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2章 バイト先で偶然出逢わない
2章03 4月29日 ③
しおりを挟むしばらくして弥堂もメロも、こんなことをしている場合ではないと気付く。
どうしたものかと床に倒れ伏すギャルナースさんを見下ろした。
「――しかし、これでは起きたら騒ぎになるぞ。人語を話すネコなど化け物以外のナニモノでもない」
「こんなに愛らしいネコさんがバケモンなわけないッス!」
「どうでもいい。それよりも、今の内にこの女は始末するか」
「ちょ、待てってッス! もう大丈夫ッスから!」
「もう? どういう意味だ?」
メロの言い様に弥堂は眉を寄せた。
「魔法を使ったッス。今の出来事を思い出せなくなる系の。なんかそんな感じの便利魔法ッス」
「記憶を弄れるのか?」
「正確には記憶をどうこうするってわけじゃなくって、洗脳とか催眠の方なんッスけど」
「へぇ。そんなことが出来るのか」
「まぁ、ジブンはサポートタイプのネコさんッスからね。こういうのは割と得意ッス」
「他にどういうタイプのネコさんがいるんだよ」
「え? そりゃオマエ、アタックタイプとかディフェンスタイプとか……」
「それは本当に言っているのか?」
弥堂が疑惑の眼差しを向けるとメロは空中で尊大に胸を張る。
「フッ、あまり甘くみないで欲しいッスね。これでもジブンは由緒正しきサキュバ――はぅぁッス⁉」
ドヤ顔で自慢をしようとしていたが、ベッドの上から愛苗ちゃんがぽけーっと見ていることに気付いてメロはハッとなった。
数秒、メロは肉球からダラダラと脂汗を流した後、おもむろに空中で前足をコミカルに動かしてネコさんダンスを披露した。
「わぁっ、メロちゃんかわいーっ」
「ウヘヘッス。ジブンなんせネコさんッスから」
見事に愛苗ちゃんの気は逸れる。
動物の姿を利用して無害さをアピールする邪悪な悪魔を弥堂は軽蔑した。
少ししてメロはこんなことをしている場合ではないと再度気付く。
「まぁ、なんッスか。とにかくッスよ。起きてまた騒がれる前にここから……」
ズラかろうぜ――
そう言おうとしたが、メロは床に倒れるギャルナースさんを目に映し、言葉を止める。
「どうした?」
「……少年。その前に折り入って頼みがあるッス」
その様子を弥堂が訝しむと、メロはスッとネコさんボディを折って頭を下げた。
最敬礼だ。
「……なんだ?」
何度か経験したことのあるこのパターンに弥堂は嫌な予感を感じながら問う。
するとバッと顔を上げたメロが表情を輝かせた。
「ウヘヘ……! ちょっとこの姉ちゃんのスカート捲ってくれよッス。一緒にパンツチェックしようぜッス!」
「あ?」
「は、はやくぅ……っ! ギャルナースがどんなおぱんつを穿いてるのか、ジブン並々ならぬ興味があるんッス!」
「なんだこいつ急に」
すると、案の定突拍子も脈絡もない意味不明なことを要求される。
急に激しく興奮しだした四足歩行動物に弥堂は嫌悪を露わにした。
「あ、ごめんね弥堂くん。メロちゃんたまにこうなっちゃうの」
「この熱きパトスを止められねえんッス! ジブンもうギャルのパンティを目視するまでは夜しか眠れねぇッス!」
「そんなわけがあるか。ふざけていないで――」
グイグイと迫ってくるネコさんを振り払おうとしたところで、弥堂は何かに思い当たる。
「――そうか。“不要な栄養”か……」
「え? あのね弥堂くん? ネコさんにはアーモンドはよくないんだって」
「そうか。ところでその袋になんかちっさい辛いせんべいが入ってるだろ。ちょっとそのアーモンドを食べてろ」
「あ、うん……」
“よいこ”の愛苗ちゃんは言われたとおりに袋をペリペリっと開けて、大人しくポリポリと齧る。
これはアーモンドじゃなくてピーナッツだとは、優しい彼女は言いだせなかった。
とりあえずこいつはこれで誤魔化せるだろうと、弥堂は思考に戻る。
“不要な栄養”――
それは悪魔たちが好む嗜好品のようなモノだ。
嗜好品と言ってもカタチのあるモノではなく、主にニンゲンの感情が動いた時に発生するナニカを摂取するようだ。
どんな感情を好むのかは個体ごとに異なる。
その嗜好にはその存在の性質が大きく反映されるのだ。
「フフフのフッス。その通りッス。我々はその“不要な栄養”をキメるために度々人間界を訪れては社会に迷惑をかけ、ニンゲンたちを煽り散らかしてはその感情を逆なでしているッス……!」
「まぁ、たしかにな……」
ひどく傍迷惑な話だが、それは弥堂の持つ悪魔の知識とも違わないものだった。
悪魔たちはそうやって個別に自身の欲求を満たすことをライフワークにしている。
むしろ先日のように大勢の悪魔が組織だって何か一つの計画に向かうなんてことの方がよっぽどのイレギュラーで、基本的には各々好き勝手に欲望に従って生きているのだ。
「だが、それで何故おぱんつを? 気絶してる時に見てもこの女の感情は動かないだろ」
「チッチッチッ、わかってねえッスね」
「あ?」
「ジブンらが求めてるのは感情といえば感情なんッスけど、ただそれだけじゃねえんッス。エンタメ性っつーか。これは悪魔じゃないと理解するのは難しいかもしれねえッスね」
「おい」
得意げに喋るメロが口を滑らせると弥堂はそれを咎める。
ハッとなったメロは素早く自身のパートナーの方を振り返った。
「あくま……?」
「はぅぁッス⁉」
お豆をポリポリしながらコテンと首を傾げる愛苗ちゃんに、メロは激しく動揺して肉球から脂汗を流す。
そして――
「わぁっ、ネコさんダンスだ! かわいーっ」
――数秒彼女と見つめ合った後に、おもむろに前足と後ろ足を器用にヒョコヒョコと動かして、自身のラブリーさを強調した。
「フフ、ジブンあくまでネコ妖精ッスから……!」
「そっかぁ。あくまでなんだね」
どうにか悪魔であることは誤魔化せたようだ。
弥堂は一瞬、色々と徹底している自分が馬鹿らしくなりかけたが、グっと奥歯を噛んで、ポンコツ沼に引き摺り込まれぬよう耐えた。
「まぁ、というわけでジブンが重視しているのはシチュエーションなんッスよ。なんせジブン女子ッスから。あと設定も重んじているッス。ニンゲンさんのオスメスが奏でる日常の中の性のハーモニー。あ、ジブン百合はイケるクチッス。多様的なネコさんッスから誤解しないでくれな? とにかくニンゲンさんの生活、そこに垣間見えるエロス。これが栄養なんッス!」
「なに言ってっかわかんねえよ。もういいから勝手に自分でスカート捲って見ればいいだろ」
「だーかーらぁーっ! ニンゲンさん同士じゃないとダメなんですってばぁ! いや、確かにジブンでいく時もあるッスけどね? クズ男に寝ている間に無体を働かれるギャルナース! 今はこれが欲しいんッスよ! どうしてジブンのことちゃんとわかってくれないの……⁉」
「おいやめろ。毛がつくだろ」
グイグイとネコさんボディを顔面に近づけてくるメロに、弥堂は迷惑そうな顔をした。
「ジブンは淫属性のネコさんなんッス! エロを――いや、ドスケベを摂取しないと肉球の震えが止まらなくなっちゃうんッス……!」
「そんな属性があるか」
「やだやだドスケベがほしいー! 買って買ってドスケベ買ってー! やだやだやだーッス!」
「おい、いい加減にしろよ」
「少年にはジブンの面倒を見る義務があるッス! きちんと定期的にドスケベを提供する義務が……! だから、ちょうだいちょうだいドスケベちょうだい!」
「こいつ……」
ギャルナースさんの股の間で寝転がってジタジタと駄々を捏ねるネコを弥堂は蔑んだ目で見下す。
だが――
「――チッ、わかったよ」
「えっ⁉」
普段決して他人の言うことなど聞かないような男が何故か大人しく承諾をし、愛苗ちゃんはビックリした。
現在弥堂とメロの間には使い魔の契約が結ばれている。
使い魔を使役する魔術師には基本的にそれの面倒を見る義務があるのだ。とはいっても、法で規制されているわけでもないので、それはマナーのようなものになる。
弥堂にそれを教えたのは異世界の大魔導士であるルナリナで、それはこの世界の話ではないのだが、おそらくここでも似たようなものであろう。
だが、ただのマナーを弥堂のような社会不適合者が守るはずがない。
では、そもそも何故、使い魔の“不要な栄養”の摂取について使役者が責任を持たなければならないのかというと――
――それは危険があるからだ。
以前に召喚により喚び出した悪魔で実験をしていた時、当時の弥堂はふと、悪魔にこの“不要な栄養”を摂取させなかったらどうなるのかと考えた。
ルナリナに聞いても面倒そうに「危ないから」としか言われず、しかしこの時にはもう弥堂は誰の言うことも信じない子になっていたので、自分で実験してみようと思いついてしまった。
この女は俺に嘘を吐いている可能性があると。
実験といっても、ただ何も与えずに密室に監禁して放置するだけなのだが、その状態で一週間ほど漬けてみたところ大事故に発展した。
“不要な栄養”をもらえずにブチギレた悪魔が暴走したのだ。
禁断症状が極まった麻薬中毒者のように発狂して、拘束を引き千切り研究室の壁を破壊して城内で暴れ出した。
先日のクルードのように、悪魔の棲む次元に隠していた本性を全てこちらへ持って来たのか、やたらとパワーアップしてしまい並大抵では抑えられなかった。
雑魚勇者の弥堂は開幕ワンパンでのされてしまったので、そのまま隅っこで死んだフリをしつつやり過ごそうとしたのだが、そうはいかない者もいる。
この悪魔と契約をさせられたルナリナだ。
大魔導士様は死力を振り絞って悪魔と戦った。
何故ならこんなモノが城に居るだけでもアウトなのに、それによる被害が甚大となっては自分が負わされる責任もエライことになる。
彼女は悲愴な覚悟を持って泣きながら頑張った。
どうにか他の人間や建物に被害がいかないように耐えていると、運よくそこに援軍がかけつけた。
結局、現場に飛び込んできたエルフィーネが悪鬼のような強さを発揮して暴走悪魔を撲殺してくれ、奇跡的に死人だけは出なかった。
その時のエルフィーネの戦いぶりにビビリ散らかした弥堂はそのまま夜逃げをしようとしたのだが呆気なく捕らえられ、悪魔NGな宗教の敬虔な信徒であるエルフィさんにキツめのお仕置きをされてしまった。
後日、弥堂とルナリナは異端審問にかけられることになったが、セラスフィリアが多額の寄付を教会へしてくれたおかげで、どうにか異端認定だけはされずに済んだ。
その時に増えたセラスフィリアへの負債額を思い出し、弥堂は仄暗い憎しみを燻らせる。
というわけで、悪魔の“不要な栄養”の摂取を妨げると不当に借金が増えるという学びを得た。
弥堂はジロリと駄々っ子ネコさんを視る。
この三下悪魔が暴れたところであの時の悪魔程強くはならないだろうが、しかし暴走されるだけで大事だ。
ここに悪魔が居るとバレてはいけないという点は今もあの時も変わらない。
そうなると、この悪魔を使役する自分がしっかりと管理し、定期的に“不要な栄養”を与えなければならないのだ。
軽い溜め息を漏らしつつ弥堂はギャルナースさんの横にしゃがみこむ。
「おらよ」
「ひゅぅ~っ!」
ガバっと無遠慮にスカートを捲り上げると、ネコさんは大喜びだ。
しかし――
「――む……、これは……ッ⁉」
そのまま小踊りでもしそうな様子だったメロは、慎重な眼差しをギャルナースさんの下半身に向けた。
「こ、これは……、白ストッキング……ッ⁉」
その言葉どおり、ギャルナースさんのスカートの下には腰元までをしっかりと覆うストッキングが着用されていた。
「だからなんだよ」
「シッ、静かに……! こ、これは――」
どうでもよさそうに喋る弥堂の発言をネコさんは厳しい声で遮る。
シャキンっと出した爪をペロリと舐めて、ネコさんアイをギラリとさせた。
「こいつは60……、いや! 40デニール……ッ! いずれにせよストッキングじゃない……ッ! 少年ッ! コイツは白タイツッス……!」
「だからなんだよ」
クワッと迫真の表情で告げてくる使い魔に、ご主人様は醒めた眼を向けた。
「ひゅぅ~っ! 白タイツひゅぅ~っ!」
しかしテンションが上がってしまったネコさんは今度こそ小踊りを始めてしまう。
生娘を攫ってきたゴブリンのようにヒョコヒョコと跳ねる動物を弥堂は軽蔑した。
「よし、もういいな?」
そしてギャルナースさんのスカートを戻そうとするが――
「――ちょっと待ったッス!」
調子にのった悪魔がそれを制止してくる。
まだなにかあるのかと弥堂が眉を顰める前で、メロはボテンっと床に座り込むと徐に毛繕いを始めた。
何してんだこいつと怪訝な眼で様子を視ていると、やがてネコさんは「クェッ! クェッ!」と怪鳥のような鳴き声をあげ始めた。
その声の不快さに弥堂が眉を顰める前で、メロは「んべっ」と毛玉を吐き出した。
そしてそれを両の肉球でコネコネしてから床に置き直す。
「はぁっ――」
気合の声とともにメロはバックステップを踏み、毛玉に肉球を翳す。
「――錬・成ッ……!」
病室内に再びぺかーっと光が発生した。
すぐに光が止む。
愛苗ちゃんがお目めをショボショボさせる中、弥堂が毛玉に眼を遣ると――
「――さぁ、少年! これを使うッス!」
「……これは?」
「ドスケベナース衣装やろがいっ!」
そこに在ったのは毛玉ではなく、白いタイトなミニスカートとガーターストッキングだった。
「……だからなんだよ」
もう三度目だが、そうとしか言えなかった。
「あのお姉さんをこれに着替えさせて欲しいッス!」
「それは何故だ」
「バーロィ! 純正ナース服もいいがギャルナースったらやっぱタイトなミニ! そこからはみ出る肉厚なフトモモ! そして小麦色の肌と白ガーターの生み出すコントラスト! じゃろがいっ!」
「それは何故だ」
「わかってる! 少年が白タイツに並々ならぬリスペクトを抱いているのはちゃんとジブンわかってるッス。だけど!」
「抱いてねえよ」
「だけど! 今はジブンの番っス! それは少年も尊重してくれッス!」
「まるで俺の番があったような物言いはやめてもらおうか」
興奮がおさまらぬペットを宥めようとするが止められない。
「大体……、これはお前の魔法で創ったのか?」
「ん? そうッス」
弥堂が指先で白ストッキングを摘まみ上げて聞くとメロはドヤ顔をした。
「本当か? こんな複雑な物体、物質の創造など普通は出来ないはずだが……」
「フッ、ジブンこれでも由緒正しきネコ妖精ッスからね。こういったことはお茶の子さいさいッス。あ、ちなみにそれ2時間くらいしたらポンってなって毛玉に戻るッス」
「駄目じゃねえか」
「カァーッ! わかってねぇッスね! ナースという立派な仕事を真剣にやっている最中にいきなり下半身ボロンッスよ? そしたらこの姉ちゃん『キャー』ってなるな? 二度オイシイじゃろがい!」
「それ以前に目が醒めて違う服になっていたらその時点で悲鳴をあげるだろ。この馬鹿が」
「あのねメロちゃん? 勝手にお着替えさせちゃったらダメだと思うの」
そこに眉をふにゃっとさせた愛苗ちゃんも参戦してきた。
「お前の飼い主もこう言っているぞ。もう諦めろ」
「やだやだ! ギャルナースはガーターじゃないとやだーッス! あとタイトなミニでピッチリムッチリしてくんないとやだぁーッス!」
「そんな服で仕事が出来るか。いい加減にしろ」
とうとうイライラしだした弥堂の眼つきが鋭くなると、それを敏感に感じ取ったメロはスッと立ち上がる。
「じゃあ妥協するッス」
「何を偉そうに。どの立場で喋ってんだお前」
しかし若干ビビリながらも彼女は引き下がらなかった。
やはり“不要な栄養”というのは悪魔に我を忘れさせるほどに魅力的なもののようだ。
メロはギャルナースさんの股間部に目を向ける。
微妙な透け具合の白タイツから薄っすらと浮かび上がる色合いに思いを馳せた。
そして決断する。
「間をとって、その白タイツをビリビリにしてくれッス。そんでパンツ確認したらそれで『ごちそうさま』してやるッス」
「あまり調子に乗るなよ。大体それも同じことだろうが。起きた時にすぐに騒ぎになる」
「そしたらこうしようッス。股間周辺だけ破いてくれッス。それならすぐには気付かないッス。あれ? なんかスースーする? とか思いつつ仕事に従事し、やがてトイレに行ったらあらビックリ。その時の情景を想像して、ジブンこれをデザートとさせてもらうッス。どうにか頼めないだろうかッス」
「チッ、めんどくせえな。わかったよ」
「弥堂くん⁉」
メロが誠心誠意頭を下げると、それに心打たれたわけではないが、言葉どおりもう面倒になった弥堂が気絶した女性の股間へ手を伸ばす。
「ダ、ダメだよそんなことしちゃ……!」
愛苗ちゃんから至極当たり前の注意を受けるが、
「おらよ」
「いぇ~いっ!」
「あわわ……っ!」
ビリっと躊躇なくその布は引き裂かれてしまった。
「ひゅぅ~っ! ヒョウ柄ぱんちゅ! ひゅぅ~っ!」
ネコさんはまた小踊りをした。
「あぁ……ッ、ジブン感無量ッス……! やっぱギャルと謂えばヒョウ柄パンツ。これが実証されてしまったな? やはりこれが世界の理だったんッス……!」
ネコ泣きに泣くメロのその言葉を、弥堂は聞き咎める。
「おい、貴様――」
ギロリと鋭い眼差しを向けた。
「ん? なんッスか?」
キョトンとした顔をする下等動物に、弥堂は『世界』の理を教えてやる。
「ギャルのおぱんつと謂えば黒のローレグTバックだろ。異論は認めん」
「はぁぁぁぁ……ッ⁉」
キッパリとした口調で堂々と告げると、メロは素っ頓狂な声をあげ、そして即座に反感を露わにした。
「はぁーっ⁉ オマエなに言ってんっスかハァーッ⁉ ギャルと謂えばヒョウ柄だって相場が決まってるんッス!」
「あ? 貴様のような三下にギャルの何がわかる。知った風な口をきかないでもらおうか」
「ホンギャァーッ⁉ こいつは驚いたッス! まさかサキュバスであるジブンが下等なニンゲン風情にこんなナメたことを言われる日がくるとは……! じゃあオマエ見たのかよ! 言ってみろよ! ギャルについて一家言かましてみろよこのヤロウッス!」
「俺の上司はギャルのおぱんつに関しては黒のローレグTバックであると断言していた。彼は決して間違わない。その言葉を否定するということは当局への反乱の意思があると見做す。貴様、我々と事を構える気か?」
「ふ、二人ともケンカしちゃダメだよー!」
気絶したギャルのパンツの前で、最も適切なギャルのパンティとは何かと、怒りを露わに口論をする。
「たいへんっ」と思った愛苗ちゃんが止めるが、二人の勢いは収まらない。
「だってマナぁ! コイツ全然わかってねえんッス! 解釈違いッス! ジブンこればっかは譲れねえんッス!」
「こちらとしても遺憾の意を表明する」
「えっと……、えっと……っ」
二人の言い分を聴き比べつつ愛苗ちゃんは調停を試みる。
「あのねあのね? どっちのぱんつも穿けばいいと思うの。毎日おんなじのはダメだし。順番にしよー?」
「なんだお前、そのどっちつかずな態度は。中途半端だぞ」
「マナには悪いッスけど、ジブンもここは本音を聞かせてもらいたいッスね。ギャルのパンティに関するマナの忌憚のない意見ってヤツを……!」
「あわわわ……っ」
しかし二人は納得してくれない。
愛苗は考える。
ギャルのパンティについての自身の見解。
慎重に考える。二人はとても真剣だ。
だからここでの発言は自身の公式見解となる。
深く集中し自身の裡を探った。
これまでの人生でこの身に蓄積されたギャルのパンティについての知見。
なにかなかっただろうかと。
ぽやぽや女子の愛苗ちゃんはのんびりとした子だ。
しかし彼女は数多の強力な魔法を同時に操るスーパーガールでもある。
そのハイスペックな“魂の設計図”で最適解を弾き出すべく実行する。
“えんざん”を――
すると、愛苗ちゃんの頭の上にピコンっと電球が浮かんだ。
「――あのねっ、ぴんくがいいと思うのっ!」
「…………」
「…………」
弥堂とメロはその電球が消えて無くなるまでジッと愛苗の頭の上を見てから、彼女の顔へ目線を戻す。
「ピンクだと?」
「うん! ぴんく! てかてかの!」
力いっぱいに主張する意外と攻撃的な彼女の意見を受けて、弥堂はスッと眼を細め、メロは「ほぉ」と興味深げに唸った。
感触は悪くない。
そう判断して愛苗ちゃんは“ごせつめい”を開始した。
「あのね? ギャルさんといえばななみちゃんじゃない?」
彼女にとってギャルのサンプルと謂えば、大好きな親友の七海ちゃんだ。
「ななみちゃんカワイーからぴんくがいいと思うの。前にテカテカしたピンクで可愛くってカッコよかったの!」
ここは彼女のチカラを借りて場を納めにいく。
「あとね? ななみちゃんはね、ヒョウ柄とか黒のTバックとかどっちのパンツもあんまり穿いてなかったと思うの。しょうがないからTバックの時もあるけど、お尻が“や”になっちゃうからあんまり好きじゃないって言ってました!」
これまでに目にした歴代の七海パンツと本人の証言を思い出しながら二人を宥めようとする。
実際に観測したデータをもとに、ギャルのパンティに関する確かな証拠を提示したが、しかし――
「――チッ、ムカついてる時にあいつの名前を出すなクソが」
「まぁ、ナナミは所詮“ぱギャル”ッスからね……」
「えぇっ⁉」
二人からは“塩”な対応が返ってきて、愛苗ちゃんはびっくり仰天した。
そうすると二人はまた言い争いを始めてしまう。
愛苗ちゃんはシュンっとしてしまった。
だけど落ち込んでなんかいられない。
大好きなお友達たちに“なかよし”してもらいたいのだ。
「うんうん」と頷いてから彼女は顔を上げる。
幾千の悪魔の軍勢にも立ち向かった不屈の魔法少女ステラ・フィオーレはこんなことくらいじゃ負けないのだ。
「……いいか? ここで重要なのはガニ股スクワットだ。ギャルとはアスリート――」
「――弥堂くん弥堂くんっ!」
「――不特定多数を相手にしても継続して筋力を十全に……、なんだ? 水無瀬」
何やら熱弁していた様子の弥堂は発言を中断し彼女の方へ眼を向ける。
すると――
「おいでー?」
「あ?」
ベッドの上にペタンと女の子座りした愛苗が両手を広げて弥堂を誘う。
意図がわからず弥堂は眉を寄せた。
「こっちおーいでっ」
そうすると彼女はまた繰り返した。
ボタン全開のパジャマが、下着を外したことで左右に開いた彼女の両の乳房を辛うじて隠している。
「チッ、なんだよ。今こいつが間違いを認めるところだったというのに……」
毒づきながら弥堂は彼女の元へ向かう。
この娘がこうしてわけのわからないことを言い出した時は、付き合ってやらないと終わらないからだ。
だが――
(――本当にそうか……?)
ふと自分を疑う。
何か魔なる力に操られるような――そんな錯覚がある。
疑心暗鬼に陥りながら弥堂はフラフラと愛苗に近づいた。
「……なんだ?」
警戒をこめた眼で彼女を見下ろす。
すると――
「えっと、はいっ」
愛苗はパジャマのズボンのお腹のゴムをみょーんっと引っ張った。
「……? なんの真似だ?」
「え? 弥堂くんぱんつ見たいのかなって。あのね? お姉さんの勝手に見るのはよくないと思うの。お姉さん“や”になっちゃうと思うし。だから私のでがまんしてね?」
「…………」
弥堂は一度魔眼でジッと“しましま”を視てから彼女に答える。
「ふざけるな。おぱんつを見たがっていたのは俺じゃない。お前のバカネコだろ」
「あ、そっか。メロちゃーん」
「なんッスか? ジブンもうちょっとでコイツを論破して泣かせそうだったのに」
「メロちゃんぱんつ見るー?」
「みるー」
弥堂を誘き寄せた時のように両手を広げて誘うと効果は覿面だった。
ネコさんまっしぐら。
ぱんつで燥ぐポンコツコンビに呆れながら弥堂は少し冷静になった。
今自分たちにとって本当に重要なのはギャルのパンティではないと。
なんやかんや愛苗ちゃんの思惑通り、この場は手打ちということになった。
「――まぁ、もういい。時間もない」
「今日のところはこんくらいにしといてやるッス。それより一旦ズラかるべきッスね」
ギャルのパンツでケンカをしていた二人はクールにそう言った。
「水無瀬。俺たちはこれで病室を出る。この女が目を醒ましたら、アレだ。なんか、いい感じに誤魔化して検査に行け」
「いい感じに?」
「あぁ。いい感じに」
「ルンルン?」
「そうだ。ルンルンだ」
「うんっ、わかったよ」
「任せたッスよマナ。たぶんもうチョイで起きるはずッス。いい感じに頼むッスね」
「うん、私いっぱいがんばるねっ」
愛苗ちゃんは握力15㎏のお手てをギュッとしてフンフンと鼻息荒くやる気をアピールした。
どう考えても駄目そうだった。
「それから――」
「え?」
弥堂は愛苗の前にスッと手を出す。
「お前、そのおブラもよこせ」
「ぶらじゃー? 弥堂くん欲しいの? でもね、弥堂くんにはサイズが合わないかも」
「違う。それもついでに洗っちまうからよこせ」
「あ、つけないんだ……」
「なんでちょっと残念そうなんだよ」
「ぱんつも?」
「いや。おぱんつは結構だ。それは穿いてろ」
「あ、うん。うん……?」
「オイ、オマエ実はただセクハラしてるだけじゃねえだろうな? オマエは実に疑わしいッス」
「うるさい黙れ。はやくおブラをよこせ」
「あわわわ……っ」
疑惑の目を向けるネコさんを適当にあしらいつつ、弥堂はパンパンっと手を打ち鳴らしてブラジャーを催促した。
愛苗ちゃんは慌てて脱衣にとりかかる。
「ッスッスッスッス! ディーフェンッ! ディーフェンッス!」
お着換えをする愛苗の前で、メロは残像の壁を創り出して弥堂の視線を遮る。
ネコさんディフェンスだ。
「はいっ弥堂くん。お洗濯お願いします」
「あぁ、任せろ」
そうして弥堂は精悍な顔つきでJKに自ら差し出させたおブラを受け取った。
彼女の体温が残る“しましま”を紙袋に仕舞いつつ、メロを連れて病室を出ようとする。
「じゃあ、またあとでな」
「うん、いってらっしゃい」
「マナも検査がんばってな! ドスケベドクターにメディカルスケベされそうになったらちゃんと叫ぶんッスよ!」
「うん。めでぃかるすけべ……?」
コテンと首を傾げる彼女の姿をパタンと閉まった扉が隠した。
廊下を少し進んで――
「ん? なんッスか?」
――弥堂はメロの方にスッと洗濯ものの入った紙袋を差し出す。
「これを持っていけ」
「クゥーッ! 使い魔だからってさっそくパシリにしやがって! こんな幼気なネコさんに荷物なんて持てるわけないだろ!」
「ネコさんをやめれば持てるだろ。ニンゲンに化けて先にランドリーに行っとけ」
「あ、その手があったッスか」
メロはポンッと肉球を打った。
「じゃあ、変身すっからジブンを隠してくれッス」
「魔法で見えてないんだろ?」
「他の魔法使う瞬間それが緩むかもしんねえから、一応隠してくれッス」
「隠すってどうやって?」
「それはあれッスよ。そこの壁に、なんか壁ドンみたいな感じで、その中にジブンを……」
「よくわからんが壁の前でブラインドになればいいのか?」
廊下の壁に手をつくとメロはいそいそと弥堂と壁の間にネコさんボディを滑り込ませた。
そして本日三度目のぺかーっとした光が。
その光が止むと――
「――クスクス……、おにいさんったらぁ、こーんなとこでガッツいてきて……。オトナのくせにガマンもできないのー? きもーい」
弥堂の腕の中にはイタズラげな目で見上げてくる銀髪女児が居た。
「…………」
「あっ!」
それを酷くくだらないモノを見るような眼で一瞥し、スッと身体を離した。
メロがなにやら納得のいかないような顔をしているが無視して歩き出す。
「なんでそうやって勝手に移動し始めるんッスか!」
「用もないのに立ち止まっていても時間の無駄だろ」
「てゆーかオマエどっか行くんッスか? それならちゃんと何処に行くか……」
「ちょっと医者に話をつけてくる」
「ん? じゃあ病院内には居るんッスね」
「あぁ、そんなに時間はかからない。終わったら俺も行くから先に行って待ってろ」
「わかったッスよ。バックレんなよ?」
「あぁ」
適当に短い返事を置いて弥堂は行ってしまった。
その背中を疑いの目で見送ってから、メロも紙袋を持ち直して弥堂とは逆方向へ歩き始める。
少し歩いて――
「あれっ?」
ふと首を傾げる。
先程の弥堂の言葉――
医者に『話を聞く』じゃなくて『話をつける』
その言い回しに何処か違和感を覚えたが――
「――まいっか」
聞き違いかもしれないしわざわざ確認しなくてもいだろう。
お気楽に流してメロは鼻歌混じりに階段を降りて行った。
「――ちゃんと聞かせてもらうわよ」
スッと目を細めて、希咲 七海はスマホを睨む。
「えー?」
その画面に映っているのは彼女の幼馴染で妹分でもある紅月 望莱だ。
結局弥堂の前には現れなかった希咲。
当然彼女は失踪してしまった大切な親友を今も見つけられていないままだ。
その障害となる者に向けるような眼差しで、希咲は望莱との通話に挑む。
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貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
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