だ。
しかし、昨日出会ったウェアキャット――
ヤツの能力は多種あると言っていた。
テレパシー、索敵、それにマッピング。
これらが一つの“加護”から派生する能力だとは、弥堂には想像しづらかった。
とはいえ、そういうポリバレントな“加護”が無いわけでもない。
しかし、そういったモノは大抵大したチカラでない可能性が高い。
“加護”は特化していれば特化しているほど強力だ。
ルビアほどのレベルにまでなると、その“加護”を持つ者はこう呼ばれる――
――“神意執行者”と。
ウェアキャットは多様性と便利さには優れるが、一つ一つは大した能力ではないのだろうか。
それとも、ルビアの焔がカタチを変えるような、そういう工夫の範疇の話なのだろうか。
そういえば『テレパシーの応用で』とも言っていた。
いずれにせよ――
(――明日になればわかる、か……)
それは些事ではない。
仕事で組まされる相手のことだ。
それも生死のかかった現場の。
だが、そんなことよりも。
少し前から抱いていた疑念と予想――
確信へと一つ近づいたモノが別にある。
弥堂の関心はそのことに強く引き付けられた。
チラリと、惣十郎たちの顔を見る。
今ここで聞いた話は、弥堂たちが現在の状況に置かれてから、早急に確認しなければならないと決めていた情報だ。
まさかこの場でヤクザたちから得られるとは思っていなかったが、必要な情報だ。
その情報の対価として、こちらの持っている情報も少し開示してやるかと考え――
――やめる。
まだここで言わない方が後々に使いみちを増やせるように思えた。
「どうした? 兄弟」
「いや……」
弥堂が黙ったことで惣十郎に怪訝な顔をされる。
少し考えこんでいたことを気取られてしまったので、弥堂は話を逸らした。
「……つまり、悪魔を抱えているというだけですぐに粛清される心配はないし、お前らも特に忌避感はないんだな?」
「アン? そうだな……」
惣十郎はメロの方へ顔を向ける。
「お嬢ちゃん、こっち向きな」
「え? ジブンッスか?」
「あぁ。オレの目を真っ直ぐ見ろ」
「う、うん……」
「…………」
メロは戸惑いつつも言われたとおりに、包帯の隙間から覗く惣十郎の目を見る。
「……この子は悪い子じゃあねェ。純粋で幼い。精神性がな。つまり、子供だ。人間だろうが悪魔だろうが子供である以上、オレの立ち方は変わんねェよ」
「え……」
「他の悪魔のことは知らねェが、少なくともこのお嬢ちゃんのことは忌みもしないし嫌いもしない。当然恐れもしねェ」
「ミ、ミイラのオジサン……」
自分のご主人よりもよっぽど人間味のあるヤクザの人の言葉に、メロはジィーンっと感じ入る。
だが、惣十郎の方は苦笑いだ。
「オレぁいつも“こう”なわけじゃあねェよ。それにオジサンはやめてくれ。オマエのアニキと同級生なんだぜ?」
「は? こ、高校生……?」
「そうだぜ」
「…………」
高校生でヤクザの幹部とか終わってんなとメロは思ったが、恐いので口には出さなかった。
そしてその間、自分から振った話なのに、弥堂は他人事のように二人の会話を聞き流していた。
考えているのは、先程の確信めいた気付き――
この情報は重要な持ち札になる可能性が高い。
(“WIZ”とはやはり――)
“WIZ”と皐月組、この二つを売り渡すことで有利に交渉が出来るかもしれない。
そう算段をつけながら、次に聞き出すべき情報は何かと考える。
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