俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

文字の大きさ
上 下
601 / 679
2章 バイト先で偶然出逢わない

2章10 ドロドロのミスゲート! ⑧

しおりを挟む

 弥堂と希咲が怒鳴り合う中――


 その頃には冷静さを取り戻していたギャラリーの方々は二人のそんな姿を見ながら、彼らも彼らでまた好き勝手なことを言い合った。


「しっかし、あの野郎ヨユーだな?」
「あぁ。自分の女がこんな人前でスカート捲ってんのに、どうでもよさそうにしてんな」
「あの野郎の性癖は既にもうそこまでのステージに……?」


 男子たちが弥堂に恐れ入ったような目を向けていると、そこに女子たちも参加してくる。


「つーか、もう興味なくなったんじゃない?」

「ん? どういうことだ?」


 女性ならではの見解に彼らは興味を示した。

 すると女子たちも口々に勝手なことを言う。


「ほら、浮気じゃなくってホンキだったとか?」
「そうそう。ミライちゃんだっけ?」
「紅月くんの妹でしょ?」
「カワイイよね?」
「もうそっちに乗り換えるつもりとか?」
「だから希咲のことはもうどうでもいいんじゃない?」


 自身の発言に少しも責任を持たない人々の言葉は、弥堂を怒鳴りつける希咲の耳にも断片的に入ってくる。

 先程から何度か聞くそれらの単語が気になってしまい、弥堂への八つ当たりをやめた。


「は? なに……? みらい……? のりかえ? どういうこと……?」


 まるで意味がわからず、思わず弥堂に視線で問いかける。


 その問いに弥堂が答えることはないが、


(だが、そうか……)


 しかし、内心でそう納得する。


 現在周囲に自分たちがどう認識されているのか――希咲はそれをわかっていないようだ。

 そのことに弥堂は気が付く。


 考えてみればそれも当然で、彼女は旅行から戻ってからこっち、碌に登校をしていない。

 単純に気が付くための機会がなかったのだ。


 とはいえそれも――


(――時間の問題か……)


 彼女への返事代わりに、弥堂は深く溜息を吐いた。

 希咲はその態度にムッとする。

 だが、この溜息の意味は、なにも彼女を馬鹿にしたということではない。


 彼女同様に、弥堂もこの場の意味のわからなさにうんざりとした――そういうわけでもない。

 そうではなく、これは諦観だ。


 やはりここに行き着くのかと――

 そういった種類の溜め息だ。


 先程の西野ではないが、弥堂もこの期というものを察する。

 どうやらやはり、これは避けては通れない運命のようだ。


 ここまでに覚悟をしていなかったのかというと、そういうわけでは決してない。

 だが、まだ他の道もあるのではという模索は言い訳とも捉えられる。

 自らの魂を穢さずに済めばいいと、そんな浅ましい考えが少しもなかったかと言うと――100%の自信を持ってそうとも言い切れない。


(なにをいまさら……)


 それは虫がよすぎるだろうと、思わず自嘲の笑みが漏れそうになる。

 自分で考えたとおり、それは今更の話なのだ。


 今日この時この場に辿り着くまでに、自分が一体何をしてきたのか。

 それを省みれば、今更逡巡することでも、出し惜しみすることでもないのだ。


 この身も、心も、既に穢れきっているというのに――


 しかし――


 だからこそ、“そう”しなければならないのだ。


 これからすること自体は一度目ではあるかもしれない。

 だが、似たような経験はいくらでもある。

 だけど、久しぶりに躊躇いというものを覚えていたのかもしれない。

 それを認めたことにした。


 だから――


 此処は未来へと辿り着くためには、絶対に潜らねばならない修羅場なのだ。

 どんなことをしてでも。


 ならば――


(――やるだけだ)


 心は決まった。



「なに溜め息ついてんのよ……っ!」


 弥堂の内心は彼女には知れない。

 彼の態度を自分への侮辱であると希咲は受け取った。


「……べつに」

「あんたのせいで、またなんかヘンな風になっちゃってんじゃん!」

「“それ”は俺のせいじゃないんだがな……」

「あんたがチャッチャと答えないからややこしいことになってんの!」

「それは、確かにそうだな」

「へ……?」


 いつもだったら頑なに自分の非を認めない彼が素直に認めたことで、希咲は拍子抜けしてしまう。


「さて、なんだったか?」

「だから、約束! したでしょ?」

「あぁ。確かにしたな」

「……なんの約束したか。言ってよ。守ってよ……!」

「いいだろう」


 偽らず誤魔化さずに答えるよう彼に求めた。

 彼はそれに応じているように見える。


 だけど、彼が肯定を重ねるたびに希咲の胸の中で不審感は膨らんでいく。

 そして最後に彼が了承をした瞬間、これまでとの空気の違いに、彼の雰囲気の違いに気が付いた。


 弥堂が動き出す。

 ゆっくりと、だが一定の歩調で希咲の方へ近付いてくる。

 その彼と目が合った。


「――っ⁉」


 希咲の身体に緊張が奔った。

 反射的に戦闘態勢に入りそうになる。


 見た目上は特にいつもと変わらない彼の無表情、色の無い瞳。

 だが、この空気感には覚えがあった。


 半月前に彼と戦った時と同じものだった。


(――ま、まさか、こんな場所で? こんなに人目があるのに仕掛けてくる気……⁉)


 そうさせない為にこんなに人を集めたというのに。


 以前に彼と文化講堂で戦った時にも法廷院たちがそこに居た。

 だけど――あくまで望莱の推測ではあるが――そんな中でも彼は構わずに希咲を殺しにきた。


 そのことを忘れていたわけではない。

 だけど、ここではあまりに目撃者が多すぎる。

 いくらなんでも、この人数の前ではそんなことは出来ないと考えていた。

 だけどそんなことは関係なく、こんな場所で凶行に及んでも全く構わないと言うのだろうか。


(こいつ……、そこまでイカレてんの……⁉)


 弥堂が希咲へと近づいていく様子を、一般の生徒たちはどこか期待混じりに見守っている。希咲が感じている危機感は他の者には全く伝わっていない。

 裏腹に希咲には混乱と緊張が膨らんでいく。


 だが――


(――上等よ……っ!)


 彼女も瞬時に切り替え、覚悟を決めた。

 元々“それ込み”で彼の前に立ったのだ。


 キッと、自分に近づいてくる弥堂を睨みつける。

 いつでも全力の戦闘状態に入れるように準備をした。


 だけど――


(あたしからは仕掛けられない……)


 それをやってしまったらここまでの全てが台無しになる。

 だから腹を括る。


(しょうがないから、先手は譲ったげる……!)


 先に手を出させて、相手の戦意が確定してからこちらも全力で対応することに決めた。


(“緊急回避”を使えば、最初の一撃はどうにでもなる……)


 そうして二撃目をくらう前に、反撃で彼を無力化する。

 それを狙うことにした。


 もしも弥堂がそれで逃げるようなら、その時は逃がしてやることにする。

 一般人に被害を出さないように。


(その時は……)


 後で彼の行方を追えるように最低限の手は打つつもりだ。

 それをする為には、戦闘になるのは逆に好都合かもしれない。


(でも――)


 もしも彼が周りなど関係なしに、ここで決着をつけるまで戦いを挑んできたら?


(そうなったら、こっちも形振り構わずやらないと他の子たちを守れないか……)


 そうなったら周囲を守りながらあの“ちびっこメイド”たちが来るまでの時間を稼がねばならない。

 それはあまり望ましくはないが――


(――でも、もう……、それでも構わない……っ!)


 これ以上親友の居場所までの遠回りなど御免だと、希咲は心を決めた。



 そして弥堂が希咲の前に辿り着く。

 腕の長さのさらに半分――お互いに十分に間合いの内だ。


 弥堂は無言で希咲の顔を視下ろし、希咲も目を逸らさずに見上げる。


 弥堂の瞳の奥で蒼銀の光が微かにゆらめき、希咲の瞳は虹を内包するかのように煌めいた。


 間近で見つめ合ったままで無言の二人に、周囲には違った緊張が拡がる。



(来るなら、こい――っ!)



 希咲のその意思が伝わったのか、弥堂が先に動く。


 素早い動きではない。


 先程の歩行と然程変わらぬスピードで、さらに希咲へと近寄り手を伸ばしてくる。

 その姿が希咲の目にははっきりと映る。


 先に手を出せない希咲は初撃を受ける覚悟で、全身に力を解き放つタイミングを測る。


 超至近距離での強打と、消える動き。

 自身の把握する弥堂の攻撃手段を頭に浮かべ、弥堂の手がついに希咲に触れる――



――その僅かに寸前。


 今思い浮かべて想定していたこととは全く別のイメージが希咲の脳裡に過る。

 こんなこと前にもあったような――そんなイメージが。



「え――」



 想定していた相手の行動――


 そのどれとも違う、予想だにしなかった弥堂の行動によって、希咲の意識に一瞬の隙間ができ、彼女の頭と視界は真っ白になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パークラ認定されてパーティーから追放されたから田舎でスローライフを送ろうと思う

ユースケ
ファンタジー
俺ことソーマ=イグベルトはとある特殊なスキルを持っている。 そのスキルはある特殊な条件下でのみ発動するパッシブスキルで、パーティーメンバーはもちろん、自分自身の身体能力やスキル効果を倍増させる優れもの。 だけどその条件がなかなか厄介だった。 何故ならその条件というのが────

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

職種がら目立つの自重してた幕末の人斬りが、異世界行ったらとんでもない事となりました

飼猫タマ
ファンタジー
幕末最強の人斬りが、異世界転移。 令和日本人なら、誰しも知ってる異世界お約束を何も知らなくて、毎度、悪戦苦闘。 しかし、並々ならぬ人斬りスキルで、逆境を力技で捩じ伏せちゃう物語。 『骨から始まる異世界転生』の続き。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

処理中です...